苫野一徳のレビュー一覧
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・どうして今までこの「議論の形式」が一般的になっていなかったのか不思議。これを以ってようやく盲目的な主張の「門前払い」ができるようになったと思います。
・果たして「幸福」が〈自由〉に包摂されるのかは疑問です。しかしこの場合、社会構想をする観点からは、個人の嗜好によってバラバラな「幸福」よりも、一律に「行動選択の自由」を与えたほうがいい、という説明なら、より納得しやすいのではと思います。
・著者はかなり明るい展望を持っているように感じますが、これからも教育界は混沌とした状況が続くと思います。というのは〈一般福祉〉という概念が広すぎて、素直に機能してくれるのか、わからないのです。つまりそれは、 -
Posted by ブクログ
とある教育イベントで著者の苫野一徳さんがご登壇されたのをきっかけに読んでみようと決意しました。
数ある書籍や論文などで「これが、これこそがよい教育だ!」と訴え続けられているなか、哲学的観点から「絶対によい教育などない」とし、多くの人たちが承認できる“よい”教育は何なのかを、一冊のなかで模索していく書です。
教育哲学に関する先人の言葉を引用しながら、現代日本の社会や教育にとって何がよいのかを順序よく丁寧に述べられています。
また重要なことがらについては、何度も繰り返し述べられているので、大変読みやすく理解しやすいです。
ただ、私自身、哲学に関しては理解に乏しいため、読んでいくなかで理解に苦しむ -
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ネタバレ北九州子どもの村小中学校
プロジェクトを通して目標にしているのは、感情面、知性面、社会性。人間関係という三つの側面で自由な子どもたち
大人は上から教え込む教師ではなくらかと言って完全に子供と対等なわけでもなく、より全体を、見通す力を持ちながら、しかし、子どもたちと同じ地平に立っている
色々な人が、色々な観点からその子を見る
存在の承認、愛。まずはそれがあるべき。その上で、探究、コミュニケーション、自己決定がある
伊那市立伊那小
子どもは未完の姿で完結している
子どもは自ら求め、自ら決め出し、自ら動き出す
学習成立の4条件
一、素材が子どもたちにとって共通の関心事に属しているか。その関心事も頭だ -
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Posted by ブクログ
ネタバレ本質観取は、「○○とは何か」を問うような、そもそもを考える営み。
あらゆることに関して、「人それぞれでは?」のような考えもあるが、それで済ませるのではなく、きちんと辞書的な意味ではなく「本質」を問い、「共通了解」を得ることがユニークネス。
哲学の歴史的には、「人それぞれ」的な考え方をするソフィスト連中に対し、プラトンが物事の本質を追求したのに端を発する。但し、プラトンは彼岸にイデアを置いてしまった(本質を、現実世界とは離れたところに位置づけてしまった)。それに対して、デカルトが、「我思う、ゆえに我あり」で示されるように、疑いようのない〈私〉から出発したことで前進し、そこからフッサールによって確 -
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最初の方は、なるほど!と納得して読んだが、途中からだんだんうーん、、となってきた。
この本で主に言われているのは、公教育では、〈自由の相互承認〉が叶えられるような力を育て、社会政策は〈一般福祉〉の原理で進められるべきだ、と私は受け取った。
学びの個別化、共同化、プロジェクト化、と展開されているが正直、どれもかなり問題をはらんでいて、うまくいきそうにないな、と教育現場の問題を更に痛感するに終わってしまった。
最近の授業のトレンドとしては、1時間ごとに目当てを掲げ、振り返りをし、ITを積極的に使用しましょう、友達と意見を共有しましょう、受動的に学ぶばかりではなく、自らの考えを発信発表しましょう、 -
Posted by ブクログ
ネタバレ自分の経験を過度に一般化する=一般化のワナ。有識者会議でも多い。自分の経験にすぎないことを自覚する。=議論を建設的にする方法。
問い方のマジック=二元論的な問い、どこからが砂山でどこからが砂粒か、人間は平等か不平等か、など。
帰謬法=相手を言い負かすためだけの議論。相手の主張の矛盾や例外を攻撃する方法。
超ディベート=共通了解指向型対話=勝ち負けでなく共通の了解事項を探る。
意味とは欲望のこと。欲望の前には遡れない。何が欲望を抱かせるのか、はわからない。しかし、意味を見いだすのは、ある欲望があるから。
欲望に基づく信念が生まれる。信念=欲望の別名。信念ではなく欲望で話したらどうか。理解し