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官吏任用試験に失敗した趙行徳は、開封の町で、全裸の西夏の女が売りに出されているのを救ってやった。その時彼女は趙に一枚の小さな布切れを与えたが、そこに記された異様な形の文字は彼の運命を変えることになる……。西夏との戦いによって敦煌が滅びる時に洞窟に隠された四万巻の経典が、二十世紀になってはじめて陽の目を見たという史実をもとに描く壮大な歴史ロマン。
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Posted by ブクログ
悠久の時の流れと人々の想いが交錯する歴史ロマン。1900年、敦煌 莫高窟の秘密の部屋から約4万点におよぶ大量の仏教文書が偶然発見された。調査によるとこの文書群が封印されたのは11世紀前半、西夏によって沙州(敦煌)が滅ぼされたころ。なぜここに文書を隠したのか。本当の理由は当時の人々しか知る由もないが、...続きを読む本書では史実とフィクションを織り交ぜて、文書封印に至る背景がドラマティックに描かれている。 約900年もの間、誰にも知られずに封じられていた文書群。その背後には文字、知識を未来に託そうとする人間の強い意志を感じざるを得ない。命を賭して本を守った『ワンピース』のオハラの学者や、『チ。』の登場人物たちが自然と重なった。 「敦煌」の物語では登場人物がみな個性的でとても魅力的。特に朱王礼がいいキャラだった。勇敢で男気にあふれ、趙行徳の能力を素直に認め、西夏文字の習得を勧めるなど、度量の広い人物であると同時に、回鶻の女性に心を寄せる一面もあり、完璧ではない人間らしい弱さを持っている。その純粋さやまっすぐさに心打たれた。 一方の趙行徳は、時に流されながらも、常に誰かの「想い」を背負いながら「生かされてきた」人物のように感じる。当初は軽い気持ちで西域に渡ったが、朱王礼や延恵、回鶻の女性など、多くの人との出会いを経て、次第に覚悟と責任を帯びた存在へと変わっていく。約束を破ったことへの後悔が、仏教への関心、さらには莫高窟への文書封印へとつながった流れがとても印象的。朱王礼の死を知り一度は生きる意味を見失っていたが、朱王礼の碑を建てるという約束や、曹家の家伝を託されたことで、生きる意味を再び与えられたのだと思う。 全体的に静かな筆致だが、想いを未来に託していくという、儚くも熱い心意気を感じる小説だった。 敦煌行きたい。
シルクロードの物語を初めて読みました。砂漠とオアシスが目の前に広がるようですごくワクワクしながら読みました。暗がりのなかでの初めて戦闘に遭遇する描写がすごかったです。
壮大すぎる舞台設定と奥深すぎる歴史。歴史上消え去った数多い人物を架空で思い描いてストーリーにし、一部を史実に繋げる見事さが際立つ。
莫高窟で発見された文書群が、そこに保管されるに至った経緯を描く小説。宋代の河西回廊の政情と戦乱、その渦中にあって自らの誇りと意志を持ち続けた3人の男が主題となる。 描写が省かれることも多く、ある意味淡々と消化される日数だったり城邑のあいだの距離なんかがいちいち長いのが面白い。夷狄の土地の広大さを印...続きを読む象付けると同時に、故郷の潭州はおろか漢土に踏み入れることは二度とないであろうという中盤以降の行徳の意志が裏付けされるようである。 かなり好きな部類の作品なので、特に好きな箇所と解釈に迷った点と、あまり好きではない点を1点ずつ。 尉遅光は悪魔的に描かれる人物であり、善意を装って行徳らを嵌め込もうとする。しかし、自分は人を致しても人に致されることはないと断定する傲慢さの裏には一種のナイーブさがあり、実力行使を何度も逡巡するさまは可愛げすらある。生き生きとした悪役は、本書の魅力的な点だと思う。 よくわからないのが朱王礼の碑の伏線。私が正しく読めていれば行徳は碑を建てていないはずだが、折に触れてこの伏線を張る必要があったか。好意的に捉えるならば、朱王礼が戦死した以上、その義理を果たす必要はないというふてぶてしさの表現だろうか。結局、西夏文字訳の経典を回鶻の女のために完成させていないように、死んでしまった他者に依存しないという生き方を、行徳が選んだということだろうか。もしそうなら、中華の儒教的思考を棄て、精神的にも漢民族国家の重力圏から脱したということなのだろう。 物語上重要ではないが、作品美的観点から、最後に行徳の消息が判明するのは、なんとなく俗っぽい気がした。
初めての井上靖作品。元々敦煌含めシルクロードに興味があり、のめり込んでしまった。描写が一つ一つ繊細で、コロナの前に敦煌で行けていればより臨場感があったかもしれない。但し、読み終えた今となっては逆に想像が掻き立てられ、行く先にこの本に出会えてよかったと思う。
1900年初め、王円籙という道士が窟の一つからたまたま発見した空洞の中には、経巻類が大量に収められていた。 学がなく、字が読めなかった王円籙は、地方官に報告するも「適当に処理しておけ」と言われるだけであった。 しかしその大量の文書群は、唐代以前の非常に貴重な資料で、遺失した書物の復活ができた歴史的な...続きを読む大発見だった。 この文書"敦煌文献"の発見という史実を元に、なぜこれほど大量の貴重な文書が洞窟に封じ込まれていたのか、その経緯を描いた歴史小説です。 なお、敦煌文献が封じ込まれていた経緯については2つの説がありますが、今日では"不要なものをとりあえず置いておいただけ"であるという説が定説となっています。 本小説に書かれているのはもう一方の説で、五代十国時代の終期、中国西北部を支配した夏(西夏)王朝が敦煌を占領する際に、西夏に破壊され、焼き捨てられることを恐れた人々が、貴重な文献を隠したという説が採用されています。 それは今から1000年近い昔の出来事で、その頃に生きた人々のドラマが栄枯盛衰し、忘れ去られてしまった後に発掘されるという、なんとも壮大な展開になっています。 井上靖によって書かれた敦煌は、大部分は創作ですが、敦煌文献で判明した史実や、実在したとされる人物名が登場しています。 中国史に興味が無くても、読めば長い時間を飛び越えた歴史ドラマを感じることができると思います。 主人公は趙行徳という青年です。 非常に頭脳明晰で、三十二歳で進士試験(官吏任用試験)に挑んだのですが、最終試験の一つ前の試験で不覚にも眠りこけてしまい、大事な試験を自ら放棄してしまったことに気づきます。 絶望にいた彼はただ歩きに歩いたのですが、狭い路地の中で、西夏出身という女が生きたまま切り売りに売られている場面に出くわします。 これを見た行徳は回鶻の男から女を買い取り、自由にしてやりました。 ただで自由になったことを嫌がる女は、唯一の持ち物だという西夏の文字が書かれた布切れを渡します。 その出来事に運命を感じた行徳は、そこに書かれた"西夏の文字"を学ぶために西へと旅立つという展開です。 難しい文体、表現が出てきて、スイスイ読めるような作品ではないですが、文章は簡潔で、ある程度読めば慣れると思います。 歴史が積み重ねられ、中国という国自体も大きく変遷し、忘れ去られた先に発見された文献、その発掘物では伝わらない物語が描かれています。 特に終盤、敦煌文献が生まれた軌跡が刻まれるプロセスは見事で、ドラマティックでした。 井上靖氏の中国西域ものとして著名な作品ですが、一冊の小説としてシンプルに楽しめる名作です。
とっても好きな本。 主人公が好き勝手世界史を放浪する。妻子を持たずにいることが推しポイント。 夢に向かってひたすら突き進むことができて楽しそう。 所属や見た目にどうしても囚われてしまう女にとって、こういう自由な生き方に憧れるし羨ましく思う。
壮大なスケール。この作品の主役は悠久なる時間と歴史、季節のように移り変わる民族の栄枯盛衰。 素晴らしいの一言。
淡々とした描写が大陸の歴史の壮大さをかえって引き立たせる。行徳が流れ流れて敦煌にたどり着いたように、大量の経巻も千年の時を越えて現代に届けられる運命にあった。無数の人々が行き交い、悲喜交々の人生があるなかで、何か大きなものの意思によって人間は動かされているのかもしれない。そんな歴史の因果を感じさせ...続きを読むる小説だった。 この小説ではフィクションとして経巻が保存された経緯がドラマチックに描かれているが、これが真実でないとしても、千年以上の昔に保存しようとした人がいたことは間違いないわけで、それだけでも尊い行為だ。何とか自分たちの時代の知識を次の世代へ繋ぎたい、存在していたという証を残したいという人間の意志。
約1000年前の、フィクションだけど、時を越えてくる物語。こんな壮大な体験が500円せずに味わえるって、本ってつくづく凄いと思う。中国大陸の奥深さ多様さ無常などを感じました。 地球儀で見てみると、主人公趙行徳が移り渡ってきた開封から敦煌は、ちょうど北海道から鹿児島くらい。意外にそんなに長くはない、...続きを読むいや長いかとか思ったり。仏教が中国に伝わってきたルートという意味では敦煌〜開封はぜんぜん一部でしかなく、インド〜敦煌もめちゃくちゃ長いし、インド自体もデカいし。あと、シルクロードという捉え方だとさらに長い。丸い地球儀だと中国から中東が見えない、当たり前だけど。 そんなふうに距離感を確認した上で、改めて開封から敦煌まで移動しながら生涯を送った趙行徳の波乱に浸ったり、そしてやはりそんな彼の生涯も(フィクションだけど)長い長い歴史で見れば点でしかない、けど今に繋がっている、みたいな読後の感慨が楽しい一冊でした。
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