本作は発表当時も、またその後の読者にとっても、極めて読み辛く、評価が困難な作品であったと思われる。
文学賞こそ受賞しているが、同時代の評価としては ぐらいである。
理由としては簡単で小説の結構をとっていない。漢文の書き下し文が現代語訳なしで、そのまま挿入される。200箇所弱に及ぶ編注がつくほど、説明なしに当時のモンゴル語、高麗語の言葉が使用される。これはいったいどういうことか?
元寇に至るまでを高麗の立場で描く。朝鮮半島の人々に課せられた元による様々な苛斂誅求を辛くもくぐり抜けるが、言うまでもなく2回に及ぶ日本征討は失敗に帰し、高麗の全土は荒野と成り果てる。ここには何も希望も幸福も、肯定的なものは何もない。
強いて言えば高麗の人々の、逃れることが絶対に不可能な状況での不撓不屈の精神とその行動力である。
さらに言えばここには一貫した主人公や中心人物はいない。高麗王は元宗から忠烈王に引き継がれ、その宰相は李蔵用から金 へと引き継がれるが、小説的な意味での主人公とは言い難い。敢えて、そのような人物を探すとすれば、篠田一士もいうように、元皇帝たるフビライ汗ということになるが、彼の人間像は人間的であることを拒否した形で現れている。その意味では、ここにある主人公は歴史そのものとでも言うべきものだ。井上靖はそれを、恐らく相当意識して書いていると思われる。
煩瑣と思われる元――高麗間の交換文書などが漢文の書き下し文が挿入される。多くの読者はそこを読み飛ばすか、あるいはそのゆえに読書を中途で止めてしまうであろうが、恐らく編集者から同様の指摘を受けたであろうが、井上としては、そこは引き下がれない店だったと思われる。歴史そのものに可能な限り推参するという意味で、是非とも、これらの歴史文書を味読されたい、という作家の意志の表れであろう。
井上には鴎外の舞姫の現代語訳があるが、何ゆえに、鴎外だろうか、と訝しんだが、鴎外が晩年に至る過程で小説、つまりは作り話から、史伝へと沈潜していったことが井上の意識にはあったのだろう。
これは、ほぼ前作に当たる『蒼き狼』の存在があると思われる。
大岡昇平は蒼き狼をして歴史小説に非ずと断じた。要は歴史小説を名乗るのであれば、史料に基づき、史料を改変するなかれ、ということに尽きる。その意味では、そもそも井上靖の書く、いわゆる「歴史小説」なるものは、その大半が歴史小説とは言い難い、単なる時代小説、ということになる。何となれば、そのほとんどが小説的空想力で構成されたものだからだ。
井上には井上の歴史小説についての一家言があるだろう。しかしながら、井上靖の書く小説に歴史小説や時代小説の区別が真の意味であるだろうか? あるいはそれらと現代小説と境目はあるだろうか?
以前、私は、『淀どの日記』をして、現代小説と見なすべきではないのか、と述べたが、それもおかしいかもしれぬ。井上はただ単に小説を書こうとしていただけなのだ。
とすれば、本作『風濤』は、大岡の批判を受けて、そんなものは幾らでも書ける、これがそうだ、としたのであろうか?
これ以降、同種の方法論を、とった作品は見られない。強いて言えば、『おろしあ゙国酔夢譚』がそれだが、時代の差もあってか、『風濤』ほど徹底されていない。
結局のところ、小説家は必ずしも、その文学的信念に従って作品を、書いているわけではなくて、読者に受け入れられるようなものでないと意味がない、と井上は十分過ぎるほど理解していたに違いない。
江藤淳
とても面白かった。