苫野一徳のレビュー一覧
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著者は自分と同世代の教育哲学者。
就学時の子供を持つ親にとって考えさせられる内容。
自分たちが当たり前のように受けてきた、画一的・一斉型の学びから、「個別化」「協同化」「プロジェクト化」を基軸とした学びへの転換を提唱する。
ドイツの哲学者ヘーゲルが考えた〈自由の相互承認〉の原理が根底にある。これは自分が〈自由〉になるためには、他者の〈自由〉も承認し合う必要があるというもの。自分の〈自由〉ばかりを主張し続けても終わりのない闘争が続くだけで。
この〈自由の相互承認〉を教育を通して子どもたちに育ませることが著者の教育の理想である。
教育現場の慣習や様々なコストをあり実現するには容易ではないのは見てと -
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ネタバレ■ひとことで言うと?
子どもたちの「探求する力」を伸ばす学校をつくる
■キーポイント
・画一的な学習スタイルからの脱却
→スタンダード化は「自分で考える力」を奪う
・「探求する力」の育成
→自分なりに問いを立て、自分なりの方法で、自分なりの答えにたどり着く力
→子どもたちの学びたい欲求を活かす
→教師は探求をサポートする「共同探究者」「探究支援者」
・探究型教育
→学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合を核とする
→探究の方法論
→1.テーマ:探求するテーマを決める
→2.問い:解決したい問いを立てる
→3.方法:問いの解決方法を検討 -
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ネタバレ■ひとことで言うと?
自由に生きられる力=「学ぶ力」を養う学校教育を
■キーポイント
・教育の目的
→1.自由に生きるための力を育む
→2.自由の相互承認の土台をつくる
・これからの時代の「よい」教育
→学力=「学ぶ力」を育む教育
→自分に必要な知識・情報を自ら学ぶ能力
→「よい」教育は時代によって変わる
・「よい」教育の実践
→1.学びの個別化:各人の興味に沿った内容・スケジュールで学ぶ
→2.学びの協同化:生徒どうしが互いに教え合う
→3.学びのプロジェクト化:プロジェクト遂行の過程で学び方を学ぶ
→3つの学びを融合させ、生徒の「学ぶ力」を -
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哲学とは本質を捉えるためのものであり、そのための思考法を書いている書籍。
・一般化のワナに気をつけること
・問い方のマジックに引っ掛からず共通了解を得られるような問い方に問いを直すこと
・帰謬法とその対策
・欲望相関性の原理
・生きづらさを乗り越えるには
→①能力を上げる ②欲望を下げる ③欲望を変えるのどれか
→欲望がないなら ①価値観や感受性を刺激するものにたくさん触れて(映画、小説、音楽)心が動く瞬間を知る ②キッチン掃除メソッド
・哲学対話の意義 ①自分自身をよく知る ②他者了解も深まる ③価値観・感受性の交換対話
哲学の考え方の基礎的なことが列挙されているため、勉強になる。
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教育の力を読んでいたので、基本的な部分はおさえつつ、時代の変遷によりさらなる議論が追加されている。
プロジェクトの三類系は見直しを行うのに参考になる。課題解決型、知的発見型、創造型。
低次の忍耐力ではなく、自分が探究したいことのために粘り強く探究する能動的忍耐力が必要。この議論はとても重要。やらされやただの理不尽を押し付ける意見に対して、目的を見た上で議論することができる。
また、義務教育学校では指導要領の何学年で何を学ぶかの規定が緩いというのは知らなかった。小中学園構想で行うのと、義務教育学校として行うことでは、進め方がかわりそうだ。 -
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なぜ教育は必要なのかという問いに対する筆者なりの答えに共感した。
自由に生きられるようになるためには教育が必要。誰しも自由に生きたいと思うが、みんながみんなやりたい放題してしまったら、争いが起こる。この争いを無くす、もしくは少なくするために秩序を設ける。学校内で決まりやルールを守るのはそのため。また、学校で様々な人と接する中で、他者の自由も尊重することを学ぶことで、自分の自由と他者の自由を上手に調整する術を体得していく。そうすれば、社会には、自分と他者の自由双方を大切にできる人が増えていく。
自分も大切に、他者も大切にすることは必要だし、それは家庭で学ぶことも出来るが、学校という環境の方が -
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愛とは何か?
この深い問いに哲学的アプローチで答えんとする本著。
最終章とあとがきで収斂された一つの回答は、非常に説得力のあるものだ。
思えば、小中学の頃、「自分は誰のことも嫌っていない。人を嫌うなどできない」と嘯いていた時期が私にもあった。それは苫野先生が唱え、後に否定した「人類愛」に通底するものが多少あったように感じられる。私のそれは、「誰からも嫌われたくない」という思いの反動だったに違いない。
私も、子の親となり、苫野先生が本著で説く愛の本質に迫っているように思われ、そのことを本著が言語化してくれたことで幾分スッキリしたようにも思う。
やや難しい点もあるが、その分読み応えもある -
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著者の半生が面白くて、また表現も上手なのですらすら読めた。
躁鬱の人の心情を知ることもできた。
主要な哲学者の考えも分かりやすくまとめてくれている。
しかし著者も指摘するように分かったつもりになってはいけない。哲学を学び続ける必要があると思った。
印象に残ったのは以下。
・我々は世界のいっさいを自分の「欲望」に応じて見てしまっている(竹田青嗣の欲望論)。
・自分の価値を主張し、しかもなお、それが相手からも承認されて初めてちゃんとした価値と言えるのだと自覚すること(ヘーゲルの相互承認)。
・苦しみや絶望、不幸から抜け出すために、欲望と能力のギャップを次の方法で埋める。「能力を上げる」「欲望を下げ -
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どんな問いには正解がなく(正解をめぐって議論しても意味がなく)、どんな問いなら答えうるかという視点で話がすすんでいくので、すっきりした。自分の体験を一般化してしまうことなく、また相対主義で止まってしまうのでもなく、教育についての話を前にどう進めるか、というのはとても興味深かった。結論として、よい教育とは、社会における「自由の相互承認」を、より実質化できる教育であるとのこと。
個々人の自由、そしてそのための「自由の相互承認」を最終目標にするという視点は確かに反論のしようがない気がする。(個人的な感覚としてはとても賛成)
専門家たちの間ではこのあとどう議論が進んだんだろうということも気になった。 -
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今の学校の問題点はどこにあるのか?
現場で,同時に起こるたくさんのできごと(それは教育研究も不登校対策もいじめ対策も…)にいちいち対応することで,教師は多忙になり,精神的にしんどくなり,そしてそれだけしてがんばっても,子どもたちにとっては決していい環境とはいえない学級でしかできない空しさ。
著者は,それらの事柄はシステムにあると言います。
今学校が抱えている問題の本質は,一人ひとりの先生や個々の学校にあるというより,むしろもっと構造的なこと,つまりシステムにこそあるのです。ー中略ー一見,別々に見えるこれらの問題も,その根っこはすべてつながっています。だから,個々の問題状況にだけ目を向け