ヘルマン・ヘッセのレビュー一覧
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シッダールタが人間の喜び、悲しみ全てを経験して得た『梵』について自分の人生を重ねて考えさせられるヘッセの宗教的体験の集大成。
シッダールタの「愛」のために生きる小児人とは自分は違う人間だという若気の至りから、カマーラと出会い「愛」を覚え、人間の本能的な「愛」に溺れて小児人的価値観に染まっていく青年時代、目的もなく小児人として金と欲を満たし続ける生活をした中、ヴァステーヴァと川の教えを経て最終的に行き着くのは、時間という概念は存在せず、過去も未来も同時的に存在するという気づきであったのは、この本を読んだ全ての人間の人生の救いとなる結末だったのではないかと大変感動的であった。
私は今、社会での競争心や自立心、人間としての幸せを求める心などが心を掻き乱し、常に心が雑然としているが、この感情を持つことが悪なのではなく、この感情も正しいもので、今はこの感情に従って生きるがよいということだというのは素晴しい気付きであった。
とにかく、生きている今を真剣に生きることが、小児人的でありつつも覚者であり、『梵』であるので、今の気持ちに嘘をつかずに、やれることをしていこうと思えた。 -
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裕福で光しかない世界に産まれた少年が密かに闇に憧れを抱く。嘘の悪さ自慢をしたらシンクレールに脅されて1時不幸に陥ったが転校生の年長者で神学校にいながらも聖書の内容を先生が教えるものと反した解釈をする不思議なデミアンに救われた。その後主人公はデミアンに惹かれっぱなしだったがある日デミアンが思考の深みに入った時から話さなくなり高校生になった。高校生になってから主人公は酒を飲んだり途中デミアンと出会ったもずっと堕落していたが途中自分にとって神と言えるような少女を見つけ絵を描き神と名付けピアノ奏者に出会い別れてからまた元に戻った。その頃にデミアンと再開し、デミアンの母と出会えた。母は主人公が信仰してた絵の女性そのものだった。そこからゆるやかに3人の生活が始まるがある日デミアンがまた深みに入りその数日後に戦争が始まることになる。シンクレールももちろん徴兵されて弱った状態で爆撃にあい土の中で暫く放置されていた。テントに帰り治療を受けていると隣にデミアンがいて母がデミアンにしてくれたキスを新クレールにもしてくれたが寝て起きるとデミアンではなく知らない兵士だった。
一つ一つの描写が綺麗で、導く者、導かれるもの、悪と善の対比、デミアンの神聖さ、読心術、爆撃の時の幻覚、読んでて楽しい。最後はシンクレールの幻覚でデミアンもシンクレールも死んでしまったのかな。 -
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ハリーハラーほど高尚な精神を持ち合わせてはいないけれど、とても共感して読むことができた
時代と世界、金銭と権力はちっぽけな平凡の人間のもので、ほかのほんとの人間のものは何も無いのよ。死よりほかのものは何もないのよ
ほかには何もないの?
あるわ、永遠が
永遠の思想
神の国、永遠の意味、時間の他に永遠があるのでなければ全然生きられない。
気づけるようで気づけていなかった。
これで生きることもできるし、死ぬこともできる。
50歳。いま25歳の自分にとって、想像のつかない歳。ただ単純に2倍しただけのものでは無いことは明らかである。
ちょうど大学の今年度の学科長から卒業についての連絡があり、急遽タイミングよく面談した。短い時間だけれど、何気ない会話だけれど、人生についての会話だった。躁鬱気質の自分の気持ちを理解して、何気なくも忘れていた言葉を思い出させてくれた。魔術劇場に入ったかのようで、泣きそうになった。これからも生きていく。 -
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青春期の心のなかのあれやこれが、あまりにも高い解像度で描かれていた。この本を読んでいるとまるで禁忌を犯しているような、甘美な背徳感を感じた。なんというか「エロ本」を読んでいるのに近い感覚なのかもしれない。
僕はハンスであり、ハイルナアである。自分とちがったものの見方をする人に惹かれるし、独自の思想と言葉を持っている人に惹かれる。そして、いわれのないすこしきどったようなゆううつの発作になやんでいる。ハンスの、ハイルナアへの甘い耽溺。(これがブロマンスってやつですか?)ふと私があの時期に感じていた友人への「好意」を思い返した。今となれば恥ずかしいことだが、あのときは真剣だった。「ふつうの恋愛なんてできないんじゃないか」。そんなことを彼への「愛」を感じてしまったために悩んだ夜があった。うう、苦しい苦しい。これを書いている今、ここに描かれていたのは「あのとき」のことだと思い込んでいるが、希死念慮はいまも自分の側にあるし、これって今の話なのかもしれない。
やっぱり思うのは、感性は鈍りゆくものであるということ。できるだけ世界が輝いているうちに、できるだけ強くそのときめきを感じ取らなきゃ。「若いうちに読めてよかった」なんて言葉があるけれど、本当にそのとおりなんだと思う。車輪に押しつぶされてからじゃ遅い。取り返しがつかない。ときめけるうちにときめくこと。これは大切にしていきたいね。 -
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『われわれは互いに理解する事はできる。しかし、めいめいは自分自身しか解き明かすことができない。』
本書を読んだ動機はアニメ「Ave Mujica」で主人公の豊川祥子が、社会の歯車に狂わされ、選択を迫られた際に本書を読んでいた描写が存在したからです。
本書では、はしがきに書かれている、冒頭に書いた一文が全てを物語っています。『アプラクサス』という神、すなわち自分自身の心に存在する意志に従え、さすれば何事にも覚悟を持って挑めるだろう、というところでしょうか。
キリスト教圏の絶対的な世界で、密かに神は居ない、自身の内から湧き出る衝動こそが従うべきものだという反キリスト思想に目覚めた主人公シンクレールの物語で、多くの物語が聖書から引用されます。(偶然キリスト教についてある程度知見を持っていたのでついていけましたが、何も知らないと度々調べることになりそうです)
物語が進む中で、シンクレールはデミアンとピストーリウスという友人と出会い、その中で内なる意志である『アプラクサス』を知るに至ります。この境地に至った人のみぞ知る『アプラクサス』という存在が神秘的かつ異端にならなければ知ることの無いワードという中二感溢れる存在でとてもわくわくしました。
『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという』
そして、内なる衝動を知り、それに従うことはそれ即ち形骸化した社会の変化を望み、また時代の変遷における覚悟を持ち得ることだと知り、最後には時代の転換点である戦争に赴くところで物語は終わります。
自身を知ることが社会を知ることに繋がり、そしてそれを変える覚悟を持つものこそが、時代を進めるにふさわしい。とても力になる話で大変面白かったです。
最後に余談ですが、冒頭で述べたAve Mujicaのキャッチフレーズは『信じられるのは、我が身ひとつ。』
苦しい時こそ、自分を信じて覚悟を持つことが世界を変える為のきっかけとなるのです。 -
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『車輪の下』より断然こちらの方が好きと思えるのは歳のせいでしょうか。また、いい作品に出会うことができました。
あらすじ:
「それは私の愚かしい青年時代のもっとも愚かしい日だった」……幼い頃、クーンは音楽に惹かれていたこともあり、父の反対をよそに首府の音楽学校に進学します。しかし、学業の壁に阻まれ、喜びのない日々を過ごして三年、似た境遇にあるリディに恋をします。ある日、仲間とソリ遊びに興じていると、そのリディにそそのかされて急斜面をソリで滑り降りますが事故になります。クーンの左足は不具になり、彼女も去っていきました。
この事故をきっかけに故郷に帰って内省を深めたクーンは、音楽の創作に目覚めて復学し、そこで歌手のムオトに出会います。クーンはムオトの女性に対する扱いの悪さを聞くと距離を置こうとしますが、ムオトの方では積極的に交流しようとしてきます。それが功を奏してか、バイオリニストのタイザーやその妹ブリギッテとも友情が結ばれます。
ある日、金持ちの工場主のイムトルから、自邸での音楽会に招かれ、そこでイムトルの娘ゲルトルートにクーンは一目惚れします。彼女の美しい歌声に感化されたクーンは、彼女のためにオペラを書きますが、ソプラノの彼女の相手にムオトを選んだことにより、しだいに歯車が狂い始め……。
幼少期に感化された記憶が、生涯の職業に影響を与えることは多々ありますが、主人公の場合はそれが音楽であり、学生時代に恋と共に失われかけたものの、やはり音楽を友として救われて行く様子が良かったです。ただ、そこには主人公を再び音楽の道に向かい合わせてくれた友が、最後に一緒にいなかったのは残念ですが。
この小説は、主人公はもちろん周りの愛すべき人たちがいいですね。父親との会話、ローエ先生との哲学的な語り、母親と和解して距離を近づけるイベント、親切なタイザー兄妹や親身になってくれるイムトルの旦那など、皆が事故で不自由になった主人公を支えてくれています。その分、ムオトの孤独が徐々に際立っていくのが悲しいところ。なお、ゲルトルートの選択は、あんなに嫌がってたのに、あれ?と思うところはありますが、何となくクーンとムオトの性格の対比を目立たせるために必要だったのかも。同様に女性の対比としてブリギッテの存在がありますが、自分は彼女のような親身になってくれる人に惹かれますね。それにしても、ヘッセに愛を語らせると、なんで苦しく切ないものになるのやら……。
なお、ハッピーエンドではありませんが、読み終わった後に最初の第1章に戻ると、書き出しの主人公の回想から始まる物語が、より重みを持って感じられました。
正誤(93刷)
P84の14行目
人間はいかにして生長し、
↓
人間はいかにして成長し、
※翻訳が昭和25年と古いので、今と違って昔は植物は”生長”で人間や動物は”成長”と区別してましたが、その意味でもこの場合は”成長”ですね。 -
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少年の繊細な心は、まるで剥き出しの心臓を見ているかのようでした。受験、宗教、学校教育に対する批判や、後半に描かれる労働や初々しい恋といった要素も含め、心理描写が非常に細やかで、ハンスの葛藤や孤独が強烈に伝わってきます。彼のプライドや挫折、苦悩にも大いに共感しました。結末は悲しいですが、それ故に深く考えさせられる作品だと思います。高校生の頃に読んだ際はハンスと同じく学校への批判的な視点を持ちましたが、30代の今、再読してみると、もう少し器用に生きられなかったのか、不合理や葛藤とうまく付き合えたのではないかと、異なる視点が得られました。読み直して本当に良かったと思います。
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何十年ぶりかで再読。実らぬ恋のものがたり、との記憶はとても浅いものだった。
「自分の人生を幸か不幸かと問うのは愚かなことで、「私」には不幸な記憶こそ捨てられない」と言う趣旨の巻頭言に共感するのは老年になったからか。
消えぬ恋情と戦いながら、不幸な結婚に心身を病む女性を節度を保ちながら労る「私」。敬愛する友人に傷つけられ、敵意を抱きながらも、憧れや敬意も蘇ってくる。その才ある友人も奔放な自身の性格に振り回されている。これらが寄せては返す波のように繰り返される。これが人生なんだよ、とばかり。
アリアだけのオペラが無いように、緩徐楽章だけのシンフォニーはないように、幸も不幸も全て必要なことだったのだ、と我が半生を振り返る。静かに。 -
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あらすじ
秀才のハンスは周囲の期待に応えようと、ひたすら勉強に打ち込み、難解な試験に合格して神学校に入学するが次第に押しつぶさていく…。
休暇も勉強に費され、大好きなものまで取り上げられてしまう。
ハンスは真面目で良い子過ぎるがゆえに、嫌なことも言えず、好きなことをやりたいとも言えず、周りの期待に応えようと頑張ってしまう。
大人達はハンスのために「良かれ」と思ってやっている。
・得意で好きだった勉強が、どのようにして辛くなっていったのか。
・大人達のどのような言動がハンスの心を潰していったのか。
その時々のハンスの心理描写がとても詳細にわかりやすく書かれている。
私は親なので、自分がハンスの親ならばどうしたら良かったのかをつい考えてしまう。
・親の顔色を伺うのではなく、自分の意見を持つことの大事さを伝える。
・子供時代に思いっきり遊ぶのは1番大切で貴重な経験で、大人になってからはできないことなのでそれを取り上げない。
私も子どもたちにもっとこうすれば良かったと思うことはたくさんある。
一人一人性格も個性も違うし、正解が何かはわからないから子育ては本当に難しい。
この作品はヘルマン・ヘッセの自伝小説ということを読後に知った。
リアルな心の叫び声が苦しくて読むのが辛かったけど、読んで良かった。
Audibleにて。 -
Posted by ブクログ
総じて、人生経験の中で重要だとはわかりつつも言語化の難しいトピックスを、小説形式で見事なまでにわかりやすく表現している。
知識と知恵は違うという文章が印象的だった。多分、言葉や思想を理屈で理解するだけでなく、実際に行動し体験することで初めて物事を習得することができるという意味。
実生活でも、頭で理屈をわかっているだけな事柄と、実際に体感する程度まで落とし込んだ事柄を比べると、やっぱり後者の方がより人生に影響を与えるからこれは非常に納得。
また、一度落ちぶれて初めてわかる大切さがあるのも印象的。自分も大学時代一度後悔するような生き方をしていた経験があったが、今思えばそれを経験したからこそ、これはやっぱりやりたくないんだと心から思えて、逆に自分の好きなもの、向かうべき生き方が明確化された。そういった経験と通ずるところがあり、非常に納得。
自己啓発という言葉ではまとめたくないんだが間違いなく生きることに対する勇気をもらえる小説。言葉でまとめるのが難しい、、