中川右介のレビュー一覧
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ある講演会でお話を聞いて本書を手に取りました。大林宣彦を尾道三部作に代表される「胸をキュンとさせる」ストーリーを紡ぐ映画作家としてだけではなく、70年代から80年代にかけて映画産業のシステムが変化していく時に、その変化のシンボルとしての「大林映画」を成立させるプロジェクトリーダーとしての捉え方が新鮮な企画でした。しかし「永遠の16歳」であろうとするクリエイターの意志がそれを成し遂げていくところに、その時代のビジネスが急激に個人を志向してきたか、と感じました。その際、自主映画→CM→メジャー映画というキャリアの中でコマーシャル時代の体験は大きな役割を果たしたのだと思います。チャールズブロンソンのマンダムのCMは映画監督のバイトじゃなかった!
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Posted by ブクログ
世界中の誰に尋ねても知っているであろう、3人の指導者。
彼らは今でも人心を良くも悪くも引き付け、そこかしこに現れる。
彼らも、いいところはあった、そういう人もいるだろう。
それは否定しない。
人の評価というものはその時々で大きく変わるからだ。
ただ、なぜ彼らが悪とされるか。
それは彼らが、多くの人々を直接的、間接的に死に追いやったからだ。
このことはどんなに言い訳しようとも、なくそうとしても事実なのである。
それを踏まえた上で、彼らがどのように上り詰めていったか、出世の「極意」がここにある。
まずはスターリン。
鋼鉄の人、と自ら名乗った。
彼は人の弱みを握り利用し、そして誰も信じないことで登って行った。
これはすごい。
一体何が彼をここまで歪めたのか私には全くわからないが、ためになりそうなものも中にはある。
情報は自分が管理する、面倒な実務こそ引き受ける。
地味な作業だが、確かにこれをやると、組織は自分がいなければ動かなくなる。
さすがに現代社会においてそれは難しいだろう、と思ったが、いやいや、危機管理が万全な大企業ならともかく、そうでない企業ならこれは十分通じるに違いない。
情報を把握するという意味では先見の明があった。
次にヒトラー。
手におえない分野は無理をせず適任者に任せる、勝てる相手としか戦わない。
逃げるが勝ち、なわけだ。
非常に臆病な人物だったように思う。
臆病だからこそ、外堀から埋めていく戦法が性に合っていたに違いない。
そして何よりスピーチがうまかった。
これが彼を作る上で重要なキーワードだ。
最後に毛沢東。
耳に心地よいキャッチフレーズを使う、具体的な失敗を批判されたら抽象論でごまかす。
あれ????これは最近の話だろうか??
一つの目標に向けて人々を煽り、盛り立てる手腕は実に見事。
キャッチフレーズは知らず知らず人心に入り込む。
さて、彼らの出世術で使えるものはいくらでもある。
ひどいな、おかしいなと思っても、その最中に人は気付かない。
言葉が上手というのは大衆を動かすには必須。
コミュニケーションが大事、というと綺麗に聞こえるが裏を返せばこういうことだ。
それを善の武器として使うか、悪の武器として使うかの違いだけで。
彼らのようになれというのではない。
彼らがなぜ強大な権力を持ち得たのか、それを知ることで、自分は何ができるかを考えるきっかけになるし、指導していく立場として何が恐ろしいかも学べる。
ひどいよね、悪いよね、だけではなく、そこから何を感じ取り良き方向に持っていけるか、それがもしかしたら、彼らの一番の功績であるかもしれない。 -
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タイトルに引かれて、思わず買ってしまった一冊。
1.しずかちゃんについての考察、2.ドラえもん世代、3.のび太、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫のスクールカーストについて、4.パラレルワールドなドラえもんの歴史について。
1-3については、楽しく読めました。表題にもあったしずかちゃんがのび太と結婚した理由は、詳しくは分かりませんが、しずかちゃんがクラスのマドンナは、良いとして、戦闘少女と言うのは、笑ってしまいました。
確かに、それに加えて、意見もきちんと言うし、性格も良い、しずかちゃんが、何のとりえもないのび太と結婚したと言うのは、分かりかねるかも。
3に関して、のび太、スネ夫、ジャイアンがスクールの低いカーストと言うのも、そういう見方もあるのだと、唸ってしまいました。暴力のジャイアン、嘘つきのスネ夫が組んでのび太をいじめるのは、民主主義故に当然のこととか。これは、読んでみないと分からない。ドラえもん、のび太の関係をアメリカ、日本に例えるのも面白い。
世界は随所、スネ夫仕様なのだ。「悪いなのび太、ころ三人用なんだ」の言葉、椅子とりゲームより、質が悪いかも。固定化された社会みたいで。
突っ込みだすと、きりがないですが、最後に落ちがつくいつもの楽しいドラえもんもありですが、ちょっと大人向けのドラえもんも楽しかったです。 -
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前作「カラヤンとフルトヴェングラー」ではフルトヴェングラーに嫉妬されながらも成長していくカラヤンを描く。
そして、カラヤンがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者になったところで前作は終わった。
本著はその後のヘルベルト・フォン・カラヤンがクラシックの帝国を築き、死の直前に凋落していく様子を描く。
自分で楽器を演奏できない指揮者は、最高の楽器を求める。
その楽器こそがオーケストラ・管弦楽団であり、最高のオケを求めることは権力を求めることと重なった。
「帝国」と表現するといかにも独裁者然とした人格を思い描くが、実際は後進の指導も行う善人格だったように思う。
膨大な音源を残したカラヤン。
録音とコンサートについて裏側がよく分かった。
管弦楽団はリハーサルをすることを嫌うとのこと。
だがリハーサル無くして良いコンサートはあり得ない。
そこでカラヤンはリハーサルの代わりにレコード録音を行った。
録音なので楽団員は本気の演奏をせざるを得ない。
カラヤンは録音で80%までもっていき、本番のコンサートでは100%の結果を残したとのこと。
今残されているカラヤンの音源は80%ということになるが、あれで力をセーブしているのであればコンサートの音は一体どのくらい素晴らしかったのであろう。
今は亡きカラヤンのコンサート音源をこれから探してみようと思う。 -
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カラヤンは超有名なので誰でも知ってますよね。
フルトヴェングラーはベルリン・フィルハーモニック管弦楽団をカラヤンに引き継いだ
史上最大の指揮者ともいわれています。
ナチス政権時代にはすでにして大指揮者であったフルトヴェングラー。
ヒトラーが大のワーグナー・ベートヴェン好きであったためナチ政権の宣伝に利用されかけるのをすんでのところでかわす毎日。
一方、その大指揮者に憧れるカラヤンが如何にしてフルヴェンを嫉妬に狂わすほど成長していったか読み応えがあります。
第三の男として、天才チェリビダッケが登場します。
若くして才能を認められて世に出、戦後BPOの指揮を任されます。
しかしオーケストラの全人事権を求め、老齢の演奏者を一掃としようとしたしたため反感を買い、最後の最後でカラヤンに指揮者を取られます。
個人的にはこのチェリビダッケの政治や権力には無頓着で「純粋な芸術」の音楽を求めている姿が一番共感できます。人付き合いが下手で、求める音を出せない奏者はコテンパンにこき下ろす。スティーブ=ジョブズに似た天才性です。
いずれにせよ、この本で戦中からカラヤン帝国草創期までのことがよくできました。 -
Posted by ブクログ
面白かった、けど読むのに時間かかった・・・。なんででしょうね、中川右介さんの本は、内容にはすごく興味あるし、実際面白いんだけど、なかなか頭に入らなくて同じ行何度も読んだりしている。
まあそれはともかくとして。以下、印象に残ったことメモ。
*徳川時代には役者は「河原乞食」と蔑まれ、幕府の弾圧の対象であった歌舞伎が、明治維新を経て文明開化の名の元に、いろいろあって、日本の誇る高尚な伝統芸能という存在になったという、ダイナミズム。
*徳川時代に、下賤な「芝居」なんか見たこともなく育った明治のエリートたちが、欧州視察にて、国賓として観劇でもてなされることに驚く。西洋では上流社会の社交の場として劇場が存在するようだが、それにひきかえ日本の芝居って、そうとうレベル低いんじゃないか、と。特に脚本が、荒唐無稽でちゃんちゃらおかしいぞ、と。ここから、トップダウンの「演劇改良運動」が始まる。演劇界からの内発的要素はなし(でも九代目團十郎は高尚趣味なので、個人的方針とは合致していた)。
*守田勘彌の存在感。とにかく勘彌がいないと劇界はどうにもならない、というくらい。今でいう億単位の借金を個人で抱え込んで、奔走。明治政府要人に接近していたのも勘彌だし、この人のはたらきがなかったら、歌舞伎は存続していなかったかもしれないね!(こんな本読んだわりにあまりにざっくりなまとめで我ながらひどい。)
*松竹兄弟の革新性。松竹が歌舞伎界を掌握するまで、はこの本の範疇ではなかったけど。歌舞伎興行にたかって利益をむさぼる、ヤクザ的な存在=前近代的な悪習を断ち切るという理念のもと、それらの既得権益?者たちからの嫌がらせや妨害を受けながら果敢に改革に取り組んだ、ということだった。
*川上音二郎って、バイタリティあふれる面白い人だなあと思った。政界や團十郎や勘彌が理念倒れで終わってしまった「近代的でリアルな、日本の新しい演劇」の創出を、ゼロから(だからこそ)なしえてしまった。
*「歌舞伎座」誕生のとき。この名称自体が画期的だった。それまでは「芝居」と読んでいたし、かぶきの表記もまちまちだった。あとがきでは、歌舞伎座という劇場名として「歌舞伎」という華やかな名称があったことも、歌舞伎がすたれなかったことのささやかな一因かも、というようなことが書かれていた。この歌舞伎座を設立した福地桜痴は、旧来の芝居(=歌舞伎)否定派だったのだから、おもしろい。