苫野一徳のレビュー一覧
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哲学とは本質を捉えるためのものであり、そのための思考法を書いている書籍。
・一般化のワナに気をつけること
・問い方のマジックに引っ掛からず共通了解を得られるような問い方に問いを直すこと
・帰謬法とその対策
・欲望相関性の原理
・生きづらさを乗り越えるには
→①能力を上げる ②欲望を下げる ③欲望を変えるのどれか
→欲望がないなら ①価値観や感受性を刺激するものにたくさん触れて(映画、小説、音楽)心が動く瞬間を知る ②キッチン掃除メソッド
・哲学対話の意義 ①自分自身をよく知る ②他者了解も深まる ③価値観・感受性の交換対話
哲学の考え方の基礎的なことが列挙されているため、勉強になる。
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教育の力を読んでいたので、基本的な部分はおさえつつ、時代の変遷によりさらなる議論が追加されている。
プロジェクトの三類系は見直しを行うのに参考になる。課題解決型、知的発見型、創造型。
低次の忍耐力ではなく、自分が探究したいことのために粘り強く探究する能動的忍耐力が必要。この議論はとても重要。やらされやただの理不尽を押し付ける意見に対して、目的を見た上で議論することができる。
また、義務教育学校では指導要領の何学年で何を学ぶかの規定が緩いというのは知らなかった。小中学園構想で行うのと、義務教育学校として行うことでは、進め方がかわりそうだ。 -
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なぜ教育は必要なのかという問いに対する筆者なりの答えに共感した。
自由に生きられるようになるためには教育が必要。誰しも自由に生きたいと思うが、みんながみんなやりたい放題してしまったら、争いが起こる。この争いを無くす、もしくは少なくするために秩序を設ける。学校内で決まりやルールを守るのはそのため。また、学校で様々な人と接する中で、他者の自由も尊重することを学ぶことで、自分の自由と他者の自由を上手に調整する術を体得していく。そうすれば、社会には、自分と他者の自由双方を大切にできる人が増えていく。
自分も大切に、他者も大切にすることは必要だし、それは家庭で学ぶことも出来るが、学校という環境の方が -
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愛とは何か?
この深い問いに哲学的アプローチで答えんとする本著。
最終章とあとがきで収斂された一つの回答は、非常に説得力のあるものだ。
思えば、小中学の頃、「自分は誰のことも嫌っていない。人を嫌うなどできない」と嘯いていた時期が私にもあった。それは苫野先生が唱え、後に否定した「人類愛」に通底するものが多少あったように感じられる。私のそれは、「誰からも嫌われたくない」という思いの反動だったに違いない。
私も、子の親となり、苫野先生が本著で説く愛の本質に迫っているように思われ、そのことを本著が言語化してくれたことで幾分スッキリしたようにも思う。
やや難しい点もあるが、その分読み応えもある -
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どんな問いには正解がなく(正解をめぐって議論しても意味がなく)、どんな問いなら答えうるかという視点で話がすすんでいくので、すっきりした。自分の体験を一般化してしまうことなく、また相対主義で止まってしまうのでもなく、教育についての話を前にどう進めるか、というのはとても興味深かった。結論として、よい教育とは、社会における「自由の相互承認」を、より実質化できる教育であるとのこと。
個々人の自由、そしてそのための「自由の相互承認」を最終目標にするという視点は確かに反論のしようがない気がする。(個人的な感覚としてはとても賛成)
専門家たちの間ではこのあとどう議論が進んだんだろうということも気になった。 -
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今の学校の問題点はどこにあるのか?
現場で,同時に起こるたくさんのできごと(それは教育研究も不登校対策もいじめ対策も…)にいちいち対応することで,教師は多忙になり,精神的にしんどくなり,そしてそれだけしてがんばっても,子どもたちにとっては決していい環境とはいえない学級でしかできない空しさ。
著者は,それらの事柄はシステムにあると言います。
今学校が抱えている問題の本質は,一人ひとりの先生や個々の学校にあるというより,むしろもっと構造的なこと,つまりシステムにこそあるのです。ー中略ー一見,別々に見えるこれらの問題も,その根っこはすべてつながっています。だから,個々の問題状況にだけ目を向け -
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・教育は「自由の相互承認」のため。公教育はすべての子供が自由な存在たりうるよう、そのために必要な力(教養)をはぐくむことで、各人の自由を実質的に保障すること。相互承認の実質化。
・社会のためか、子供のためかの二元論では前に進めない。
・一般福祉の原理。平等と競争のバランス。義務教育段階の過度な競争は意味がない(と断じている)
・現代は、生涯を通じて学び続けることを余儀なくされている。学び続けなければ、市場において低い価値しか与えられない。そして、その学び続ける力は家庭の経済力や家庭環境に大きく依存している。過去のような知識詰め込み型ではない。
・学ぶ力をどうやって伸ばすか。
①学びの個別化
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≪目次≫
序章 そもそも教育は何のため?
第1部 「よい」学びをつくる
第1章 「学力」とは何か
第2章 学びの個別化
第3章 学びの協同化(協同的な学び)
第4章 学びのプロジェクト化(プロジェクト型の学
び)
第5章 学力評価と入学試験
第2部 「よい」学校をつくる
第6章 学校空間の再構築
第7章 教師の資質
第3部 「よい」社会をつくる
第8章 教育からつくる社会
終章 具体的なヴィジョンとプラン
≪内容≫
星の数を少し悩んだ。理想に過ぎるのではないか、現場を知らない声だ、と。しかし、根本的な部分では著者の声に賛成したい。しかし、大学入試や就活の改善 -
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教育哲学の観点から、よい教育とは何かを、いろいろな哲学者や社会思想を引用しながら、教育問題が迷走する根本の原因と、2つの大きな思想の中でのバランスを追い求める教育についてまとめている。
基礎的な哲学の人物や考えはある程度理解して読まないと理解しづらいと思った。また、1章を経験主義からくる規範と事実誤認のイメージから根本の問題にたどりつけないことをまとめているが、読者層はある程度の知識を持った人を想定しているのか、それとも現場の人間に近い人を想定しているのかわかりづらかった。理想論と現実論が重なり合っていたように感じた。
ただこのような類書は少ないので、いろいろな意味で教育問題をまとめ、方向 -
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教育という問題に関する独断論と懐疑論に対して、
それらとは違った方法で何らかの答えをだしうるはずではないか、という感度をもつ、
若手哲学者の1冊目。
これは竹田哲学の方法でもあるが、
現象学の「なぜそう感じたのか」という問い方と、
ヘーゲルの「自由ということを互いに認め合う」という条件の下で、
教育という信念対立に陥りやすい領域においても、
一定の「よい」とい原理が導き出せるのではないか、と。
ただし、
まだまだ青い、という印章を受ける。
わかりやすい記述をしようとする意志と、
検証可能であることを目指そうとする態度から、
読みやすくはあるが。
それは、「机上の空論だよ、やはり」というよう -
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・どうして今までこの「議論の形式」が一般的になっていなかったのか不思議。これを以ってようやく盲目的な主張の「門前払い」ができるようになったと思います。
・果たして「幸福」が〈自由〉に包摂されるのかは疑問です。しかしこの場合、社会構想をする観点からは、個人の嗜好によってバラバラな「幸福」よりも、一律に「行動選択の自由」を与えたほうがいい、という説明なら、より納得しやすいのではと思います。
・著者はかなり明るい展望を持っているように感じますが、これからも教育界は混沌とした状況が続くと思います。というのは〈一般福祉〉という概念が広すぎて、素直に機能してくれるのか、わからないのです。つまりそれは、