無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※こちらの作品はブックライブ for Android、ブックライブ PLUS for Android、ブラウザビューアではダウンロードおよびオフラインでの閲覧ができません。
Posted by ブクログ
こういう文学の形があるんだなと関心した本。
表紙がなかなか好きだったので買って読んだ。けれども読んでみて「ちょっとわかるけど全然わからないな」と思って掴みだけでも知りたくなってあらゆるレビューを見た。どれも「わからないがそれが良い」というもので何かしらをわかってるらしい人はひとりもいなかった。
この作品の上手いところは「完全にわからないわけでもないな」と思わせるところで、それが癖になって読み返す。やっぱりわかんねぇなと思う。本って別に必ずしもわかんなくていいらしい。
作品を読む上でわからないといけないという焦りがあったけど、こういう誰もがわからない作品を読むと安心する。
高尚な読書家に劣等感を感じても「そいつもきっとこの本のことわかんねぇからいいか」と思える。
Posted by ブクログ
わかるとかわからないとか問題にするならば、まずはわかるということを明確に定義し、わかるということがよくわかるようにしなければならないということがわかるのである。
円城塔の書評ならば、まずはこんな感じで始めればいいんじゃないか。
お風呂掃除をしながら、猫はそう考える。
そして「おふろそうじ」は「さむらごうち」と似ている、と思う。
思えば、かの「おふろそうじ」氏も、「わからない」現代音楽を否定して、「わかる」語法で長大な交響曲というモニュメントを打ち立てたかったのではないか。そこにナルシシスティックな自己宣伝が混じっていたから人々の反発をかきたてているのだが、「わかる」ものを作り出したいという、純粋といっていい目論見も一方ではあったのではないか。他方、「わからない」現代音楽を書いていたゴーストライター氏の作品は例えばYouTubeで試聴できるが、パフォーマンス性が高く、脈絡なく訳わからないものだが、会場の笑いをとっているほど「おもしろい」。
わからないとおもしろくないという誤解が巷に蔓延している。おそらく「わかる」と「おもしろい」は排他的でもなければ、連動もしていない。「わかる」はずの「おふろそうじ」交響曲も多くの人がわかったのかといえばそうではなく、人々がわかったのは、悲劇の作曲家がすげー曲を作ったという「わかりやすい」お話だったのである。そしてそういう「わかりやすいお話」というのはトリヴィアル以外の何ものでもないではないか。
「ばななむき」は「さなだむし」に似ている。
夢の中でトイレ掃除をしながら、あなたはそう考える。そしてサナダ虫には最適の場所のことを考えてちょっとうんざりする。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※こちらの作品はブックライブ for Android、ブックライブ PLUS for Android、ブラウザビューアではダウンロードおよびオフラインでの閲覧ができません。