あらすじ
天城山麓の小さな村で、血のつながりのない祖母と二人、土蔵で暮らした少年・鮎太。北国の高校で青春時代を過ごした彼が、長い大学生活を経て新聞記者となり、やがて終戦を迎えるまでの道程を、六人の女性との交流を軸に描く。明日は檜になろうと願いながら、永遠になりえない「あすなろ」の木の説話に託し、何者かになろうと夢を見、もがく人間の運命を活写した作者の自伝的小説。
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作者の自伝小説『しろばんば』を読んでいると、これも自伝小説でその続きなのかと思いがちですが、著者のいくつかの実体験を活かした創作です(『しろばんば』に連なる続編は『夏草冬濤』『北の海』)。
タイトルの「あすなろ」は、あすは檜になろうと思いつつ、永久に檜になることが出来ない。それで「翌檜(あすなろ)」という名が付けられた、檜に似た木をモチーフにしています。
この物語は、主人公の少年期〜青年期〜働き盛りの壮年期までの人生を、戦前から戦後にかけて6部構成で描いています。そして、会話の中で「あすなろ」にちなみ、檜になれた人、なれなかった人を論じていますが、印象的なのが、3部目の「貴方は何になろうとも思っていらっしゃらない」と主人公が揶揄されるところ。翌檜でさえ目標があるのにと言わんばかりの発言を、憧れの女性から面と向かって言われているのに、まったく堪えていない。夢中だったと言えばそれまでですが、次の4部で、そのホの字の憑き物が落ちたのは、ある意味転機と言えるでしょう。5部では意図せずにライバルの転機に加担してたりして、人の運命の転機は意外なところにあるものだと思いました。
ラストの6部では、明日は檜になろうとする、終戦から必死に立ち直ろうとする人々の力強さを感じる印象的なエンディングでした。ここで、あえて主人公が檜になれたか言及していませんが、当人が気付いていないだけで、立派な檜だと自分は思うのですが、これを読んだ他の人はいかに?
ところで、6部構成のそれぞれに女性が登場し、その誰もが個性的ですが、「春の狐火」の清香の話しが幻想的でとても良かったです。
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明日は檜になろう、という、様々な翌檜の人物が、その願いは叶わないとしても、自分が自分であるために明日への願いを持って生きていく。特に人生のそれぞれの局面で出会う女性たちとの関係の中で、主人公の鮎太の生き方、翌檜が変わりゆく様が、その場面場面を、幼年期の恋慕や青春、競争やニヒリズムなどを切り取った、絵画のように描かれている。翌檜の人々は様々な形で想い、願い、努力し、時にはそれを秘め、そして叶わず死ぬ者、諦める者、失う者、それでも翌檜を失わない者。人生とは、人生の幸せとは何だろう、を染み染みと考えさせられた。
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「あすは檜になろう!あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも永久に檜にはなれないんだって!それであすなろと言うのよ」(新潮文庫、47p)井上の自伝的小説といわれているこの作品は、あすなろとしての梶鮎太を時系列で描いていた。特に3-5章の出世する友人やライバルへの葛藤をあらわす「あすなろ」や、第6章の自分を貫く「あすなろ」は自分の価値観とも合わせて、こんなこと考えてしまうなと読み進めていた。でも第6章にあるように、今はあすなろで溢れているけど真のあすなろは?そう考えてみると少ないかもしれない。
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鮎太が出会う人々みんなが鮎太という人をつくっていく。一人一人の存在が愛しく感じました。
あすは檜になろうと願うがなれない…。何がとは上手く言えないけどこの大きなテーマがやっぱり節々に見えて、切なく、優しい気持ちになりました。
この物語の登場人物たちはみんな何者かになろうとしていますが、鮎太が所々で言うように、そのもがく姿こそが"美しい”。
登場する女性たちみんなが輝いている!そんな人達が鮎太が一生抱えていくことになる寂しさとか愛しさとかそういうものを植え付けていく。良かった…。
鮎太を通して作者の人に対する愛をひしひしと感じることができる、とても心に染みる作品でした。
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井上靖の本は学生時代によく読んだけど久しぶりに、未読のこの本を読んでみた。手持ちの本が掃けて読む本がなかったので息子の本棚にあったこれを手にした。
もっと子供っぽい内容かと思ったけど、全然そんな本ではなかった。あすなろ、がそういう意味とも知らなかった。
この時代を生きた男の幼少期から壮年期までを描いたもの。この頃の男子は誰しも一旗あげてやろうって思っていたんだろうな。そして、どの時代にも女性とのかかわりがあって、その様がとても印象的。これがテーマなのかな?
思いのほか良い本だった。古典というと大げさだけど、こういう定番の本もたまにはいいな、と思った。
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明日は檜になろうとする意志の象徴「あすなろ」
秀才肌の少年は、高校でやや落ちこぼれ、長じては平凡な新聞記者に。といっても、放蕩息子にはならない。
彼を取り巻く男女の「あすなろ」たちとの交流。未亡人にときめき、大胆な女たちに翻弄されそうにもなるが、決して危うい愛は渡らず、妻帯し、戦地も生き抜く。
面白みのない人生なのかもしれないが、周囲にそそぐまなざしの暖かさに好感がもてる。
いまの私小説にはもはやない爽やかさ。
克己を説いた大学生のでてくる、第一話が好き。
見上げた樹に教わるように、昔は身近な年上に人生を学んだもの。だからこそ、大人になるのが怖いとは思わなかったあろう。
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様々な生き方をしていく友人、女性に触れながら青年へ成長していく著者の自伝的小説。人々と接する主人公の心の機微が表現されており、自分の感情に強い印象を与えた。
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本屋でたまたまこの本に出会った時に、「明日は檜になろう、明日は檜になろう‥」という父の言葉が思い出された。
そうか、この本だったんだ。
しかしまあ、呑気に言葉通り受け止めてしまったものだ。まさかこれほど人間の生き物らしさを濃縮した味わい深いものだったとは。
そしてこの現代においては、「檜になりたい」より「あすなろでありたい」だ。どちらが良いとか、悪いとかそういうことではなくね。
「あすなろだって良いじゃない。あすなろにも色々あるわよ。」と言わんばかりの人物がたくさん出てきて、それもそれで面白かった。
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古本屋でたまたま手に取った本で、戦前/戦後の青年の生活と心の移ろいを、なんとも自然に綴った物語。伏線回収とか、特徴のあるキャラクターだったり、ドラマのある話とはある意味無縁で、時代背景やその情景までも、そのまま活字に映しているように思え、読み心地が良かった。
また、どこかクールで冷静な印象の主人公だけに、どの時期にも”女性”が伴走しているところも、特徴。
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自伝ではないが、自伝的作品と言えるのだろう。
『しろばんば』は、情景描写が素晴らしい美しい作品だが、『あすなろ物語』は哀感が作品全体を貫いている。
成長の過程や社会へ出ていく中で、檜になりたいのになれない現実の自分をもどかしく思いながら、戦争という時代をも生きていかなくてはならない。生きることは、どうしてこうも切ないのだろう・・・
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あすなろの木はUSJのクリスマスシーズンに飾られているクリスマスツリーの木。「明日なろう」と言うのが由来とされている。理想の自分と現実の自分との対比というか描写が面白い
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『あすは檜になろう』としてなれない翌檜(あすなろう)の木のように生きる主人公とそれをとりまく人々の生きる様が、叙情的で美しい文章で綴られている。
主人公の幼少期から壮年期まで各年代毎に影響を与えた女性や友人などの人物たちが、それぞれの個性を持って描かれ、主人公が成長していく。
戦中戦後、人が抱く志や願いは移り変わっていくが、一貫して『翌檜の木』の思いが根底として存在しているところに、この物語の切なさ、純粋さ、暖かさ、寂寥感。。などなどが感じられ、何とも言えず心に沁みる読後感でした。
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「あすは檜になろう、あすは檜になろうと一生懸命かんがえている木よ。でも、永久に檜にはなれないんだって!それであすなろうというのよ」
あすなろうは翌檜と書く
これは大人の童話である
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あすは檜になれるだろうか…なりたい?なれる?なれない?近づいたかな?あの人はどうだろう?そんな揺れ動く感情が根底にある中での日々の生活、恋心。幼少期は特殊だが、一般人はまあこんな感じか。
読んでいると素直な気持ちが持てる。教科書では知る事のできない戦後の生活も興味深い。面白かった。
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1人の少年が、愛や友情、挫折などを知り、大人になってゆく。
1人の人間の成長を目にして、自分と重ね合わせて、懐かしい気持ちになった。
改めて、人には、それぞれの歴史があるということを実感した。
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現代文の模試かなにかに引用されていて、試験中に「文章がきれいでよみやすい!この本読みたい!」と思い購入。
この本と夏目漱石は整った日本語に飢えたときに読み返している
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時代背景になかなかついていけず、四苦八苦して読みました。「男の嫉妬」がたくさん出てくる印象です。
主人公はそれぞれに関わる女性を中心に、少年から中年へと成長していく過程があります。あまり理想的な幼少期だったとは言えませんが、青年期は成績優秀で友人にも恵まれ充実しています。しかし戦争の招集令状が届き、その後はつらい経験を重ねます。
主人公は、女性に対して臆病で引っ込み思案です。長年好きだった女性にも対しても、冷静に会う勇気がありません。そんな彼の周りで戦後の時代、懸命に生きようとする人物達が印象的でした。
強く生き抜いた時代だったんだと、感じさせられます。
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あすなろ忌
1953年の作品。
明日は檜になろう“あすなろう。
若い頃何かしらの感銘を受けて、いつか再読しようと持ち続けた一冊。
親と離れて祖母と二人、小さな村の蔵で暮らしていた少年、鮎太の恋心と成長の物語。
この少年の設定から、だいぶ本人に近いように思う。
以下は、覚え書き
⚪︎深い深い雪の中で
「しろばんば」と同時期。
明日は檜になろうと一生懸命考えている木。
永久に檜にはなれない。
伊豆山の雪の中、あすなろの木の下で若い男女
の心中事件。女は、鮎太の祖母の姪。時折、
同居していた。男は、鮎太に勉強の必要を教え
た大学生。この章の印象が強い。
⚪︎寒月がかかれば
ここに出てくる少女が読んだ鮎太の歌
寒月ガカカレバ キミヲシヌブカナ
アシタカヤマノ フモトニ住マウ
歌のごとく 愛鷹山のふもとに井上靖文学館が
建てられている。存命中に建てられ、井上靖も
たびたび訪れたようだ。しばらく行ってないけ
れど、大きくはないが、林の中の素敵な建物。
⚪︎張ろう水の面
このあたりから青年。大学生となり、未亡人
へ憧れを抱いたり。それを避けて九州へ行った
り。
⚪︎春の狐火
大学生→兵隊→新聞記者
⚪︎勝敗
遊軍記者として活動
⚪︎星の植民地
戦後の混乱期
一人の男性の寂しい幼児期から真面目な少年期、反抗的な青年期、戦争、敗戦。その時代に気になる女性をそれぞれ登場させる。
実は記憶が、、違う^ ^。
路傍の石とか真実一路とかその辺と混じってしまっていたかも。そのうち、他のも読みます。
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今年は、新潮文庫ロングセラーのTOP20作品を読破する!というのを私の中で目標にしていて、そのうちの一冊です。(あと六冊!)
井上靖さんの「あすなろ物語」、タイトルは聞き覚えがあるけど、内容は全然知らなかった。
血の繋がらない祖母と、土蔵で二人暮らしをしていた梶鮎太という少年が、多感な青春時代を経て新聞記者となり、終戦を迎えるまでの成長の記録が、6つの物語として描かれる。
あすなろ(翌檜)、とは「明日は檜になろう」と願いつつ、願うだけで永遠に檜にはなれない常緑針葉樹のことなんだそう。作中で重要なキーワードとして繰り返し登場する。
その説話の通り、鮎太自身が劣等感を抱えていたり、恋がうまくいかなかったり、決して順風満帆などではなく、ままならないことが続く。
でもそのなかで冴子、雪枝、佐分利信子、清香、良きライバルであった左山町介ら、たくさんの人間との出会いと別れの経験が、彼自身を育み、豊かにしているのだと最後まで読んでそれが確信的に分かる。
あすなろの木は、たしかに檜にはなれない。だけれど、その背丈を、青空に向かってまっすぐにまっすぐに伸ばし続ける姿が私にはみえる気がした。
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井上靖の文体は、一文一文が練られてるから読み飛ばせない。なので速読派の自分でもすごく時間がかかってしまった。
最後の方の星空にまつわる話が好き。「あすはなろう」の思いをもつ様々な人の生き方や死に方が胸を打った。
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主人公鮎太が幼少期、少年期、青年期、そして記者への就職後から関りがあった6人の女性たち。冴子、雪枝、(佐分利)信子、清香…。特に若い未亡人・信子への憧憬は切実。美人の義妹2人が共にいながら、3人の友人学生たちも同じ思いを抱いていたと思わせる表現が秀逸。「あるよな!」甘酸っぱい記憶に満ちた6つの章。ライバル社の記者・左山町介との妙な友情劇が異色で面白く、次第に親しみを感じていくところに著者の暖かさを感じた。
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明日は檜になろう物語。明日は何かになれるかな。むしろ明日は何かになろうとしているのかな。そのための行動を起こしてるんかな。というか自分のことを疑問形でしか語れなくなったら終わりやなと反省。
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明日は檜になりたいと願う翌檜。子供から大人になると、翌檜ですらなくなっていくのか。そう言われればそうかもなあ。この本も、鮎太が子供時代の頃が一番よかったなあ。ピナクルは、無論後半、激動の戦争時代なのだろうけど、個人的には子供時代にこそ救いがあり、良くも悪くも暗示があり、それら込み込みの翌檜なのだと思う。翌檜は、置いて行くとその願いすらなくなり、その願いすらなくなれば、それはもはや翌檜ですらなくなるという自己矛盾を抱えている。俺は、翌檜なのだろうか。
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梶鮎太の少年期から壮年期までの成長物語。明日は檜になろうと願うあすなろの木。本物の檜は一握り。でも、鮎太はあすなろですらない。ぐだぐだの日々。
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自伝的な小説。あすなろは檜になろうとする少年。
親戚を心中で亡くしてしまう。女性たちが何人も出てくるが、そういう人浮きあうこともなく全然知らぬ人と結婚する。妻と子を疎開させてある少女と出会い仲良くなる。
くまさんの妻。春さんが故郷に帰るそして、死。 色々あって生きてきた。
信子と加藤の妹ともそれから合わなかった。という一説は不思議だった物語が発展すると思った。
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主人公の梶鮎太に託して、著者の少年時代から壮年になるまでの半生を描いた、自伝的作品のです。
まずは、13歳の鮎太と、彼の曽祖父の妾になるりょうの暮らす土蔵に、りょうの姪で19歳になる冴子という少女がやってくる場面から、物語が始まります。冴子と、彼女が想いを寄せていた大学生の加島との関係は、同じ自伝的著作である『しろばんば』のさき子と中川基の関係を思わせます。
中学生になった鮎太は、渓林寺に下宿し、寺の一人娘である雪枝という女性と出会い、高校時代には2人の美しい娘を持つ佐分利信子という未亡人に心を奪われます。大学卒業後、新聞記者になった鮎太は、先輩記者の杉村春三郎の妹の清香から好意を寄せられますが、彼の心には信子の姿があり、けっきょく清香とは結ばれることのないまま、彼女は他家に嫁いで行くことになります。
さらに鮎太は、左山町介という新聞記者と仕事で競い合うようになり、お互いを認め合う好敵手となります。しかし、左山はあっけなく戦争で命を落としてしまいます。
やがて戦局は悪化し、家族を疎開させることになった鮎太は、解剖学と人類学に打ち込む孤独な研究者の犬塚山次の風貌に接することになります。その後彼は、人のいなくなった土蔵で再婚して生活を営む熊井源吉という男や、三宮からやってきたオシゲという若い女性と知り合い、彼らのたくましさが鮎太の心に強い印象を残していきます。
あすは檜になろうと願うあすなろの木をみずからに重ね合わせ、何者かになろうともがく一人の男の半生記です。主人公の鮎太は、みずから動くことで物語を動かしていくよりも、周囲の人びとや世間によって引き起こされた出来事にそのつど感応し、その人格を形作っていくような人物として造型されており、「解説」で亀井勝一郎がゲーテの『詩と真実』になぞらえているのもうなづけるように思います。