村田喜代子のレビュー一覧
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ネタバレ介護施設に入所できた場合、認知症患者自身は、外から見るよりも幸せに生きているのかもしれないと思った。見たい光景を見ているなら、良い事なのかもしれない。やりたいようにやらせてあげる、その余裕が家族にあるかは考えるだけで苦しい。
初音さんのように夢心地でなく現実を生きている満州美さんのことが気になった。読んでいる限り内面はいたって穏やかに見える満州美さんだが、若くして後遺症を持つ身体になった苦しみが顔に表れているという。そして妹には心配かけまいとしている姉の心が涙ぐましい。
陽気とされる千里も、そんな性格なら結婚して子どもの1人や2人いそうなものだがそうではないところに、作中には書かれていない千里 -
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不思議な味わいの作品だった。
認知症となったお年寄りたちの内面世界を浮かび上がらせたかと思えば、見守る子供たちの気持ちにもよりそう。
お年寄りが思いがけず反応を示す昔のことに、驚いたりする若い介護士たちの姿も描かれる。
現代と、お年寄りが過ごした過去とを自由に行き来しつつゆったりと話が進んでいく。
お年寄りたちの帰っていく過去は、多くの場合戦時中だったりする。
自分の人生の最盛期に戦争を経験した世代の、半世紀以上経っても消えない傷がそこにある。
主人公の初音さんは大正生まれで、戦時中は天津の日本租界で暮らした経験がある人だ。
租界での優雅な暮らしは、終戦とともに終わり、現地で生まれた幼い娘 -
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ふたりの女性が、離島にいる。
92歳と88歳で
ゆらゆら漂うように生きていた。
このオビ文句に触れ、自然と手が伸びた。
日本海のはずれ、養生島で暮らす二人の老人。
その一人、92歳の母イオさんを本土に迎えるため、娘のウミ子が訪ねていく。
読んでいると、イオさんもソメ子さんも、しっかりと老いているはずなのに、なぜか艶々と描かれるときがある。
海に潜り、踊りを舞う。
その姿に、時々ドキッとさせられる。
養生島の暮らしは、よくあるバカンスのように居心地良いものとして描かれているわけではない。
安全な暮らしは、本土にある。
けれど、イオさんが今更、海を離れたくない、ソメ子さんと別れるつもりもない -
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明治中期、硫黄島で生まれ育ち、当時全国有数の花街だったという熊本のなかでも最上格の廓に親によって売られたイチの1年ばかりの日々。明治の空気か女紅場のような一応の教育施設もあり、そこでイチはお師匠さんの指導のもと自分の気持ちを文章にすることに没頭する。そこここにその文章がはさまれるんだけど、硫黄島のことばそのままに文字になったようなその文章にイチの素直な喜怒哀楽がほとばしっているようで、昔が舞台の物語に生き生きとした勢いをつけている。
ことさらに遊女の不幸を語りたてることなく、おそらくそうであったように、当時その場にいれば誰もが生きていた毎日として描かれているのも好感。イチ自身は最上格の遊郭で最 -
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表紙絵はマルク・シャガールの『街の上の恋人たち』。その絵からイメージを膨らませたような不思議な話だった。
家の屋根を修理しに来た屋根屋に明晰夢の見方を指南してもらい、私は屋根屋と一緒に夢の中の旅をする。
2人の旅は夢の中とはいえ、なんとも甘美。シャガールの空を飛ぶ恋人たちのように。黒鳥になる場面は「レダと白鳥」を彷彿させる。
2人が訪ねるのは、福岡市の東経寺大屋根、奈良の瑞花院吉楽寺、法隆寺の五重塔、フランスのノートルダム寺院、シャルトル大聖堂、アミアン大聖堂など。国宝建造物の屋根の上からの景色。フランス料理や極上ワインを楽しみ、水の中を泳ぎ、ヒマラヤの峰々の上を飛ぶ。夢のような旅(夢なんだけ -
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ネタバレ『八幡炎炎記』が「第一部」となっていたので、少なくとも三部はあるに違いないと楽しみにしていたのだが、これで「完結編」!?
村田さんの体調が悪いのだろうか、それとも第一部が売れなかったからなのか・・・。
しかし、これも十分面白かった。
村田さんは「ヒナ子」だと思うが、中学を出た後、働きながらシナリオライターを目指して家を出ようとするところまでなので、せめてシナリオライターの夢は破れ、小説を書こうとするところくらいまでは書いてほしいなあ。八幡製鉄所がまだ活気に満ちていたころ(朝鮮戦争特需、神武景気、岩戸景気があり、日本がどんどん豊かになっていったころ)の話なので、寂れてしまった北九州の様子も書いて