宮崎哲弥のレビュー一覧
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すごくおもしろかった。
こういう、自分の頭でわかるかわからないかくらいの難しさの本を読むと生きてるって感じがする。
宮崎哲弥さんの著作は若い頃少し読んだことがあった。あんまり覚えてないけど。
今回の本は難しい漢字にはふりがなをふり、普段、馴染みの薄そうな言葉は懇切丁寧に説明してくれている。
意外と、間口を広く取ろうとしている本なのかもしれない。
わたしは、ロマンチック・ラブ・イデオロギーが骨の髄まで染み込んでいるので、(宮崎さんの言う)常識の範囲内で理解しようとすることしかできないけれど、こういう見方もあるんだと勉強になる。
途中、この論の展開だとニーチェ出てくるかな、と思っていたら、次のページで出てきたので「YES!」となった。 -
購入済み
通常は、対談本は非常に読み易いですが、内容が薄いことが多いのですが、この本は違いました。お二人の考え方の違いも明確で良い対談であったと思います。ただ、その代わりに仏教学の基本的な知識は必要ではないかと思いました。
最後の佐々木先生の藤本氏への反論に関する部分は、この対談に必要だったのかとの疑問があります。
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前作は随分堪能したものだけど、早くも続編登場。これは読まない手はない。当然、評判も良かったってことでしょう。そこで改めて前作のレビューを見直してみたんだけど、ピックアップした語彙のうち、モノに出来たものの少ないこと。一度読むだけでなく、折に触れ確認しないといけないな、と改めて痛感。で、本作からも当然気になる語彙はてんこ盛りで、後学のため下記に抜き書き。
分限者(ぶんげん):裕福な者 衒気:ひけらかしたい気分 むきつけ:無遠慮 暗々裏:秘密裏 徴する:照合する 将来する:状況や結果をもたらす 相即不離:切っても切れない関係 矯める:悪習などを改め直す(角を矯めて牛を殺す) 唱道:率先して唱え導く 月旦(げったん):人物評 仔細らしい:意味ありげに 言詮:言葉による説明 敷衍:言説の趣旨を噛み砕き説く 継起:引き続いて事が起こる 具眼/活眼/炯眼:真偽を見分ける眼力 満腔:満身 暮夜:夜になったとき 泥む(なずむ):こだわる 熟字訓:例えば梅雨を「つゆ」 鬼籍:過去帳、点鬼簿 〜に入(い)る=泉下の客と成る 櫛比(しっぴ):櫛の歯のように隙間なく 放恣(ほうし):わがままで怠惰 木鐸:世の人を教導する者 暁闇:暗い夜明け前 片言隻句=一言半句:ほんの短い台詞 夜気(やき) 凝然:じっと動かない 弾指:指を弾くほどの短い時間 虞(おそれ):虞犯少年(罪を犯す虞)の虞 須臾:僅かの時間 倉皇:慌ただしいさま 荏苒(じんぜん):延び延びになるさま 揣摩憶測(しま〜):当て推量 斉一:皆、一様 冗長性:余分や多重性を持たす(というポジティブな意) 狂瀾を既倒に廻らす(きょうらん/きとう/めぐ):崩れかかった状況を元に戻す 矯激:並外れて激烈 閑却:等閑(なおざり=いい加減)にする 御座なり:当座を取り繕う 没却:無にする 蹉跌:つまづく 澎湃(ほうはい):盛んに湧き起こるさま 通弊:通有する/通性としての、弊害 向背:動静 明らめる:はっきりさせる 妙齢:若い女性の年齢 棹さす:動向を助長する 晦渋:難解 〜を突いて:〜ものかは:〜物ともせず 阿諛:へつらう 従容:焦らず悠々 習い性(せい)と成る:習慣が、天性となる 身過ぎ:生業 庶幾:乞い願う 擱筆(かくひつ):筆を擱く(おく) -
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対談本なので話が飛んでごちゃごちゃするかと思いきや、ものすごく構成が明確で、あまり仏教学に縁のなかった身でも良い感じで理解することができた。
特に「法」に関するテーマの対話が圧巻。
仏教が、「私」は仮の存在に過ぎないのにそれを実体を伴う本来的に不変で安定したものである錯覚してしまうことからあらゆる苦が生じることを理解し、全てが流転していく世界の縁起をただしく見ることで苦を回避するための教えであることが良くわかったし、長年の疑問であった、それなのになぜ輪廻や霊魂や他力本願が同じ仏教から出てくるのかという問いに対して、大乗仏教がブッダの説いた初期仏教を反転させてむしろキリスト教に近いほどの超越者であり絶対的な実体である存在(阿弥陀如来)を生み出したものであることが明示されていて、非常に勉強になった。 -
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碩学佐々木閑と宮崎哲弥両氏の対談本です。
仏教学者の佐々木氏はもちろんですが、宮崎氏の知見も、ものすごいです。
あらゆる文献を縦横無尽に引用しながら、仏教の真実に迫ります。
どのお経が「正典」なのか、「梵天勧請」はなぜ決定的瞬間なのか、釈迦が悟ったのは本当に「十二支縁起」なのか、日本仏教にはなぜ「サンガ」がないのか、などなど。
「最強の仏教入門」とありますが、これは入門書以上のものです。
よりいっそう仏教への理解が深まりました。
これは仏教に限った話ではありませんが、組織はその維持や発展が自己目的と化したとき、思想を変質させ、人を堕落させます。内部に官僚制度ができあがってしまう。カトリックや共産党なんかが典型的ですが、残念ながら仏教も例外ではない。日本の宗門はいうに及ばず、スリランカやミャンマーのテーラワーダ教団ですら、本来のサンガの形態はフラットなネットワーク型の組織だったはずなのに、いつの間にかヒエラルキーができてしまった。 ー 245ページ -
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NHKEテレ「100分 de 名著」の「小松左京スペシャル」で解説者を務めた宮崎哲弥氏のテキストを大幅改稿。「100分 de 名著」放送時の薄いテキストを持っているので、特に読まなくてもいいかなぁ・・・なんて思ってたんですが、目次を見たらすっごい加筆されていて、書き下ろしの第2章で鴨が大好きな「果しなき流れの果に」を取り上げていることもあり、速攻買いました!
「100分 de 名著」で取り上げた「地には平和を」「日本沈没」「ゴルディアスの結び目」「虚無回廊」に加え、「戦争はなかった」「ヤクトピア」「果しなき流れの果に」「神への長い道」「彼方へ」「岬にて」「結晶星団」「雨と、風と、夕映えの彼方へ」についての解題も追加。めちゃくちゃ読み応えがあります。古めの作品を中心に取り上げてくれているのも、古いファンとしては嬉しい限り。
哲学者であり社会学者でもある宮崎氏の小松作品解題は、実に刺激的で知的興奮に満ち溢れています。
もちろん、一個人の考えであって、様々な解釈が可能なところが小松作品の醍醐味の一つでもあるのですが、鴨的に宮崎氏の文章はとてもすんなりと腑に落ちるところ多く、圧倒的な知的大伽藍を築くかのような重厚な小松作品の一端を少しでも理解できたのかな、と思いました。狭義の自然科学だけでなく、宗教学や哲学、歴史学の知識と知見も総動員して解題にあたる宮崎氏の文章は、素人には難しいところも多いです。が、それぐらい脳みそとイマジネーションをフル稼働しないと、小松作品の魅力は伝わらないのもまた一つの事実。改めて、とんでもないパワーを持った作家だったのだなと気づかされました。
本棚に並んでいる小松作品、久しぶりに再読してみようかなー。これだからSF者はやめられません! -
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私たち日本人にとって身近にあるはずなのに、日常からは無縁に近い仏教。2人の仏教者による対談を通じて、その基本的な知識を身につけることができます。仏教の創始者はどんな人物だったのか。どんな歴史を辿ったのか。どんな教義なのか。その教えと、その伝承はどのようになされているのか。その疑問に「仏」「法」「僧」の三宝を中心に整理して理解することができます。入門書として非常に分かりやすく、面白く読ませていただきました。仏教の、他の宗教との違いも考えながら読むことができると思います。2人の考え方の違いから、白熱する議論もあり、この宗教の大きさゆえのいろいろな考え方の広がりを感じることもできました。
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宮崎哲弥氏が大乗の仏教者というの初めて知った。佐々木閑という仏教学者との対談。序章でブッダが教えていたことは何かということから始まるんだけど、最近ブッダの教えに関して読んでたからそうでもないものの、初めて知ったらえーってなりそう。
2章以降は仏法僧それぞれについて。まずブッダとは何者なのか。釈迦は神ではないと。仏伝だとか苦行では悟れないとか、梵天勧請とか。
法では仏教の基本OSとして縁起、輪廻、苦、無我、無常など。
僧では日本に仏教が外交や政治の道具として導入されたのでサンガが根付かなかったとか。
あとはテーラワーダ仏教がブッダ以来の教えが変わらずに受け継がれているという原理主義的な傾きをしないか危機感を抱いていた。 -
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“一体なぜこの絵本がこんなにも世界的に受け入れられたのだろうかー。”
筆者の「問い」です。この問いから出発し、謎が解き明かされ、本書に内在するものが読み解かれていきます。
私は、この絵本を何気なく読んでいたことに気づかされました。疑問を持ちそのままにしないで考えることが、絵本の深い読み取りにつながることが分かりました。
【再認識したこと】
・輪廻転生する猫
・誰か「の」猫から、自分自身の主になった。
・「真の愛」は「自己愛」から「他者愛」へと発展する。
ストーリーのみならず、絵そのものにも深い意味がある。だから、絵本を読むこと、やめられません。
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前著も含めた索引が付いたのはありがたい。
言葉は道具ではなく存在そのものである,というのが基本テーマですかね。それは直接には井筒俊彦から来てるし,ウィトゲンシュタイン的でもある。
本書では国語政策の歴史を扱っていて,前著より読み物としての内容がある。
日本語をローマ字とか仮名だけにしたら大変ですよね。それが進歩的という時代があったのが不思議だが,それを突き詰めるとエスペラント語という発想になるのかしら?エスペラント語が共通語になったらそれはそれで便利だったかもしれないけど,実際には英語がその代替品になってるのか。
理解語彙としてはほぼカバーしているが,使用語彙にしていきたいと思う。