濱野大道のレビュー一覧
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[多様な顔,統合された人格]世界で最も影響力のある人物とも言われるロシアのプーチン大統領を,6つのペルソナ(人格・仮面の意)を持つ人物として読み解こうと試みた大作。現代ロシアを考察する上で,欧米においては非常に高く評価されている作品でもあります。著者は,トランプ政権下で米NSCのロシア・欧州上級部長に任命されたフィオナ・ヒルとブルッキングス研究所のシニア・フェローを務めたクリフォード・G・ガディ。訳者は,濱野大道と千葉敏生。原題は,『Mr. Putin: Operative in the Kremlin』。
非常に実証的かつ体系的にまとめられているプーチン大統領理解のための必読書といった感のある一冊でした。プーチン大統領を一刀両断的に捉えることなく,その複雑さを受け入れながら解説を進めていく筆に,真摯かつ高度な学究姿勢が伺えるかと。解説書的な記述ではないため,読んでいて面白い点も高評価のポイントです。
〜本書の執筆を通してわかったのは,ウラジーミル・プーチンにとって大事なのは,情報が真実かどうかではなく,彼の言動を相手がどうとらえるかである,ということだ。プーチンにとって興味があるのは,特定の現実を伝えることよりも,その情報に対する周りの反応を確かめることなのだ。〜
分厚いですがロシア入門書としても実は良いのかも☆5つ -
Posted by ブクログ
毎年恒例、プーチン大統領が国民の質問に丁寧に答えてくれる
よという茶番劇…じゃなかった、TVショーが今年もロシアで放送
された。
そこに登場したのが誰あろう、エドワード・スノーデン氏である。
そう、アメリカ政府の情報監視活動を暴露した、元NSA(米国
国家安全保障局)の元職員だ。
アメリカ政府による監視活動んいついて述べた後、ロシアも
同じような監視活動をしているのかというのがスノーデン氏
からの質問だった。
プーチン閣下曰く「情報収集に関しては法律を順守して行って
いるが、アメリカみたいに豊富な予算し、技術的能力もないさ」。
あぁ…元KGBがこんな答えですよ。なんたる茶番。
さて、本書である。ある日、著者は1通のメールを受け取る。署名
には「キンキナトゥス」。古代ローマで独裁官に指名されながらも、
反乱軍を鎮圧したのちに独裁官をあっさりと返上して、平民に
戻った伝説の人物。
このメールの差出人こそ、エドワード・スノーデン氏である。
本書は大きく3つのパートに分かれている。第1パートは著者と
スノーデン氏との接触から、スノーデン氏が持ち出した秘密文書
をいかにして公開するか。スクープを掲載することになった英紙
「ガーディアン」との駆け引き。
第2パートは実際にスノーデン氏が著者に託した文書の一部を
掲載し、どんな監視方法が取られていたかを詳しく解説している。
そして、第3パートは報道後のアメリカ大手メディアの反応と、
著者が考える報道の役割である。
アメリカ政府の世界規模の監視活動の内容も、報道当時と同様、
ショッキングだ。だが、それ以上に衝撃だったのはアメリカの大手
メディアが行ったスノーデン氏及び著者に対するネガティブキャン
ペーンだ。
ペンタゴン・ペーパーズやウォーターゲート事件を報道したアメリカ
のメディアは、いつから政府の提灯持ちへと変身したのか。
9.11後、アメリカは「テロが起きたらどーするんだよ」と国民の恐怖
を煽り、愛国者法などという悪法を通して来た。NSAはアメリカ人に
対する監視活動は行わないと約束していたが、それさえもテロの
脅威の名の下、なし崩しになった。
アメリカ政府が言うように、テロを未然に防ぐ為に必要であるので
あれば、ボストンマラソンでの爆破テロは未然に防げたはずだった
のではないか。
日本でも特定秘密保護法案が出来、国家安全保障会議が誕生
した。将来、アメリカと同じことをしないとは言い切れない。
他人事ではない。こうしてネット上に、ああだこうだと書いてる
ことが、どこかで秘密の目に監視されているのだから。キャー。
尚、アメリカがドイツのメルケル首相の携帯電話を盗聴していた
との報道があった後、「安部首相の携帯電話は大丈夫」と官房
長官が胸を張って断言していた。
それって…盗聴に値しない人物ってことですけど。 -
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イギリス湖水地方で、600年以上に亘り代々牧羊を営み続けてきた家庭に生まれた著者の半生。夏、秋、冬、春と4つの章立てで構成されている。祖父や父に学び、恐らく著者の幼い子供も同じく、他の選択肢なく羊飼いを生業とすること(その繰り返しが600年間継続している)、時に過酷な自然環境、生き物の生死、生き物の血や体液が日常にある生活、子供たちに当たり前のように体験させる著者の考え、などが、取り立ててドラマチックではなく淡々と描かれている。
是非とももう一度読みたい。
またまた読んだ。なせだか、読みながらいつも思い浮かべるのは、上高地の山小屋の人々。先祖(といっても上高地の山小屋はまだ三代目とか四代目で湖水地方の600年には程遠い)から引き継ぎ、美しく、厳しい自然と向き合う。先祖から引き継いだ生業であるけど、その場所は自分たちの所有する場所ではない(国立公園)。先祖から一家総出で守ってきたけど、多くの観光客が勝手に通り過ぎる。場所を守るために、厳しい言葉も通り過ぎる人々に投げかける。義務を守りながらも、多くの観光客は通り過ぎるだけ。 -
一般市民に対する集団監視とは?
一般市民に対する盗聴、盗撮の拡大による実害は、最近ネット上で散見する『集団ストーカー』というものにも関係しているのでは?と思っています。この本でのスノーデンファイル序文には次の文章が記載されています。 『・・・社会から爪弾きにされた若者が 軽微な違反を犯し、世界最大の監獄制度の中で耐え難い結果に苛まれようと、私たちは社会全体として見て見ぬふりを決め込んでいます・・・』 そして2014年、NBCニュースで のスノーデンのインタビューでは『・・・he called it ,could get inside your thought process・・・』と言っています。
また例えばウィキリークスにある文章『 エネルギー武器(DEW)、神経作用兵器、そし て100通りの組織的ストーカーの拷問とその乱用についての要約 』ウィキリークスサイト (http://wikileaks.org/gifiles/docs/ 16/16811_fw_impeach_these_criminals_please_with_100 _attached_torture.html) ここでは、世界各国のターゲットにされた被害者の情報が載っており、またこのようなことは恐ろしいことですが、日本でも行われていると思います。なぜその兵器の情報がメディアから出てこないのか法整備はされないのか疑問です。 技術的なことではアメリカの特許 である脳活動監視についての研究(2000年4月.A.Mardirossian博士、US Patent 6011991 )など他の特許も色々あり、(1994年 Donald York神経学、Thomas Jensen 言語学)両博士による脳波による言語変換を成功させている例もあり、信憑性はあるのではないかと思っています。
『集団ストーカー』の問題は権力に対する邪魔者を排除すること、また大衆を動かす心理技術的な洗練(コインテルプロなど)という意味で、別の問題としてみえる,原発の不利な情報をもみ消す力、平和活動に対しての圧力など源は同じところから来ているのではないか?と思います。それはつまるところ、真実の情報が一般にはなかなかおりてこず、権力者の都合の良い情報しかもらえないということに尽きると思います。 -
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ネタバレ◆英ジャーナリズム発、日本論on性犯罪◆
●日本のメディアと警察組織と犯罪・事件の課題。
イギリスのメディアと家族生活の課題。
それらがコンパクトにまとめられている 。
個人的におもしろいのは、
イギリス人ジャーナリストの目を通して描かれる
日本の社会の風俗と解釈である。
日本の裁判制度や警察機構に対し、
想像力の欠如した犯罪と向き合う組織だと喝破。
「お巡りさん」と「ビーポ君」にイメージされる
親しみやすい権力組織としての警察機構。
外国人の体験する”ガリバー体験”と
日本の遠慮と礼儀正しさという文化。
●とりわけ、在日朝鮮人社会と
水商売の実態と日本の性文化の記述は
興味深く読ませてもらった。
著者が参考にしている文化人類学者アン・アリスンの博士論文「夜の仕事-東京のホステスクラブにおける性・快楽・組織内の男らしさ」は是非読んでみたいと思った。
世界に類をみたい、多様な性分化を産み出す
日本の社会のありかたや、クラブオーナー 宮沢櫂の説明する外国人女性への理解と蔑視発言に日本人一般の海外女性への態度を感じ取る記述は、
外国人ホステスに言い寄ってくる男たちのメール文面の気持ちの悪さとあいまって、独特の日本人論を表明している。
また、在日朝鮮人という課題については、”タブー視することによる(アンタッチャブル化による)差別問題の課題”というテーマに迫っている。
●一方で、娘を探し出す親の側では、ブレア首相の関わりから、娘の居所を知っていると続々と登場する詐欺師たちの登場で、文化を超えた現代社会の不気味さを醸し出している。
●個人的に目が離せないのは、
こうした国境と文化をまたいだ不可思議な状況のなかで、ホステスたちの暮らす住居のユニットバスなどがさりげなく説明される挿話ですらなく、ただただ状況の形容のように登場してくることだ。
ユニットバスの排水溝には、
濡れた髪の毛と、皮膚のカスがからみついている。
著者は、こうした描写を、つまり細部を描くことを怠り無く文章に挿入してくる。その姿勢に傾倒してしまう。
本書は現代社会論であり、一種の民族誌であり、
一級のフィールドワークの書である。
●なお、著者自身は、この書物の意図について
BLOGOLOSでのインタビューに答えて
以下のように語っている。
『(本書の目的は) 「こいつは怪物だ」「こいつは悪人だ」とレッテル貼りをすることではないからです。
そういってしまうと、そこでその会話、ストーリーは終わってしまう。そうでなく、「どうしてそういう人物が生まれたのか」と考えていく作業を、私はこの本を通じて進めていったと思っていますし、「何がその人をそうさせたのか」ということに重点を置いて執筆しています。』 -
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社会人としてのキャリアの大半を東京で過ごしている1968年生まれの英国人記者によるルーシー・ブラックマン事件に関する記録。
単なる犯罪・裁判記録というより、多くの関係者に対するインタビューを中心とする緻密な調査を時系列で再構築することで、サスペンスやミステリーを読んでいるかの錯覚に陥る。
ルーシーの父母・妹弟、親友たちの確執については、決して片方に肩入れすることなく、中立に書いている。
在日朝鮮人としての織原の出自についても詳述。著者が織原の弟と対面するシーンは手に汗握る。
織原はルーシーブラックマンの準強姦致死については無罪となっているものの、その他の準強姦致死と準強姦については有罪が確定し無期懲役で服役している。すなわち、織原が模範囚として服役を続ける場合、彼は刑期30年、すなわち15年後に釈放される可能性がある。その時、織原は78才。
翻訳も非常に読みやすい。本の紙質とフォントも良い。
2015年4月第一刷。 -
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六本木、日本で唯一ガイジンであることを忘れられる場所。外国人と遊びたい外国人、外国人と遊びたい日本人、そして日本人=外国人目当ての女性と遊びたい外国人の男が集まる街。そこで目立つ3つの集団は主に客引きのアフリカ人、六本木ガールズと呼ばれる外国人狙いの日本人女性そしてダンサーやストリッパーやホステスとして働く若い白人女性たち。行方不明になり後に遺体が発見されたルーシー・ブラックマンも短い間だったがその中の一人だった。
普通の女の子だったルーシーは一般的な美人ではないがかなりの長身と見事なブロンドで目立つ存在だった。お嬢様学校になじめずシティの銀行で働くと儲けた金は使うことと言うシティの掟に染まり、カードでの買い物で 借金生活が始まる。おそらく使わなければ返せる額だったのだが、世界を旅したいと考えたルーシーが選んだのは英国航空の客室乗務員だった。日本では高嶺の花の客室乗務員もルーシーにとっては救いにならなかった。国際線乗務で給料は上がったが借金は増える一方で、深夜の長距離便は重労働だった。どの国に行ってもホテルの部屋の景色は同じで時差ぼけに苦しみ現地の文化や食事を楽しむことはできなかった。そしてルーシーは日本行きを計画する。
ルーシーの親友であるルイーズがルーシーの借金を返すために計画したのだがルイーズの姉エマが「東京に行けば、独創的で刺激的な生活を送りながら大金を稼げる」と請けあった。そしてエマのホステス時代の友人クリスタがルーシーとルイーズのために代々木ハウス、ルーシーが言うところの豚小屋を予約しておいた。実はこのクリスタもルーシー同様に薬の入った酒を飲まされ被害にあっている。日本についてわずか数日後ルーシーとルイーズは小さなナイトクラブ「カサブランカ」で働きだした。仕事は酒を作り日本人の退屈な話を聞き、笑顔を作り楽しいふりをすること。そして白人女性が提供するのは物珍しさにすぎないと実際にホステスとして働いたデューク大学のアン・アリスン教授は論じている。多くの日本人男性は西洋人女性とのセックスを妄想するが、実際に妻や愛人にするには恐怖心があると。
愛想が良くすぐに人気が出たルイーズとは違い、ルーシーの同伴相手はほぼ一人だった。そのルーシーが携帯を買ってくれるという客と会って出かけたきり帰らなかった。警察は相手にしなかったが、イギリスのマスコミが騒ぎ出し沖縄サミットのタイミングで来日したブレア首相が森首相に解決を依頼したことからルーシー事件は注目を集めることになった。
この本の主役はルーシーと言うよりは父親のティムと犯人の織原城二だろう。浮気が原因でルーシーの母と別れたティムは東京の生活を楽しんでいるように見えた。娘を誘拐されて悲嘆にくれる父親と言うステレオタイプには当てはまらず、積極的にマスコミに出て駆け引きをした。支援者の金で六本木で飲み歩いていると言う批判もあれば、後には独断で織原からのお見舞い金約1億円を受け取っている。織原が責任を認めたわけではなく、悲嘆にくれる家族を助けたいと言うのがその主張だが実際にはティムを寝返らせるための賄賂だ。
犯人の織原は自主的に日本に移住し戦後そのまま日本に残った在日コリアンの二世で生まれた時には金聖鐘、後に通称を使い星山聖鐘と言う名前だった。父親は駐車場、タクシー会社、パチンコ屋を経営して成功し当時の大阪の大富豪のひとりだった。織原はカトリックの幼稚園、教育大附属天王寺小から慶応附属高に進学し田園調布の家政婦付きの1軒屋で暮らし始めた。高校では友達を作らず一人で横浜のディスコに遊びに行くような学生だった。20代で仕事をした気配はなく30代で不動産開発に相続した金を突っ込んで大きく利益を上げたらしい。妄想だけの多くの日本人とは違い織原は実際の行動に出たがこれも薬を使ってというあたりかなり歪んでいる。
織原は数十台のプリペイド携帯を持ち、ナイトクラブで働く白人女性を葉山のリゾートマンションに誘い出しては薬入りの酒で眠らせ陵辱を繰り返した。被害者のほとんどはノービザで働いていたため警察には届けなかった。届けた場合も今度は警察がまともに取り合わなかった。ルーシーの失踪後、織原の仕業と考えたクリスタを含めた4人が警察に情報提供したがそれでも相手にしない。最終的には代々木ハウスへかけたプリペイド携帯の番号が織原逮捕へと繋がったのだがルーシー事件については証拠不十分となっている。
六本木のクラブのオーナーによると1時間で帰る客のことは気にしない。1万の勘定からホステスに3千円払うと店の儲けはほとんどない。最初に来た客には店で一番の子をつける。もし客が気に入っていないようなら2番目の子に変わりここで延長に持ち込むかが勝負。延長に持ち込むことができれば別の子をつける。そしてさっきの子と話をしたければ指名料を払えということだ。そしてちょっと待たせれば3時間目に突入。トイレに行く途中で時計を見たら帰ろうと考えている証拠、そこでNo.1を投入する。1本3万円のシャンパンを頼み空ける頃にはもうその子は席にはいない。彼は外国人女性を愛し同時に軽蔑した。一方でクリスタはなぜ東京が社会不適合者を惹きつけるかに気がついた。この街ではみんな等しくガイジンで共通の疎外感で括られるため個人として抱える疎外感が吹き飛んでしまう。ジロジロ見られることに慣れるとどうせ変なガイジンだからと逆に自由になれたという。
ルーシーはなぜ織原について行ったのだろうか。ロンドンであれば見知らぬー特に好意を持っていないー男性の家に一人で上がり込みはしない。しかし初めて見た日本人男性たちはかわいく、シャイで時には退屈だったのかもしれない。いかにも安全そうな男にドライブに誘われ携帯をもらい、そしてシャンパンを一口。多くの外国人ホステスはそのまま何事もなく家に帰る。 -
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これに星5を付けることに、心理的な抵抗がある。
英国から日本に来た若い女性が行方不明になり、家族がやってきて探してくれるように訴える。
やがて捜査が進み、女性は遺体で発見される。
この、実際に起きた事件が特異なのは、家族が、事件解決に向けて戦略的な動きを見せた、ということのように思える。よくテレビや報道で見るのは、被害者の家族は、うなだれ悲しみ、涙を流しながら訴える姿である。しかし、被害者の父親は、日本の警察の捜査状況に不安を感じ、どうやったらメディアがこの事件を取り上げるかを計算し、行動した。
だからこそ、この事件は大きく取り上げられ、当時のイギリスのブレア首相から日本に申し入れが行われ、日本の警察も捜査に本腰を入れ、その結果解決したように思う。
けれど。
死んだ人は帰ってこないのだ。
このノンフィクションは、事件がなぜ起きたのか、犯人はどうしてこのような事件を起こしたのか、を主軸としていない。今生きている家族らが事件とどのように向き合ったのかを丁寧に描いている。
ホントに小説かと言う位のドラマティックさだ。
……それを、作品として楽しむ自分が居て、それは、いいことなのか、すごく迷いがある。
著者の視点の明快さと優しさがあるから救われた本。 -
Posted by ブクログ
六本木のクラブで働いていたイギリス人女性が行方不明になり、三浦半島で遺体となって発見された事件。今となっては、この程度の記憶しかなく犯人の名前すらすぐに思い出せない。
犯人は在日韓国人の織原城二。在日韓国人であることを日本のマスコミが報じたかどうかも記憶が曖昧だ。
事件は、2000年に起きているが、2007年に市橋達也がイギリス人英語教師リンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害した事件と混同しがちである。
本書は被害者となったルーシー・ブラックマンさんの親の生い立ちまで遡り、家族関係も綿密に取材している。犯人の織原城二についても詳細な取材をしていて日本のジャーナリズムとの違いを見せつけられた感がある。
日本の警察が組織を過剰に重視する特殊性にも言及している。日本の警察の検挙率が高いのは、警察が優秀なのではなく、日本国民のモラルが高いからとの指摘があった。確かに、前例のない犯罪に対して、日本の警察が右往左往している姿はよく見かけるし、国民のモラルが下がりつつある昨今は警察の威信も下がってきているように感じる。
日本がグローバル化するということは、警察、マスコミ、国民も国外からの視点による本書の様な考察に多く触れるということではないだろうか。
グローバルスタンダードを積極的に受け入れる必要があることを啓発してくれる良書である。 -
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あのルーシー・ブラックマン事件。私は家族で並んで記者会見している図を覚えていて、父親が頑張っているのだなと。
その父親の、行動力が無ければわからなかった事実、警官があれだけ動かなかっただろうし、ブレア首相まで事件解決を日本に要請することも無かったのだろう。その類まれな行動力と、一方で、到底品行方正とは言えない日本での行動、犯人の男から多額の賠償額をもらい、クルーザーを買ってしまう非倫理的といえるようなことをしつつも、第2のルーシーを作らないためのNPOを成功させてもいる。えらい複雑な人格にくらくらとしてくること必定。
裁判結審まで10年以上かかっていたとは知らなかった。
関係者全ての状況がその間に変わり、それぞれが自立と再生の道を歩んでもいる。
犯人の性癖は恐ろしいもので、発覚していないレイプ・殺人があるとしか思えない。ただそれを産んだ日本社会にも一端の責任があるのだろう。 -
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[大都会の沼地に、足を取られて]「六本木でホステスとして働く元英国航空の客室乗務員のイギリス人女性が、突如謎の失踪ーー」。世紀末を控えた日本でスキャンダラスに報じられたルーシー・ブラックマン事件の内幕と関係者の心の内を探ったノンフィクション作品。一次資料や関係者の資料を基にしながら、事件に潜む数々の謎に迫った一冊です。著者は、「ザ・タイムズ」紙のアジア編集長・東京支局長を務めたリチャード・ロイド・パリー。訳者は、ときに涙しながら本書の翻訳作業を完成させたという濱野大道。原題は、『People Who Eat Darkness-The True Story of a Young Woman Who Vanished from the Streets of Tokyo – and the Evil That Swallowed Her Up』。
今年読んだ本の中でも間違いなくトップクラスに入ってくる一作。加害者の闇、被害者の闇、それぞれの家族や関係者の闇、そして東京の闇……。著者の筆によりずるずると音を立てて引きずり出される漆黒の数々に、ページを繰る手が止まりませんでした。この事件のことを聞いたことがないという方を含めてぜひ一読をオススメしたいです。
20年以上に及ぶ日本における滞在歴があったからこそ書けるであろう著者の日本社会を見つめる眼差しにも感銘を受けました。絶え間ない興味や深い親近感と同時に、一歩その社会からは足を引く絶妙な間の取り方を知ることができるだけでも、本書を購入する価値があるかと。そして何より、著者のたどり着く下記の結論(それはそこだけ切り取ると奇妙に無色透明になってしまうのですが)に胸震わされました。
〜彼女は決して軽率でも愚かでもなかった。ルーシーは--安全ではあるが複雑なこの社会で--きわめて運が悪かったのだ。〜
こういう作品に会うために数々の本を読んでるんですよね☆5つ -
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政府による通信の無差別監視。実際に行われていたという話には暗澹とした気持ちになります。しかもアメリカがやるとなれば世界的な影響があります。インターネットのインフラも、人気のあるサービスもアメリカに集中しているわけですし。
スノーデンは日本のNSAにデルの社員として派遣されていた時に、機密情報のリークへの気持ちを強くして行ったようですが、日本で何を見たのかがきになります。「それまでより高次元の監視上の機密」「無人機によって殺される運命にある人々の監視映像を見たこともあります」等記述はありましたが。
この本では当然触れられていませんが、日本政府がこの件をどう捉えているのか、今後どういうスタンスで行くつもりなのかも気になるところです。 -
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米国のインターネット盗聴を暴露したスノーデン。その情報を得て発表した記者グリーンウォルドによる、事の顛末とその影響を描いたノンフィクション。ロシアに逃れたスノーデンは、米国政府の引き渡し要請や国防観点からの非難があり、いまだ進行中の案件である。情報を渡していた米IT業界の各社についても、秘密情報の保持という点で信用を落としており、これまでのように無条件に信頼を得れらる存在ではなくなっているようだ。
世界の通信情報を収集するという「PRISM」の存在についてはスノーデン以前から噂にはなっていたものの、自分としては現実のものとも思えずトンデモの類かと思っていた。本書を読み、本当にここまでやっていたのかというのが感想だ。全ての情報を収集するということが、その対象となる量からして現実的とは思えないことと、全てを収集できたとしてその情報量が多すぎてそこから有益な情報を得るのが難しいのではないかと直感的に考えていたからだ。
電話の仕事をしていたらCALEA (Communications Assistance for Law Enforcement Act)対応機能が米国向けでは必須であることは知っていた。司法の許可があれば米国内の全ての通信は傍受可能とするのが目的だ。その思想を敷衍するとすべてのインターネット通信を捕捉しようとするのは当然の帰結なのかもしれない。特に911の後の世論やジャーナリズムは、これをよい機会とする人々によって利用された。
米国ではHuaweiやZTEなどの中国製ネットワーク機器は国家安全保障上のリスクから採用されないということになっている。中国のメーカーは、本当にそういうことをやっているのかもしれないが、自らが外国に対してそのようなことをしているという事実からこそ逆に実行されている政策とも言えるだろう。そこまでやるのか、という観点で見ると、先日のOpenSSLのバグも、彼らが置いたバックドアなのではという噂も現実的になってくる。米国が選定した暗号方式であるAESについても何か裏があるのではとこうなると勘繰りたくなる。日本の通信などは裸になっているのだろうか。
著者は、第4章で政府が監視しているという事実が社会与える影響について論じる。監視の対象になるのは、悪いことを考え、悪いことをしようとしているものであり、われわれはそのために庇護されるのだという考えを非難する。
フーコーが『監獄の誕生』以降で分析した内的監視のメカニズムがまさにすみずみまでその射程に捉えようとしている。人は、自らの自由意志という錯覚をもってその監視社会の中で住むことになる。それは、抑圧的で不可逆的なプロセスであり、自分は悪いことをしていないので、気にならない、という話ではないのだ。
著者は、米国政府だけでなく、唯々諾々として政府の意図に沿う大手ジャーナリズムも批判する。それこそが大きな問題なのかもしれない、と。
物語としても面白いが、事実として知っておくべきが書かれている本。