井上靖のレビュー一覧
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江戸末期、漂流日本人としてロシアに渡り9年9ヶ月を過ごした光太夫たちの記録。
それはあまりにも壮絶で過酷な体験だった。
極寒の地で、凍傷で壊死したり、桜の木の皮を食べて飢えを凌いだり、生きるだけでも大変なのに次々に町を移動しなければいけない。
気の遠くなるような移動距離に、無理だよ、、、とこちらも絶望的な気持ちになった。
作者は様々な記録を元に、できる限り詳細に当時の様子を書き記そうと努めている。
そのため記録を忠実に引用したり、作品が書かれた時代が古いので難しい表現や漢字があったりで、読むのに少し苦戦した。
エピローグや本文からは、当時は光太夫たち以外にも遭難してロシア領に漂着した船がたくさんあったと知って驚いた。
時代のせいで手続きや移動には恐ろしく時間がかかりもどかしかったけど、ラックスマンを始め、ホッケイチ、ブーシュ、ニビジモフなど彼らの力になってくれる素晴らしい人たちに出会えたことは幸運だった。
というか、出会ったロシア人や土人たちは概ね親切で漂流日本人に手を貸してくれる。
それに比べて日本は、官僚主義でなんと情け無いことか。
仲間との別れや出航には胸が締めつけられ、日本の対応には不安と重たい気持ちでいっぱいになった。 -
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全身全霊でかける想い、登り切る感動もあれば、予測できない自然の猛威や誤った判断による失敗などもあり…
山という危険な場所に挑む者たちの現実離れした経験が、山の恐ろしさと神秘を物語る。
この本は山へ向かう者が、山の下の世界で悶え、
また己と闘うために山ヘ戻るような様子を描いていた。
前から井上靖の文章は詩的であると思っていたけど、彼は詩を勉強し、それを土台に文学を作っている。彼の文章は詩を連ね、間を小説的に埋めたものだと捉える。
全体的に静かな狂気を感じる、一本の映画みたいだった。地獄の黙示録の"The End"を聞く感じ。
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純粋な自然に比較して人間世界の鬱陶しさは、
気づいてしまえば苦しくて仕方ないかもしれない。
しかしそれが私たちが生きる社会の運命であって、
私たちらしさ、人間の有様。
それを浮き彫りとするのがあの真っ白な雪山
と思うと神秘的にも感じた。 -
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池田大作全集の(十七巻)ですね。
井上靖さんとの往復書簡『四季の雁書』が収められています。
十二か月一年間を通して書簡を重ねられました。
目次
友好そして師と弟子 池田大作
“永遠”に触れること 井上 靖
武帝と霍去病のこと 井上 靖
ある獄中体験に思う 池田大作
滝山祭・そして恩師戸田先生 池田大作
カントの言葉・若い人たちのこと 井上 靖
烈日の如き人生への想い 井上 靖
「アロハ」の精神と世界市民 池田大作
生と死について想うこと 池田大作
千利休・秋水・『化石』の頃 井上 靖
穂高のこと・鉄斎のこと 井上 靖
人生の年輪・トルストイの顔 池田大作
広島で考えたことども 池田大作
老人問題・龍のこと 井上 靖
富士のこと・殯のこと 井上 靖
ロシアの美術・仏教の死生観 池田大作
大阪の心・「周恩来戦友」のこと 池田大作
沖縄のこと・ダ・ヴィンチのこと 井上 靖
芸術家・学者 井上 靖
早春の賦・祈りについて 池田大作
卒業式のこと・女性の生き方 池田大作
春・ヨーロッパの旅 井上 靖
茶室の意味・新聞記者時代の勉強 井上 靖
「子供の庭」のこと・人間化の季節 池田大作
あとがき 池田大作
井上 靖
実に感慨深い心に残ることどもと、それぞれの人間性の豊かさと人を想う懐の深さ、四季の移ろいに寄せる自然への愛着などなど、書簡ながら優れた随筆を読む思いですね。
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この小説は大きな事件を追うというより、人が人の中でどう揺れ、どう傷つき、どう自分を保とうとするのかを描いているのだということだった。
洪作は、飛び込み台から落ちざるを得なかったり、カバンをなくしたり、成績が下がったり、女の子を意識して赤面したりする。ひとつひとつは、子どもの頃なら誰にでもありそうな出来事である。
けれど、その時の本人にとっては大事件である。
周囲の人は一時は心配してくれる。しかし時間が経てば、少しずつ他人事になっていく。本人だけがまだその出来事の中に取り残されている。そういう人間の距離感が、とても自然に描かれている。
叱られることを恐れる。 人の目を気にする。 友人と比べる。 異性に緊張する。 誤解に傷つく。 誰かに認められると、自分まで認められたように嬉しくなる。
これは、大人になってもあまり変わらない。
ただ、年齢を重ねると、少しだけ他人の事情を想像できるようになるのかもしれない。
この読書で、知らない世界に行き、忘れていた自分の過去に戻ることができた。
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ネタバレ足立美術館で王昭君の肖像画をみた時、どこかでこの美女の物語を読んだ、と記憶をたどり、この本の「明妃曲」をもう一度読んでみました。
王昭君は前漢時代に匈奴に嫁がされた(多分実在する)悲劇の女性です。この「明妃曲」では「私」と「田津岡」という、ともに匈奴という民族に心惹かれた二人の交流から、王昭君の物語が語られます。
王昭君は後宮から匈奴へ貢物のように嫁がされ、好意をいだいた王の息子ではなく、年老いた王に娶され、自殺をはかりますが未遂に終わります。その息子から「しばらく待ってほしい、父はまもなく死ぬ」と言われ、老王が亡くなった後、息子が王となり、王昭君を娶ります。その後は子供を産み、2度と祖国へ帰ることはなくたくましく生き抜きました。
伝説とは異なり、たくましく幸せに生きたという救いの物語でした。 -
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⭐︎4.5
文字が小さすぎてきっと老眼が進行したはず。
ただ物凄く面白かった。
成吉思汗(チンギス・カン)の出生から客歿までを、作者としての特別な批評を加えずに淡々と綴る。その淡白さと、堅固な文章も相俟って小説として面白味に欠けてもよさそうなものだが、全くもってそんなことがないのが凄い。
後書きにもあるように、この小説は成吉思汗の底知れない征服欲の根源を描き炙ることが根幹にあり、そのために鉄木真(テムジン)少年や成吉思汗の苦悩や血腥いカタルシスが度々描かれる。
サマルカンド(現在のウズベキスタン)付近において、父である成吉思汗の帳幕だけが歴史的なモンゴルの様相を呈していたシーンが印象的だった。
皆の贅沢な生活を実現するべく大陸を駆け回っていたはずが、彼にとって蒼き狼としての証明や理想はそこになかったんだろうなぁ。
次は『敦煌』を読んでみたい。 -
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調子よく進んでいた読書を、一気に停止させるほど恐ろしい本である。
生半可な軽い気持ちで取り組み、返り討ちにあった。
学術書並に難しい。専門用語が多い。仏教の予備知識と古い中国地名の予備知識がいる。
こうした様々な障壁を乗り越えながら読み進めた。
覚えておいた方が良い名前を書いておく。
・普照ふしょう
・栄叡ようえい
・戒融かいゆう
・玄朗げんろう
この四人の留学僧が中心に話が進む。
この作者のすごいのが、小説にもかかわらず「登場人物が実際に存在した名前を使っているところ」だ。
ほんの少しの人となりの記述を参考に小説を進めている。もちろん完全なフィクションではあるが、確実にそれの時代を理解しようとする書かれていない勉強の量の厚みのようなものを文章から感じる。
船中で苦労した後、三ヶ月以上かけ、蘇州にたどり着く。
時は玄宗皇帝の時代。都は長安から洛陽へ移されている。四人の留学僧は先ず唐語を覚える必要があり、戒融だけは、堪能だった。こうした状況から話が進んでいく。
この辺りの時代背景と仏教用語の理解、中国の古い時代の地名。これがないとちんぷんかんぷんである。
正月に立てた私の志はこの本によって一気に削り取られた。
ただ興味深いのが、普通であれば、鑑真という歴史に名が残る人物を中心に描かれるものを、あえて、海の藻屑と消えたような名前も残らないような人たちや、志が実らなかった人物をを中心に描かれていると見ると、この小説の真意らしきものが見えてくる。
もちろん、作者でないので真意であるとは言い切れない。
しかし、作者の井上靖氏は、あえてその「名のある一人」を作り出すために「数多くの人々が犠牲となりその一人を輝かせている」というような深い人生の洞察を感じた。
平たく言ってしまえば「縁の下の力持ち」ではあるが、そうした人間存在へのスポットライトを当てているような小説であった。
それゆえに、鑑真そのものは日本に来てからというもの、恐ろしいほどあっさりと記述がされているため、自分が読み飛ばしてしまったのだろうか?と疑うほどであった。
一度では意味が分からなかった。
二回読んで なんとなく流れがわかった。
三回読んで やっと読んだと言えるような本になった気がする。
四回目はもう気力がなくなった。
この作品を通して、自分自身の醜い読書への自己自慢のような心と対決することとなった。
いつのまにか、自分の感想を書くことが目的になりつつある読書を見破られたような気がして、自分自身の純粋な読書への感動を書き記せなくなっていることに気づかされた一冊であった。
そんな自慢のための読書やひけらかすための感想などいらない。
自分が自分として向き合うための、感想を書くことに本当の意味があるのだ。
ちょっとの「いいね」に、調子に乗っていた自分を戒める意味でも、最高評価にしておきたい。
そうしないと自分の見栄と格闘した努力が浮かばれない気もする。
その意味では一つのターニングポイントとなった書籍である。 -
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ネタバレ金枝たちとつるむようになって洪作の世界が大きく広がる。
このような友人たちと過ごす中学生活は魅力的でまぶしいものだっただろう。
いつの間にか洪作の幼さはなくなっていて、この時くらいから洪作自身の性質が色濃く表れるように感じた。
なぜか眉田さんが印象深い。特に物語に大きな影響を与えるわけではないが、そのパーソナリティが当時の井上靖にとっても印象深かったのだろうか、と考える。どこかしら年を取った洪作のようでもある。
金持ちの友人の夕食会に招かれる場面が好きだ。彼は確かにかなり裕福でどことなく育ちの良さを感じるけれど、嫌味がないと思った。素直に親睦を深めたいと述べるのにも、夕食に誘うスマートさにも好感を持つ。実際にモデルがいたというのもいい。彼に書斎の設計をしてもらったらしい。 -
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ネタバレ金沢で新たな友人と出会う。練習量が全てを決める柔道と出会う。夏の間無声堂で柔道に取り組む洪作と四高生たちをうらやましく思う。W坂で泣けてくる体験をしてみたかった。休みの日に歩いて海に向かう。大天井らは金枝たちのような静岡の友達とは違って野卑だけれど洪作は「付き合う相手によってどうとでもなる」性質だからかそれほど気にせず、金沢での生活を楽しんでいるように感じた。
最後に洪作は台北へ向かう。なかなか大きい決断だ。周囲が固めてしまってそのような結果になったにせよ私だと台北へ行く勇気は出なかったかもしれない。時代が違うから台北が日本だったことも関係するかもしれないけど。
台北に行った洪作がどの様な生活をしたのか、大学生活、新聞社時代の洪作の姿も知りたかった。これが自伝的小説の最終巻になったことが悔やまれる。 -
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ネタバレ文章が読ませる文章であっという間に読み切ってしまいました。井上靖さんの凄みを感じました。
勘助と同じようにいつの間にか大して理由もないのに義信にいい印象を持たないまま読んでいましたが終盤のシーンには心が震えました。勘助はかの有名なキツツキ戦法を失敗し討死したことは知っていたのですがそれ以外は殆ど知らないままこの本を読みました。
結局、勘助が勝頼の初陣を見れぬまま討死してしまったのは戦国の世の無情を感じました。
他の感想で書いている方が大河ドラマに比べて短いと書かれているので機会があれば大河ドラマの方も見てみたいと思います。大河ドラマが見てみたくなるくらい面白かったです。 -
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悠久の時の流れと人々の想いが交錯する歴史ロマン。1900年、敦煌 莫高窟の秘密の部屋から約4万点におよぶ大量の仏教文書が偶然発見された。調査によるとこの文書群が封印されたのは11世紀前半、西夏によって沙州(敦煌)が滅ぼされたころ。なぜここに文書を隠したのか。本当の理由は当時の人々しか知る由もないが、本書では史実とフィクションを織り交ぜて、文書封印に至る背景がドラマティックに描かれている。
約900年もの間、誰にも知られずに封じられていた文書群。その背後には文字、知識を未来に託そうとする人間の強い意志を感じざるを得ない。命を賭して本を守った『ワンピース』のオハラの学者や、『チ。』の登場人物たちが自然と重なった。
「敦煌」の物語では登場人物がみな個性的でとても魅力的。特に朱王礼がいいキャラだった。勇敢で男気にあふれ、趙行徳の能力を素直に認め、西夏文字の習得を勧めるなど、度量の広い人物であると同時に、回鶻の女性に心を寄せる一面もあり、完璧ではない人間らしい弱さを持っている。その純粋さやまっすぐさに心打たれた。
一方の趙行徳は、時に流されながらも、常に誰かの「想い」を背負いながら「生かされてきた」人物のように感じる。当初は軽い気持ちで西域に渡ったが、朱王礼や延恵、回鶻の女性など、多くの人との出会いを経て、次第に覚悟と責任を帯びた存在へと変わっていく。約束を破ったことへの後悔が、仏教への関心、さらには莫高窟への文書封印へとつながった流れがとても印象的。朱王礼の死を知り一度は生きる意味を見失っていたが、朱王礼の碑を建てるという約束や、曹家の家伝を託されたことで、生きる意味を再び与えられたのだと思う。
全体的に静かな筆致だが、想いを未来に託していくという、儚くも熱い心意気を感じる小説だった。
敦煌行きたい。