富安陽子先生の物語と五十嵐大介さんの絵による1巻から続いた大長篇も、いよいよ本巻で完結となった、このシリーズは、神からのメッセージを如何に理解するかが鍵となった頭脳戦の面白さと、最初はあれだけいがみ合っていた中学生たちの心の成長を実感しながらの熱い友情とが、見事に融合された独特さが魅力となっております(2016年作)。
天ツ神から選ばれたアレイを始めとした七柱のカンナギたちと、黄泉ツ神率いる得体の知れない故の怖さがある影たちとの戦いについて、『古事記』だけではなく、世界に散らばる不思議を贅沢に盛り込んであるのが、それらに興味を促せてくれるという点に於いても素晴らしいと思って、それはドイツのある町のお話や、ギリシア数学の三つの難問に、マチュ・ピチュのインティワタナと、どれもロマンを感じさせる面白さがありながら、更にタイトル自身に込められた最大の謎解きに関しては、それ自体の答えも、実は1巻から潜まれていた伏線も含めて脱帽の一言で、またしても富安先生のミステリのようなスッキリとした爽快感と計算された緻密な説得力とが合わさった、物語としてのしっかりとした面白さがまずは鮮やかに浮き出されます。
しかし、それだけではないところに、また富安先生の書く物語の魅力や素晴らしさを感じられたのは、このシリーズの読者層だと思われる中学生たちに寄り添ったキャラクター像を描いている点にあるのだと思って、それはアレイを始めとした主要キャラたちが密かに抱える心の傷であったり、自分の役割=存在価値って何だろうといったあたりを丁寧に書かれているのが、今どきのくだけた話し方で中和しつつも心に残るものがあって、特にアレイに関しては常々変化を嫌うと言っていながら、ある瞬間にごくごく自然とそれが表れていた描写に説得力があったのは、『自分の周りの変化は、こんなにはっきり見えるのに』、『自分の変化というのは見えないものだな、と思う』の言葉を読んだとき、「ああ確かに」と、かつての中学生時代の自分を思い出してしまったからであり、更にそうしたリアル感のある言葉をもう一つ挙げるのならば、中学生の時期というのは『それぞれに与えられた個性と能力の使い道をまだわからずにもてあましている』ことを知ることによって、そこからは焦ることなく、じっくりと自分自身を見つめながら青春を謳歌してほしいという富安先生の思いが垣間見えてくるようで、改めて児童文学の存在意義みたいなものを、それらから実感させていただきましたし、やはり若者たちが活き活きと躍動している物語には元気をもらいつつ、『女子って、ほんと、わかんねぇのな』といった、富安先生の女子中学生キャラたちの細やかな作り込みも素敵。