納富信留のレビュー一覧
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本巻ではローマに入った哲学からキリスト教父たちの登場を扱う。西洋哲学の他には仏教、ゾロアスター教やマニ教が取り上げられた。
章ごとに筆者が異なることから内容の質に差があるが、マニ教と東方教父の章が大変参考になった。
マニ教では筆者がユーモアを交えながら解説するためスッと頭に入ってくる。中でも教祖のマーニーを「ストーリーテラーとしては優秀」と評したのは笑みがこぼれた。
東方教父の章では日本人には理解しにくい三位一体説についてわかりやすく解説されている。なぜ神とイエスと聖霊が同一視されるに至ったのか。そもそもそれはどういう意味か。それを知りたい方にこの章だけでも読む価値がある。 -
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世界哲学史シリーズの最終巻。12月に別巻が出るらしいが、一応、本巻でおしまい。
シリーズの掉尾を飾る第8巻では、「分析哲学の興亡」、「ヨーロッパの自意識と不安」、「ポストモダン、あるいはポスト構造主義の論理と倫理」「フェミニズムの思想と「女」をめぐる政治」、「哲学と批評」、さらには「現代イスラーム哲学」、「中国の現代哲学」、「日本哲学の連続性」、「アジアの中の日本」「現代アフリカ哲学」とさまざまな角度から「世界哲学」の現在的諸相が扱われている。それぞれ興味深い論考が並んでいたが、自分自身はやや消化不良気味。その中でもやはり日本をテーマにした第8、9章は興味深かった。
全巻読み終わって、これから、ここから、色々と自分自身の問題を考えていく必要性を強く感じる。 -
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西欧中心となりがちな哲学を世界規模で、文明間での同時代的な関係(かならずしも影響関係ではない)をみながら、8冊でその歴史を辿ってみようというチャレンジングな企画の6冊目。時代は、「近代」になって、18世紀を中心とした話。
最初の3巻くらいは、なるほどね〜、この問題って、今でも形を変えて、議論しているよね〜、と興味深く読んでいたのだが、4〜5巻になると議論が専門的になってくる感じがあって、「頑張ってお勉強のために読む」みたいな苦行になりつつあった。しかし、時代が「近代」にかわって、また視界がすっきり広がってきた感覚。
18世紀になると、良くも悪くも、世界の中心は西欧+アメリカになる。資本主義、自然科学、産業革命などなどで、まさに西欧が先端に飛び出していく時代だ。その勢いは哲学の分野でも起き、人間の思考もなにか突き抜けた感じがあり、「現代」の社会に直接的につながっていくような議論が多い。
西欧の哲学者的には、第5巻でも扱われたデカルトやライプニッツ、スピノザなどを起点としつつ、ルソーやヒュームを経て、カントへ至る流れで、ほんといわゆる「哲学!」という感じのビッグネームが続く。
主な議論は、啓蒙主義、社会契約論、人権、理性的な認識の限界みたいな話しなのだが、人間の理性的な側面よりも、むしろ感情的な側面、そして理性と感情の関係というところにフォーカスがあたっている。
というわけで、総論の次の第2章は、いきなり「道徳感情論」がでてきて、ハチスン〜ヒューム〜スミスというグラスゴー学派ともいうべき議論が紹介される。この流れの完成者として、アダム・スミスが位置付けられる。(「普通」なら、社会契約論とか、百科全書派あたりからスタートしてもよさそうなところ)
そして、フランス革命に影響を与えたルソーもいわゆる理性や科学主義とは距離のある思想家なのだが、そこを起点としてアメリカ独立やフランス革命への流れも整理されるとともに、哲学的には、カントへの流れが整理されている。
哲学だけではなくて、ニュートンなどの自然科学との関係、植民地の独立や革命といった政治との関係が同時代的に整理されているところがわかりやすく、かつエキサイティングで、一気に読んでしまった。
特に、カントはそうだったのか!と目から鱗がたくさんおちた。これまで、本人の書いたものはいうまでもなく、解説書を読んでも全く理解できなかったカントが、ついになにを言っているかはわからなくとも、なにを問題にしているのかがわかった気がして、かなり感動した。ちなみに、カントについては、1章まるごと当ててあって、このシリーズのなかでは、これは別格の扱いだな。西欧哲学は、カント以前のすべてがカントに流れ込み、そして、カントから、すべての哲学が流れ出る、みたいな話しをどこかで読んだ気がするが、ほんと、その意味がおぼろげながら、実感できた。
ここで扱われている話題って、ほんと今でも未解決というか、アクチュアルだな〜と思えて、やっぱ、私たちが今いるのは、以前、この18世紀以降の世界システムのなかなんだなと思った。
さて、そういうふうに西欧+アメリカが、政治経済+自然科学で世界システムの中心になるだけでなくて、哲学において、突き抜けた時代で、イスラムや中国、日本の状況をみると、ちょっと「遅れている」感じがしてしまうのも事実。それでも、中国や日本で、微妙に儒学や和学が変化していくなかにも、なぜだか、「理性」と「感情」の関係がシンクロしているところも面白い。
次の「近代」は、19世紀の話しになるのかな?最終巻の「現代」は、どの辺の話になるのだろう?シリーズのあと2冊が楽しみ。 -
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世界哲学史の3巻は「中世Ⅰ超越と普遍に向けて」のサブタイトルが付されている。全部で10章の構成。コラムが4つ。
最初に「超越と普遍について」が手際よく概説されている。中世が古代に付け加えたものの1つが「超越」という論点であった。また「超越と往還は一体の問題なのである」(p.20)と指摘され、「極言すれば、中世において、人間は「旅人(viator)」であった」(同上)。そして、「人間が旅する者(viator)」であったことは、中世という文明の基本的ありかたを示している」(p.24)。
同じく普遍について。中世という時代は、実体論を残しつつも、関係性や流動性を重んじ、聖霊が伝達の原理として中心的な位置を持った。これについては第4章「存在の問題と中世論理学」で詳細に論じられている。かの『アベラールとエロイーズ』を見よ。中世においてメディアとしての聖霊主義は、「終末論的な歴史観、現実の教会批判、貨幣価値をめぐる変更を引き起こす、社会変革を引き起こしうる思想群となった」。アリストテレスの交換の正義、分配の正義、貨幣の問題は第7章の「ギリシャ哲学の伝統と継承」における『ニコマコス倫理学』の註解書を論じた箇所で詳説されている。
第5章「自由学芸と文法学」はとても重要な章だ。結論だけ抜き書きしておく。「ともあれ、こうして、他の言語によって蓄積された文化や学問を吸収し、自らの活動のうちへ取り込む手段としても発展していった文法学は、やがてヨーロッパ外の文化を自らの枠組みで翻訳・再構築する世界的な文法学化の母体を提供する」(p.124)。さらに現代思想とのつながりでジョルジョ・アガンベンの思想も取り上げられている。
イスラームやインド、仏教・道教・儒教などの話はなかなか難しくて理解できない部分も多々あったが、最終の第10章は空海の世界哲学的スーパースターぶりが縦横に描かれていて大変面白く読んだ。密教、最高!と思わず叫ばずにはいられないスリリングな章となっている。本巻の掉尾を飾るに相応しい章であった。 -
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「こんな時だからこそ先人の知恵に学ぼう!」というわけではないけれどもちくま新書から「初の」世界哲学史シリーズが刊行中ということで、シリーズの第1巻。第1巻は「古代1 知恵から愛知へ」。
世界哲学という概念は、大学生時代にカール・ヤスパースの『歴史の起源と目標』やヘーゲルの『歴史哲学』などを読んでいる身にとっては意外とハードルが低かったが、本シリーズの目標は当然これらの西洋哲学者の「限界」を超えていこうとするところにある。
第1巻は「哲学の誕生をめぐって」「古代西アジアにおける世界と魂」「旧約聖書とユダヤ教における世界と魂」「中国の諸子百家における世界と魂」「古代インドにおける世界と魂」とまずは古代人たちが世界をどう認識したのか、その中で人間の魂とはという問から入っていく。
第6章以下は、古代ギリシャの哲学誕生の場面からソクラテス、プラトン、アリストテレスとオーソドックスな西洋哲学史からの問い掛けがなされ、最後の第9章、10章で再びそれらがローマ世界、インド世界へと接続していく場面に立ち会う。
またティーブレークのように挟まれているコラムも読み応えがある。このシリーズは面白く、結構、はまりそう。 -
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第1巻では、似ているところもあるものの、国ごとというか、地域ごとに別々に生まれてきた哲学が、第2巻ではすこし影響しあうところでてくる。第3巻にくると、文化圏間での相互影響関係がさらに高まってくる。
とは言っても、まだまだ哲学は、文化圏ごとにそれぞれの発展の道を歩んでいる感じかな?
この巻では、キリスト教関係の話が面白かったな。とくに、東方教会(ギリシャ正教)の発展が新鮮。なんだろう、ここでは身体性とか、神秘主義的なスピリチュアリティとのつながりが重視されている。この傾向は、カトリック的な世界では、しばしば出てくるものの、異端として弾圧された流れだな〜。
自分のなかに神性があって、それを身体があるから、感じることができるというのは、現代では、分かりやすい方向かな?
あと、ネオ・プラトニズムやグノーシス的なものとも統合されているのが面白いな。
一方、西方でも、スコラ哲学が発達しはじめていて、ここでもプラトンやアリストテレス思想とキリスト教の統合が進んでいる。
天才的というイメージがあるアベラールの展開する議論は、当時の最先端なのだが、彼が読むことができたアリストテレスは、「カテゴリー論」など、「論理学」的な著作が中心であった。その後、西方世界にやってきた「形而上学」の議論はしらなかった。このため、アベラールの議論は、限界があったとのこと。
そうか〜、アリストテレスの考えたことって、ほんと数世紀あるいは、10世紀くらい先を行っていたということなわけですね。
プラトンやアリストテレスなど、ギリシア哲学の水準のレベルの高さに改めて、驚く。
あと、面白かったのは、中国における儒教と老子などの思想の統合、さらには、仏教徒との関係とか、とてもスリリング。
そして、中国経由の儒教や仏教が日本にどういう影響を与えたのか、そして、空海という人がの思想の深さがほんと衝撃。
空海は、当時、ほんと世界的水準で、「世界哲学」の先端だな〜。
第4巻では、世界の資本主義システムとしての統合が進み始めてくるので、哲学の文化圏間での影響がさらに進んでくるはず。楽しみ。 -
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プラトンの哲学はなく
プラトンとの哲学のみがあると納富さんは説く。
プラトン自身は対話篇には登場せず、
もっぱらソクラテスとその他の人達によって対話は進む。
プラトンはこういったニュアンスのことをソクラテスのセリフとして伝えている。
「私の言うことを全て鵜呑みにするな」と。
自分の頭で考えることの重要性、
そこにこそ哲学の真価があるということをプラトンは伝えたかったのではないだろうか。
たしかに、
プラトンの本を読むと中期作品以降には答えが出てくる。
だが、だからと言ってそれが正しいという答えをプラトンは伝えたかったわけではない。
対話を通して、
絶えず探究していくというこの「哲学」するという姿勢を伝えたかったのではなかろうか。
ゆえに、
弟子アリストテレスもイデア論を否定し形而上学を打ち出し、
ニーチェも神や哲学を否定し超人を打ち出す。
まさに
アリストテレスやそれに続くものたちは、
プラトンを批判しながらプラトンの教えに真の意味で忠実だったのではないか。
そこような所感。 -
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ネタバレルネサンス期までの哲学史を「古代ギリシア・ローマ哲学」「中世哲学」「ルネサンス哲学」に分けて、それぞれの専門家へのインタビュー形式で解説。各章の最初には、その時期の哲学の大まかな流れの解説(要所要所に「ここはインタビューで深掘りしていく」など、インタビューとの関連も見えやすい)があり、まったくの初学者でも触れやすい。また、各章の最後には、その時期のお勧めの入門書を数冊挙げているので、さらに学びたいと思った時の橋渡しもしてくれる。この点と内容面の平易さは、哲学史を学ぶ最初の1冊としても良さそうだが、対話自体は教科書的な哲学史を踏まえた内容(例えば、「無知の知」でなく「不知の自覚」なのだ、とか。)も見られるので、教科書的な1冊の後に、自分の興味が持てる時代・思想を探す1冊とする方が相応しいか。
個人的な感想としては、この時期の哲学には、後期ストア派くらいしか触れていなかったのだが、その危うさ(内向きさ)に言及されていたことが印象に残った。こうした視点は、ストア派の書籍を読んでいるだけではなかなか触れられず、哲学史を大局的に見る大切さを感じた。他の思想についても昔の哲学と侮るなかれ、現代語訳できるものがかなり多いと感じた。例えば、中世哲学はあまり馴染みがなかったのだが、偶有性やこのもの性に関する議論は、私が偶に考えること(例えば、私から私らしい要素を1つ1つ剥がしていったとき、周りの人はどこで離れていくのだろう……等々)と似ていると感じたことが印象に残った。
加えて、序章では哲学史を学ぶにあたってのマインドセットに触れられており、言語化の大切さ、実践の大切さなど「なぜ哲学史を学ぶのか」をいったん見つめ直すよい機会になった。本格的な哲学史学習への橋渡しとしてだけでなく、こうしたマインドセットへの学びがあるところも、本書の良さだと感じた。 -
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「無知の知」という言葉だけは知っていたものの、ソクラテスという人物についてはほとんど知りませんでした。
読み始めた頃は、正直「ひたすら質問を重ねて相手を追い詰める人」という印象が強く、どこか現代の討論家のような雰囲気も感じていました。
しかし読み進めるうちに、その印象は大きく変わりました。
ソクラテスが問い続けたのは、相手を言い負かすためではなく、「善く生きるとは何か」を考え続けるためだったのだと思います。そして、自分が正しいと信じた生き方を最後まで曲げず、命よりも信念を選んだ姿には深く心を動かされました。
「知らないことを知っている」という姿勢や、自分自身を問い続ける生き方は、2500年以上経った今でも色褪せない価値を持っていると感じます。
哲学書というと難しい印象がありましたが、この作品は一人の人間の生き様に触れる物語としても非常に読み応えがありました。
西洋哲学の原点と呼ばれる理由を、少しだけ理解できた気がします。