ヘルマン・ヘッセの代表作。街一番の秀才・ハンス=ギーベンラート(14)は、難関試験に2番の成績で合格するほどの実力者だった。周囲の期待に推され、親元を離れて勉強に励むが、 進学先で出会った友との交流、同級生の死などを通して、彼は徐々に少年から大人へと変化していく。特に、親友ハイルナーとの出会いは、彼の運命を大きく変えた。ハイルナーは詩が好きで自由奔放な少年であり、教員たちの間では問題児として有名であった。ハイルナーと交際する中で、ハンスは徐々に今までの勉強に興味を失っていく。ハイルナーの退学を機に、彼と親交の深かったハンスは教員たちから疎まれるようになる。そしてハンスは心身のバランスを崩し、故郷へ帰ることとなった。精神虚弱の症状は治らず、ハンスは自死への思いを強くする。手工業の見習として働きに出るが、虚しく欠けた心は戻らない。自死か事故か、ハンスは川で溺死体となって発見される。
青年期の心の変動を本当によく表現している。ハンスは勉強も好きだし、賢い子だから、周囲の期待も分かっている。けど本当は釣りが好きで、散歩が好きで、友達と笑うのが好きな、ごくごく普通の少年だった。彼の柔らかい心を、期待という重機で押し潰したのは、他でもない大人たちである。自分を轢き潰そうと迫ってくる無機質な車輪を、轍の上にいる彼はどんな思いで眺めていたのだろう。最後の、川面に惹かれてしまう描写はあまりにも美しく哀しい。酒に酔ってどろんとした頭で、涙に滲んだ目で、星あかりに揺れる水面はどれほど美しかったことだろう。
ハンスが神学校に入る前から気にかけてくれたフランツ親方。「試験がダメだったからって、お前自身がダメという訳ではないんだぞ」と言ってくれた親方。その言葉をかけてくれる大人が、ハンス自身を見てくれる大人が、他にもいてくれたなら。何か違う結末があったのではないかな…。