円城塔のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
前半≧ラスト>>後半、という順番で内容が充実していたと思う。
前半部分は電気羊をオマージュしたような設定。説明を基調とした展開。虚構が実体になり、実体が虚構となり、実体と虚構が混じりあっていく、そんな雰囲気を楽しめた。
後半部分はシンプルにダレている。特に東洋哲学に寄せた部分が東洋哲学ありきすぎる。機械には機械の考え方があるだろうし、機械の宗教の変遷を仏教歴に無理やり合わせている雰囲気がする。この本のテーマが機械の哲学である以上、追うのは仕方がないとして、追い方が無理やりというか、見せかけ感があった。
ラストもこのままダレるのかな、と危惧していたのだが、ここに来てオリジナリティを復活させる。神格、情報、それらに思考を左右される私、というのが虚構でありながら自分の身も重ねてしまい、おもしろかった。
全体的に伝えることを放棄し、ついてこれるならついてこい然とした本だった。後半部分をつまらなく感じたのは、ただ単についていけなかったからかもしれない。 -
Posted by ブクログ
アルゴリズムに制御された機械が悟りを開く、という設定に様々な角度から検討を加えた哲学書のような小説。
魅力的なキャラクターが活躍するわけでもないし、あっと驚くような出来事が起きるわけでもない。
観測されえない「教授」と「わたし」の境界線、という本書の核心的な謎も最後まではっきりせず消化不良感は強い。
とはいえ、随所に作者の鋭い見識が散りばめられており、この手のテーマに興味のある読者なら楽しく読めると思う。
たとえば
≪非理性的なものを理性的に実装することは容易で、理性的なものを非理性的に実装することは困難である。≫p159
≪(ゲームの)戦闘に上達することは容易だったが、下手になることは難しかった。学習は容易で、脱学習は困難だった。銃一丁でバトルロワイヤルを勝ち抜くのは容易だが、初心者の放つ弾丸に当たりに行くのは難しかった≫p19
≪バグとは一体何であるか。それは仕様から外れたふるまいである。しかし、ソフトウェアとしては実装の通りに動いているに過ぎない。そこにあるのは仕様と実装の差であって、「誤った挙動」ではないのである。機械は間違えることができない。間違いというものがあり得ないがゆえに自然である。≫p65
バグはない。すべてが正しく挙動している。あるのはただの「差」だ。
木村が人間の動きを「リアリティ」と「アクチュアリティ」に分類し、統合失調者が見る「リアリティ」と健常者の見る「リアリティ」の差を実証しようとしたのは、「バグ」に対する違和感をもっていたからではないか。
ではそれが「バグ」ではなくて「差」だとすれば、われわれはそこに肉薄できるのだろうか。
ヒントは「場」にある。
「リアリティ」に断層があったとしても、物理的に共有できる「場」を消すことはできない。「アクチュアリティ」の種はそこに芽生える。
≪射撃の精度を向上させるためには、各種センサーとの連携が不可欠だ。自機の速度は無論、傾きだって、パイロットの癖も重要だ。人間に理解しやすいようにまとめられたデータより、各センサーからもたらせられる生の信号のほうがより多くの情報を持つことはいうを待たない。≫p147
「アクチュアリティ」の局面では、扱いやすいデータよりも刻々変化する外部から入力される情報が利用される。
結果、外部とわたしの「境界線」が活性化し、わたしと外部は部分的に溶け合う。
≪紙とインクの集積物である書物は本来、あなたにページをめくらせたり、本を閉じさせたりする物理的な機能はない。にもかかわらず、書物は自らの内容をあなたに開示することにより、ページをめくらせ続けることが可能だ。あるいは一目見た瞬間に閉じさせることも可能だ。その存在を読み手の意識と相互作用する生命と呼んではいけないのか、ということだ。≫p91 -
Posted by ブクログ
なんかよくわからないけど、ちょっとだけわかった気がする。
『ゴジラS.P』の脚本を手がけた円城塔先生の小説。『ゴジラS.P』の時も「大概にせぇ」と思ったが、本作も当たり前のように難しい。傍らに相棒のGeminiを待機させながら読解に臨んだ。
ただ、自分なりに、本作では「成仏」を「差異が無く、特別ではない状態」に至ることと定義しているのではないかと思った。特別ではないから人間も機械もその他のものも有機・無機問わず成仏できると説いているし、差異の無い平坦な世界にする過程で、グラウンドの凹みを出張った土を持ってきて整地するように、さまざまな教えが説かれている。そのグラウンド整備こそが「方便」なのだろうなぁと考えてみた。
そして、「差異の無い平坦な世界」が舞台であるからこそ、唯一の特異点である、オンリーワンな「教授」がキーパーソン(?)になるのであろう。
相棒のGeminiの協力をもってしても、自信を持って読解できたとは言えない。でも、何か新鮮で大切なものをインプットできた気がしている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ3.5。ちゃんと読めばもっと面白いと思う。それが証拠にこの作者の他の本も読みたい。それくらいならちゃんと読めばよかったのだが、貸出期限をとうに過ぎて、途中の章を丸ごと飛ばし読み終えた。短編集ということになっているが、一連の作品として成立しているように思う。
「去年マリエンバードで」を文字で追わされているような小説。
「この文章を理解していく困難さ自体にはそれほど意味はなく一つのビジョンを見せようとする布石にすぎない」とすることにして意味を完全に理解しないまま読み進めるがそれでも辛い。出てくる単語、事物、人物に意味や付随するイメージがあり過ぎ(それこそが狙いであるのだろうが)、どうしても文章の途中で止まってしまう。しまいに諦めて、途中の章(短編)をすっ飛ばし最終章(最後の短編)を読んで、ひとまず読み終わったこととした。果たして、それでも物語は繋がってきちんと閉じる。全章(全編)しっかり読めばもっと深く感動的だった気もするし、これでも十分な気もする。独特の魅力があって、提示するビジョンは美しく、この作者に受賞歴が多いのはよくわかる。