伊坂幸太郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
色んな作家さんの本を読んでも、2〜3冊に1回は伊坂幸太郎さんの本を読みたいと思い、定期的に摂取してしまいます。
伊坂さんの作品は、読みやすい構成3割、物語に引き込む力3割、笑えるところ3割、考えさせられる言葉1割のブレンドが、病みつきになります笑
本書は、クセ少なめで特に読みやすい伊坂さんらしい作品のような気がします。
p38過去のことばっかり見てると、意味ないですよ。車だって、ずっとバックミラー見てたら危ないじゃないですか。事故りますよ。進行方向をしっかり見て、運転しないと。来た道なんて、時々確認するくらいがちょうどいいですよ。
→基本は前。たまに後ろを振り返る。大事なことをわかりやすくコミカルに浸透させてくれる。
p95人を騙すには、真実とか事実じゃなくて、真実っぽさなんですよ。
→「騙す」を「説得する」に置き換えると、仕事にも通ずるなぁと感じた。
p263いいか、飛んでも八分、歩けば十分、メールは一瞬。だとしても、飛べるなら飛ぶべきだ。そんな経験、しなきゃ損だろうが。
八分も十分も大差ねえ、なんて言ってるのはな、「どうせ人間は、死んじゃうんだから何したって関係ねえよ」って言ってるのと同じだろ
どうせいつかは死ぬけどな、生き方は大事なんだよ
→真理。年齢を重ね、生き方(生き様?)こそ大事だなぁと感じる。ただ生きるのではなく、ありたい自分であることこそが人間の在り方だと思う。 -
Posted by ブクログ
憧れて手に入れた仕事にも嫌な事はある。
こんな仕事辞めてやる!という仕事の中に、
笑顔になる一瞬がある。
生活の為に働くのだから割り切る、
という考えもある意味正解だと思うし、
この仕事が天職だと思っていたのに、
向いてないって挫折する事も多分ある。
大変そうだね、と言われる仕事に、
笑顔で楽しげに関わる人もいる一方で、
誰もが羨む職業に就いているのに、
人知れず悩んで塞いでいる人も多分いる。
早期退職に憧れた時期もあったけど、
社会の片方にしかいられない人生が楽しいのか、
自信がなくなってきた。
助け合って社会を作って生きていく上では、
誰もが自分の役割を「ちゃんと」する事が、
大事なのかもしれないな。
「常にベストを尽くせ。見る人は見ている。」
「スプーンひとさじのお砂糖」を探して。
あなたも。
わたしも。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ猫が好きなので、猫がしゃべるという設定に惹かれて買った一冊。
大きな国と小さな国、猫とネズミ、人とクーパー。
巨大な力を前に持たざる者たちはどう振る舞うのか、寄り添って歩んでいける道はないのか、そんな事を考えさせられる内容だった。
支配下に置かれている民が集まって反逆したり、(元)臣下が国王を殺害したり、ネズミが猫を罠にかけたり、「窮鼠猫を噛む」なんて言葉が思い浮かぶようでおもしろかった。
初めの「子猫のようにも見えるが体のつくりは成猫のそれ」という描写が後々猫がそもそも小さかったという、とても私好みの伏線回収がされててすごく良かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ導入は仙醍という都市にある弱小プロ野球チームとそれを応援するとある家族(山田家)の話から始まります。熱烈な仙醍キングスファンの家族のもとに育つ劇的な天才野球児の話です。
仙醍なんて書いたらほぼ仙台だろって感じますが、これを読んで球団設立当初の楽天イーグルスを思い出さすには居られませんでした。仙醍キングスは弱小・常敗チーム。一方現実の仙台のチームといえば楽天ですが、新規参入の際は体制づくりがビハインドのなか、当初リーグダントツの最下位、当時の田尾監督は常にへの字口であったことを思い出します。
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さて、山田家の天才野球児の王求(おおく)、名前からして(横書きで球(たま)とも読める)野球の神様から祝福されているかのような彼は、小学生時には引退したプロ野球選手の球を軽々とホームランするほど。中学時代もその名はとどろくも県大会どまり、そして高校では訳あって中退。しかし、幸運もあり仙醍キングスに入団。
そしてぼろくそに打ちまくる。ないしは敬遠か死球。結果として6割・7割打者という驚異的な成績に至る。
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自分にストイック、野球にしか興味がない。
それはそれで素晴らしいことであるも、はるかに他を凌駕した才能を持つ彼。その姿勢や存在が気に食わない連中も多い。明示はされていないものの、彼はチームの監督にこっそり刺され、この世での生を20年と少しで去ることになります。
ここに私は、凡人の衆愚、嫉妬を見た気がしました。主人公山田王求への日本的出る杭は打たれる的バッシング。
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実は、主人公山田王求へのバッシングは、彼の父山田亮が犯してしまった殺人にも理由がありました。
そのため彼は高校を退学せざるを得ず、またどうにかプロ野球でプレーできることになるも、常に殺人者の子として後ろ指をさされることになったわけです。
ここで気になるのは、加害者家族に人権はあるのか、という話です。被害者家族は金銭的に補償され、また精神的にもケアされるべきだと思います。加害者本人も法の下に罰せられるべきでしょう。その中にあり、加害者家族、なべてもその子どもはどれくらいの責任を負うべきなのでしょか。
作品ではこうした価値判断については一切明言はありませんでした。しかし、温厚な仙醍キングス監督が狂人じみたクレーマーの差し金を受け入れた末に山田王求を刺したことに及んだシーンから、「大衆は加害者家族を抹殺する」「大衆は加害者家族を許さない」、と感じました。もちろん、被害者家族の気持ちを離れて、大衆はうねりを作ります。
加えて、シェークスピアのマクベスから”Fair is foul, foul is fair”という文句を度々引用し、善悪の相対性、善悪は大衆による都合によって決定される、というメッセージを勝手に受け取りました。このあたりのストーリー展開、歯止めが効かない流れ、にゾクっときました。
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ということで一風変わった伊坂作品でした。
天才打者の短い一生はバッドエンドで終わり、明言されない寓意が霧のように立ちこめる作品でした。その点でも、伊坂氏の純文学的エッセンスが感じられる面白い作品だったと思います。
伊坂作品のファンはもとより、野球好きの方、純文学好きの方、倫理学やジャーナリズムに興味がある方にはお勧めできる作品でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ再読。
1度目に読んだのはおそらく大学生のときだから、10年ほど前。
当時は今より怖がりで話の筋が怖くて仕方なく、あまり細かい伏線や風刺に目もくれずさっさと読み切ったのだと思う。
その証拠に、この本の印象として覚えていたのは「なぁんだ、そういうことだったのか、怖がって損した」と安心したことくらいだった。
ただ今回再読し始めても、何に安心したんだっけ?と肝心の中身を全く思い出せない。
相変わらず不穏な空気が怖い中、過去の自分の記憶を信じて、「大丈夫、最終的にはなぁんだとなるはずだから」と思うことで、
各所に伏線(猫が鼓動で揺れるか?岩山に隠れるのがそんなに大変か?など)があること、鉄国とトムの国の力の関係性を猫と鼠で表していることなど、以前よりも細かい描写に気を配って読めた。
(当時もそう思っていたのを忘れているだけかもしれないけれど…)
後書きにもあるミサイル問題、ロシアとウクライナの戦争など、世界情勢も10年前と異なることから、単純に作品を楽しむだけではなくて戦争や支配、武器に頼ることの恐ろしさも改めて実感しながら読んだ。
あとは、個人的に後書きは読み飛ばす(というか飽きてしまって読めない)派なのが、初めて興味深く読めて、おかげで話が整理されて理解が深まった。
再読で本の捉え方が変わることも含めて、学びの多い1冊だった。