村田喜代子のレビュー一覧
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表紙がとても綺麗で手に取りました。
二十四節気は知っていても、それをさらに三等分した七十二候は知らない人が多いのでは?
わたしも今回初めて知りました。
雉始雊(きじはじめてなく)というように、動詞で示されているのが、分かりやすい。
どれも現代人にも理解できるもので、時代が変わっても季節の移ろいは変わらないものだなと思います。
この本では、二十四節気の春夏部分を抜き出し、また、各節気の真ん中の七十二候をタイトルに各自が短編をお書きになっています。
思えば、短い作品は触れてこなかったので、どれも不思議な余韻を残す終わり方で、こちらの想像力や読解力を掻き立てるなぁと短編の面白みを初めて知りま -
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ネタバレ島に2人の老女が生活をしている、それだけで興味をそそられたけれどその小説の内容はどんなものか、読み進めて実際にこのような島はあるのだろうか?今はなくてもかつてあったとか。。
ウミ子さんの立場になったら母親を引き取りたいというのが本音だというのも理解できる。ただウミ子さんは島で育ったから島から離れようとしない母親の気持ちも分かってしまい寄り添っている。自分が島で暮らすことを考え始めている時点でたくましさがわかる。台風に襲われて散々な目に遭ってもどうにか暮らしていける、となれば2人の老女はやはり命あるかぎり島で暮らすことを選ぶのだろう。きっとウミ子さんは2人を見届けるまで島で生きることになるのだろ -
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2023.03.10 ★3.3
こんなにも自らを貫いたまま淡々と身を売る娼妓もいたのだろうか。
廓は苦界とも言われ、自殺する妓も多かったと聞きかじったことがある。
買われた先の店の大小で待遇に大きく差はあったのだろうが、日記を書くことに自分を見出し、自分を保ち続けた青井イチの元々の強さもあるんだろう。
15歳の少女が廓に売られ、そこを出ていくまでの物語。
時代は明治。舞台は熊本。
慣れない熊本弁(? イチの島の方言?)を読むのに初めのうちは苦労した。
↓↓↓内容↓↓↓
貧しさゆえ硫黄島から熊本の廓に売らた海女の娘イチ。郭の学校〈女紅場〉で読み書きを学び、娼妓としての鍛錬を詰みなが -
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実在した熊本の遊廓、東雲楼が舞台。
遊廓と聞けば江戸の吉原がまず浮かんでくるけど、これは明治の後期の熊本のお話。
いろんな土地から貧しい家の娘が売られてくる。
娼妓として育てられる過程(読み書きなどの勉強・性的な技術)や楼での生活の様子、街全体の様子など、興味深く面白かった。
親に売られた女たちの成長と心の声、そして生き様は力強かった。
主人公のイチ15歳は硫黄島の生まれで島の言葉と島の人間しか知らない。
文字を覚えてからのイチが書く日記は、なんとも面白い。
イチも親に売られ男たちに買われ、親との再会を楽しみにしていたが借金が増やされただけだった。
そして、親を捨てるべきだと気付く。
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『八幡炎炎記』の続編。時間は昭和二十七年から昭和三十五年にかけて、さらさらと流れて行く。時代は戦後の復興期から高度成長期へと活況を呈していく筈なのに、物語は何処か儚げで淋しい。『八幡炎炎記』ではわさわさと賑やかだった人達が段々と影を潜めていく。主人公の一人、ヒナ子も本書で話が進むに連れ、何処か印象が薄くなってしまう。もう一方の主人公である克美は最後に小さな光を見つけることが出来たのだろうか?
とは言え、楽しめるエピソードは随所にある。運動会の仮説便所の場面とか、スクリーンのゴジラとヒナ子の目が合うとことか、就職もしてないのに勘違いして工場に働きに通いだすとことか(子どもにありがちな勝手な思い込 -
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これは結構変わった作品。明晰夢という夢に関するお話。キャラクターはかなり地味。ごく普通の感覚をもった専業主婦と瓦工事業を営む男やもめのふたり。主婦の家に雨漏りが発生したことによりふたりは出会う。
両者ともそれほどコミュニケーションを積極的にとるタイプではないが、いろんな建物の屋根の形状についての話から少しずつ仲良くなる。で、男は京都のある寺院の見事な屋根を見に行かないかと主婦を誘う。しかしそれは新幹線にのっていく普通の旅行ではなく、なんと夢の中でその寺院を訪れよう、というの。夢の中の旅行。男は明晰夢とも言われる「意識的に観たい夢を見る技術」を持っており、そのやり方を指導もできるという。そして、