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Posted by ブクログ
御年97歳の初音さん、その娘の満州美と千里を視点人物として、「かつての自分」が「いまの自分」になってしまった認知症の老人たちと、その様子を戸惑いながら見つめる子供世代の日常が描かれる。興味深いのは、それぞれの生きた戦争と戦後に囚われ、意識を固着させてしまった老人たちの世界と子供たちの世界とが基本的に切れており、ごくわずかな糸でしか結ばれていないこと。だから、子供たちは老人たちに見えている世界が理解できず、認知症の老人たちにはそもそも子供たちが誰なのかさえ分からない。しかし、老親たちのちょっとした振る舞いや言動から、彼ら・彼女らが「あの時」をどう生きていたのか、自分たち自身はどう生きてきたのかという想像と反省が立ち上がっていく。
タイトルの「エリザベス」は、夫の仕事の都合で天津の租界で暮らすことになった初音が日本人夫人たちの噂話の中で聞いた溥儀の妻・婉容から。租界という場所だから女性たちは国内では不可能だった自由と豊かさを謳歌し、日本敗戦とともにそれらを失った。老人たちは、満洲や朝鮮をめぐって、帝国の宗主国民としての記憶を確かに刻み込んで生きてきた。著者はそうした老人たちの生を否定しないが、一方で、そうした記憶が突如としてよみがえって来るさまを冷静に見つめていくところが秀逸で、勉強になった。
Posted by ブクログ
不思議な味わいの作品だった。
認知症となったお年寄りたちの内面世界を浮かび上がらせたかと思えば、見守る子供たちの気持ちにもよりそう。
お年寄りが思いがけず反応を示す昔のことに、驚いたりする若い介護士たちの姿も描かれる。
現代と、お年寄りが過ごした過去とを自由に行き来しつつゆったりと話が進んでいく。
お年寄りたちの帰っていく過去は、多くの場合戦時中だったりする。
自分の人生の最盛期に戦争を経験した世代の、半世紀以上経っても消えない傷がそこにある。
主人公の初音さんは大正生まれで、戦時中は天津の日本租界で暮らした経験がある人だ。
租界での優雅な暮らしは、終戦とともに終わり、現地で生まれた幼い娘、満州美さんとともに、命からがら帰国する。
引き上げ船での過酷な体験が「エイ」の幻影となって現在の彼女を苦しめる。
けれど、彼女が帰っていくのは、それより先の天津時代。
内地と違って、女性も「お前」などと呼ばれたり、男性の従属物扱いされなかった、特別な場所。
贅沢な西洋文化に触れられる場所。
溥儀の妻、婉容が「エリザベス」として束の間、限られた自由を手にした街。
婉容のその後は、知っての通り。
次第に認知症が重くなっていく初音さんの心が、実際には会うこともなかったエリザベスにだけ、つながりを残していたことに、何とも言えない気持ちになる。
Posted by ブクログ
介護施設に入所できた場合、認知症患者自身は、外から見るよりも幸せに生きているのかもしれないと思った。見たい光景を見ているなら、良い事なのかもしれない。やりたいようにやらせてあげる、その余裕が家族にあるかは考えるだけで苦しい。
初音さんのように夢心地でなく現実を生きている満州美さんのことが気になった。読んでいる限り内面はいたって穏やかに見える満州美さんだが、若くして後遺症を持つ身体になった苦しみが顔に表れているという。そして妹には心配かけまいとしている姉の心が涙ぐましい。
陽気とされる千里も、そんな性格なら結婚して子どもの1人や2人いそうなものだがそうではないところに、作中には書かれていない千里の思いがあるのかなと想像させる。一言では表せない人生という厚みを感じるのだ。
病気によってある日突然自由が効かなくなるというのは誰にでも起こりうる。そんな時どうやって生きていくか。生き方も死に方も正解がない上に、思い通りにならない事もある。そんないくつもある不安を、ありのままに受け入れるような本だった。
戦争経験者の記憶も死と共に葬られていくのが恐ろしく思った。
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