富安陽子のレビュー一覧
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今日は遅刻もせず、給食も好きなメニューで、体育のサッカーでは2ゴールも決めた。今日はラッキーデー!と油断していたら、またまたあの先生に出くわした、…そう、お化けの医者の、ホオズキ先生に。しかも、今回はかなりやっかいな急患らしい。キョーヘイとホオズキ先生は無事、お化けたちの病気を治せるのか!?
キョーヘイの事情や要望などお構いなしに、毎回治療のために強引にキョーヘイを助手として巻き込むホオズキ先生。この二人のやり取りが面白く、今回も安心して楽しめる。しかし、シリーズ6作目ともなると、そろそろ真新しい一面も見せて欲しいところ。楽しめるけど、ちょっと物足りないかも。ホオズキ先生にライバルが登場したり、キョーヘイに好きな子ができたりしたら面白そう。 -
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① 物語の始まり ― 驚きの孵化シーン
月にすむ虫「月虫」のたまごが地球に落ち、殻の内側から「ソリ、ソリ…」と音を立てて孵化する。
この場面から、読者はまったく予想できない展開へと引き込まれていく。
② 絵と物語の魅力
絵は美しく情感豊かで、物語はわかりやすく、切ない余韻を残す。
『かぐや姫』を新しい視点で読み替えた、現代的な寓話(アレゴリー)として描かれている。
③ 「だって、虫だからね。」が示すテーマ
この一言が象徴するように、作品全体には人間中心の考え方への問いかけが通底している。
自然や生命の多様性、人間の傲慢さへの静かな批評が込められている。
④ 五十嵐大介の筆致が生むリアリティ
虫の生態や森の匂いまで感じられるような繊細な描写。
後半では姫ぎみが光の糸をはいてまゆを作る場面が美しく描かれ、
蛾や蝶の変身を通して「異なる存在の美しさ」が際立つ。
⑤ 『かぐや姫』を新たな角度から見つめ直す
不条理な結末を、虫という“人間以外の視点”から再解釈することで、
世界をどう捉えるかという深い問いが浮かび上がる。
読み終えると、かぐや姫の多様な解釈に思いをはせることになる。
⑥ 千年前の物語が新しい命を得る
日本最古の物語文学『竹取物語』が、
現代の作家と画家の手によって、まったく新しい生命を宿したように感じられる。
古典がいまの時代に再び息づく、その“再誕”の瞬間を味わえる一冊。 -
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富安陽子先生の『シノダ!』シリーズは、大庭賢哉さんの親しみやすい表紙の絵からも分かるように、キツネのママと人間のパパの子どもたち、ユイ、タクミ、モエの三人を中心に描かれていく信田家の物語で、本書は三作目。
ママの影響で不思議な能力を持つ三人ではあるものの、人間社会で暮らしていくためには、周りから家族の正体を知られないようにと奮闘するにあたり、今回は何も知らない父方のおばあちゃんが信田家にやって来ることになるのだが、そこに母方のキツネ親族の空気を読まない行動が絶妙なおじゃま虫となってしまうドタバタ劇に加え、今回は不思議な鏡の謎に河童伝説とファーブル昆虫記を絡ませた、多用な展開が印象に残る。
ただ、そうした中でもテーマとして浮かび上がってくるのは、それぞれにお互いを責め合う場面がありつつ、その子にしかない良いところもしっかりと描かれた三人の子どもたちや、皆を支えながらこれまで以上の大活躍を見せるママ、そして不思議な鏡と子どもの頃の出来事が交錯するパパの素敵な思い出と、それぞれがひとつへとまとまっていって更に強くなる家族の絆なんだろうと思うし、そこに人間以外のものとの関係性も含ませていることには、毎度のことながら富安先生ならではの温かい視点が垣間見える。 -
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ネタバレ月虫とは月に住んでいる虫。
星屑にたまごを産みつけて、運が良ければ、その星屑は引力にひかれて、地球へと落ちていく。
そして、たまごだけがフワリと地上におっこちる。
たまごが孵り、強い顎で開けた穴に潜り込む幼虫。
虫がリアルで、虫のお話かあと読みすすめてびっくり。まさかの竹取物語。
どんな こうかな プレゼントも、
あまい あいの ことばも、姫ぎみには つうじない。
だって、虫なんだもの。
淡々とすすむお話にヒヤヒヤしたものが、ニヤニヤに変わる。
最後まで淡々と終わったけど、そのシンプルさがかえって印象に残る。
絵が漫画っぽいなと思ってたら、漫画家さんだった。 -
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百年以上前に建てられた頃には不思議な魔法がかけられているといわれていた、立派な洋館「ゆりの木荘」も、今では有料老人ホームとして利用されており、そこで暮らしている二人のおばあさん、モリノさんとサクラさんも平和な毎日を過ごしていたのだけれど⋯⋯。
そのきっかけとなったのは玄関ホールにある昔のままの古時計と、かつてサクラさんが歌った記憶があるという手まり歌で、気が付いたら二人とも十歳の女の子になっていたのは、七十年程前の時代にタイムスリップしてしまったからだったのだが、その不思議な出来事にはある切ない理由が潜まれていたのです。
角野栄子さん、上橋菜穂子さん、柏葉幸子さんと、名だたるファンタジー作家の作品で描かれている、美しくも人懐こい雰囲気が魅力的な佐竹美保さんの絵と、不思議なものの特性を謎解きにも見事に活かした、富安陽子先生の物語との融合は、小学中級からという本書の対象年齢に寄り添った、シンプルな分かりやすさが特徴的でありながら、いろんな要素が最終的にはきちんと結び付く物語の構成や、富安先生ならではの特別な絆に心響くものがあったりと、毎度のことながら、その作り込みの素晴らしさには感嘆させられるのです。 -
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富安陽子先生の楽しい物語と山村浩二さんの味のある絵による「妖怪一家九十九さん」シリーズの本書は、少々季節外れではあるものの、これが次に読む二作目なのだからしょうがない。
このシリーズの良さはなんといっても、本来孤独を好む妖怪たちが一つの家族となりながら、人間たちと上手い具合に仲良く共存していく、そんな優しさとユーモアに溢れる展開が魅力なのです。
九十九さん一家を構成しているのは、リーダーのヌラリヒョンパパ、ろくろっ首ママ、見越し入道おじいちゃん、やまんばおばあちゃんと、そして三人の子どもたち、アマノジャクのマアくん、一つ目小僧のハジメくん、サトリのさっちゃんの、計七人家族で、中でも今回は夏まつりの実行委員長に選ばれた、おばあちゃんが大張り切りなのだが、「その夏まつりが開催できないかも!?」という事態になったから、さあ大変。
いつの間にかおばあちゃんに人間のお友達ができていた、その過程がいばりんぼの嫌なおじいさんを撃退したという痛快なエピソードも心地良い、そんな妖怪の力をさり気なく活用して人間たちも幸せになる展開こそが、富安先生ならではの優しい世界観の素晴らしさだと思うし、相手の心の中を読み取れるさっちゃんや、力自慢のマアくん、ヌラリと消えてヒョンと現れるパパと、それぞれの妖怪たちの個性的な能力も楽しい中、噂話を鵜呑みにすることの悲劇が盛り込まれた点も見逃せないのだが、一作目と比較するとややインパクトに欠ける印象がありました。
それでも、夏まつりが待ち遠しくなるような懐かしさは、爽やかな読後感をもたらしてくれました。
ここからは本書と全く関係ないのですが、日本政府が武器輸出を解禁したというニュースには驚きというか、開いた口が塞がらないというか、信じられない思いでいっぱいとなりました。
私には平和と武器って相反するものだと思うんですけど、いつからこんな国になったんだろ? 原爆落とされた国ですよ!? 散々人の痛みを思い知らされてきた国が他の国に同じことしてどうすんの? という気持ちが強くて、国民の一人として情けないし恥ずかしくてたまらないし、世界中の国が武器を持っていないと平和を実感することもできない、そんな世界って悲しすぎるだろ。