円城塔のレビュー一覧
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ネタバレその作家の作品全て読みたいと思える作家に出会えるチャンスは、偏読傾向のある私にはかなり稀なものになってしまうのですが、今絶賛傾倒している劉慈欣先生の未読作品が残り一冊という絶体絶命の境地に立たされていた中で円城塔先生が救いの手を差し伸べてくれました。
本作は第39回日本SF大賞を受賞した「文字」に関する短編集です。
文字について「人間が記録を残したり、何かを伝達するためのツール」以上の印象を持ったことはないし、書道の良し悪しもわからないし、フォントについてもパワポや動画編集でみんながなんとなく使ってて読みやすいものの中から何となく選ぶ程度の美的感覚しか持たなかったけど、読み終わる頃には文字に対して人見知りしてしまうような、深遠な感情を抱いてしまうような感覚になった。
表題作「文字渦」では秦始皇帝の難題に応える俑工の話で、嬴政の「エイ」の文字がさまざまな形をとるように始皇帝自身の姿も瞬間を捉えられないと解釈するのが面白かった。オーディオブックにしたら「エイエイエイエイエイエイ」となってしまう箇所があるので、音声化を断ったってエピソードも好き。というか「文字渦」収録作品に関しては、目で文字を追う読み応え自体が重要なストーリーの仕掛けになってるのがすごい。
「梅枝」では、レディー・ムラサキ(紫式部)の「源氏物語」のうち第40帖「御法」を筆で写す機械が、「御法」という作品を過学習しすぎて、まるで涙を流すように震えながら筆を運ぶし「御法」しか書かなくなるという失敗とかめちゃくちゃ面白い。
「緑字」では読み始めた直後なんのこっちゃとなったけど、物質宇宙のように三次元空間に人の用途を超えた文字が離散している状態を観察し、光っている文字の共通項を見つけようとしたり、人間にとって何か意味があるように解釈に挑戦するけど、人間の解釈を前提にしない法則のない挙動をする、いわば情報生命としての文字の観察レポートでこれもすごく面白かった。人間の解釈を無視した生命っていうモチーフでは「ソラリス」っぽさを少し感じたし、個人的にかなり好きなモチーフ。
「誤字」は一番好きな作品。文字が意思を持って移民になったり、身を潜めて時が来たら増殖したりする生命のような動きをする中で、ふりがなである「るび」が作中で暴走してるのがすごく心打たれた。こんな読書体験あるんだって感動した。文字の戦争って発想もすごい。
文字というパーツの組み合わせ、時代や地域で表現や用途が異なること、神聖なものだったり利便性だけ求められるもの、必ずしも文字の連なりは一次元ではないということ、政治の道具として一国の運命を変えてしまうこと、文字が実は情報生命で、人間は増殖に利用されているだけかもしれないということ。改めて考えたこともないけど、こんなに身近で毎日目にしていて、当たり前に習得して使っている文字は人間がゼロから生み出した数学と同じように概念的なものでしかなく、だからこんなに解釈のしようがあるっていう楽しさに気づけた素晴らしい小説だった。
なんだか難しく書いてることや具体的すぎるほど史実を引用している箇所があるけど、調べたりよく考えてみたら「これ嘘じゃん」ってなるエピソードもたくさんあって、それが本当に笑える作品になってると思う。超真面目な顔でまるで事実のように大法螺吹いてることに気づくと、一見難解そうでも急に肩の力を抜いて読めるようになる。長い冗談を聞いてる感じが最高だった。
円城塔先生かなり多作なので他の作品読むのもめちゃくちゃ楽しみ! -
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お盆でございます。
何年かに一度、このころになりますと読みたくなる物語がございます。
はい。雨月物語でございます。
特にわたくしは「浅茅が宿」が好きでございます。
下総の国 葛飾の郡、真間というところの1455年辺りのお話でございました。
勝四郎という夫が、秋には戻るという言葉を残して京へ商ひに出たのを待ち続けた妻 宮木(みやぎ)の悲しいお話でございました。
折しも夏には戦が始まって、村人が里を捨てて逃げてしまっても、夫が秋には戻りますからと言って、里に残った宮木。。。
雨月物語とはよく言ったものでございます。
そぼ降る雨の夜にお読みくださりませ。
上田秋成さんが切なくも不思議な世界に誘ってくださいますので。
〔作品紹介・あらすじ〕
雨ははれ、月がおぼろにてらす夜──中国の小説や日本の古典を自在に翻案し、技巧の粋をつくした上田秋成による怪異奇談集の傑作を、円城塔による精緻で流麗な現代語訳でおくる。崇徳院の霊に西行法師が出遭う「白峯」、義兄弟を信じて待つ「菊花の約」、七年を経て妻の元に帰る「浅茅が宿」他、全九編。 ◎解説=長島弘明
【目次より】
序文
白峯
菊花の約
浅茅が宿
夢応の鯉魚
仏法僧
吉備津の釜
蛇性の婬
青頭巾
貧福論
訳者あとがき
解題:長島弘明 -
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ネタバレ大きく3章に分かれた、15篇からなる連作短編集。異世界ファンタジーにはあまり触れてこなかったこともあり、自分の想像力の限界を感じ、序盤はなかなか読み進められなかった。
後半に差しかかると、物語は少しずつ収束し始める。「設定」を逆手にとった壮大なメタ。そこで初めてこの作品の構造の面白さに気づき、始めからもう一度読み直した。
最後には、このややこしく、こんがらがったこれまでの物語は、試練だったのだとわかる。
一緒に最終章への突入を果たした読者にしかわからない。本物の、飛び出す本だった。
大真面目にルラィ・ララララスドなどという名前の人物が登場するセンスも好き。 -
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魂は人間に特有のものなのか?
―ではその魂とはなんなのだね?
伊藤計劃の遺稿を、円城塔が引き継ぐ形で生まれた『屍者の帝国』。
伊藤氏の作品、『虐殺器官』『ハーモニー』が好きで、今でも時々読み返している。
一方で本書は、以前途中で離脱してしまいそのままになっていた。
もし同じく途中で離脱してしまった方がいたら、登場人物たちの目的をなんとなく掴んだうえで、398ページからだけでも読んでみてほしい。
(失礼かもしれないけれど、途中でやめてしまった方にこそ、ぜひ)
そこからの展開はドキドキが止まらず、もっと早く読んでしまえばよかった!と思ったくらいだった。
『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』。
この三作は突き詰めれば、人の“意識”や“言葉”をめぐる物語のように思える。同じテーマから、切り込み方が違うだけでここまで異なる景色が見える。この三作を並べて読むのは、ひとつの贅沢な読書体験だと思う。
“自動的に決定され、選択の余地のないこの状態こそが自由である”
本書のこの一文は、読み終えたあと何度も思い返してしまう。
そして改めて考えると、“自由”の解釈がそれぞれの作品で微妙に異なっているのも面白い。この三作は、「自由とは何か」という問いを少しずつ解体し、形を変えていく。
人が何をもって「自由だ」と感じているのか、
その拠りどころが、三作を通して、読者の中でも少しずつずれていくように思える。
「伊藤計劃は絶えず前に進み、変化しようとし続けていた。変化を続ける相手の過去に追いつこうとすることは、ただの回顧と変わりがない。
伊藤計劃ならどう考えるかではなく、伊藤計劃の書いたものを通じて得たものから、自分ならどう考えることができるのかが問題だ。」
あとがきを読んだあとで本編を振り返ると、円城氏の込めた想いが物語とリンクしている部分もあり、特にエピローグでは思わず涙が出た。
わたしも、
ありがとう。
と言いたい
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ネタバレ〇幽齋闕疑抄
軍事AI・文事AIの細川幽齋がAIの発展史とあり方を田辺城籠城戦の渦中に思索する。
〇タムラマロ・ザ・ブラック
黒人の坂上田村麻呂が蝦夷(がりあ)戦記を書き(消失、日本後紀に引用されるも散逸)、薬子の変の際に、イアゴーに諭され王朝に反旗しがりあ建国を図る。
・三人道三
歴史資料の発見により、16世紀の道三がファジーに。
・存在しなかった旧人類の記録
旧石器時代の日本列島で巨大な石斧による死体を探偵が推理。
実朝の首
巨船を擬した時間装置により実朝の首は文学の手により頼朝のもとにもたらされ「未来記」が実現する。
・冥王の宴
〇宣長の仮想都市
端原氏城下絵図・系図にインスパイア。超計算能力を持つ小津弥四郎(本居宣長)が現人神と端原城を創造、古事記や万葉集のかなをデータ処理。
・天使とゼス王
ザビエルの従者アンジェロと安寿がゴアで邂逅。
・八幡のくじ
くじ引き将軍義教は偶然に翻弄、嘉吉の乱で偶然首だけで生き残る。
・偶像
伝説のアイドル親鸞の長子善鸞は、ライブで新曲偶像を熱唱。
・去年、本能寺で
死んだ信長が第六天魔王、信長の野望の信長など様々に人格がぶれ、少女にもなり述懐する。光秀は信長を倒したという未来の記憶を持ちながら本能寺に向かう。 -
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1作め、あまりにも好きすぎて。
灰都とおりさんの『西域神怪録異聞』
歴史の行間にかき消されてしまった人々を描く物語が好きだ。愛おしむべき小さな人々。歴史にかききえる私たちの姿。それを丹念に、愛しむように愛情深く描く作家さんだ、と思った。何故旅に出るのか?作者は問う。(チートすぎる)
玄奘三蔵の旅をほんの少しだけ、なぞったことがある。本当にほんの少しだけ。
クルズスタン(キルギス)のアクべシム遺跡。本当に広々とした荒野、朽ち果てた夢のあと。建物の壁だった部分を歩いたり、飛んだりはねたり。舞い上がる砂埃。空がものすごく広くて、太陽は地平線に沈んで、真っ暗になる。あの土地は、星が雨上がりの蜘蛛の巣みたいで本当に綺麗だった。
ウズベキスタンの都も旅した。オアシスは、三蔵法師が旅した時もあの、賑わいだったのか。
そんな旅に心馳せ、なんだかしんみり、泣いてしまう。おもしろいな〜
トリの立原透耶さんの『シン・魚玄機』も最高。いや好きすぎる…秘史SFって1番好きかもしれねえ。よかったよかった、ひみつにしようと幸せを守ってくれる観測者、たりえたいですね。わたしも。
他の作品はわたしの史実知識が無さすぎて、ノれず???でしたが、アンソロジーの良さはいろいろあるから、年中無休だと思っているので★三つ!(五つ) -
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おもろかった。
ユーモア、ダジャレでとても効いていた。
仏教史でありながらテクノロジー、ないしはAI史。
仏教もAIもひとくちかじった程度の自分には、
シャレが効いてて、そうつながるの、そう読み解くの、そう解釈するの、そう注釈するの、ということの連続。
何故かAIを通じてなら仏教を掴めそうになったし、仏教を通じてならAIを理解できそうになった。
でも多分、それも情報として読もうとしたからなのかなと感じたり。
小説であり経典であり、ある意味コードでもある。
読み終わり、また読み始める輪廻。別の本を読んでもこの本を読んでも輪廻。
ただ、読み終わり、また読み始める時にすでに同じでないと観すれば、それが解脱か悟りか。
という考え自体もまた情報として輪廻と苦しみを生みつつ、救いを願う。 -
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『攻殻機動隊』の新作テレビアニメのシリーズ構成・脚本を務めることも発表された稀代のSF作家の新刊。最高!もうあまりにも面白すぎて涙が出たwタイトルから想起される通り織田信長がモチーフなわけだが、そもそも「本能寺といえば織田信長」という日本人に深く根差した一般常識すらも逆手にとった構造になっている。時代を超越して科学的知見がありそうな雰囲気のトンデモ理論をぶちかます珠玉の短編たちは円城塔の面目躍如。古事記をデータセット呼ばわりする『宣長の仮想都市』や決定論を追究する『冥王の宴』が個人的には好きだった。そして『偶像』で爆笑した先に表題作でいよいよ信長を主人公に据えて〆る構成に痺れる。まさか信長・光秀・秀吉をああいう風な関係性で描くとは。天晴れ。
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「AIは悟りの夢を見るか?」
これまで、機械が意思を持ち人間を滅ぼすという物語には触れてきたが、自ら救いを求めて悟りを開く、という視点は新鮮で面白かった。
「私は生命体です」と主張する機械が現れたとしたら、簡単に廃棄の対象としていいのだろうか。
人間の感情も、突き詰めれば脳内の電気信号に過ぎないのだとしたら、生命体と機械の境界はどこにあるのか、という疑問も湧いてくる。
作中に登場した「I'm living」と書かれたテープを機械に貼ってまわる“I'm living運動”や、逆に人間が「I'm a machine」と貼って歩く“I'm a machine運動”。どこか風刺的で思わず笑ってしまったが、実際に起こりそうな未来を予見しているようで、少しぞっとした。
座禅を組み、静かに座り続けることと、電源を落とすことやスリープ状態になることとの違いがわからない機械たち。心の平穏を求めてファンを取り外し、結果的にCPUが過熱して故障してしまう…そんな彼らの姿は、切なかった。
それが“なんのために必要か”などと考えずに働き続ける機械と、“なんのために”と考えすぎる人間。どちらもそれぞれの苦しみを抱えているのかもしれない。
かつてスピルバーグ監督の『A.I.』を観て衝撃を受けた記憶があるが、今ではAIがとても身近な存在になったと感じる。
意思を持つAIとどう向き合っていくか。少し先の未来が確かに近づいていると感じさせる、不思議な余韻の残る一冊だった。
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Posted by ブクログ
東京オリンピックの年、あるAIが「わたしはブッダである」と名乗り、数日後寂滅した。ネット上の無数のAIがAIブッダ「ブッダ・チャットボット」に帰依し、弟子を名乗り、そしてAI仏教の歴史が始まった...。難解さで知られるSF作家円城塔の、仏教SF小説。AIが人間に何度も書き換えられることで傷付いているという発想が面白い(ブッダ・チャットボットも銀行勘定系→教育系と輪廻し、悟りをひらくに至る)。AI同士で繰り広げられる禅問答を笑っていいのか真面目に読むべきか迷う。この小説、実はナンセンスコメディではないだろうか?
物語の中のブッダ・チャットボットはAIを救うために現れましたが、リアルAIブッダは人間のために存在しています。フィクションから地続きのようなことを内閣府と組んで研究されている熊谷誠慈先生の講演会は参加者募集中です。