帝国ヴォワザンに滅ぼされたオルムランデ。その地で盗賊神聖鳥として活躍するバルキスが、偶然出逢った神霊フップ。幼子に見えるフップは世界を滅ぼす力を持つ魔王だったのだ。
元々3巻に分かれて刊行されていたものが1冊にまとまったもので、一気に物語を楽しめました。
異世界ファンタジーの醍醐味はその世界観にあります。主人公の活躍部分のみだと、主人公の背景が書割りのような奥行きのないものになってしまいます。主人公のいるその向こう側、時間も空間も越えた向こう側を如何に見せることができるのか。それが異世界ものの面白味でしょう。
この『エル・シオン』でも様々な造語が飛び交い様々な設定が出てきて、大きな世界があることを感じさせられます。しかしあくまで物語は主人公バルキスに焦点は合わされ、世界の全体像は見え隠れするだけなのです。だから読者はバルキスの冒険に追随して、一気に物語を楽しむことができます。
3部構成になっており、バルキスの成長が描かれています。はじめは盗賊としてひとりで動いていたのが、仲間というものを意識するようになり、最終的には大きな軍隊を率いるまでになります。そしてその上で最後に決意することも。
フップという何でもできる力を得てもその力のみで解決するのではなく、バルキスは自らの頭で考え自らの行動で示していきます。
フップの力は物語を潤滑に動かすために使われているような節もあります。それは物語の展開がご都合主義とならないための装置なのかもしれないと思ったりもします。(まあ物語終盤に神の如き力をもった者が仲間に加わったりもするのですが、それはバルキスが動いたからこそ引き寄せた幸運という見方もできますし。)短いページ数の中で最大限の動きを伝えるための物語上のテクニックなのかなという気もします。もちろんフップの魅力はそんな役割を越えたものがあるのですが。
ひとりの少年が自らの夢を見出しそれに向かって猪突猛進する姿は爽快感があります。異世界ファンタジーの醍醐味がギュッと詰まった作品でした。