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Posted by ブクログ
江戸末期、漂流日本人としてロシアに渡り9年9ヶ月を過ごした光太夫たちの記録。
それはあまりにも壮絶で過酷な体験だった。
極寒の地で、凍傷で壊死したり、桜の木の皮を食べて飢えを凌いだり、生きるだけでも大変なのに次々に町を移動しなければいけない。
気の遠くなるような移動距離に、無理だよ、、、とこちらも絶望的な気持ちになった。
作者は様々な記録を元に、できる限り詳細に当時の様子を書き記そうと努めている。
そのため記録を忠実に引用したり、作品が書かれた時代が古いので難しい表現や漢字があったりで、読むのに少し苦戦した。
エピローグや本文からは、当時は光太夫たち以外にも遭難してロシア領に漂着した船がたくさんあったと知って驚いた。
時代のせいで手続きや移動には恐ろしく時間がかかりもどかしかったけど、ラックスマンを始め、ホッケイチ、ブーシュ、ニビジモフなど彼らの力になってくれる素晴らしい人たちに出会えたことは幸運だった。
というか、出会ったロシア人や土人たちは概ね親切で漂流日本人に手を貸してくれる。
それに比べて日本は、官僚主義でなんと情け無いことか。
仲間との別れや出航には胸が締めつけられ、日本の対応には不安と重たい気持ちでいっぱいになった。
Posted by ブクログ
大黒屋光太夫を船頭とした17人を乗せた「神昌丸」は駿河沖で時化に会いロシアのアレウト列島(アリューシャン列島)のアムチトカ島に乗り付ける。母国日本へ帰りたい一心でロシアの厳しい生活に耐え、ロシア国内を大移動しながら本国送還を願い続け、10年後許しが出て既に死去した12人とロシア正教に帰依した2人を除いた3人が帰国する。
アリューシャン列島のアムチトカ島からカムチャツカ半島を経てオホーツクへ渡り、陸路ヤクーツク、イルクーツク、モスクワ、ペテルブルクとなんと10,000キロに及ぶ未知の国、風雪の中の流浪の旅は彼らにとってどんなに厳しかったことか。
地図と見比べながら彼らの姿を追えばその辛い旅がより思いやられる。
しかしあれほど帰ることを望んだ日本は、ロシアで艱難辛苦を乗り越えて、あるいはロシア政府やロシア人の助けを享受して生きながらえるうちに、今までの人生では見ることのなかった世界と人々を知った彼らにとって、旧弊な決まりにとらわれて身動きのままならない居心地の悪い他国のようになっていた。
さらに母国に帰ったにもかかわらず彼らは自国内を自由に移動することさえも許される事はなく定められた土地に一生住むことにされた。見聞きしたことは他言無用ということなのか。
人間にとって自分という者の居場所が確定して、自分の存在が周囲にとって有益な存在であるという事は生きていく上で欠くことのできないものであると思う。
彼ら漂流民はそれを求めて10年の長きを耐えたにもかかわらず、彼らが帰ってきた母国はそれらを取り上げてしまった。
帰国する前に「もしかしたらこのままロシアの地に留まった方が良いのかもしれない」と思った彼らにとってその仕打ちはあまりにも残酷だ。
Posted by ブクログ
いや何とも面白くそして悲しい史実に基づいた物語だった。江戸時代に、商船が難破してロシアに流れ着いた船員たちが一人欠け、二人欠けしながら10年近くかけてようやく光太夫と磯吉の二人だけが日本に帰り着いたという話。
ところが話はそこでは終わらない。ようやく帰り着いた日本で、二人は故郷の伊勢に戻ることが許されず江戸で不自由な後半生を送ったという。日本に帰り着いた際の日本側の対処やその後の二人の半生を知るだに、この国って昔から狭量だったんだなあと思うばかり。ロシア正教に帰依してロシアに残ることになった庄蔵と新蔵のほうがある意味、思い切れて幸せに生きたかもしれない。
もともとは十数人だった船員たち。十人十色でこういう苦境に陥ったとき、どのようにとらえるかでその後が変わっていくものだと思う。うじうじ変えられずにいる人もいれば、あっけらかんと現状を受け入れられる人もいる。
Posted by ブクログ
実際にあった出来事の、ロシア革命より更に前の18世紀。
江戸時代の伊勢から漂流した船に乗った人々が
ロシアという異国で10年どう生きたかどう感じたかをまとめた歴史小説。
極寒の異国地に漂流し、そこから更に色んな箇所へ移動され
亡くなる人やロシアに帰依する人や、それでも日本に戻る為に最善を尽くす人がいて
当時のロシア女帝エカチェリーナ2世との対面まで行ったのに
やっとの思いで、いざ日本に着けばなんかものすごく虚しい。
虚しさというより空虚、何だったのだろうか今までの体験はって思い知らされた。
全く通じない言葉とか身振り手振りだったり、それでも色んな仕事を手伝いたいとか
自分らは漂流したとはいえ、もう立派にロシアに馴染んでいたからこそ
当時の鎖国していた日本が非常に狭く見えたんだと思う
しかし終身里にも帰れず、ずっと幽閉の身とは
なんとも嘆かわしや。
Posted by ブクログ
キリル・ラックスマンが好きすぎて、思わず手を出してしまった1冊。
両親の実家が三重県鈴鹿市白子なので、その影響もありました。
現代においても海外に行くにはそれなりの準備を要するのに、漂流と形で辿り着いた異国に対する恐怖と驚きが巧みに描写されています。
個人的には、江戸に帰ってきた光太夫と磯吉が、日本の窮屈さに嘆いてロシアを恋しく思うシーンが印象的でした。
広い世界を知ったからこそ感じる、鎖国日本の視界の狭さ。
日本の土を踏んでも自由は与えられず、思わずロシア語で会話する二人には涙しました。
なぜ日本に帰りたかったのか、という光太夫の問い掛けに
「ラックスマンがあまりにも日本の石や植物を見たいと言っていたから」
と答えた磯吉。
純粋に日本に訪れたかったラックスマンの思いを汲み取った一言だと思います。
鎖国の罪深さを表したシーンでした。
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