中川右介のレビュー一覧
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ネタバレ大天才を間近に見る天才はつらい (-_-メ)
どうしょうもなくなった私は萩尾さんに
「距離を置きたい」と告げる(竹宮惠子)
竹宮惠子と萩尾望都、少女漫画史に刻まれる
大泉サロン(竹宮・萩尾・増山と信望者達の家)
を閉じてから少し経った頃であった
三人の苦しさを表した作品
ロンドカプリチオーソ(一度読んで記憶にない)
アーカイブ的にもすげえ
1947年生まれ(名前・デビュー年・好きな作品)
池田理代子 1967 オルフェスの窓・ベルばら
山岸凉子 1969 日出処の天子・アラベスク
大島弓子 1968 綿の国星
1948年生まれ
里中満智子 1964 アリエスの乙女たち
青池保子 1963 エルファルコン-鷹-・エロイカ
木原敏江 1969 摩利と新吾
大和和紀 1966 イシュタルの娘・あさきゆめみし
萩尾望都 1969 ポーの一族・スターレッド
1949年生まれ
樹村みのり 1964 読んでいたが作品不明
山田ミネコ 1971 未見
岸裕子 1966 未見
一条ゆかり 1968 砂の城・こいきな奴ら
1950年生まれ
竹宮惠子 1967 地球へ・天馬の血族
ささやななえ 1970 獄門島
庄司陽子 1968 生徒諸君!・レッツ豪徳寺
いがらしゆみこ1968 キャンディキャンディ
美内すずえ 1967 ガラスの仮面 -
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映画、演劇、歌舞伎、大相撲、プロ野球。それぞれの昭和20年8月15日から大晦日。復興に立ち上がる人達を描いた群像劇。
多くの文化人の戦後復興を描く。終戦を迎え混乱する中、映画を取り続ける人達、戦犯としての告発を恐れる人たち、原爆症で死の淵をさまよう人たち。一人一人の戦後のドラマ。
相当数の書籍、参考文献を収集した大作。関係者はほぼ鬼籍、矛盾した回想も多く事実は永遠に分からないことも多い。
私的には「日米会話手帳」の出版と青バットの大下弘のデビューにさらなる関心。
昭和20年12月31日、紅白歌合戦の前身「紅白音楽試合」。初連載の新聞発売を待つ手塚治虫。昭和の時代の進展を予想させる結末まで、実に興味深く読むことができた。
戦中は軍部、戦後はGHQの意向に過剰に反応、忖度する自粛警察的な人々の存在も面白い。 -
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バース掛布岡田の1985年から星野監督までの長い阪神タイガースの暗黒時代。ドラフトの失敗とお約束のお家騒動。負の部分を淡々と描く。
40代後半の自分にはちょうどリアルタイムで重なる期間の記録。1992年の新庄、亀山フィーバーを除きほぼ最下位争いを続けた姿。それでも巨人に次ぐ人気球団であるダメ虎阪神タイガース。
本書は長い低迷の時代をひたすらに描いた作品。新書としては分厚い内容が低空飛行の時代の長さを物語る。
阪神タイガースの定番のお家騒動。これは1985年以前からの姿。電鉄車内の派閥争いと伝統球団のOBたち。掛布、バース、岡田など功労者を簡単に追い出すのも江夏、田淵から今の鳥谷までお約束。
それでも一定の人気はあるから変わらぬ伝統なのだろう。
懐かしく読むことのできる一冊。あまりのダメ虎ぶりがまたファンにはたまらないのでしょう。 -
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阿久悠と松本隆/中川右介
二人の作詞家を中心にした70~80年代の歌謡曲史です、本屋で読み始めたら止まらなくなり購入。
私にとっては正に青春時代?とシンクロしており、桜田淳子(新曲が出る度にパチンコでシングルと交換してた)の映画や写真集、太田裕美のライブを思い出しながら、新書にしては相当入れ込んで読みました。
オリコンの順位と売上枚数という数字データが縦軸になっていて、後付けにはなるもののその分析には納得感あり。結果はわかっていてもチャートアクションの実況的な描写にはサスペンスのように数ページ一気読み。木綿のハンカチーフと およげ!たいやきくんの対決とかね。
沢田研二、山口百恵、ピンクレディー、松田聖子などがどのように企画されて成功したか、なども興味深いです。アイドルのみならず都はるみからサザン、ユーミンまでほぼ全てのヒット曲が出て来るので何処を切り取っても読みがいが有ります。
松本隆の歌詞の素晴らしさは体感してきましたが、阿久悠は才能は勿論、ヒット戦略も時流を見て圧巻だったのですね。
他の小説と二冊持ちして時々これを読む、というスタイルもよいかもです。
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20世紀屈指の独裁者、「ヒトラー」「スターリン」「毛沢東」
彼らの出生や幼少時代、そして組織内にて上り詰めていく過程と、どのように絶対的権力を確立・駆使して行ったかを考察した本。
こちらも現在読書中の「我が闘争」の参考文献として併読したが、自分でもびっくりするぐらいの名著だった。
ただ強いて言うなら、これほどの歴史人物3人の人生をまとめ上げることは、たった1冊の短い新書では不可能だったという点かな・・・
些か途中で明らかに端折っていた部分があり、そこが少し不足気味だった。
当たり前だが、3人とも目標をしっかりと持って、それに向かってアクションを起こしているんだな。
プランニングと行動力が自分とは大違いです・・・トホホ
・3人の共通点
①元々権力者だったわけではなく、叩き上げで組織のトップを掴み取った。
②裏切り者や敵に対して一切容赦がない。
③実父と仲が悪く、憎んでいた。父親の愛情と無縁に育った幼少期の家庭環境に問題あり?
④自分に矛先が向かないように、うまくかわす(逃げる)能力に長けていた。
「20世紀の独裁者」というくくりでは似たような3人だが、国も文化も違う為、当たり前だが各々違ったスキルを持っている。
では次に、それぞれのスキルについて細かくまとめてみよう。
1.スターリン
グルシアの貧しい靴職人の息子から、ソ連史上最大の権力者になるという大出世を果たした。
しかし同時に、史上最悪の犯罪者として歴史に名を連ねてしまった。
ただ、スターリンの悪行の数々については他の二人以上に不明確な事が多い気がする。
本当に彼がやったのか?
死亡(暗殺?)数年後にソ連が発表した内容を元に話が構築されている為、どこまで真実だったのか?
陰謀論の存在を疑ってしまう。
そういった理由から、彼が本当に史上最悪の犯罪者だったのか、ただの冤罪人だったのかは永遠に謎のままだと思う。(これを言っちゃ本末転倒だけれども)
スターリンの基本戦略は以下の3点。、
①皆が嫌う地味な仕事、面倒な実務を引き受けて組織の全貌を把握、自分なしでは組織が動かない状況を作る。
また、危ない仕事や汚い仕事も率先して行い、そこに付け込んで相手の弱みを握り出し、屈服させる。
②確固たる思想がなく、自分の意見を持たない、「風見鶏」のような存在。
多数派がどちらか場の空気を読む能力に長けており、最後まで喋らず、意見を分類・比較・まとめた上で最も支持を得そうな他人の意見を自分の意見として採用する。
考えを持たない事で党内抗争で常に勝利してきた。
③組織内において、目立ちすぎない。無能を装い自分を過小評価させることで相手の油断を誘い、また嫉妬させない。
「面倒な仕事を引き受ける」
「風見鶏のような思考を持つ」
「組織にとって自分自身を替えの利かない存在にする(自分しか出来ない仕事を保つ)」
「目立ちすぎず、無能を装い相手の油断を誘って尚且つ嫉妬させないようにする」
スターリンの戦略こそ今日にも通じる1番の出世学・処世術ではないだろうか?
党内幹部を完全盗聴することや、容赦ない粛清は頂けないが、非常に参考になった。
・ヒトラー
本著を見ると、自著である「我が闘争」がいかに脚色だらけであったかが一目瞭然。
彼が「我が闘争」にて否定的だったもののほとんどが、彼自身の失敗談や挫折をひた隠しにしたり、解釈お良くする為に自身の育ちを極貧と偽ったあたりなど、「我が闘争」はもはや「偽りの自伝」に他ならない。
コンプレックスが相当すごかったのか、当時の時代背景がそうさせたのかは今はもう調べようがないが、そのあたりにヒトラーの「小物っぷり」を感じてならない。
しかし、そんな彼がここまでのし上がれた事実こそ、本著の考察が気になるところである。
ヒトラーの基本戦略
①凄まじい自己ブランディングと、「オール オア ナッシング」。
トップ以外に興味がなく、それ以外の座を求めないところが出世学の根底にあった。
②弱い相手としか戦わないため常に勝利する。また弱い相手を見極める力を持っていた。
③権力を握るまでに必要だった仲間でも、権力を手中に収めた後は容赦なく粛清した。(昨日の友は今日の敵)
ヒトラーがどういう人間性だったのか、今となってはもはや分からない。
しかし彼がブランディングと称する戦略のほとんどが、今日では「張子の虎」と思えてならない。
(ブランディングに関しては、奇しくもスターリンとは正反対の考え。)
絶賛されている演説能力の高さや、その際の些細なテクニックなどは、機会があれば是非参考にしたいと思う。
・毛沢東
言わずと知れた、「中華人民共和国の建国の父」。
また、「中華民国最後の帝王」その人である。
①文才や広告能力に長けており、感動的なスローガンで人身掌握する。
②敵は強い時はじっと待ち、持久戦に持ち込むゲリラ戦法を得意とする。
③裏切り者に対しての粛清=殺戮ではなく、こちら側への懐柔を行なったり、それでも翻らない反乱分子も解放するなど、長期的な視野でのイメージアップを行なう。
前述の二人とはやや一線を画す存在の独裁者である。
「感動的なスローガン」とひとくくりにされているが、毛沢東のカリスマ性や立身についていかなる戦法が用いられていたのだろう。
本著には毛沢東のみやや記述が少なかった為、時代背景も含めてまた別に調べてみようと思います。 -
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この本をオススメしたい人は
・仕事があんまり楽しくないと感じている人
・何か日常に閉塞感を感じている人
・大林宣彦の創造性からヒントを得たい人
帯にも書いてある通り、普通のサラリーマンとは
また違った視点で、仕事というものを見ており
色々学ぶべき点は多い。
内容はというと、大林さんが行ってきた過去の仕事を振り返り
どういう気持ちでやってきたのか。ということが書かれている。
しかし仕事観に関していうと、第一線で活躍される一流のプロ達と
あまり変わらないと思う。
根底にある考え方は
・仕事を楽しめるか?
・自分が満足出来た結果なのか?
・他人の役に立てているだろうか?
という仕事観は、他の経営者が書かれた仕事哲学と
あまり差はない。
そういう意味では、仕事観を中心にして読むと
この本ではなくて他の本でも良い気がする。
なので、仕事観というよりは大林宣彦という創造性、発想力や
魅力について知りたい方にこそこの本はオススメしたい。
撮影所の人しか映画監督になれないと言われていた時代に
完全部外者の大林さんが、どうして映画を撮ることが出来たのか?
そのカギとなるのは、大林さんの人間力に他ならない。
その人間力とはいったい何なのか?どうして大林さんに
仕事を託す、頼んでみようと思ってしまうのか?
その人物像を中心に読めば、また違った仕事観の視点を
新たに手に入れることが出来るだろう。 -
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《未完成》が曲のニックネームとして定着しているのは、シューベルトの《未完成交響曲》くらいのものだが、本書はそれも含め6曲(+コラムでもう少し)、未完成のクラシック音楽について論じているものである。こういう本、あってもいいと思っていたのだ。何しろ評者は未完成曲の完成版という類のCDが出ると、ついつい買ってしまうゲテモノ食いだからだ。
いくら未完成だってそれなりに完成した姿がないとコンサートのレパートリーにはなりにくい。未完成のままレパートリーに定着した作品としてはシューベルトの他に、ブルックナーの交響曲第9番が上げられる。この2曲とも完成した楽章まででも演奏上十分な達成感があるのだ。
ブルックナーの場合、作曲者が完成の意志を持っていたのに寿命が来てしまったのだが、シューベルトの場合はそうではない。この人とにかく未完成作品が多い。《四重奏断章》など第2楽章の冒頭で中断しているので、第1楽章のみが演奏されるが、稀代の名曲。《未完成交響曲》の場合も、第3楽章の冒頭が書かれているが、中断してしまっている。それがどのような経緯で人手に渡り、死後に「発見」されたかには謎も多く、本書でもそこがキモだ。
この第3楽章のトリオに歌曲を補い、第4楽章は《ロザムンデ》間奏曲を流用するというニューボルト版という「完成版」があるが、作曲者が断念したものをいったい誰が書き継ぎうるのかという問題を残す。
その点、ブルックナーの交響曲第9番の場合、緩序楽章の第3楽章で楽想が天に昇っていくところで終わりでいいじゃんと誰しも思う。ところが実は第4楽章はほとんど完成していたのだというのが、第2話のキモ。作曲者の没後、関係者が楽譜をそれぞれ少しずつ記念に持っていって散逸してしまったのだ。これも近年、幾人かの学者の手により、ほぼ復原されている。なのに、3楽章版での演奏・録音が多いことに音楽産業の問題を絡めるのは、さすがにレコード・ジャーナリズムにどっぷり浸った著者ならではの見解である。
マーラーの第10交響曲は種々の完成版があるにしても、そろそろ完成版の形での演奏が定着しつつある。それが第3話。ここでは前田良雄『マーラー』による通説批判の紹介が主である。
第4話はショスタコーヴィチ《オランゴ》。最近CDが出たばかりの真新しい「発見」についてである。ショスタコーヴィチの場合、未完成に終わるのには政治が絡む。
マーラーの第10交響曲に取り憑かれてしまったデリック・クック、スクリャービンの未完の大作《神秘劇》の第1部を補完したネムチン、こういった人たちはどうしてこのような割に合わない仕事に生涯をかけたのかと常々思うが、第5話はそういう割に合わない話。プッチーニの《トゥーランドット》はその補筆を担当したアルファーノの非才が非難されることとなっているのだ。しかもその初演のときに、トスカニーニは、アルファーノの補作版を使わず、プッチーニの絶筆のところで尻切れトンボでオペラ公演を終えているのである。これについて著者は時の権力者ムッソリーニとの確執に理由を求めており、なかなか興味深い推理なのである。
実はアルファーノのオリジナルな作品はいくつか聴くことができるが、そう悪くないのだ。同様にモーツァルトの《レクイエム》を補筆したジュスマイアやアイブラーの作品だってそう悪くない。バルトークは第3ピアノ協奏曲の17小節のオーケストレーションを残して死んだが、たった17小節なので、補筆部分がどうのと問題にされることはほとんどないが、ヴィオラ協奏曲となると、シェルイの補筆の問題を指摘した新たな版も出されている。ジュスマイアのオーケストレーションはダメだという意見はずっとあり、別の完成版もいくつか試みられているのだが、あたかも他人がかなりの部分を補筆したことなどなかったかのように演奏されているのがモーツァルトの《レクイエム》だと著者は述べている。これが第6話で、遺族の金策が作品の補筆完成を生んだのだ。
しかし考えてみると不完全な人間がどんなに身を削っても芸術作品を神の域にまで完成できるわけはないので、すべての芸術作品は未完成ともいえる。また、音楽だったら演奏家がいて、聴衆がいて、その都度その都度、違った形で完成される、ともいえる。こうした論点は本書では触れられていないが、芸術作品と未完成という問題は深い含みを持つのではないかと思った。 -
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大林宣彦、77歳。いま最も旬な日本人映画監督である。2012年公開の『この空の花─長岡花火物語』は各界から絶賛され、いまなお全国で上映が続く。
一方でAKB48のPV『So long!THE MOVIE』も手がけ、独特の世界観と64分という長尺でAKBファンの度肝を抜いた。
映画会社に就職しなければプロの映画監督になれなかxった時代に、道なき道をいかに切り拓いていったか。映画界が大きく変化しても、第一線で活躍し続けていられるのはなぜか。その半生と仕事論を語り尽くす。
「映画はひとりでは作れません。多くの俳優やスタッフが集まって作るのです。監督はその現場の責任者です。芸術面だけでなく、マネージメントの責任者でもあるのです。(中略)さらに、映画を作るには資金が必要です。そして映画は興行ですから、お客さんに映画館に来てもらわなければなりません。映画は多くの企業と人が関与するビジネス・プロジェクトなのです。(中略)
つまり、大林宣彦は芸術家であると同時に、半世紀にわたりビジネスの最前線の現場にいた人でもあるわけです。そして驚異的なことに、七十七歳になったいまでも現役です。そんな人が自分の体験に基づいて、成功の秘訣、仕事を得る方法、リーダーとしての心得、失敗しても挫折しない方法など、縦横に語ってくれます。そんな、贅沢な本なのです」(本書「はじめに──映画作家の体験的仕事論が、なぜすべてのビジネスの現場で通用する話なのか 中川右介」より抜粋) -
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ヒトラー、スターリン、毛沢東。彼らは国家を率いて大虐殺を行った。現代史における世界極悪人列伝の中には必ず入るだろう。しかし、忘れちゃいけないのは、彼らが名もなき庶民から一代で国家のトップに成り上がったこと。本書は彼らが大出世を果たしたという1点のみにスポットを当て、彼らの生き様から世渡りのテクニックを学ぼうとする。
だから、本のジャンルとしては自己啓発本、ビジネス本なのだが、読んでみると初心者向けの歴史書としておもしろい。3人が悪人になる前のエピソードは意外と知られていないからだ。そして、それぞれの成り上がり術はみごとな非道ぶり。
まず、自分の忠実な腹心を作り、そいつに自分の気に食わない奴らを殺させる。その腹心がやり過ぎて評判が落ちれば、新たな腹心を作り、元腹心を含めて気に食わない奴らを殺らせる。その繰り返し。自らの手を汚さず、評判を落とさず。これぞ「悪の出世学」だ。 -
ビジネス書 兼 近代歴史研究所
書店で「凡人が一番怖い」なる帯が掛かっているのを見て気になっていたが、ふと見たら電子書籍で出ていたのでなんとなく買ってみた。これが結構面白い。
著者の文章力なのか、すいすいと興味深く読めるのが魅力。これも悪の出世学を研究しているからこそ為せるストーリーテリング?
読む人によって、この本の印象は違うと思う。
・会社の中でどうふるまうと評価が上がるか=出世できるのかという、明日から使えるビジネススキル満載本
・大学の授業で聞いたことのあるような、ハーケンクロイツ/オソロシア/中国の比較文化論ならぬ比較リーダー論のような講義本
彼ら単独の研究本は山のようにあれど、悪役たちを比較したものはなかなかない。
だからおもしろい。