吉川永青のレビュー一覧
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悪名残すともは、これまで謀反人という印象しか持っていなかった陶晴賢の人生を描き、なぜ彼が悪名を背負う道を選んだのかを考えさせられる物語であった。
陶晴賢は、単なる謀反人としてではなく、「主家を思うからこそ動いてしまった人」として描かれているように感じた。大内家を守るために必要だと信じ、そのために動いた結果、本来なら選ばなかったはずの道へ踏み込んでいく。一本気で堅物な人物と言ってしまえばそれまでだが、そこには主家を思う強さと不器用さがあった。
毛利元就は、その対比の中でより現実的な人物として浮かび上がる。情ではなく状況を見て判断し、必要であれば切り離すこともできる人物である。その冷静さは非情というより、「家を残すために必要な選択」として描かれていたと感じた。
この物語の中で特に印象的だったのは、陶晴賢が大内家を守る思いから出発しながら、その思いが強すぎるあまり視野が狭まり、結果として自分自身と大内家の滅亡へと繋がってしまった点である。守ろうとする気持ちが裏返り、別の方向へと進んでしまう危うさに人間らしさを感じた。
この物語には「どちらが正しいか」という単純な答えはない。それぞれが自分なりに主家を思い、家を思い、生き残るために動いている。その結果として選ばれた道が交差し、歴史としての結末へと繋がっていく。
読み終えたあとに残るのは、「それぞれが何を守ろうとしたのか」という問いだった。そしてその中で、誰もが自分の信じるものに本気だったということだけが確かに残っている。
作中で語られる陶晴賢の「それでも成さねばならぬなら…我こそ、進んで悪名頂戴せん」という言葉は、まさに彼の生き様を象徴しているように思えた。非難されることを承知の上で、それでも主家のために行動する。その覚悟に触れたとき、単純な正しさや悪さでは語れない人間の在り方を強く感じた。 -
Posted by ブクログ
これは秀逸。
戦国時代の脇役の心理がわかる。作者によって見方が少しづつ変わるのも面白い。作品の並びも素晴らしい。秀吉の朝鮮出兵が与えた武将らの心持ちが、それ以降の人生を変えていく様もしゆういつ。
・人を致して、伊藤潤
人に致されてきた家康、今回も三成が取り除きたいと考えた武将に絡む策に乗る。
・笹を噛ませよ、吉川永青
敗軍の将につかい続けた槍の名手可児歳三、とった首には笹を噛ませる。一番槍を横取りした味方の井伊直政を追う。何のために戦うかを学んだ才蔵、直政の配慮。
・有楽斎の城、天野純希
信長の13歳下の弟、父信秀の11番目の男子として生まれた。武芸よりも芸事。武運にも見放され茶の湯にハマる。武将らからは蔑まれるものの兄の威光で本能寺後も配慮される。その有楽の心の動きを一人称で追う。
・怪僧恵瓊、木下昌輝
恵瓊は元々武田の一棟、安芸の武田。信長や秀吉の行先を予言。父が毛利に殺された恨みは忘れてはいない。毛利に恨みと感謝、どのような策を練るのか。吉川広家を主人公に展開。
・丸に十文字、矢野隆
島津維新義弘、激情の男。家康の依頼に意気を感じたものの、また三成は三成、急激に冷めた心を、また、燃え上がらせたものは。
・真紅の米、冲方丁
小早川金吾中納言秀秋、子どもの頃から必要なものは全て与えられてきた。食としての米、財政としての米、を知り、朝鮮出兵の総大将も経験。三成の所業に不満。こだわった米に毒。
・狐狼なり、葉室麟
三成は誤算ではなく、自ら計算づくでこの結果を導いたと言う。これは無理あるんちゃう?と思いました。すいません。 -
ネタバレ 購入済み
「隅々まで遍く幸ある世」を造ることを夢と掲げる木曾義仲。
まずはそのために平家を打倒すると。なぜならば平家は幸を独占しているから。
世話になった中原兼遠に甘いと言われながら、それが理解できないまま旗揚げすると、
平時はどちらかといえば穏やかな気性が一転、源氏の荒ぶる血の故か、バーサーカーと化してしまう。
特に倶利伽羅峠の戦で平家を壊滅させたその戦のさなかの高揚と後の落ち込みの落差が激しい。
京に上った後は、今度は公家や法皇との「付き合い」に翻弄され、人の欲を知り、苦悩する。
また叔父である新宮十郎行家や遠く鎌倉の源頼朝は、同族であっても心を一つにできないことがなかなか理解できない。
今までの直情径行で粗野なイメージとは少し違う、夢見る清廉な青年という感じの義仲が新鮮。
また、通常愛妾かつ女武者として描かれることの多い巴御前は、
壮絶で傷ましい過去を持つ女として書かれ、男のような郎党として義仲に従うというのに好感を持てた。
義仲の一の郎党である今井兼平と男同士のような友情が育っていくのが良い。
基本的には義仲視点だけど、時折巴視点が入ってくる。
最期、夢破れて鎌倉軍(源範頼・義経軍)に斃される直前で終わるけれど、清々しいともいえる義仲の一生だった。 -
Posted by ブクログ
題名に「家康が」と在るが、徳川家康を主要視点人物に据えた時代モノの小説である。
「徳川家康」とでも言えば、「誰でも名前位は知っている」という程度に大きな存在感の史上の人物で、小説等の劇中人物としても限り無く多く登場している。そういうことだが、本作は「在りそうで、余り無かった?」というような感じで綴られているかもしれないと思った。
本作は、最晩年に至った75歳の徳川家康が登場する。既に身体も少し弱っていて、先は長くないと自身でも自覚しているような状態だ。
そういう中で徳川家康は自身の来し方を振り返りながら「遺訓」というようなモノを纏めようとしていた。そこに学者の林羅山が訪ねて来る。
林羅山は、徳川家康の後継者である徳川秀忠の子に学問を指導するような役目を依頼されている。そうした中で「遺訓」に纏わる話しをするということも想定されていた。そこで徳川家康が遺そうとする言葉の「真意?」という話しになる。
結局は「恐れた男達」から得たモノ、学んだことということに尽きるのだと徳川家康は言う。こうして本作の物語が本格的に幕を開ける。
武田信玄、織田信長、真田昌幸、豊臣秀吉、前田利家、石田三成、黒田如水と徳川家康の人生に登場する人物達に纏わる挿話が展開する。これらは「徳川家康が林羅山に聴かせた話し」ということになっている。更に、真田信繁に纏わる挿話を思い起こしている場面も加わる。
こういう本作は「最晩年に来し方を振り返っている徳川家康の回顧録」であると同時に「時代を彩った様々な著名な人達を巡る“家康目線”の人物評」という様相にもなっている。
この「“家康目線”の人物評」ということで、織田信長や豊臣秀吉という人達に関する観方が少し独特で面白い。生い立ちの故に在るような、何処まで行っても満足出来ないような性分が、彼らの行動を規定したのかもしれないというような観方だ。これは興味深い。
これらの他、勝つ戦いを重ねていた驕りの間隙を突かれたというような想い、簡単に真似が出来ない人徳を見せた人物、底の知れない戦術や戦略で動いた人物と、様々な様子でなかなかに面白い。
「恐れた男達」と名前が挙がっている人物達の中、実際に家康の率いた軍勢と直接に戦い、家康が生命の危険を強く感じる羽目に陥れたという人物達も在る。それに関しては「怖い」という意味で「恐れた」ということになるかもしれない。そういう例の他、「厄介で面倒だった存在」という感じ、「簡単に真似が出来ない凄さ」という感じも交るのかもしれない。
結局、三河と遠江とを領国とした時期から関ヶ原合戦の辺り迄、家康の人生には「恐れた男達」が続々と現れたというような感じになるのかもしれない。
本作は、作中の林羅山の位置で徳川家康の回想の談話を聴いているような気分で、ドンドン読み進めることが出来る。なかなかに愉しいので広く御薦めしたい。 -
購入済み
家康の実像にせまるために
いろいろなヒントをもらった。
ともすれば江戸時代に神格化された徳川家康にやや嫌悪感を感じた若き日の記憶がある。この書を読んで家康の心のヒダまで書き出して人間、家康に大きく近づけたように思う。近年家康への親近感が高まってきた。奇しくも来年のNHK大河ドラマも家康だ。楽しみたい。