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雨漏りのする屋根の修繕にやってきた工務店の男は永瀬といった。木訥な大男で、仕事ぶりは堅実。彼は妻の死から神経を病み、その治療として夢日記を付けている。永瀬屋根屋によれば、トレーニングによって、誰でも自在に夢を見ることができるという。「奥さんが上手に夢を見ることが出来るごとなったら、私がそのうち素晴らしか所に案内ばしましょう」。以来、二人は夢の中で、法隆寺やフランスの大聖堂へと出かけるのだった。
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Posted by ブクログ
ビル・チャーラップとリニー・ロスネスのピアノデュオ作品「ダブルポートレイト」のジャケットと同じシャガールの作品が表紙となっていて、ジャケ買いですですが、村田喜代子さんは、「新古事記」を読んでいて素晴らしかったので、別の作品を読むよい機会になりました。夢を自由に操る屋根屋の永瀬と夢の中で落ち合って、日...続きを読む本の寺院やフランスの聖堂の屋根を巡るという、不思議で少しロマンチックな話です。
なんと切ない物語だろうか。 長瀬屋根屋はどこに行ってしまったのだろう。 夢の中で旅するシュールなお話かと思っていましたが、本当に切ない物語です。 もし長瀬がずっとここで暮らそうと言う言葉に従っていたら? 私も夢の中で旅してみたいな。
村田喜代子とか、多和田陽子とか金井美恵子とか、ゆるぎない独自の世界のある作家は本当に素晴らしい。 読んでいてこの小説世界から抜け出したくない気持ちになる。冷静に考えれば、ちょっと無理のある物語でも、一旦入り込んでしまうと全く気にならない。 安易に屋根屋が男前だったり、二人の関係が発展してしまわないの...続きを読むが良い。あくまで二人で屋根を上から眺め、空を飛ぶうちに漂ってくる官能の雰囲気で十分背徳的な気分になる。(特に黒鳥になってしまうくだりは秀逸) 多分、屋根を修理したり、ヨーロッパや日本の寺院を見て回ったりした著者の経験がこういう小説になったのだろうと考えると、一般人が同じ経験をするよりずっとたくさんのことを学び、考え、感じているんだなと思う。そしてそれを結びつけてしまう能力。 選ばれて作家になった人なのだとつくづく思った。 こういう作家をリアルタイムで読める幸せをかみしめた。 シャガールの表紙絵もぴったり。
ある主婦が、雨漏りを修理に来た屋根屋の職人と雑談をするうちに、 夢の中で好きな所に連れて行ってやると言われ、 半信半疑ながらも教えられた通りに。 夢の中で待ち合わせ、彼女の希望通りの場所へ行く二人。 夢行きの旅はしだいに遠く、しまいにはフランスまでの長旅へ。 それは幾晩も連続した夢を見るという、難し...続きを読むい技術が必要だった。 リアルな夢に耽溺した主婦はどうなるのか....? 誰かの夢と自分の夢がドッキングするという発想が、とても面白い。 しかも相手はゆきずりの(?)屋根屋だ。 旅する場所は、大きな寺院や大聖堂の屋根ばかり。 地上から離れた、足場の安定しない屋根の上という状況が、 吊り橋を渡る時のような緊張感を生み出すのか、 他人同然だった二人の距離がどんどん縮まっていく危うさに、 なんだかドキドキした。 セクシュアルな関係ではないけれど、精神のエロティシズムを感じた。 夢と現実が入り交じったような、不思議であいまいなラストがこのストーリーにはぴったりだ。 表紙のシャガールの絵にインスピレーションを得て書いたのでは? と思わせる、斬新な着想の大人のファンタジー。 いろんな場所へ連れ回され、なかなか楽しい疑似体験の読書だった。
ここまで面白いとは思わなかったので、すごく得した気分! 嫁さんのことを世界で一番分かってないのが旦那だということがよく分かった・・・
上手いタイトルをつけたものだ。上から読んでも下から読んでも、右から書いても左から書いても同じ漢字を使った最短の回文「屋根屋」である。もっとも、作者が名うてのストーリー・テラーとして知られる村田喜代子。この人の書くものならタイトルが何であっても手にとるだろう。空を飛ぶ恋人たちやロバの絵で知られるシャガ...続きを読むールの絵を表紙に使って、シャレた本が出来上がった。 「私」は、北九州市に住む専業主婦。夫はサラリーマンで、休日はゴルフ三昧。息子は受験勉強とテニスの部活に忙しい。新しく東京に建てる電波塔の名が「東京スカイツリー」と決まった梅雨に入ったばかりの頃、築十八年の木造二階建てのわが家に雨漏りが始まった。素人の夫では手に負えず、専門業者がやってきた。 「永瀬工務店」は、屋根専門の工務店。永瀬は以前寺社の屋根修復に関わっていたが、長期に及ぶ仕事中に妻が入院、勝手に休むこともできぬまま妻は息を引きとり、死に目に会えなかった。それ以降、大屋根の端から飛び降りたくなる強迫神経症を病み、医者にその日見た夢を記録する日記をつけることを言い渡され、そのお陰で快癒。夢日記はその後も続けること十年、今に及ぶという。 夫と一人息子が出かけた後、週日の日中を独り過ごす「私」は、毎日やってくる屋根屋との休憩時の茶飲み話を楽しみにするようになる。屋根屋は長年の修練で夢を自在に見ることができるという。そんなある日、夢でフランスのとある町の屋根の上にいたことを話したついでに「私」は、屋根の夢が見たいと口にする。永瀬は「私がそのうち素晴らしか所へ案内ばしましょう」と言うのだった。 ここまでなら社交辞令ですむ。ところが、次に会った時永瀬は、自分が見たい夢を見るには、見たい夢の体験を作ることだと言い、手帖を破るとその一枚に福岡市にある寺の所番地を書いて手渡した。近くの高いビルの上から屋根を見るのだと。実際に足を運んだ時点で、女は男の術中に陥ったと言えるかもしれない。次は、夢を思い出しやすいレム睡眠中に覚醒するため、いつもより一時間早く目覚まし時計をセットして眠るように、と永瀬は電話で指示を出した。後は、夢の中で会いましょう、と。 家族にかまってもらえないことで不満を燻らせていた専業主婦が、無意識の裡に募らせていた自分のことを見てほしい、という願望が識閾を超えて噴出したと見るべきだろう。たとえ、夢の中とはいえ、夫以外の男と逢瀬を楽しむことに、女は何の葛藤も感じていない。ところが、夢の中、ネグリジェ姿で寺の大屋根の上で男を待つ女の上に現われたのは、咆哮する金茶の大虎だった。消え去った後で屋根屋が言うには、心の隅で思っていたご主人が出て来たのだろう、と。罪の意識はあったのだ。 一度味をしめるともう止まらない。次は奈良にある瑞花院吉楽寺。瓦に落書きがあることで知られる古刹である。ここでは、オレンジ色の火の玉に脅かされる。どうやら屋根屋の死んだ妻らしい。どちらも疚しさを感じつつの道行きなのだ。極め付きは連続夢を使ったフランス旅行だ。シャルトルやアミアンの大聖堂の屋根を見てみたいと言う屋根屋の夢につきあって、毎晩夢での逢瀬を楽しむ「私」。二羽の黒鳥になって大空を飛ぶうちに屋根屋は、いっそこのままここで暮らさないかと女を誘う。男性読者としては、お気楽な夫に注意してやりたくなるが、同様の不満をかこつ女性読者なら、このまま突っ走れと応援するところかもしれない。 なにしろ夢の話だからフランスにだって行ける。豪華なホテルに宿泊し、料理だって味わえる。それどころか、鳥になったり、透明になったりして成層圏近くまで上昇し、ヒマラヤ山系の上を飛んで日本に帰ってくるという豪華な旅が家にいながら楽しめるのだから、考えようによっては最高である。しかし、部屋こそ別とはいえ、連日夫以外の男と海外旅行を楽しんでいるのだ。夢であることを自覚しながら見る夢を「明晰夢」という。この明晰夢の危険性の一つとして現実との区別が付かなくなることがあると言われている。「夢うつつ」の毎日が過ぎるうちに「私」が陥る危険とは…。 かつては、時々見た「空を飛ぶ夢」をほとんど見なくなった。フロイトの性的欲望説をとるなら、まあ当然と言っていいし、ユングの現実逃避や希望の拡大説をとっても、今更これといった希望もなければ、受け容れられないほど苛酷な現実もない。しかし、主人公のような立場にある人物なら、どうだろう。地方都市の住宅地にいて、夫も息子も自分のことに忙しい。自分のアイデンティティをすべてかけるほどの趣味もない。自分の知らない世界に住む強烈な個性を持った異性が現われれば、まして現実ではない夢の中の逢瀬なら、心が動くのは当然だろう。 「夢オチ」というのは、極めて安易な解決の手法であって、村田喜代子ほどの作家がそんな結末を採用するはずはないが、どうするつもりか、と楽しみにしながら最後まで読んだ。なるほど、こうきましたか、という結末に上質の怪談を読む喜びを感じた。すべてが終わった後に背中に残るざわつく感じ。読書の愉しみをたっぷり堪能させてくれる一冊。
屋根屋さんが魅力的だからこその底知れなさ、闇深さが残って、こわいなー。 後半、引き込まれて一気に読みました。 村田さんの本、また読みたい
表紙絵はマルク・シャガールの『街の上の恋人たち』。その絵からイメージを膨らませたような不思議な話だった。 家の屋根を修理しに来た屋根屋に明晰夢の見方を指南してもらい、私は屋根屋と一緒に夢の中の旅をする。 2人の旅は夢の中とはいえ、なんとも甘美。シャガールの空を飛ぶ恋人たちのように。黒鳥になる場面は「...続きを読むレダと白鳥」を彷彿させる。 2人が訪ねるのは、福岡市の東経寺大屋根、奈良の瑞花院吉楽寺、法隆寺の五重塔、フランスのノートルダム寺院、シャルトル大聖堂、アミアン大聖堂など。国宝建造物の屋根の上からの景色。フランス料理や極上ワインを楽しみ、水の中を泳ぎ、ヒマラヤの峰々の上を飛ぶ。夢のような旅(夢なんだけど)。夢が素晴らしすぎて、現実の世界が薄れる。夢に囚われていく。 「屋根瓦の上は、なんと静かな、清浄な空間でありますか。この何にもない所に二人で一緒に棲み着かんですか」屋根屋の言葉は哀しい。 屋根の美に魅せられ、妻亡き後は夢行きを楽しみながら独り静かに暮らしていた男の寂しさを感じる。 屋根上で仕事をしている男に対し、地に足つく生活感溢れる主婦の私はあくまで現実的。 読んでいる「私」が主人公の「私」になっていくような、夢の中に入り込んで迷子になりそうな不安を感じながらも、現実から逃避したい気持にもなる。 現実と夢の境界が曖昧になり、どちらが夢か、どこから夢か分からなくなる。やはり怖い気がする。
夢と屋根を組み合わせて、その組み合わせが絶妙でしょう。なかなか品の良い、コース料理をいただいたような読後感でした。こんな本が好みだなぁ。
明晰夢の話…といったらなんの感慨もないけれど、どこまで本当なのかが、本当にわからなくなる話。なんだか、明晰夢を極めたくなっちゃいます。
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