納富信留のレビュー一覧
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世界哲学史も西洋の歴史区分でいう中世から近世へと時代が進んできた。近世をアーリーモダンというならば、すでに近代の賭場口か。
自分自身の本巻への興味関心は何と言っても「第3章 西洋中世の経済と倫理」に集中するのだが、「第2章 西洋近世の神秘主義」ではあらためて「知への愛」に気がつかされたし、「第5章 イエズス会とキリシタン」では東アジアから西欧へのインパクト、あるいは「理」と理性をめぐってのスリリングな東西の議論、「第7章 ポスト・デカルトの科学論と方法論」ではホッブズ、スピノザ、ライプニッツそれぞれの「方法と自然哲学」の比較考察が興味深かった。
第3章の叙述によれば古代以来の「等価性を基本 -
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哲学から、西洋哲学、東洋哲学といった枠を取っ払い、あらためて世界的、普遍的な視座から構成し直そうという壮大な試み。同様の動きは歴史学にもあるが、グローバル化の進展する世界にあって、当然の流れかもしれない。新書ではあるが、内容はなかなかに高度で読みこなすのは相当にしんどい。個人的には西アジアの章が刺激的だった。学生時代に学んでいたエジプトの論考がほとんど無かったのは残念だったが、メソポタミアの時代から不可知論が議論されていたことに驚かされた。その一事だけでも文明の進化論には懐疑的にならざるを得ない。あとがきによると、世界哲学の構想は日本発とのこと。以後の続刊にも要注目。
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「古代Ⅱ 世界哲学の成立と展開」の副題をもつ第2巻はローマ哲学、キリスト教の成立、大乗仏教の成立、古典中国の成立、仏教と儒教の論争、ゾロアスター教とマニ教、プラトン主義の伝統、東方教父の伝統、ラテン教父とアウグスティヌスの各章が並ぶのをみてわかるように「宗教と哲学」、そしてその世界的な広がりを捉えようとする。
後半はほぼ知らないことばかり。ゾロアスター教って何? マニ教?聞いたことはあるけど重要なの? といった感じ。ニーチェの「ツァラストラはかく語りき」は読んだことあっても、そのペルシャ語読みがザラスシュトラというのははじめて知った。
そんなド素人が読んだ第2巻全体の印象は、善悪二元論と超 -
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西欧中心の「哲学史」を世界的な「哲学史」に再構成しようというチャレンジの2巻目。
1巻目では、ギリシア、インド、中国などの文明において、ほぼ時を同じくして立ち上がってきた「哲学」が並列的に(といってもやっぱギリシャ〜ヘレニズムの記述が多いが)紹介された。
この同時性に驚くところはありつつ、最後の方ではギリシャ思想とインド思想のコミュニケーションの話はでてくるものの、各地域における哲学は基本独立した動きであった。
まあ、こんなものかなと思って、第2巻にはいると、途端に「世界哲学」な議論が増えて、とてもスリリング。
それは、文明間の交流が盛んになったということなのだが、
・ギリシア哲学がロ -
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哲学史というと、普通、ギリシア哲学から始まり、西欧の「大陸系」と英米の「分析哲学」という西洋哲学の流れの説明というのが一般的で、日本、アジア、イスラム圏というのがでてきても、それは「思想」、というか、西洋哲学との比較で論じられてきたのだと思う。
それを「世界哲学」として、時代ごとに論じていこうというチャレンジ。そして、これがその1巻目。
といっても、こうした「古代」においては、文明圏間の交流、影響関係はあまりなさそうなのだが、不思議なことに同じような時期に、同じようなことが当時の先端の文明の各地で問題として浮上してくるということが不思議。
もちろん、問題に対する答えは違うのだけど、、、、 -
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「プラトンとの哲学」と題された独特なプラトン哲学の概説書。もとより、内容は『ソフィストとは何か』などでも扱われたテーマと重なるところも多く、専門書といって差し支えない。このようなタイトルになっている理由は、冒頭12頁から16頁にかけて説明されている。すなわち、著者プラトンが不在であり、そのため提示される対話から何事かを読みとかなくてはいけないという対話篇の特徴からして、「プラトンの哲学」ではなく「プラトンとの哲学」が相応しいというのである。そのような前提のもと、著者がしばしばプラトンに対して語りかけるという独特のスタイルが取られている。つまり、「プラトンとの哲学」がこの本の中でも上演されている
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プラトンはなぜ「ソクラテスの弁明」を書いたのか?
ソクラテスの無実を訴えたいのだとすると、普通にソクラテスの無実を訴えればよい。つまりいかに嫌疑が誤っていたか、裁判員がなぜ判断を誤ったかについて書けばいい。
プラトンの選択は異なる。訳者によると「ソクラテスが裁判で実際に語った内容の記録ではなく、また、その言葉の忠実な再現でもない。ソクラテスの裁判とは何だったのか、ソクラテスの生と死とは何だったのかの真実を、「哲学」として弁明するプラトンの創作」だという。
プラトンはソクラテスの弁明によってというより、その死から哲学的な刺激を受けたのだ。ソクラテスが無罪放免になっていたら、プラトンはこの -
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ネタバレ3人のソフィストたちによって告発されたソクラテス。
弁論に長けたソフィストたちを対話によってその矛盾を突き、自身や社会、あるいはこの世の全てを知らないと思うソクラテスの営みこそ彼自身が裁判にかけられることとなった理由である。
もちろん、「弁明」とはその裁判におけるソクラテスの主張のことであり、ソクラテスは当然これらの容疑について善きものであると捉え、憎まれていることこそが真実を語っている理由であるとしている。
古典的名著である作品は多くの分析がなされ、その重要点についてあらゆる箇所で論じらている。私は自身が印象に残った点を取り上げたい。
ソクラテスがいかに論じることでその矛盾をついたのか