苫野一徳のレビュー一覧
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ネタバレ読書を続けていると、脳内の知識のネットワークの点と線が増えていく。増やせば増やすほど、複利のように指数関数的に発達していく。
→「クモの巣電流流し」(13)
→・・・ネットワークに一筋の電流がほとばしり、泡緩知恵や知識や思考が一つにまとまり、人生の難題を解決するための最適解が見出されることがある(14)
学びたい内容を自分の興味関心に合わせていくのは無理がある気がする。
逆の方がうまくいきそう。自分の興味関心に合わせて、学ぶ内容をくっつけていくようにする。
確証バイアスを強くするような読み方(考え方)になりがち。
それよりもクリティカルシンキングを入れて、中立で複数の立場方読む -
Posted by ブクログ
ネタバレなぜ本を読むのか?
「教養を積むため」
この本を読んで
教養とは
「物事を色々な見方ができること」
という答えを見つけました。
苫野さんの文が唸るほどに説得力があり美しい文で。
表現の仕方が正に教養のある人のそれ。
言葉が芸術であるなんて表現私には思いつかない。
驚いたのは苫野さんに鬱病を抱えていた過去があること。
聡明な方のイメージがありそのような経験があるとは思いもしなかった。
その頃、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」に助けられたのだとか。
誰しも苦しさや抱えているものがあり、それがあるからこそ、その人の魅力にも繋がるのですね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ苫野先生のvoicyにて知り、予約注文し読破。
本書の主たるテーマ「本質観取」について、著者と子どもで行われた実際の例をもとに紹介されている。
本質観取とは、「わたしに訪れた確信」をもちよることで、みんなが納得できる"共通了解"を見出しあう営みである。(本書P.45)
個人的には、対話を通して絶対解ではなく納得解を見つけるというイメージである。
本書には、民主主義社会について、多様な人々が対話を通した合意に基づいてつくりあう社会であるという説明もあり、強く共感した。
本書を読んで、自身の経験とつながると感じたこと2つある。
1つ目は、先日職場で受けた、探究をテーマにし -
Posted by ブクログ
一般意志は個別意志の総和から衝突し合う私的な利益を差し引いて、みんなの利益になるものとして見出された合意。p.90
一般意志はそれがみんなの利益をめざすものであるというその概念の定義上、常に正しい。みんなの利益をめざすものは政治的に正しい。一般意志はみんなの利益をめざすものだから政治的に正しい。p.87
一般意志はすべての人の利益になる合意なので、誰かの自由を犠牲にする全体主義と同一視できない。p.67 ※アーレントは「同一視」しているのではなく、全体主義への道が潜んでいると指摘しているのでは。
一般意志は実現しなければ意味のない原理ではなく、政治権力や法の正当性をはかる基準として意味を -
Posted by ブクログ
ネタバレ苫野先生のVoicyを聴いて、興味が湧き読破。
この本を買ったのは、何年か前。
その時は、パラパラと中身を見て「なんか小難しそうだな…」と思い、読んでいなかった。
読んでみると思ったよりも読みやすく、最後まで興味を持って読むことができた。
哲学的な難しい話も少し出てくるので、その部分は軽く読み流すところもあった。
子どもに学び続ける力(学力)をつけるという点は大賛成で、私が目指している教育の姿でもある。
絶えず自己更新をしていく必要があるのは、子どもだけでなく教師も同じであり、省察的実践家として在るべきというのも納得。
自由になるために学び、教育の土台には「自由の相互承認」があるという点 -
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Posted by ブクログ
子どもたちが自律的に考え、他人と合意を形成していくための教育をしていこうという主張。成田悠輔さんの22世紀の民主主義を合わせて読んでいたこともあって、工藤先生がおっしゃる民主主義という言葉が適切であるのかは少し疑問でした。
自分自身から見える世界ではやはり、他責的な思考に陥っていることは確かにそうであり、自律的に物事を考える姿勢を子どもたちに伝えていきたいということには共感できました。
一方で、対話の中でwin-winになれる結論を探っていくことは大事ではあるが、そのような合意を形成すること難しさが抜けていると思う。誰にでも、また、短期間でできるようなことではないでしょうか?
現に工藤先生自身