ヘルマン・ヘッセのレビュー一覧
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ネタバレ思いやりのない少年ハイルナーに出会ったことが、ハンスの不幸の始まりだった。ハンスの取り柄は優等生であることだ。それは周りから褒められる美点であり、自尊心と成長心を持たせて、ハンスの思春期の芯となる大事なものだった。しかし、それをハイルナーはずかずかとハンスの心に入り込み、思わせぶりな態度でハンスに友達として依存させる。そして、勉強の邪魔までしてくる。人を見下し、迷惑をかけるハイルナーは友達ではない。もし友達であれば、当然、持つべき友達への興味や思いやりを持っているはずだ。だが、ハイルナーにはそれがない。周りの大人たちも、優等生であるハンスが優等生でなくなったことに対して辛辣だ。機械工としての仕
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ネタバレ15歳の頃、学校の推薦図書のような雰囲気でやむを得ず読み、とにかくつまらない本だと思った。
「果たしてあの本はそこまでつまらなかったのか」と30歳の頃に思い、再び購入して読み直してみたが、やはりつまらなかった。
「あれから30年、今読んでもつまらないのか?」と思い3たび読んだ45歳。
とうとう興味を惹かれ面白いと思った。
それは、私が親になったから。
ハンスが自分の息子だと思ったら、実に切ない。
未来に満ち溢れた若者を、大人たちが寄ってたかってだめにする。
自分が若い頃は、この本の大人たちへの反感が強すぎて胸糞が悪く、つまらなく感じたのだと思う。また田舎の牧歌的な情景の描写が長すぎて退屈 -
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現代の話と言ってもいいほどの本だと思った。
教育の問題、教育現場での問題は、変わらないんだと感じた。
教育に限らず、少年から青年への移行期に自分が考えていたことがそのまま書かれていたりして、普遍的な問題なんだなと再評価できたりした。
自分が高校生の頃読んだことがあるけど、まったく覚えてなかった。子供を踏み躙る側の大人になった後の方が受け取るものが多いのだろうか。
悲しいかな、教育者の側の考えもすごくよく分かると思ってしまう。自分が少年から青年への移行期から遠く離れてしまったからだろう。成長期の人間を信じてあげることができないんだろうな、と自分自身を振り返った。
教える側である教師たちの欺瞞が -
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ヘッセの晩年に書かれた手記をまとめた短編集。
「盗まれたトランク」「中断された授業時間」「幸福論」「湯治手記」「クリスマスと二つの子どもの話」「小がらす」「マウルブロン神学校生」「祖父のこと」「秋の体験」「エンガディーンの体験」「過去とのめぐり会い」「過去を呼び返す」「マルラのために」「日本の私の読者に」を収録。
過去の自分や家族の詩·物語、読者からの声を通じて過去を顧りみるものが多かった。
大作家、それも若き日の苦悩をもって『車輪の下』を書いた著者の考える「幸福」とはどのようなものか、何故それを幸福と考えるに至ったのかが気になり読んだが、後者の問いに関しては答えが見出せず、前者の問いに対し得 -
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ネタバレ就学生の頃教科書で読んだ「少年の日の思い出」を書いたヘルマン・ヘッセが気になり、あの物語を書いたヘッセが「知と愛」という題名でどのような物語を書くのか気になり読み始めた。
一回しか読むことができていないため浅い感想になってしまうが
知を表すナルチスと愛を表すゴルトムントが初めて出会ったときはナルチスが修道院という俗世間から隔離された環境において神意をより理解していたと思われる。しかし、3度目に合うときはゴルトムントが愛や死、飢え、芸術、病、衰えを経験しており死さえも受け入れる心境になり、ナルチスですら理解できない考えを持っていた。そんな正反対な中でも互いに尊敬しあっている姿に感動した。 -
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青春は美わしの方でアンナに対して「特に美しくない」などとあくまで自分が選別する側かのように言っていたのが少し嫌だったけど、恋をするときって確かにそういう傲慢さがあるかもなって思った。
片思いをしている、いわば相手に弱みを握られているような状態なのに好意を抱く女の子2人を同時に遊びに誘ったり割とやりたい放題で笑っちゃう。
久しぶりに帰ってきた故郷で見て感じたことや失恋を経て主人公の青春時代が終わることの切なさを感じられた。
故郷という変わらないものと変わりゆく主人公の対比みたいなのがよかった。
ラストを読んで主人公にとって青春は花火みたいなものだったんだろうなと、美しい。
個人的にはラテン語学