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物質の過剰に陶酔している現代社会で、それと同調して市民的に生きることのできない放浪者ハリー・ハラーを“荒野のおおかみ”に擬し、自己の内部と、自己と世界との間の二重の分裂に苦悩するアウトサイダーの魂の苦しみを描く。本書は、同時に機械文明の発達に幻惑されて無反省に惰性的に生きている同時代に対する痛烈な文明批判を試みた、詩人五十歳の記念的作品である。
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Posted by ブクログ
ハリーハラーほど高尚な精神を持ち合わせてはいないけれど、とても共感して読むことができた
時代と世界、金銭と権力はちっぽけな平凡の人間のもので、ほかのほんとの人間のものは何も無いのよ。死よりほかのものは何もないのよ
ほかには何もないの?
あるわ、永遠が
永遠の思想
神の国、永遠の意味、時間の他に永遠があるのでなければ全然生きられない。
気づけるようで気づけていなかった。
これで生きることもできるし、死ぬこともできる。
50歳。いま25歳の自分にとって、想像のつかない歳。ただ単純に2倍しただけのものでは無いことは明らかである。
ちょうど大学の今年度の学科長から卒業についての連絡があり、急遽タイミングよく面談した。短い時間だけれど、何気ない会話だけれど、人生についての会話だった。躁鬱気質の自分の気持ちを理解して、何気なくも忘れていた言葉を思い出させてくれた。魔術劇場に入ったかのようで、泣きそうになった。これからも生きていく。
Posted by ブクログ
人は誰しもいろいろな側面を内に持っている。ハリーはヘルミーネと出会うことで、自己の諸側面について気づき、洞察を深めていく。その中には、自身が否定してきたものと相反する矛盾した自身の姿もある。たとえば、反戦思想を唱え人道を叫びながら、裕福な身分のまま亡命し個人の活動に耽っている自分、自殺志願者である自分についてである。
物語で、ハリーの矛盾する己の存在への葛藤は、ヘルミーネによって解消される。
しかし、現実はそうした自己の存在に気づくことは容易ではない上に、気づけたとて向き合うことは非常に勇気のいることである。多くの人は気づいていなかったり、気づいても無意識に知らぬふりをしてしまうだけで、実は誰しもが、未だよく知りえない、向き合えない自身の側面を持っているのだと思う。この物語は荒野のおおかみに限ったものではなく、誰しもが持つ自身についての物語なのだと思う。
Posted by ブクログ
今さらながら、「名作と呼ばれる作品を、少しでも読もう!」と考えています。
そこで、ドイツ人のノーベル賞受賞作家、ヘルマン・ヘッセのこの作品を、読んでみることにしました。
主人公は、禁欲的に学問の世界に打ち込み、それゆえに人生に思い悩んでいる、中年男性。
ある日、暗く思い悩む彼の前に、魅力的な若い女性が現れます。
その女性と行動を共にし、現代的な娯楽に触れるにつれて・・・という展開。
人間の中にある「二面性」による苦悩、娯楽というものの意義、歴史とはどのように作られていくのか・・・などなど、多くの根源的な問題が、この物語の中に込められていると思います。
後半の、不思議な世界が次々と展開していくくだりは、僕が慣れ親しんでいる村上春樹の小説などに脈々と受け継がれている、文学的な表現なのだろうなあとも感じました。
1927年発表ということなので、日本の年号では昭和が始まったころの作品です。
当時の風俗の描写等、現在からは想像しづらい部分もあり、また、難解な表現もあるため、作者の意図のかなりの部分が、僕には消化しきれていないかもしれません。
それでも、人間の根幹課題について多くの示唆を与えてもらえたという意味で、感銘を得た一冊でした。
やはり、名作というものは読んでおくべきですね。
これからも自分に向いていそうな作品を選んで、読んでいきたいと思います。
Posted by ブクログ
やっぱりヘッセはすごい。個人のある感情についてメタに、俯瞰的に言及することは誰にも可能だ。しかしそれに対してさらにメタの視点で言及することは少し困難だ。これを自由に使いこなす人間が小説家というものだと思う。しかしこれだけでは二流である。一流はさらにそれらに関してメタレベルで表現することができる。ヘッセのすごいところは、さらにこのもうひとつ上のレベルにときどき「ひょいっ」と上がってしまうところである。ヘッセは最初から高みにのぼったりしない。いつも私の手の届きそうなところにいて、いよいよ捕えたかと思うとするっと脇を擦り抜け一段のぼる。繰り返すうちについに私は追いつけなくなってその背中をじっと見つめる。荒野のおおかみという小説はこのようなおいかけっこを人間の心の奥底にあるくらい部分で行った小説であった。
Posted by ブクログ
1927年にドイツで発表された作品。
第一次世界大戦を省みるどころか、再び戦争に向かおうとしている社会を疑うこともなく生きる市民を批判する「アウトサイダー」の立場(おおかみ)の立場をとりながらも、まぎれもなく市民的行動の一部に加担している自分の葛藤が描かれています。そしてそんな自分は自殺によってしか報われない、と考え死を望むハリー・ハラーが主人公。彼はヘッセの自画像だそうです。
この葛藤はまさに、神経が不安定であったヘッセが色濃く表現されていて、
その如何ともし難い苦痛には時に目を覆いたくなります。
一方で、一般論や世の中の体制によって作られる考えを排除し、確固たる「自己」を追求すべきであるという考えは、ヘッセの作品で一貫してみられるスタンスで、現代にも通ずるヒントであるように思います。
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小説・文芸
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