橘玲のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
それまで緩やかだった変化が、ある閾値を超えた瞬間に一気に拡大する——その転換点を「ティッピング・ポイント」と呼ぶ。これがグラッドウェルの提示する核心的な概念だ。
著者は、変化を爆発的に広げる担い手として「コネクター(広範な人脈を持つ人物)」「メイヴン(情報の専門家)」「セールスマン(人を動かす説得者)」という三種類の人物類型を挙げる。現代で言えば、新型コロナウイルスの感染拡大を一地域から全国へと広げた、いわゆる「スーパー・スプレッダー」的な存在がこれに近いだろう。また、変化が定着するかどうかは「時代の空気感」、つまりその変化を受け入れる社会的な雰囲気が醸成されているかどうかにも左右されると著者は言う。
特に印象的だったのは「ホロコースト」という言葉の普及をめぐるエピソードだ。ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を指すこの言葉は、今日では誰もが当然のように使う。しかし1978年以前は、ほとんど使われていなかったという。転換点となったのは、同年にアメリカのNBCが放映したドラマ『ホロコースト』の爆発的ヒットだった。一本のテレビドラマが言語の使用習慣そのものを塗り替えてしまったという事実には、率直に驚かされた。
本書はほかにも、ホワイト・フライト(白人住民の郊外への流出)、ある高校での自殺率の異常な上昇、麻薬の蔓延など多様な事例を通じてティッピング・ポイントを論じる。扱う題材は広範にわたるが、一貫して「なぜ変化はある瞬間に爆発するのか」という問いに向き合っており、読み終えた後も身の回りの出来事をつい「閾値」で考えてしまう自分がいた。 -
Posted by ブクログ
正直なところ、この著者の本は当たり外れが多いと感じてたのですが…著書は当たりだと思います。
資源が有限だからこそわたしたちは選択しなくてはならない。これをトレードオフという。
例えば、恋人ができると他に恋人をつくれない(浮気という手段があるけどおすすめしない)
1日24時間だけど、実際【睡眠、食事、着替え、片付けあるいは子供の世話】などどうしてもやらなければならない時間を差し引けば1日のうちに自由に使える時間は10時間程度になる。(睡眠を極端に減らすのは認知症になるおそれがあるためおすすめしない)
だからこそ、人生の優先順位を決めようねって1冊。
また、コップ理論に納得する1冊でもあります。
コップに水が半分しかない(入ってるという捉え方)って話だけど、これその水をさらに小さなコップに移せば満タンになるよね。と著者の視点。
これ何が言いたいのかというと、やり方を変えることでうまくいくことがあることを知りましょうってこと。なんて合理的な本なのだと思いました。 -
Posted by ブクログ
小説しか普段読まないですが、この手の本も読んでみたくなり、手に取りました。
人間を生き物として冷静に捉えて考えると言う視点を持つのにこの本はいいと思います。
遺伝や、本能などロジカルに感情の原因を理由づけしていくので、読んでて腑に落ちたり、奇妙ですが安心する自分もいました。
やっぱ人間ってそんなもんだよね!みたいな感覚で。
子供の時に読むと変な影響を受けそうなので、色々な人と出会って、色々な経験をした大人になってから読むのがいいのかなと思います。
この本の全てが正しいかはわかりませんが、自分を省みるきっかけにはいい本だと思います。
自分が感情に押し流されそうな時、この本を思い出します。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ世界はなぜ地獄になるのか ─ キャンセルカルチャーと「構造との付き合い方」をめぐる読書メモ
この本を通して浮かび上がってきたのは、「悪」を設定して世界を単純化しようとする人間の認知の省エネ本能と、それがネット空間で野生化したときに社会全体を地獄化させるメカニズムだと感じた。小山田圭吾や会田誠、イェール大学のハロウィン騒動、ドッグパーク論文、woke文化やナイス・レイシズムといった具体例は、すべて「悪を確定し、文脈を捨て、二元論に還元する」という同じパターンをなぞっているように見える。
自分自身の経験と重ね合わせると、この本は単なる「現代社会批判」ではなく、「いま自分が立っている足場の説明書」に近い。エールのつもりでかけた言葉が「冒涜」と受け取られ、構造を変えようとした動きが「パワハラ」とラベリングされる。こちらの意図や文脈と、相手のソシオメーター不安とが食い違うところに、キャンセルまでいかないまでもミニ・キャンセル的な出来事が起きる。この本に出てくる登場人物たちと、自分の状況が妙に重なって見えた。
印象的だったのは、橘が「炎上する世界」を、進化心理学とステイタスゲームの観点から描き直している点だ。人はソシオメーターによって他者からの評価を常時モニタしており、拒絶や失墜への恐怖を抱える。その不安を和らげる一つの方法が、「他人を陥れて、自分が攻撃される位置から少しでも遠ざかること」だという説明は、自分が考えていた「恐れ起点のいじめメカニズム」ともぴたりと噛み合う。正義や社会正義を掲げた攻撃が、実はソシオメーターの自己防衛として機能しているという視点は、心地よいほど腹に落ちた。
マイクロアグレッションやインターセクショナリティといった概念が、なぜここまで強く支持されるのかも、この文脈で理解できる。有色人種やマイノリティの学生にとって、イェールのような大学は「外の世界よりは安全であってほしい場所」であり、そこすらも抽象的な自由の名のもとに放任されると感じたとき、「ここだけは守ってくれ」と強く主張したくなる。その背景には、「イェール以外には本当に守ってくれる場がほとんどない」という生きづらさがある。そう考えると、彼らの被害者意識は単なる甘えではなく、希少な安全基地への期待の大きさの裏返しと見える。
一方で、この本が描く地獄は、当事者にとってはかなり身近な話でもある。会社内での自分の立場、かつての査読経験、相手部署へのエールが「冒涜」と読まれるエピソードなど、自分がこの数年で味わってきたことの多くが、「構造を知らないまま、正しさだけで踏み込んだ結果」として読み替えられる。自分の言動の動機は「エントロピーに抗う」「構造をよくする」側にあるつもりでも、相手から見れば「批判」「攻撃」「上から目線」として処理される。その落差を、橘の枠組みはかなり冷徹に説明してくれる。
この本を読んだことで、一つ大きく変わったのは、「100点を取りに行くことをやめる」という決心に近い感覚だ。状況を変えたい、構造をよくしたいという欲求に突き動かされると、「すべての場で常に最適解を選び続けねばならない」というインナーペアレントが顔を出す。だが、そうやって全方位で本気を出すと、ソシオメーターと評判リスクの板挟みになり、燃え尽きるだけだということも、体感として分かってきた。今の「歴史的・構造的な背景がある問題としていったんラベリングし、自分は整理役・アイデア提供者に徹する」というやり方は、まさにこの本が示す“地獄を生き延びる”スタイルと重なっていると感じる。
もう一つ、この本と対話する中で強く浮かび上がってきたのが、「バンド」と「トライブ」の構想だ。人類学的なバンド/クラン/トライブの話や、橘川幸夫の「世界を変えるのはバンドだ」という感覚と、自分のバンド構想がリンクしてきた。すべての人がバンドに属し、その中で自己実現と他者貢献をする。そのバンドを束ねるトライブには、コーチングやファシリテーションを担う人を置く。全員がエグゼクティブ・コーチングを個別に受けられなくても、バンドとトライブを通じて“構造への気づき”が循環する社会。これは、この本が描く「炎上とキャンセルで地獄化した世界」とは真逆の設計思想として、かなりしっくりきている。
結局のところ、『世界はなぜ地獄になるのか』は、「世界がなぜこんなに面倒くさく、生きづらくなったのか」を他人事として眺める本ではなく、「今ここで自分がどんなゲームの盤上にいるのか」を理解するための地図だと感じた。そのうえで、「全部を救おうとしない」「C調で、でも世界は変えられるという楽観を手放さない」「バンドと小さな場に賭ける」という自分なりのスタンスを少しずつ言語化できたことが、この本を読んだ一番の収穫だと思う。 -
Posted by ブクログ
非科学的な社会通念を否定してくれる意味で本書は有意義なものであることを前提に言いたい。
子育て中の親として。
才能がほぼ遺伝で決まっているなら、親の不得意なことを習わせる意味がないと思った。自分のようになって欲しくないという親心や何か才能に芽生えてほしいという親心は無駄なのだろうかと思うと寂しい。
親がどう子育てしようが子供の成長に関係ないというのは親の肩の荷が下りるという面ではありがたいとは思う。
犯罪を起こす確率を脳検査でスクリーニングし、陽性だった人を収容するというのはなんというディストピアであろう。自分はサイコパスというアニメを想起した。
顔の特徴で攻撃かどうかが判断できると聞いて、町中ですれ違う人の顔を見るようになってしまった。今後本書の学説に該当する人との人付き合いに恐怖を感じるようになるだろう。自分のような感化されやすい人間にとっては呪いである。 -
Posted by ブクログ
言ってはいけないことだらけの本。
みんながうっすら感じてるけど、言葉にしちゃいかんだろ、ってことをあえて言語化していく、そんな本。
また、この本ではあらゆる苦しみの根源がリベラルであると論じている。
筆者曰くリベラルとは、「この世に生を受けた以上、自分の人生は自分で決めたい」「自分らしく生きたい」という価値観のこと。
これの“おかげで”人生が豊かになったという捉え方をする人が多いと思うが、筆者はこれの“せいで”生きづらさが出てきたという。
(こちらの詳細は改めて記載予定)
▼言ってはいけないことの一例
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「女は男より数学が苦手だ」というのは典型的なステレオタイプで、ずっと批判されてきた。だがその一方で、「生まれたばかりの赤ちゃんでも、男の子はモノに、女の子はヒトに興味を示す」とか、「男の言語能力は左脳に偏り、右脳を論理・数学的な処理に使っているが、女は左脳だけでなく右脳も使って言語処理をしている(したがって女の方が言語能力が高い)」などの生物学的な説明がなされている。
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