土方奈美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人間は自分の知識を過大評価する生き物である。
人は全てのことを理解することは不可能である。
人間は知識のコミュティーに生きている。自分の無知を自覚し、適切に周囲から正しい知識を求めることができれば、賢い判断が出来るだろう。
個人でどれだけ賢いかはあまり意味がなく、ひとつの集団内でどれだけ賢いかどのように自分が貢献できるかが大切なのかと思った。
最近、仕事であまりに理解力がない自分に嫌気がさしていた。また、私は理解したつもりになることが多く、何を持って理解したことになるのかというのが分からなかったので、少しでもこんな自分の自分の助けになればいいなと思い、この本を手に取った。
結論としては、私の求めていた物事を理解するとはどういうことかというような内容ではなかったものの、研究の事例を出しながら知識をコミュニティで共有する人間の本質的な性質や傾向を知ることができた。人は往々にして自分の知識を過大評価するものだという話に救われた部分もあり、よく周りを見てみると必ずしも正しいことを言っている訳ではないことに気づき、周りも自分と同じで自分を過大評価してることもあるのかもしれないと思った。また、賢い判断をする為には何でも知ってる賢い個人がいるだけでは意味がなく、集団として、賢い判断ができるようにしなければならないというのが、改めて当たり前のことに気づかされたような感覚になった。自分の無知を嘆かず知らないことをちゃんと人に聞こう(信頼出来る情報源から)と思いました -
Posted by ブクログ
失敗の体系化、しかも失敗自体の分類とそれが起こりやすい状況の分類があり、面白い。
この分類によって失敗を『落ち着いて』捉えられることが大事と考えられていることも面白い。
心理的安全性を確保してオープンな組織を作ることで失敗から有益な学びを得ることと、システム思考を理解して失敗をそこに至る構造から本質的に捉えることが重要という趣旨で、そのために失敗がどのような分類ができるかについて整理されている。
趣旨は大いに理解できる、有意な内容。個人的な意見としても賛同したい。そのためにどうするかという話が、だんだん学術的なものではなく自己啓発というか個人のセンスに依存する表現になっていくような気がします。
、、、という理由でビジネス関連の学術書としてのマイナス1の評価をしていますが、一読の価値はありです。 -
Posted by ブクログ
なぜ賢い人ほど愚かな決断を下すのか
デビットロブソン 日本経済新聞
ひたすら愛に憧れながら
なぜ物質次元に執着し続けるのだろうか?
先日読んだNEXASlも同じようなことを上下巻にもわたる本で繰り返し述べているが
なぜ競争世界を卒業して切磋琢磨による相乗効果を目指さないのか?
この世は調和を理解するために物質と言う重力場における摩擦界を作り出して相対し合う関係から学ぶことを選んだのではないのか?
勝ち抜くことにのみかまけて
誤諾を並べても何も始まらない
部分感にまみれたこの世で果てしなく堂々巡りせずに
勇気を出して反面教師に学ぶ場なのだと気づくべきなのだ -
Posted by ブクログ
「なぜ世界は存在しないのか」哲学者マルクス・ガブリエルが、
「人新世の資本論」斎藤幸平監修のもと執筆した
日本書下ろしの新書。
溺れかかっている子供を助けるか、プールサイドの冷えたビールを飲むか、
倫理的には行動は当然決まってる、
という例を何度も出して倫理を説明してくれる。
これはとっつきやすかった。
が、次第にわからなくなってきた。
著者は何をいわんとしているのか?
倫理と資本主義、、、
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神、、ウエーバーは全然出てこない。
各企業、最高哲学責任者(CPO)を置いて、倫理部門が企業をリードして、
子供たちが投票権を持ち、AIを社会的技術として、、、
我々が目指すべきは道徳的価値と経済的価値の再統合、すなわち「倫理資本主義」だ
うーん。
わかるような気もするがピンとこない。
子供に選挙権を、ってのはわからないでもない。
未来に責任があるのは子供の方だ。
老人は無責任。
見えない未来より今、と、近視眼的な政策を行っているのは万国共通。
日本でも偉人と呼ばれる人は先を見ていた。ぱっと後藤新平が浮かんだけど。東京再構築。
長岡藩米百俵の小林虎三郎もそうだわな。
ん?倫理とちょっとずれるかな。
でも遠くないような気はする。
スミスもマルクスもフリードマンも出てくるが、、
理解不足でした
第1部 哲学者、経済を考える
(「倫理」「資本主義」「社会」を定義する;
入れ子構造の危機―現状の複雑性)
第2部 倫理資本主義
(経済学の危機;道徳的価値と経済的価値をリカップリングさせる―新しい啓蒙への道;
ヒトという動物―協力を最優先する;
道徳的進歩と持続可能性;
追伸:物象化としての「資本主義」)
第3部 応用篇
(CPOと倫理部門;
子どもたちに選挙権を!;
形而上学的パンデミック―欲望をコントロールする;
次世代のAI倫理) -
Posted by ブクログ
Netflixのクリエイティビティは、その自由な文化とキーパーテストによる優秀な社員で成り立つ仕組みにある。それらの文化の醸成は簡単なものではなく、どのような方針を持たせることで維持できるかが分かる。多国籍企業であるがの困難を乗り越える方法として、異文化理解力にも触れた一冊。
Netflixは自由な組織である。
その自由さはcontrolではなく、contextを与えることで「上司を喜ばせようとするな、会社にとって最善の行動をとれ」とメンバーを奮い立たせる。
「部下が同業他社に転職きたいというとき、何と知してでも引き留めたい」という人かどうかというキーパーテストを行うことで、十分な能力や人間力をもった人ではなく、圧倒的な何かをもった人によってcreativityを維持している。 -
Posted by ブクログ
非常に自分にとって耳が痛い本でした。
・人は無知を自覚しておらず、自分と他人との知識に境界線を持っていない
・個人の知識はあまりにもごく僅かで、知識はコミュニティに依存している
・自分の無知を自覚するためには、因果的説明が適している
これらは特に意識しなければいけないと実感した。
なまじ本を読み、知識を持っている「つもり」なだけで、実際には説明することも難しい。
知識がどこにあるという理解だけであったと思いしらされた。
だからこそ、もっとアウトプットするべきだ。
また自分の知識はコミュニティに依存しているという部分で、知識のコミュニティは良い点も悪い点もあることを知り、まずは自分がどのコミュニティにいて、自分はなにを知らないのか?どんな価値観を持っているのか?を考え直してみようと思う。
個人の知識はコミュニティに依存しているからこそ、個人の能力ではなく、コミュニティにどれだけ貢献できるか、という考え方は改めて考え直された。
分量も多く、読むのに時間はかかったが、認知科学という人間を俯瞰して見ることが出来る学問を少しだけでも知られて楽しかった。 -
Posted by ブクログ
日本向けに書かれたという本書は「倫理資本主義」というコンセプトについてガブリエル氏が安易な言葉で解説しています。倫理資本主義とは、一言でいえば経済的価値と道徳的価値のリカップリング、ということです。まず「リ(再)」とついていることからわかるように、近代になってデカップリングされていた2つの価値を再びつなげよう、というメッセージがあります。また経済学的に言えば、公害などの外部不経済と呼ばれるものをいかに減らすか、またプラスの外部経済(例:教育や研究開発など社会全体に染み出る効果)をいかに増やすか、も倫理資本主義のエッセンスと理解しました。
また生活の質と経済学をリカップリングすることも可能だ、という話をジョン・スチュアート・ミルの言葉を引用して説明しています。なるほどそのためにはGDPを超える指標が必要になるでしょう(さもなければ相変わらず政府はGDPの最大化だけを追い求める)。そして、イマヌエル・カントの「最高善(highest good)」とは、経済価値と道徳価値が均衡している点だと言います。これは概念的には理解できなくはないですが、はたして何をもって均衡しているのか、となるとその判断自体が極めて難しい気もしました。
応用編ではいくつかの具体的な提言が含まれています。たとえば企業がチーフ倫理オフィサー(CPO)を設け、企業の意思決定に道徳的価値からの意見を述べること、また子供に投票権を与えること、AIによって人間がよりインテリジェンスになるような制度設計があります。チーフ倫理オフィサーに関しては、果たしてそのような役職を設けないと企業は変わらないのか、疑問に感じましたが、彼の提言を受け入れる企業も一定数いそうな印象は持ちました。
全体的に主張内容は理解できるものの、日本企業を主語にして考えた場合、果たして日本企業は「自主的に」倫理資本主義に移行するのか、あるいはやらなければならない(表面的であればそうやらねばならない)から移行するのか、という移行プロセスについてはよくわからず、もやもやした気持ちは残りました。