濱野大道のレビュー一覧
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ー 歴史は、建国者たちがまちがっていたことをすぐに証明した。政党やそれに付随する規範といった革新がなければ、フィラデルフィアで慎重に組み立てられた憲法が生き残ることはできなかった。制度というものは、たんなる正式ルールではない。
それを機能させるために必要な行動とは何か、という共通の理解も制度の一部に含まれるものなのである。建国当初のアメリカの政治指導者たちが優れていたのは、隙のない確実な制度を作り上げたからではなかった。彼らが質の高い制度を設計したうえで、その制度が機能するために役立つ共通の信念と慣習を苦労しながらも少しずつ作り上げていったからだ。
古くから、アメリカの政治システムの強さを支えるのは個人の自由と平等主義の原則だといわれてきた。ノーベル賞を受賞したスウェーデン人経済学者グンナー・ミュルダールは、その原則を「アメリカ的信条」と呼んだ。建国の文書に記され、学校の教室、演説、 社説で繰り返し謳われてきた「自由と平等」とは、自ら正当性を示すべき価値観であって、勝手に効果が発揮されるものではない。
相互的寛容と組織的自制心は〝手続きのための原則”であり、制度を機能させるために政治家がどのように法の範疇を越えて行動するべきかを教えてくれるものだ。この手続きにまつわる価値観もまた、アメリカ的信条の中心にあるものだと考えるべきだろう。なぜなら、このような規範がなければ、私たちの民主主義は機能しないからだ。 ー
民主主義がまるで空気のように存在していると思われがちだが、弛まぬ努力で維持・強化し続けなければ、脆く崩壊してしまうものだということがよく分かる作品。勝ち取り、評価し、維持・鍛錬すべき制度であることを再認識すべき作品で、某国の大統領が一回目に就任した頃に出版されたものなので、二回目の今、切迫性はますます強まっている。
そして、国家がこれなら、企業は?と問われる作品。 -
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とんでもない執念。
倒れても倒れても諦めない。その一点において、著者のポール・ホールズはこれ以上ないくらい優秀な職業人だ。残念ながら、家庭人としては最低最悪だけど。
犯人逮捕で被害者、そしてその家族の気持ちが少しでも安らいだのであれば良かったなと思うけれど、その反面、家族を犠牲にしてでも、って覚悟がなければこの事件解決はあり得なかったと思うと、子供を持つ妻の立場としては複雑な気持ち。
事件のエピソード自体は、割と淡々と語られる。いつ、どこで、どんなふうに犯行が行われたのか。犯人は何をし、何を話し、どう逃げたのか。過剰な描写がないので、グロテスクに感じたり、犯人に対して感情が動いたりせず冷静に読めたのが良かった。たった数十年での捜査手法の進化には驚いたし、アメリカではこんな捜査方法もあるのかと興味深くもあった。警察組織の見栄や縄張り意識を超えて協力してくれる仲間が現れれば、これで何かが変わるかもしれないとわくわくした。ノンフィクションではあるが、事件小説かドラマのよう。
かなり最後の方まで、解決に近づいたように見えては取り逃すことの繰り返しだけど、そこはちゃんと逮捕まで漕ぎ着けてるので大丈夫。ただもう少し、逮捕後のこと⋯犯行の理由や、ちょっと特殊な性癖があったがなぜなのかなど、掘り下げてもらえたらもっと良かった。著者のプライベートや過去の仕事、本件に無関係な犯罪についての回想より、そっちが知りたかった。 -
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その名のとおり、エリートの過剰生産が国家を滅ぼす、ということを述べている本。
なのだが、細かい議論については正直ついていけなかった。
筆者は、「複雑系科学者」とのことで、「クオリダイナミクス」=歴史は繰り返す。パターンがある。ということを前提に、今迄の歴史の中で生じた国家の崩壊の要因がエリートの過剰生産にあるということを述べている。
そして、その前提を元に、今までの歴史を振り返っている。
のだが、完全に議論についていけなかった自分にとっては、「エリートの過剰生産が国家を滅ぼす」という前提に立って歴史を読み替えている=上書き、しているようで、何となく腑に落ちなかった。勿論、それに対する反論なども記述はあったのだが、いかんせん難しすぎる言葉遣いでついていけなかった。この本、サピエンス全史と同じ匂いがする。
「エリートの過剰生産が国家を滅ぼす」ということそのものには、非常に納得がいく。
そもそもエリートとは何か、ということだが、エリートは、武力や警察力、富、行政権力、イデオロギーや説得力の保有者のことである。特に現代で言うならば、富の保有者が大きい。アメリカで言えば、やはり格差が非常に大きくなっている。
エリートが過剰生産されると、そのほかの大衆が貧困化する、その結果、エリートと大衆の格差が大きくなる。さらに、過剰生産されたエリートの中でも、エリートになりきれない人が生まれる。そして、そのエリートになりきれない人は、庶民階級に落ちるか、暗殺されるかだが、最も国家を崩壊に導くのは、革命か内戦の主導者になること。その結果、国家が崩壊する。
要するに、過剰生産されたエリートは、権力を持つエリートたちに戦いを挑み、その結果内戦が起こり(貧困化された大衆を引き連れることもある。)、国家が崩壊するのである。
そして筆者がもう一つ批判しているのが、現在のアメリカの状態。
アメリカで顕著なエリートは、金権を有している。富があるものが政治を支配しているのである。移民問題に対応する政府も、金権政治を表している。移民を受け入れることでエリートは更なる経済利益を与えられる。左派は移民の制限に反対しているが、それは逆にエリートたち経済的利益を与えるだけなのである。
ということで、ひたすらアメリカが金権政治であることと、格差が大きく開いており、エリートが過剰生産されていることを言っている。
以前読んだ、マイケルサンデルの、能力主義批判よりもさらに痛烈に今のアメリカの政治を批判している本だった。そして、最終的には、良識を持つエリートに期待しているが、そううまくもいかないんだろうなと思う。 -
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ネタバレ作者はイギリス湖水地帯で600年続く牧羊農場に生まれた。イングランド北西部、マターデールと呼ばれる渓谷で、遠くにペナイン山脈を望むこの地で、フェル(小さな山)で在来種の羊、地域に合った伝統的な羊(ハードウイック種)をいかに持続させていくかを考えながら牧羊を行ってきた。
この風景はここに住む人々が作ってきたものであり、その名はここに住むものしか知らない。彼は「おそらく100年後には、私が羊を山で放牧していたことなどなんの意味もない事実になる」と自嘲気味に語っているが、この本によって、少なくとも人々の記憶には残り続けるだろう。(2023年には続編『羊飼いの想い』も書かれている。未読)
羊飼いたちは先祖から受け継いだ膨大な知恵と、自らの経験を積み重ね、経験に基づく知識を持っている。決して「無知な」農民ではない。にもかかわらず、それを知らないものたちが彼らの生活を脅かすことがある。
都会からやってきたものたちだ。憧れだけで移り住み、彼らの伝統的な方法を理解しないばかりか蔑む様子も描かれる。リーバンクスは皮肉を込めた文章を書いている。
羊を生業とする一年がどれだけ過酷である事か。群れのすべての羊を記憶し、優秀な羊の血統を保つために交配し、納得のいく価格で駆け引きをし、売り買いをする。肉体を極限まで使い、羊のために、最優先に時間を使う。
血だらけの手、出産、動物の死は当たり前の日常であり、彼は子供達にもその現実をきちんと見せるようにしている。子供達が父親を尊敬し、自分も役に立ちたいと行動する姿は誇りに満ちている。
一方で、湖水地方の美しい自然や、四季の美しさ、羊にとっても人にとても過酷すぎる、厳しい冬でさえ美しさに見惚れることがあるという。渡り鳥にも詳しく、リーバンクスは、フェルにどんな鳥がいつ頃渡ってくるかもよく知っており、その描写は私を喜ばせた。
ビアトリクス・ポターも人生の後半は羊飼いとして過ごし、湖水地方での彼女の評判はそちらの方が高い。リーバンクスは、羊飼いとしての彼女をとても尊敬している。
さて、いよいよ彼は羊飼いになる。オックスフォードを出ればもっといい仕事に就けるはず、と言われたが、それは彼の価値観にない選択だった。彼にとっての生き方は、故郷に戻ってそこで暮らすこと、それしかなかった。
教養とは、たとえ自分1人しかいない孤独な土地でも、退屈せずに生きていける力だ、と野田知佑氏の本で読んだ。(どこかからの引用だと思うが)
リーバンクスは1人ではないが、読書が彼の教養であり、家族がその力を後押しする。それでもここでの暮らしが孤独なことに変わりはない。彼が祖父から、そして父から、反抗しながらも受け継いできた意味を、今になって理解しながら、暮らし続けている。
羊飼いであった、河崎秋子さんがこの本に相応しいあとがきを書いておられる。(というより、もう、この人しかいないでしょう!)河崎さんのエッセイ『私の最後の羊が死んだ』もぜひ! -
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邦題があまりにクソ過ぎない?
内容としては「貧困の経済学」をもっと身近に感じられるよう、先進国の貧困層にスポットを当てて書いている形。横田増生「仁義なき宅配」のイギリス版といったところか。しかし読むだけでも地獄のような職場の連続でよく精神が保てたものだとちょっと感心する(コールセンターは明らかに楽だったみたいだが)。
こういう労働環境に問題意識は持ちつつも、結局何かしらのサービスを使わずにはいられないし、自身の人生選択ではなるべくこういう道は避けようという感情が多分に働くのも事実。良心と偽善の狭間で何を思うかは読者の社会階層次第とも言え、中々に評価が難しい。こういう世界があると知れるだけでも良しとすべきかもしれない。
しかしこれだけは声を大にして言いたい。このひど過ぎる邦題どうにかならなかったの? -
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ネタバレ3.8かな。面白かった。しかし、著者自身の話が多いところと、時系列がいじられててわかりにくいところが難点。
著者のポールの生い立ちや最初の妻のローリーの話、二人目の妻のシェリーの話など、私生活の話がいろいろ出てくる。最低限度より多く、ノンフィクションであるなら、別に省いても良いような話。
この本の読者が求めているのは、どうやって犯人を見つけたり、捜査をしたりしたのかであり、ポール自身の私生活についてはさほど興味が無いんじゃないかなと思った。つまり自分がそうなので。
だが、書かれている。
ということは、捜査官も一人の問題を抱えている人間だとアピールすることで、どれだけ犯人の思考をたどれても(犯人と同一化しても)善なる読者のそばに著者がいると紐付けたかったのかなと思った。あるいは、ただたんに話がまとまらなくて、書きたくて書いたか。
自分のこと大好きなのかも。
ポールの人となりは、自分で自分を弁護できてしまうので、妻側や同僚側の視点が無いとなんとも。いくら自分の欠点を認めて直そうと努力していると語っていても、この人絶対付き合いづらそう……と感じた。プライベートな友達出てこないし。仕事仲間の延長線上の友人は出てくるが、家に招いて食事をしたり一緒に趣味を楽しむ友人が出てこない。教会の集まりも嫌がってたし。ポールの趣味は犯罪捜査なので仕事上の友達しか出来なかったのかもしれないが、こんだけ生活について話してるなら、それ以外の友達が出てきても良さそうだが出てこない。
そして、時系列。
ポール自身が印象的な事件の話や、いきなり飛んで退職の話などするので混乱する。前菜のつもりのように犯人の目星について語られるが、自分にとってはそれは楽しくなかった。わかりにくい。
黄金州の殺人鬼までたどりつく経過を追ってからたどりつきたかった。
わかりやすく、ケース番号など振って事件を説明して欲しかった。個人のプライバシー保護のために変更を加えてもノンフィクションとして読みやすい構成が良かった。
これらのうんざりするところはあれど、ポールの捜査のやり方や、実際の事件はどういうものかの臨場感は味わえて面白かった。犯人が見つからず未解決でも、疑惑の眼差しや、おそらくこんな真相であろうとうかがえるような描写がされているので面白い。
正直、一市民としては警察の縄張り争いなどくそくらえなので、そんなプライド捨てて仕事しろと思いながら読んだ。改善されると良い。
で、結局、黄金州の殺人鬼を捕まえた決定的な武器が遺伝子情報による家系図作成サイトだった。マインスイーパーのように地雷である犯人へとたどりつく。
そこら辺の科学捜査には、いろいろな手法があるらしく、用語についてはよくわからんが、まあわかったんだろうという理解。
読んでて、東野圭吾のプラチナデータのような世界を求める社会になっちゃうなあと感じた。
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ネタバレロシアのプーチン大統領がなぜウクライナを侵攻したのか?その理由の一端を説明している本。
しかし、プーチン大統領個人を分析するだけでは、現在のロシアの行動をすべて説明はできまい。実際には、ロシアがいくら独裁国家といえど、プーチン大統領個人だけで重要な政策決定を勝手に下せるとは思えないので、この本だけでウクライナ侵攻含めたロシアの行動の背景すべては説明できないだろう。
だからといって、最高権力者である大統領の頭の中を理解することの重要性はもちろん薄れない。
筆者はハーバード大で博士号を取得する程の明晰な頭脳を持つ、フィオナ・ヒル女史。本書の刊行は2024年2月24日以前のことである。今回の侵攻も踏まえた続編の刊行が楽しみである。 -
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ネタバレ【個人的経験と社会のつながり…疑うのは自分の認識】
前作の第一感と、
少し重なるようで、
でも今回はさらに人間を扱う。
知らない人に対するバイアス、
判断を謝り、
誤解がどのように生まれ、
時に取り返しのつかない事件を生むか。
警官の暴力、スパイ、独裁者、小児性愛者、…
扱う事例、伝えたい現実が、重い内容だからこそ、
伝え方でどれだけ伝わるかが変わってくるお話。
巧みなストーリー展開で、自分事として考えることのできる本になっていました。
・・・
・トゥルースデフォルト理論
真実を見抜くより、嘘を見抜く方がまちがいやすい、との研究結果があるらしい。
疑いが十分でないから信じる。
この状況を打破するトリガーは、疑いを確信する状況がいるらしい。
デフォルトを覆すのは難しい。
・透明性、透視性の例外
実際にまとう非言語情報が典型と一致していない人もいる。
文化間でも実は表情の意味に違いがあったりする。
・非対称な洞察の錯覚
「相手が自分を知るよりも、自分のほうが相手のことをよりくわしく知っている」「自分にはより優れた洞察力があり、相手の本質を見抜くことができる」「自分は誤解されている」「不当に判断されている」
お互いがこのような確信の下で会話すると、相手に対して、なかなか忍耐強く対応することができないという。
・結びつき(カップリング)理論
人の行動が、その人の性質だけではなく、その人の置かれた環境、状況、場所との結びつきに起因しているという話。
要因は代替され、その人にはいずれ起こる「置き換え」と対比される。
天然ガスへの切り替え政策が実施された時期に、一酸化炭素中毒の自殺が増えたらしい。
自殺はその人の性質だけではなく、置かれた環境と結びついて発生している例。
この結びつきを示すグラフは、その環境要因に揺さぶられることが分かる。
・・・
・個人的なやり取りから得た情報への過信
この本は見知らぬ人、の話だけれど、知っている、と思っている人についてもどこまで知っているかを過信しがちであると言っているのだろうと思う。
直接会って話を重ねたひとが、逆にヒトラーという真の人間の姿を見極めることができなかった事例。
個人的な交流から得た情報に価値があると信じる傾向は、たしかにある。
覚えておきたいのは、
ー.人間は複雑であり、変化し続けること。
ー.狂人、例外はいる。
対面面接なのでの印象や、会った時の感覚が大事だというのは、
より人間的であることを望む時。
特定のスキルや真偽を調べる際には、それ以外の情報をできるだけ排除してバイアスができるだけかかりにくい状態で評価すること、も前著に触れて述べられていました。(オーケストラの例)
実際は、その客観と主観の評価の混ざり合いなのかもしれないけれど。
・確かにみんなを疑うことはできない、
でも一度人間不信になったら、なかなか立ち直れなかったり。
自分の受けた心理的影響の大きさ、人に対する考え方。
恐怖心はまず強いと思う。
・・・
・真偽を覆すコストも
ジャニーズの問題と重なるような事例があったけれど、
リークするかしないか、
現状を信じつづけるかという点に加え、
現状に間違いを認めても覆すコスパがどうか、という点も大きいと思う。
認知的不協和とか、正義感とか、社会構造とか、
社会と個人の行動の関係って、複雑だということでもある。
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「あなたのよく知らない他者はけっして単純ではない。」
だから、見知らぬ人を理解しようとするとき、
慎重さ、謙虚さを持つこと、理解への限界にも自覚的であること。 -
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ネタバレ「異常殺人」という邦題からはシリアルキラーの捜査を中心に書かれるのかと思っていたが、どちらかというとポール・ホールズさんの自伝のようなものだった。
「未解決殺人クラブ」でミシェル・マクナマラさんの話が出てきていたので、もう少し登場するかと思ったが、ミシェルさんはホールズさんの捜査官人生の中ではほんの少しの期間しか接触していなかった。しかし最後の最後にGSKの逮捕の重要人物になったのもミシェルさんとの関わりの中で起こったことだったし、もう事実は小説よりも奇なりを地で行くような話だったなあ、と思う。ミシェルさんの死が薬物過剰摂取というのが哀しい。
日本では、シリアルキラーがパッと思い浮かばない。ウィキペディアで見てみたら、結構いたけれど、アメリカには遠く及ばない。
アメリカに比べれば、日本は殺人事件が少ないように思える。そして科学捜査は全くアメリカに追いついていないように思える。
もちろん国が違うから当然なのかもしれないけれど、もう少し科学捜査に人員を割いてもいいのではないかと思う。
ホールズさんにとっての刑事による捜査を教えてくれたコンビ、コナティーさんとジャコメッリさん。そのジャコメッリさんの殉職、これもきついなあ、と感じた。自分の友人と遺体安置室で会うって、とても辛い体験だろう。
カリフォルニアでは死刑制度が復活したという。死刑廃止を主張している日本人はこのことにどう思っているのだろう。また仮釈放から数ヶ月後に性犯罪、殺人を犯した人が書かれていたが、それについてはどう思うのだろうか。
職場恋愛が禁止されているとか、ちょっと驚きの事情も本書に描かれている。ホールズさんはかなり繊細な人だと思えるし、二人の奥さんは非常に大変だっただろうな、と他人ながら思った。そしてあまりに凄惨な事件に対峙していると信心深い家庭で育っていても性悪説に傾いていくのだろう。
ホールズさんは被害者に自分の電話番号を教えている。多分、日本ではそういうことは出来ないと思う。妻の心には寄り添えなくても被害者の心情は慮ることが出来る、それが事件解決の原動力になる、なかなか人間性の不可思議を感じさせる話だった。
最後に解説を書いていたのがデーブ・スペクター!驚きである。 -
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「風光明媚な湖水地方で農業なんて、きっと毎日が美しくて素敵!」そう思って本を開く人は、農業が直面する「現実」にきっと衝撃を受けるだろう。大規模で工業的に行われる農業の影響で農産物の価格が下がり、中規模で家族経営の農家の経営が厳しいものとなっている現実。生と死が身近にあり、疫病や担い手の減少など美しい事ばかりではない現実。
はるか昔の先祖の代から湖水地方で羊飼いとして暮らしてきた著者だからこそ書ける日々の暮らしや農業に対する意見は、日々オフィスで働く現代人にとって一読の価値があると思う。
スーパーに並ぶ肉や野菜はどういった過程でここに並んでいるのか、その生産は今後も持続可能なのか。
当たり前にそこにある「食料」や「自然」について今一度考えさせられた。