円城塔のレビュー一覧
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いくつもの時間と物語の断片から相互に参照し合いながらそのつど生成される機関。という形の小説。入り組みすぎてて笑ってしまうほどだが、完全に理解できなくても判る面白さが絶大にあって、脳が踊る。こんな形の小説は読んだことがないし実際あまりないのだろうけれど、それなのに「これこそが小説としての楽しみだ!」と言えるようなところがあるのは、読むそのつど世界が拡散・収束して私のなかに生成されるからだろうか。小説と物語と書くことと書かれることについて考えた。
なお佐々木敦の解説がわりあいにわかり易く纏まっていてさすが。読後の整理には役立つが、しかし厳格に整理する必要はあまり感じない。
円城は本当に小説の構造、 -
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『人生の目的は、愛すべき人を愛すること。自分の人生をコントロール出来ていないと感じていてもだ。』
『素晴らしき地球ーーどうにかすることできたはずだ。でも僕らはケチで怠け者だった。』
地球の部分を自分の生命と置き換えて考えてしまいました。
自分に対してケチで怠け者な態度はいけないですね。
どうにか出来る時間はまだあるはずです。
さてこのこの本はカート・ヴォネガットのスピーチの記録です。
大学の卒業式や講演会などですね。何の気なしに読んだんですが、
ラスト131ページの言葉読んで涙腺崩壊!!!
糸井重里さんのコピーに同感。
『ヴォネガットは目とこころにしみる。』
目にしみすぎちゃて、しみすぎちゃっ -
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書評的な宇宙で無批判に暮らすっていうこと
チャールズ・ユーなんて知らない。これが処女長編というから、知らなくても当然だが、円城塔が初の長編翻訳していて、この珍妙なタイトル。これは買い。
しかも時間SFである。私は時間ものが大好きであることを公言してはばからない者だが、サグラダ・ファミリアの真ん中でも公言するし、陸前高田市の奇跡の一本松の根元でも公言する。するだろう、するに違いない、したかも知れないが、しているところである。
主人公チャールズ・ユーはタイムマシン修理屋。タイムマシンものをかなり読んできたがこういう職業ははじめてだ。しかも流しの修理屋。狭い四畳半アパートみたいなタイムマシ -
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わかるとかわからないとか問題にするならば、まずはわかるということを明確に定義し、わかるということがよくわかるようにしなければならないということがわかるのである。
円城塔の書評ならば、まずはこんな感じで始めればいいんじゃないか。
お風呂掃除をしながら、猫はそう考える。
そして「おふろそうじ」は「さむらごうち」と似ている、と思う。
思えば、かの「おふろそうじ」氏も、「わからない」現代音楽を否定して、「わかる」語法で長大な交響曲というモニュメントを打ち立てたかったのではないか。そこにナルシシスティックな自己宣伝が混じっていたから人々の反発をかきたてているのだが、「わかる」ものを作り出したい -
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たとえば、『ダ・ヴィンチ・コード』は息もつかさぬ展開で、一気に読まされたにもかかわらず、読後、もの凄く不満が残った。その含蓄の浅さはさておいても、小説でなければならない必然性がないのだ。アクションの連鎖なら映画のほうが効果的ではないか。
本書『Self-Reference ENGINE』は小説であらねばならない手応えを感じさせてくれる。それでいて至って軽く不真面目な語り口。しかも語り得ぬことを、ヴィトゲンシュタインのように沈黙せずに、とにかく、何とか語ってしまったのだ。
もちろん映画にはできないだろう。20の短編にプロローグとエピローグのついた22の断章(文庫化に際し、2編増えた)。そ -
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名所旧跡というものがある。人の口に上るので、自分では特に行ってみたいと思っていなくても、一度くらいは行っておいたほうがよいのではと思ってしまう、そんなようなところだ。古典というのもそれに似たところがあるのかもしれない。学校の歴史の授業で名前だけは聞いていても、『雨月物語』はともかく、色恋や女郎買いを主題とした『好色一代男』や『春色梅児誉美』などは、文章の一部すら目にしたことがない。ましてや山東京伝の名前は知っていても廓通いのガイドブックである『通言総籬』などは作品名さえ教科書や参考書には出てこない。しかし、出てこないから、大事ではないということではない。
「色好み」というのは、日本の文化・伝 -
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祝文庫化!
久しぶりに美しくて、知的で、楽しい読書の時間を持てたと思った。
こちらに納められているものは中編が2つ。『道化師の蝶』と『松ノ枝の記』どちらも書くという行為の意味を問いかける内容だ。特に『松ノ枝の記』はある小説を翻訳してみるという行為から始まる物語の冒頭が秀逸である。
小説を読む為に語学を学んでいる私にはとても面白い展開であったし、物語が段々と入り組んでいく模様が読んでいてわくわくした。物語は物語をかたり、新たな物語を作り上げる。
まさに彼はこれからの日本文学を背負う人物になるであろうと私は思う。
蛇足ではあるが、どうも彼が芥川賞を受賞した時は同時受賞の田中氏の貰ってやる宣 -
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『すなわち、原理的には万能タイムマシンを構成するにはこれしか要らない。(i)記録媒体の中で、前方と後方、二方向に動かすことのできる紙切れ。(ii)そいつが、叙述と、過去形の直接的な適用という二つの基本操作を果たせばよい』
この小説は納め所の難しい小説だ。特に前半と後半の印象ががらりと変わる。ただ解説にあるようなSF か家族小説かというような二者択一を迫られているとは思わない。この小説はあくまでもSF であると思う。ただ、SFとしての印象の落とし処が見えにくいという気がしてならないのだ。
単純化を恐れず言えば、SFの楽しみは想像力の喚起、ということに尽きるのではないかと思う。しかもそれは一見 -
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ネタバレ【オブ・ザ・ベースボール】
なんだかこの話は終盤物哀しい。
人が降ってくる町では、バットでそれを打ち返すという勤めを果たした人は未だいなかった。
それを成し遂げた初めての人である主人公に、なぜか役場も酒場の友人も温かみがない。
主人公は退職させられ、町を出ていく。落下した老人の所有していた手帳と写真を持って。
その写真は主人公に似ている。主人公が人生の先、老人となる途中のようなの顔。
そして手帳についてはこう述べられている。
「ノートに何が書かれているかなんてことは確認するまでもなく、書き上げてもいないのに勝手に描き上げられた俺のノートに決まっている。手間が省けたと喜ぶべきなのか今の俺には判 -
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文庫化されたので再読。デビュー作にして入門編。文章も内容も平易でとても読みやすい。
価値観の多様性、信じるものの有無、あらゆる前提がまんべんなく粉砕されているこのご時世。
すでに崩壊のカタルシスすら無効という世界において、円城塔さんの作品には純粋な「フィクションの愉しみ」がある。
でかい一発を知るがゆえ、人はさらに同等かそれ以上の一発を期待しすぎ、体力勝負で自分に負ける。歪んだ愛情を留保して、野次馬に身をやつし、レビューで★を減らす。知識による自家中毒でどこまでも人は堕ちて行き……、話が脱線してしまった。
空から人が降ってくる町、ファウルズ。主人公の仕事はバットとユニフォームを身につけ