萩尾望都のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレこれはもう、「怖い、実に怖い」としか言えないくらいの恐怖を覚える内容です。まぁ怖がってばかりでも進まないんだけどさ。
大雑把なあらすじをすると、小松左京「お召し」にインスパイアされた、基本設定を少し変えた物を、ベテランSF漫画家がマンガにしました!
突然隔絶された2つの世界。もとは1つだった世界が、突然「18歳未満の人間しかいない世界」と「18歳以上の人間しかいない世界」に分けられてしまった。しかも、その世界の分け方には、年齢以上の法則性があるらしい。
大人と子供の世界が分断された。突然、子供を失った親は、冷静でいられるのか。突然、大人を失った世界に生きる子供は、生きる術を身に着けることができるのか。どちらの世界にも、それぞれの事件が起こり、穏やかに過ごすことの限界を知る。
とまぁそんな感じで、未知の力(と言い切っていいものかどうなのか)に翻弄される人間の話です。でもこの「隔絶された世界」ってのが、現実にも若干ダブる部分があるんだよね。違う世代の人間を理解できないことを、「宇宙人」と揶揄することもあるし。まぁでもこれはそういう話にはならないとわかりつつも、思い出してしまうのでした。
実は、1巻の半分を読んだくらいだと「意外と早く終わるかもしれない?」と思って見たが、後半を読み進めていくと、「いや、これは如何様にもなるなぁ…」と思い直したのでした。これを毎月待ちながら読むのも、結構つらいなぁ…。単行本でまとめて読むから、やや心が落ち着くような気もする。とりあえず、続巻を待ちます。もちろん、心して正座で。 -
Posted by ブクログ
やっと見つけた…
『マンガは哲学する』で紹介されていた。
表題作の「半神」は本当に一人称の死と三人称の死を見事に描き出している。これはマンガだからなし得るものだと改めて感じる。
他の作品でも時間や存在を難しいこと問題に取り上げることなく、SFの中でうまく紛れ込ませることで、どこか不思議で怖い感じを与えていると思う。
ただ、本質かと言えば、そうではない。「偽王」のようにどこか尻切れとんぼになってしまったり、「スロー・ダウン」のように現実と幻の差をあたかもあいまいにしたかのように見せかけていたり、金曜の集会でなぜか大人たちが時間が戻ることをわかっていることなど…
紙面があればもっと書けたのだろうか?
それはともかく、単なる恐怖ものでは収まりのつかない作品であることは確かである。 -
Posted by ブクログ
他の本と併読をおすすめ 「母と娘はなぜこじれるのか」
「母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか
(NHKブックス)」を読んでからこちらを読むことをおすすめします。
著者の斎藤さんが、母娘問題にゆかりのある方と対談していきます。
角田さんの小説は同じ日に読み終わったばかり、
萩尾望都さんの「イグアナの娘」はマンガもドラマも見、
信田さよ子さんの「母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き」も
読んでいたので対談の背景を知った上ですっと読んでいきましたが、
今、実際困っている人は、「母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか (NHKブックス)」、
「母が重くてたまらない―墓守娘の嘆き」の併読をおすすめいたします。
田房永子さんとの対談が、一番付箋が多くなりました。
実際の母との経験をマンガにされているということで、
呪詛植えのメカニズムと、呪詛抜きについてなど、マンガで
わかりやすく描かれているので、田房さんのマンガ作品にも
興味がわきました。
「母親から植えつけられた呪い、呪詛を抜いていく
『呪詛抜き』が必要だと思っています」
「いびつな母娘関係のラスボスは、男性の怠惰」
というような発言にひとつひとつ、頷く経験がある方が
いらっしゃるのではないでしょうか。
また、逆に全くぴんと来ない方も同じくいらっしゃるのでしょう。
それは、とても幸せなことだと知ってほしいです。
「母親の呪縛から解放される一番のポイントは、
自分は母親の思う通りじゃない、
母親の望む言動をしなくてもいいんだ、
イヤなことはイヤだって思っていいんだ、
と気づくことでしょうか。」
とありますが、このような本に出あっているということは
なんらかの気づきがあって読んでいるのかなと思うと、
それは大きな一歩だなと思います。
自分がそのような問題を抱えていることすら気づかず、
そう振る舞うのを当たり前と思っている人も多いはず。
また、
「今は母親との関係は、距離を置けているので、
直接的な被害はないんですが、自分のなかにある
母の呪縛みたいなものから、夫や子どもへの対応に
問題を抱えています。
お母さんとの関係が安定していなかったから、
夫に対してこれでいいのか、子どもに対して
これでいいのかと不安を感じたり、不安によって
夫に対してキレちゃったりする」
という言葉があったのですが、そういった、距離を置いてから、
自分が母となったときのよすがになるような
本というものも読んでみたくなりました。 -
Posted by ブクログ
母と娘の間には
母と娘の間にある問題がクローズアップされてきている。
母は娘を支配しようとし、娘はそれに応えるために必死になる....
その問題を5人の女性と対談形式で齋藤環が論じる。
一番興味深かったのが水無田気流氏との対談。
現代の育児の負担というものが女性に過剰に負担を強いているという論調であるがこの点は非常によくわかる。
保育園が見つからない、見つかっても子供が病気になれば休まなければならない、夫は帰って来ない、孤独感を募らせていく......
これは現代の母親には感じるものがあるのではないだろうか。
ある程度の社会基盤がある人ならば公的サービスを受けられる(それがあることを知ることができるから)が、そうではない人に対するケアが少ないのは深刻な問題だと水無田氏は語る。
それは現在の制度の大いなる弱点であろうと思う。
個人主義的な自己責任や自己決定が声高に叫ばれているのに肝心の個人というものが尊重されていない、という指摘にも頷かせられる。
信田氏との対談も面白い。
マゾヒスティック・コントロールやロマンティック・ラブ・イデオロギーという概念が興味深い。
後者が近代家族の維持装置の一つだというのは面白い視点だ。
それは幻想だとはっきり言っているわけではないが、一種の大いなる物語という指摘がある。
それが悪いというものではないがそれによって母のパワーが極端に一カ所に集中しているというのは納得できる部分もある。
他にも田房永子氏、角田光代氏、萩尾望都氏の三人との対談がなされている。
それぞれとても興味深い。
自身が母との関係に苦しんでいる場合もあり、それをもとにいろいろなこうさつがおこなわれている。
母というものが娘の人生に大きな影響を与えるのは決しておかしなことではない。
それをもとに自分自身の世界を構築していくのだから。
しかし、母と娘蜂が繋がっていたとしても別個の人間であり、母自身の「やり直し」ではない。
娘であり母である自分に照らして怖くなりつつ、わが家はどうだろうかとしばし考え込んでしまった。 -
Posted by ブクログ
うーむ。
なるほど……。と言おうかなんと言おうか。
女性が生む性だからなのか、産む性で有ることを社会的に期待されているからなのか、母、祖母、とさかのぼり、もしかしたらミトコンドリア・イブにまでたどり着く呪詛を感じる。すげーわ。
社会や人情、世間の常識に照らし合わせて間違っているとしても、本人が辛いならば「辛い」って言うのは当たり前なんですよ、と言うことを切々と語っているなぁと。
そして何より、逆もありき、と言うのが新しかった。端から見てどんなに辛そうでも、本人が大丈夫ならばそれでいいい。
本人にとっては、本人が感じていることが真実なのだし、それを大切にしてほしいと思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ親になったら読み返したいです。
現在は「子供」側の立場に近いので「そうだよね~」という印象なのですが、親になっても忘れないようにするために読み返したいです。
『イグアナの娘』「子供を愛したいけど愛せない親と、そんな親を愛したいけど愛せない子供」の話。
『カタルシス』
面倒臭さから親の言うことを聞いてばかりいた少年が、友達の葬式に行くことを止められて行かなかったことを悔やみ、自立をめざす。
都合の悪いことは全部忘れる母親、都合の悪いことは全部母親のせいにする父親。
『午後の日差し』
自分に恋してる年下の男性の愛を自分にしらんぷりしていたら、その男性は何事にもはっきりとした性格の自分の娘を好きになってしまった。
『学校へ行くクスリ』
『友人K』
格下だと思ってバカにしていた相手だが、本当はかまって欲しいのも、相手にされない格下だったのも自分だった。 -
Posted by ブクログ
2巻からは完全にSF。宇宙人がたくさんやってくるわけだし。
楽器の意味もだいぶん理解できてくる。それにしても萩尾望都のSF世界にはいつも秩序を正すための大きな組織が必ず出てきて、その存在の絶対感たるや、安心感をあたえてくれるから好きだ。ニキ好き。
アリアドを閉ざした扉の記憶から解放するアベル。
アリアドの楽器となることを享受しているアベル。
それから、ラストの終わり方!
とても可愛かった。
この話は、日本が舞台だし、少年たちと不思議の宇宙と、萩尾望都らしい美男子アリアドと音楽が加わった、壮大なスタンドバイミーみたいな。昔、夢中になって読んだ児童文学みたいな要素を感じた。 -
Posted by ブクログ
日本が舞台の萩尾望都作品はあまり読んだ事がないので新鮮。逗子の海にヨット。とても萩尾望都らしい!アベルがマリサを助けるくだりから、日本版メッシュのような連作になるのかと思いきや、アリアドが出てきてから物語が大きく舵を切る。そしてそれはもちろん最初からそう決まっていた。(しびれる)
逗子に帰ってからのアベルは、萩尾望都特有の感情的な美少年然としている。なにせ感応力の持ち主。一巻ではまだ全貌は分からず、どこまでSFなんだろうといった感じ。楽器?どういうこと?といった感じ。
それにしてもアベルとベリンモンの共存の具合がなんとも絶妙。
普通の人間より複雑で、おそらく我が強く、潜在能力として超能力も持っていたというアベルだからこその調和加減なのだろう。塩梅がすごい。 -
Posted by ブクログ
フランス中世の激動の時代を生きた王女を描いた作品。
デュマの原作を映画化したものも有名ですが、特に一つを原作としたわけではないようです。
妖艶というか伝説的なモテっぷりで歴史に名を残している恋多き女性なので、萩尾さんが?と最初に知ったときには意外でした。
でもそう‥激動する様子がはっきりしているので、案外描きやすいかも。
美少年がまわりにたくさんいるし‥?!
カトリックとプロテスタントが激しくせめぎあう中、国同士の関係も王家の婚姻も大きく動く時代。
大勢の兄がいるマルゴ王女は、末娘。
子供の頃は何も知らずに穏やかに暮らしていました。
姉はスペインのフェリペ2世に嫁いで行きます。
父王アンリ2世は愛人ディアーヌに夢中で、妃である母カトリーヌは立場のない思いだが、子供だけは何人も生んでいる。
父王が急死、長兄フランソワが跡を継ぎ、メディチ家の出の母が摂政となります。
フランソワの妻は、スコットランドの相続権を持つメアリ・スチュアート。夫の死で故国へ帰ることになります。
ナヴァル王の息子アンリが教育を受けるためにパリにやって来て、幼いマルゴに一目ぼれ。
これは史実じゃないような気もしますが‥後に名ばかりの夫婦になる二人。
どことなく色っぽい幼いマルゴに不安を抱く母。
やがて娘らしく成長したマルゴは、ギーズ家のアンリに恋心を抱きますが‥?
いかれた兄達やアンリ・ド・ギーズらの神経症的な雰囲気は、萩尾さんらしい描きぶり。
確かに血筋にも、立場や時代の空気にも、育ち方にも問題はありでしょう。
王家への反乱や、敗者の処刑といった恐怖に時には晒されつつ、育つのですから。
大勢の登場人物を手際よく描き分けてあり、歴史の勉強になる?
どこまで描くのか楽しみです。