あらすじ
半生を西域に捧げた後漢の人・班超の苦難に満ちた道と孤独な魂の彷徨を追った「異域の人」、留学僧・行賀の在唐31年の軌跡と、入唐した日本人のさまざまな生の選択を描いた「僧行賀の涙」、謀反へと明智光秀を導く心の闇に巣くった亡者に迫る「幽鬼」など、歴史小説の名作8篇を収録。時代の激動を生きぬいた人間の姿を比類なき語りの力で描破する井上文学の魅力溢れる1冊。
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Posted by ブクログ
井上靖の短編小説。特に西域物である「異域の人」・「明妃曲」・「聖者」が個人的にお気に入りである。
西域都護として有名な班超にスポットを当てた「異域の人」は、班超自身が西域遠征に半生を費やすうちに西域の匈奴人のように「皮膚と眼の色」を変え、老胡人と化していた。
これは「僧行賀の涙」で、帰国した僧行賀がまさに漢人のようになっていたのに似ている。国家の事業に自らの半生を賭した彼らだが、結果的にその功績は報われなかった。
しかし、こういった人生を歩んだ班超や行賀にはなんとなくシンパシーを感じてしまう。
王昭君にスポットを当てた「明妃曲」も、本来の悲しい王昭君の物語とは別のサイドストーリーが描かれる。匈奴として愛する単宇と生きる王昭君という話の方が、夢があって人間らしさ溢れる物語となろう。
「聖者」は。スキタイ人のある集落の伝説を扱ったものである。合理的な方法を用いて旧来の慣習を否定していった結果、その集落は水没し消滅してしまうというものである。人間の安直な近代化を戒めた伝説として教訓談としても面白い。
他に武田信玄の娘にスポットを当てた「信松尼記」や「幽鬼」、「平蜘蛛の釜」など時代小説も必読すべし。情景描写がリアリティがあり、読む物を中世の乱世へと誘ってくれる。
西域やシルクロード好きには珠玉の一冊である。