井上靖のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
飛鳥時代の万葉歌人、2人の天皇から愛された上になんか挑戦的な歌を詠んだすごい美人、というイメージの額田王。でもこの小説では、それだけではない額田王の姿を描いている。
2人の男性に翻弄されたり、翻弄したりする恋多き女というイメージ、あるいは、高貴な人に求められたら拒むことのできない身分制度の中の女性の悲哀、というのでもない。もちろん、拒むことができず、奪われ、譲られ、扱われ方に自己を通すことができない悲しみはあるけれど、巫女として絶対に譲れないところを通し続ける凛とした強さが美しかった。
王朝ロマン文学らしく美しい文体でするする読ませてとても楽しかった。 -
Posted by ブクログ
井上靖(1907~91年)氏は、北海道旭川町(現・旭川市)生まれ、京都帝大文学部哲学科卒の、戦後日本を代表する作家。1950年に『闘牛』で芥川賞を受賞し、社会小説から歴史小説、自伝的小説、風刺小説、心理小説・私小説など、幅広い作品を執筆した。日本芸術院賞、野間文芸賞、菊池寛賞、朝日賞等を受賞。文化勲章受章。
私は基本的に新書や(単行本・文庫でも)ノンフィクションものを好むのだが、最近は新古書店で目にした有名小説を読むことが増え、本書もその中の一冊である。
本作品は、名僧・鑒眞(鑑真)の来朝という、日本古代文化史上の大きな事実の裏に躍った、天平留学僧たちの運命を描いた歴史小説で、1957年に刊行、1964年に文庫化された。また、1980年には、日中国交正常化後初の中国ロケによる映画として公開され話題を呼んだ。
読み終えてまず感じたのは、人間の歴史というのは、無名とも言える人間の(一人ひとりの意志を超えた)無数の捨て石の上に築かれているものだということであった。
本書には、主に、天平5年(733年)の第9次遣唐船で大陸に渡った留学僧4人(普照、栄叡、玄朗、戒融)と、その前から入唐していた業行の、5人の運命が描かれているのだが、彼らの中には、同じ頃に唐に渡った阿倍仲麻呂、吉備真備、僧・玄昉のような文名・学才・政治的才幹を史上に留めた者はいない。
栄叡は、自分ひとりが勉強することは無駄だと考え、鑑真を招くことを自らに課しながら、志半ばで病死し、業行は、同様に自分ひとりが勉強することの限界を感じ、日本へ持ち帰るための経文の書写をひたすら行い、帰朝の船に乗るものの、遭難してしまう。また、玄朗は、還俗して唐の女と結婚し、子供を得、帰国を夢見ながらも、唐土に落ち着く決断をし、戒融は、唐土を知るために出奔して托鉢僧となりながら、最後に日本へ帰ることを試みる。そして、主人公の普照は、栄叡の熱意に引きずられながらも、鑑真を招くことに力を注ぎ、結局、20年後に鑑真を伴って日本に帰ることに、ただ一人成功するのである。
当時の航海は困難を伴うもので、多くの留学僧は、自分たちが吸収したものを日本に持って帰れるのか、日本の国土に生かすことができるのかすらわからない中で、それぞれの道を見つけ、その運命を貫いて一筋に生き、そして、悠久の歴史の流れに消え去ったのだ。
翻って、1,300年を経た現代に生きる我々にとっても、人の一生とは大きく異なるものではないのだろう。無名の人間が毎日を一生懸命に生きる、その上に歴史は築かれていくのだということを教えてくれるような、歴史小説の力作である。
(2023年3月了) -
Posted by ブクログ
いきなりだが、ここでワタクシめの「モンゴル」の知識をお披露目しよう
遊牧民、相撲、元寇、チンギス・ハーン、フビライ・ハーン…
以上である(ひどい)
そしてモンゴルのイメージ(失礼を重々承知で…)
粗野で野蛮な遊牧民…(モンゴルの方、並びに関係者の方、本当にごめんなさい)
ところが知れば知るほどモンゴルの歴史が面白いではないか
モンゴル帝国時代の統制力と経済力のレベルの高さ
力づくだけではない彼らの領土拡大の方法…興味がわく
先日読んだ「世界史とつなげて学ぶ中国全史」に面白いことが書いてあった
それは司馬遷の「史記」(匈奴列伝)からの抜粋
~匈奴は老人より健康な若者を大切にする
また父子は同じテントで寝る
父が死んだら子がその妻を娶り、兄弟が死んだら、その妻を自分の妻にする
一族が絶えないようにするため~
我々からは少し違和感があるものの、遊牧民の生活スタイル・生きるための価値観のよくわかる内容だ
さてどうやってモンゴルを知ろうか…
別に受験生でもないから楽しく知識を得たい
そうだ!ワタクシの好きな井上靖があるじゃないか!
チンギス・ハーン(ここでの記載は「成吉思汗」なのでそれに合わせます)の歴史小説
というわけで本編
成吉思汗の幼名は鉄木真(テムジン)
そのテムジンが生まれた頃(12世紀)、蒙古高原では諸部族の指導権争いが頻繁であった
「上天より命ありて生まれたる蒼き狼あり
その妻なる惨白き牝鹿ありき…」
これがモンゴルの源流に関する伝承だ
蒼き狼と牝鹿の子孫と信じ、大いなる誇りを感じてきたテムジン
テムジンは自分の出生の秘密があった
母ホエルンは掠奪されたメルキト部族から父エスガイがさらに掠奪した女性(女の掠奪は当たり前の時代)
父はエスガイか、メルキト族なのかわからない
それでも自分は蒼き狼の子孫でありたいと躍起になる
そんな中、父エスガイの死により自分達一家以外、全ての同族に見捨てられるという惨めな逆境に
この逆境から這い上がったことと、蒼き狼になるというテムジンの強い思いから始まる領地拡大を伴うモンゴル繁栄
本書は魅力的に描かれた人物が多いが(井上靖作品の好きなところだ)
まずは妻になるボルテを紹介しよう
成吉思汗と初対面の初セリフがこれだ
「私はオンギラントの娘だ
私の躰には狼の血は流れていない
しかし狼の地を分け持った狼の裔どもをいくらでも産むことができるだろう…
…敵の輩を噛み殺すために…」
カッコ良すぎる強く逞しく懐の深い女性だ
そのボルテがメルキト族に連れて、ある若者の妻にされてしまう
テムジンらはボルテを力づくで奪い返すが、やがてボルテが身ごもり、出産
ジュチ(客人)と名付けたテムジン
自分の子かメルキトの子かわからない
運命は繰り返されるのか…
自分と同じ思いをすることになろうジュチを思うテムジン
「汝よ狼になれ 俺も狼になる」
無口で冷酷にさえ見えるジュチは命を落とすかもしれない試練をものともしない
彼の非凡な才能が発揮
褒賞は何が良いかと父に問われたときのジュチ
「限りなく次々に苦難に満ちた命令を与えていただきたい
自分は次々にそれをやり遂げるだろう」
複雑な親子関係
愛情なのか憎しみなのか…
(二人の関係に最後まで目が離せなかった!)
続いて、母ホエルン
テムジンがドン引くほどの激しさと、愛情深さを併せ持つ
目まぐるしく変化する環境を受け入れ続ける柔軟さと、懐の広さを持つ
征服した多種族の孤児、血縁関係のない子供たちに対する平等な愛情を惜しみなく与える女性だ
さらには愛妾クラン
気高く美しいメルキト族の娘だ
自分の命をかけて躰の清浄を守ってきた誇り高き娘
「私からすべてのものを取り去れ
宝石も、美麗な衣服も、贅美を尽くした調度も…
そして私を常に合戦の雄叫びの中にあらしめよ」
いかなるところへ出陣する時も、テムジンと共にすることだけが彼女の望み
例え身ごもっても、たとえ息子が3歳児であっても
その息子ガウランに与えた残酷な使命…
彼はモンゴルの狼になったのだろうか(う、泣ける)
さて肝心の成吉思汗の人物像はいかに
独断で物事を決め、その決断力にはスピード感を伴った
完全なる独裁者ではあるものの、人の意見はよく聞く
また人を見る目もあり、また人の心を読むのにも長けていた
仲間への報酬は惜しまない
恩は決して忘れず、何年かかっても恩返しを実行する
彼の戦略はいかに
刃向かう敵は、殺戮と略奪を欲しいままにし徹底的に潰す
協力する部族や国は、信仰の自由を与えや外来文化を受け入れる
(先日読んだアレクサンドロスの政策とよく似ている)
またモンゴル国家の軍政と民政を組織化し、かつ戦闘以外の各人の仕事の配備まで成吉思汗が采配していた
異国との交戦で得た武器や製造方法、道路整備、情報網の徹底、農耕技術、刑罰法度など
どんどん取り入れていく
半農牧となり、隊商が集まり、市場がたつ
異国との争いで異国文化に触れるごとに色彩が急に豊かになる映像が目に浮かぶ描写もお見事
興味深い成吉思汗の跡継ぎ選び
成吉思汗には正室との間に4人の子供がいた
末子ツルイを一番愛していることは誰の目にも明らか
そしてモンゴルでは未子相続の制度がある
もしくは長子であり誰もが認める武勲を立てているジュチか
どちらかであろうと皆が推測する
が、結論は一番目立たない第三子のエゲデイを選ぶ成吉思汗
一座の者たちは驚きを隠せない
兄弟の中で一番温厚篤実であり、総轄者に相応しい器量だと言い、
そう言われてみれば…と皆が納得するところが面白いのだが…
(ああ、この時のジュチの気持ち…どれほどの口惜しさと悲しみを持ったのだろう)
モンゴルがより良い生活を求めるには近隣国への侵略しかなかった
それによって得た獲物と来貢品のが皆に配分される
成吉思汗は貧しい身なりのモンゴルの民を豊かにしたかった
その思いを胸に領土拡大を続け、気づけば略奪により絹、宝石などあらゆる品々を手にし、
宏壮な離宮、贅を尽くした館と庭園…と次々手に入れていた
武将や兵たちもすっかり装いが変わり、モンゴルらしさが失われていく
かつて成吉思汗はこうした生活を己が一族の者に、すべての男女に与えることを夢見たはずなのに…
何故か割り切れない思いがつきまとう
成吉思汗だけがモンゴルの服装をし、モンゴルの靴を履き、モンゴルの習俗にしたがって生活していた
享年65歳成吉思汗没す
冷静で温度低めの淡々とした描写であるが、腹の底で煮えたぎるマグマのように熱い気持ちが見え隠れし、心を揺さぶる
引き気味の描写と冷たい炎が燃え続け、疾走する
モンゴルの乾いた大地が残酷な侵攻による残虐行為の爪痕を消し去る
そこで流した血と涙
そんなものを残していては前に進めない…
遊牧民の象徴のようだ
無彩色の乾いた空気をザラっと感じる
モンゴルの戦い方とはこういうものなのか…
壮大なモンゴルの歴史が体中を熱く駆け巡った
彼らの文語的で堅い話し言葉がこの作風と非常にマッチしており、徐々に味わい深くなっていくんだな~コレが
非常に無口に描かれている成吉思汗のキャラクターを上手に知らしめるエピソードが井上靖らしく見事であるし、
各キャラクターの魅力も相変わらずの「あっぱれ」だ
しかし井上靖作風の「出来過ぎ」「カッコ良すぎ」にシビレまくっているが、こういうのっていつか飽きるのかしら…
最後にしょうもないネタですが…
幼名がテムジンなのだがこちらの小説では漢字で書かれており、「鉄木真(テムジン)」と表記される
これに慣れるのに非常に時間がかかり、しばらくの間、鈴木真(スズキマコト)さんに見えて困った困った!
だってスズキマコトさんになったとたん、急に真面目なサラリーマン風になってしまう…
チンギス・ハーンから遠過ぎる!
(全国のスズキマコトさん 勝手な妄想なのでどうかお許しください)
-
Posted by ブクログ
ネタバレ目次
・楼蘭
・洪水
・異域の人
・狼災記(ろうさいき)
・羅刹女国(らせつにょこく)
・僧伽羅国縁起(そうからこくえんぎ)
・宦者中行説(かんじゃちゅうこうえつ)
・褒姒(ほうじ)の笑い
・幽鬼
・補陀落(ほだらく)渡海記
・小磐梯(こばんだい)
・北の駅路
表題作を読みたいと、ずっと思っていた。
中学校の国語の教科書にスウェン・ヘディンの『さまよえる湖』が載っていて、それに関してこの作品を先生から紹介されたので。
大きくなったら探検家になりたい!と熱い思いを抱かせるヘディンの行動を読んで、この『楼蘭』もさぞや熱い思いがあふれているのだろうと思っていたら、ノンフィクションのルポルタージュかってくらい冷静な筆致に、逆にのけ反る。
事実を淡々と連ねる文章は、ともすれば歴史の専門書を読んでいるようで、これが小説であることを忘れてしまう。
何百年にもわたる、ロブ湖のほとりの楼蘭という国の歴史。
しかし、これはヘディンが発掘した楼蘭の遺跡からインスパイアされた、れっきとした小説なのだ。
誰がこのような想いを持って行動したかなどと、どんな歴史書にも書いてはいない。
特定の主人公がいなくても、語り手の心情が声高に言われなくても、これはあくまでも作者が創作したものがありなのだ。
だけど、司馬遼太郎の小説でさえ、事実のように受け止めてしまう人が多い昨今、これを史実ととらえる人が多いのだろうと思う。
次の『洪水』なども、歴史書から引っ張ってきたのかと思われるほど、具体的な記述が続く。
でも、よく読んでみると、『洪水』に似たようなエピソードはヤマトタケルとオトタチバナヒメにもある。
そういえば 『羅刹女国』などはセイレーンのようでもあるし。
『狼災記』も、『山月記』の変奏曲のようである。
『三国志』よりも古い時代の歴史。
もう神話に片足を突っ込んでいると言っていい。
日本の神話、インドの神話、西洋の神話。
『宦者中行説』と『補陀落渡海記』は、年をとればとるほど沁みてくるのではないだろうか。
『狼災記』は、『山月記』よりもなお容赦ない。
『幽鬼』以降は日本を舞台にした作品。
光秀を主役とした『幽鬼』を読んで、三成を主役とした尾崎士郎の『篝火』を思い出す。
どちらも敗戦の将だが、光秀の謀反に対する腹の座らなさが際立つ。
次は『天平の甍』を読みたい。
時間が許せば『おろしや国粋夢譚』も。