半藤一利のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
歴史に関する様々な作品がある著者の、幕末以降、戦争にまつわる作品を選び、著者の言葉をまとめたもの。
著者の作品は何冊か読みましたが、このよな編集になっているとは知らず手に取ったため、本全体としての主張などは分かりません。この中から気になるフレーズを探し、実際に原典にあたるためのガイドブック的なものとしてとらえればいいのかなと思っています。
個人的に気になった部分をメモしてみました。
・「フランスの社会心理学者ル・ボンは『群集心理』(創元文庫)という名著を、十九世紀末に書いているが、かれはいう。『群集の最も大きな特色はつぎの点にある。それを構成する個々の人の種類を問わず、また、かれらの生活様式や職業や性格や知能の異同を問わず、その個人個人が集まって群衆になったというだけで集団精神をもつようになり、そのおかげで、個人でいるのとはまったく別の感じ方や行動をする』そして群集の特色を、かれは鋭く定義している-衝動的で、動揺しやすく、昂奮しやすく、暗示を受けやすく、物事を軽々しく信じる、と。そして群集の感情は誇張的で、単純であり、偏狭さを保守的傾向をもっている、と。昭和十五年から海鮮への道程における日本人の、新しい戦争を期待する国民感情の流れとは、ル・ボンのいうそのままといっていいような気がする。それもそのときの政府や軍部が冷静な計算で操作していったというようなものではない。日本にはヒトラーのような独裁者もいなかったし、強力で狡猾なファシストもいなかった。」(『昭和・戦争・失敗の本質』)
・「戦争をいうものの恐ろしさの本質はそこにある。非人間的になっていることにぜんぜん気付かない。当然のことをいうが、戦争とは人が無残に虐殺されることである。」(『B面昭和史』)
・「よく『軍人はつねに過去の戦争を戦う』といわれる。先頭の技術や方式の急激な変化を予測することは、たしかに非常なる困難なことに違いない。が、戦いがはじまってそれをまのあたりに見せつけられながら、なお『過去の戦争』を日本人は戦っていた。その悲しき象徴が戦艦大和・武蔵なのであった。」(『歴史探偵かんじん帳』)
・「本当に日本人は歴史に対するしっかりとした責任というものを持たない民族なんですね。軍部だけではない。みんなが燃やしちゃったんですから。」(『「東京裁判」を読む』(保阪正康氏・井上亮氏との鼎談で))
・「『一億総懺悔』は、そう影響がなかったと言う人もいますが、その後の日本人の精神や日本の歩みを見ても必ずしもそうではないように思えるんです。みんなして悪かったんだからお互いに責めるのはよそうじゃないかという『なあなあ主義』につながりもし、同時に、この言葉のなかに、トップ層の、結局は戦前戦中と変わらない国民指導の理念が垣間見えるからです。つまりこれが、『戦後どういう日本をつくるか』をわれわれがしっかり考えるための大きな障害になったと言いますか、むしろわれわれにそれを考えさせないようにした、という気がするんです。そしてこの先、皆がなんとなしに『そういうもんか』と、責任を追及しなくなったような印象があるのです。」(『昭和史 戦後編 1945-1989』)
・「まったく戦争というのはいつの時代でも儲かるのです。新聞雑誌もそうです。だから変なことを考えるやつが絶えないのです。」(『昭和史 戦後編 1945-1989』)
・「政治的とは、人間がいかに動かされるか、動かされたか、を考えることであろう。戦前の昭和史はまさしく政治、いや軍事が人間をいかに強引に動かしたかの物語であった。戦後の昭和はそれから脱却し、いかに私たちが自主的に動こうとしてきたかの物語である。しかし、これからの日本にまた、むりに人間を動かさねば…という時代がくるやもしれない。そんな予感がする。」(『昭和史 戦後編 1945-1989』)
・「戦争は、ある日突然に天から降ってくるものではない。長い長いわれわれの『知らん顔』の道程の果てに起こるものなんである。(中略)いくら非戦をとなえようが、それはムダと思ってはいけないのである。そうした『あきらめ』が戦争を招き寄せるものなんである。」(『墨子よみがえる』)
・「この元軍人には反省という言葉はないと、そのとき思った。そして勝海舟の言葉『忠義の士というものがあって、国をつぶすのだ』とそっとつぶやいたことであった。」(『B面昭和史』)
<目次>
第1章 幕末・維新・明治をながめて
第2章 大正・昭和前期を見つめて
第3章 戦争の時代を生きて
第4章 戦後を歩んで
第5章 じっさい見たこと、聞いたこと -
Posted by ブクログ
半藤一利氏によるリーダー論。近代戦争の専門家だけあって、リーダー論も戦時中の指揮官の研究結果を述べているところが多い。研究書ではないため内容が薄く感じた。
「西南戦争で郵便汽船三菱会社(後の三菱財閥)や大倉組商会(後の大倉財閥)は軍需物資の調達や兵站輸送で巨額の利益を上げ、経営拡大の基礎を築いています」p46
「西南戦争の勝利により「参謀が大事だ」という日本型リーダーシップが成立した。総大将は戦いに疎くても参謀さえしっかりしていれば、戦には勝てる」p47
「3を3回使って、その解が0から10となる数式を出せ(海大入試問題)(3-3)x3=0,√3x√3÷3=1,(3+3)÷3=2,3+3-3=3,3÷3+3=4,3!-3/3=5,3x3-3=6,3!+3/3=7,(3/3!)3乗=8,3+3+3=9,3.3x3=9.9≒10」P84,98
「真珠湾攻撃直後、ルーズベルト大統領は、太平洋艦隊司令長官キンメル大将と作戦部長スターク大将を更迭します。そしてニミッツ少将を太平洋艦隊司令長官に登用します。軍令承行令では26番の将校の抜擢でした」p92
「人間は自分の功を誇りたいのが常です」p112
「太平洋戦争では不思議なくらい日本の軍人さんは決断ができなかった。その意味では統制好き、すなわち上からの命令遵守の指揮官が多かった」p163
「(真珠湾攻撃の)機動部隊の指揮は、本当は発案者の一人でもある小沢治三郎中将にすべきでした。が、中将になって一年以上経なければ艦隊司令長官になれない、という不文律があった。小沢は中将になったばかり」p173
「(クラレ大原総一郎社長)新しい仕事は、十人のうち1人か2人が賛成したときが、始めるとき。全員反対というのはだめ。5人も賛成したら、そのプランを商品化するにはベストタイミングを逃している。いわんや7、8人が賛成するようなときにはトゥーレイトだ」p225 -
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出口氏が日本史を論評する対談本
出口氏は日本の世界史への影響をほぼゼロと評価しているらしいと思ってました。
本著は、この考えを裏付けるものでした。
・昨今メディアに氾濫する日本特殊礼賛番組
→反対。日本は、世界史的にみて平凡、受け身でしかなかった。
・戦時中の日本政府、軍部のシステム的な不備
→軍閥入閣必須も酷いが、ガバナンスが皆無というのが致命的。
(満州国を溥儀で建国したことも、関東軍の独断で低レベルな謀略に過ぎない)
・さらに、出口戦略のないまま、開戦、戦線拡大。
→実は、リットン調査団の報告を受け入れ国際連盟に加盟継続していれば、満州の権益の実質的維持と国際的孤立を免れたはず。
→松岡国連大使のスタンドプレーか。 -
Posted by ブクログ
海軍のこと、全然わかりません。
山本五十六とか東郷平八郎の名前くらいは聞いたことがありますが、いつの戦争で活躍した人なのかはさっぱり。
だから、読んでも読んでも内容が全然頭に入ってこない。
ごめんなさい。
勉強して出直してきます。
心に残ったのは1922年のワシントン会議での全権大使だった加藤友三郎海軍大臣の国防感。
”国防は人の専有物にあらず。戦争もまた軍人にてなし得べきものにあらず。国家総動員してこれにあたらざれば目的を達しがたし。……平たくいえば、金がなければ戦争ができぬということなり。
戦後ロシアとドイツとがかように成りし結果、日本と戦争の起こる可能性のあるは米国のみなり。仮に軍備は米国に拮抗するの力ありと仮定するも、日露戦争のときのごとき少額の金では戦争はできず。しからばその金はどこよりこれを得べしやというに、米国以外に日本の外債に応じ得る国は見当たらず。しかしてその米国が敵であるとすれば、この途は塞がるるが故に……結論として日米戦争は不可能ということになる。
国防は国力に相応ずる武力を備うると同時に、国力を涵養し、一方外交手段により戦争を避くることが、目下の時勢において国防の本義なりと信ず。すなわち国防は軍人の専有物にあらずとの結論に達す。“
もともと海軍は、外国から攻められた時の国防のために作られた、専守防衛の組織だったのに。
手にした武器を使ってみたくなるのは、個人も組織も同じらしい。
海軍の面子を保つために、世界的軍縮の波に逆らい、孤立していったこと。
そして、世界の情勢を冷静に判断できる人を、軍の中枢から追い出し、勢いだけで中身のない、自分に都合のいい解釈をゴリ押しすることによって、自ら崩壊していった海軍。
その時々に、きちんと状況判断のできる人はいたけれど、他人の職掌に口を出さないのが海軍の決まり。
ちなみに軍縮派の人たちは賊軍と言われた旧幕臣が多く、艦隊派と言われたイケイケグループは薩長の人が多かったそうです。
やっぱり明治維新は歴史に必要のないテロ行為だったのでは? -
Posted by ブクログ
昭和史、幕末史、夏目漱石といった著者がこれまで書いてきたテーマを概観している印象。ちょっと物足りないかな、とも思ったけど、それは著者が何のために本書を出したか、というあたりを考えないといけないのだろう。天皇のお言葉やトランプ大統領の誕生。内向き化する世界各国。今ある世の中の動きに対して、あなたは何を思いますか?そうした問いを、これまで自身の描いてきたテーマとからめて、とりわけフリマー新書の読者となる若い人にむけて出しているのだと思う。まぁ、俺みたいなおじさんにも、考えなければいけないよなぁと思わせる話なんだけどさ。
歴史は繰り返すが、まったく同じように、ではない。歴史から学ぶことはできないのではないか、と絶望的な気持ちになることもあるけれど、でも知ることをあきらめてはいけない。少しでも良い未来にむけて、努力できたらいいね、と著者から励まされている気がした。 -
Posted by ブクログ
高校の先輩後輩の2人による対談は各々が10大事件として掲げた出来事の理由から。宮部の挙げた事件は推理小説になりそうなものでありながら、時代の流れを大きく変化させるものであったところが面白い。そして2人で決めた10大事件についての対話。昭和金融恐慌(1927年つまり昭和2年と正に昭和の初め)が大臣の失言から始まったところから、2・26事件、大政翼賛会と3国同盟、東京裁判、憲法9条、日本初のヌードショー、金閣寺焼失、第5福竜丸事件とゴジラ、高度成長事件と事件、最後は昭和63年の幼女誘拐殺人(宮崎勤)まで。憲法9条については押し付けられたものではなく、1928年の日本も締結した不戦条約の文言から来ている!!そして前文の格調高い不戦宣言の言葉も。これは私自身にとっても驚きの事実だった!