安藤寿康の作品一覧
「安藤寿康」の「教育脳」「教育は遺伝に勝てるか?」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
大変興味深かった。
身体的特徴、学力、音楽、運動は、環境よりも本人の持ってるものが大きいだろうというのは私でもわかる。
ただ、性格的な性質、関心や好み、傷つき方、思考方法など、より内面的な資質ってどうなんだろう?とずっと疑問だった。
本書は、遺伝の影響はかなり大きいとしながらも「だからこうすべき」と選択肢を限定せず、「それはそれでその人の生き方」というのを最後まで崩さない。それがすごくホッとした。
親の育て方なんて誤差の範囲なんだなあと肩の荷が降りた気持ち。
でも人ってどうしても自分の人生にストーリーが欲しくなるよね。
例えば、「不安になりやすい特性」について遺伝的な根拠があったとしても、「親が不仲で喧嘩ばかりの環境で育ったせいで、自分は不安になりやすい」など、環境を要因とする方が自分の人生のストーリーとして納得がいってしまう。
人間って自分が納得いくストーリーを作りたい生き物だし、正しさよりも受け入れられる形に自分で構成したいんだな。
以下、印象に残った点を箇条書き。
・経済的に恵まれていない家庭ほど選択肢に制限が多いため遺伝的要素を発揮しにくい。
・親子の愛着のあり方に遺伝は関係なさそう。親の関わり方次第で愛着が作られる。
・成長するほど親からの影響は減り、遺伝の影響が大きくなる。
・好き嫌いや関心の濃淡も遺伝の影響が強い。おかれた環境の無数の刺激の中から自分が惹きつけられる刺激にウェイトを置いて世界を作り上げていく。
・どこで誰が育てても子どもはおおむね同じように育つ。親の育て方なんて大した影響力はない。
・自分の人生を親の関わり方のせいにしたくても、よほど凄惨な養育環境でない限り、本人の意識関係ない部分の遺伝的要素を「後付けで」説明しているだけ。
・親としてできるのは、人間としてまっとうに生きること。子どもに投資しまくらず、暴力やネグレクトなど虐待しない限りは親の好きなようにしてよいのでは。子どもは思い通りにならない覚悟を。
Posted by ブクログ
本作は、行動遺伝学を通して教育の意味を問いかける一冊です。
人間を生物(ヒト)として考えた時、種の中で上位の階層を目指すために、現代社会において最も分かりやすい指標は、お金と学歴ということになるのでしょう。
では、お金や学歴を生み出すものはなにかと考えた時、能力が非常に重要になるわけですが、能力を養うためには教育が必要であり、その成果指標として分かりやすいものが学歴なのだ、という話になってくるのではないでしょうか。
ところで、能力は遺伝で全てが決まるわけではありませんが、「能力に遺伝の影響がある」ことは行動遺伝学の知見で明らかになっています。
しかしながら、能力が遺伝で決まると言明してしまうと、ならば生まれつき能力がない者は努力しても仕方がない、という遺伝決定論にもつながる危険性があります。
なので、その考えはタブー視され、その行く末は「なんでも努力すればできるようになる」という努力万能論にも行きつくことになりますが、一方で、これは非常に残酷な一面を持ちます。
つまり、誰でも東大に行けるなんてことはなく、仮に東大を目指したけれども行けなければ、それは本人の努力が足りなかったせいだ、ということにもなり、その結論はある意味で遺伝決定論より残酷なものとなってしまうことに。
著者は、巷にあふれる教育論に関し、「世には…理想の教育とはなにかを謳った本があまたあります。教育に関する研究や書物のほとんどは、こうすれば教育はうまくいくという内容ばかりといっても過言ではないでしょう。しかしいまだにそれが実現できていないのも明らかです。…いつまでたっても実現されないのなら、考え方を変えてみるべきではないでしょうか」と本書で疑問を投げかけます。
また、能力や性格の多くは遺伝に影響され、教育はそれを一時的に変化させることはできても、根本から作り替えることは難しい、とも指摘します。
学術的には、「教育」は人間特有の学習の仕方で、生命史においてまだ獲得されて間もない生存戦略だそうです。
(なお、人間以外の一部の生物にも教育が確認される例はあるようです。)
では「教育」によってできることは何か、ということを、著者は行動遺伝学の知見から分かりやすく示そうとしています。
オビには、「流行りの教育論をことごとく転覆させる問題作」なんて言葉もありますが、教育論として考えた時、本書はかなり異端な内容だと思います。
しかしながら、科学的なデータに裏打ちされた説明は非常に興味深いものでした。
生きていくうちに、興味をそそられ成長しようと思わされる出来事があったならば、それは自分自身の内側にその出来事に反応する何らかの遺伝的素質があることを示唆しています。
行動遺伝学を学ぶことは、「自分はいったい何者なのか」を追求することなのかもしれません。
Posted by ブクログ
わが国の行動遺伝学の第一人者による、遺伝と能力にまつわるお話。
行動遺伝学とは、行動における個人差について、遺伝的要因と環境的要因がどの程度影響を与えているのかを解明する研究分野のことです。
特に能力の遺伝については、優生学との関係や知能の優劣の判定の可能性などからタブー視されている面もありますが、現実の世界や人生を知る上で避けて通れないテーマだと思います。
本書には、「心はすべて遺伝的である」、「才能は生まれつきか努力か、という問い」、「行動遺伝学の10大発見」など興味をそそられるテーマが多いです。
人の能力、才能、学習に関して言うと、遺伝はそのいずれにも影響を及ぼします。
様々な能力(知識、記憶)と非能力(「生まれつき」や非認知能力と言われるもの)は、学習したり適応したりして高められていくものですが、やはりいずれも遺伝の影響からは逃れられない、ということのようです。
このあたりは橘玲さんの著書でもよく言及されるところですが、本書においては、著者は極めて学術的に、しかし慎重かつ婉曲的に表現と説明を試みています。
あくまでも「行動遺伝学」であり、優生学的な捉え方をされないよう配慮も必要なのでしょう。
また、行動遺伝学の知見によれば、知能の遺伝率は発達とともに増加し、自らの遺伝的な特徴が成長とともに顕在化するようです。
このことについて、著者は次のように説明します。
すなわち、「学習の臓器」とも言われる脳は、環境による刺激を受動的に処理しているのではなく、むしろ自らの遺伝的資質に従って能動的に学習を進め、あたかも遺伝的な「自分」になるよう行動しているのではないかと。
そうすると、やはり遺伝の力は人間の意志を超越したところで影響を及ぼしている、と考えざるを得ないのでしょうね。いや、むしろその意志に影響を及ぼしているのか。
人間の能力について、「遺伝か環境か」というのはずっとずっと大きなテーマです。
遺伝の要素について排除する、あるいは目を瞑るということは、反優生学的な立場からは是かもしれませんが、学術的には正しくないでしょうし、そのことはかえって「能力がないのは努力が足りないせいだ」という、遺伝の影響を全く無視した自己責任論にもつながってしまいます。
メリトクラシー的な世界からは不都合に見える遺伝の存在について、我々は理解し受け入れつつ、自分の人生を、その能力が発揮できる場で生きていくことが一番幸せなのかもしれません。
Posted by ブクログ
行動遺伝学者が教育を生物学的に説明した本。
遺伝か環境かといったありきたりな議論ではなく、教育に遺伝的要素がどのように関わり位置づいているのか、生物学的な教育とは何かといったことを大局的に説明したところが新しく目から鱗だった。
まず、教育の実質的側面と形式的側面について、それぞれを内発的動機づけを司るデフォルトモード・ネットワーク(DMN)と、外発的動機づけに関係する中央実行ネットワーク(CEN)を対応づけた解説はとても説得力があった。
DMNの内発的動機によって向けられた課題への集中が、CENによる課題没頭のフロー状態を生みだすということも初めて知った。
また、生物学的な教育の定義も参考になる。簡単に言うと、
①知識を持たない個体がいるときに限り行う特別な行動であり、
②その行動にコストがかかるか、何の利益もない利他的行動であること
③そして、行動によって学習が成立、もしくは促進されること
の3条件を満たすのが教育であり、特に②の「わざわざ行う」ことが特異な行動なのだ。
この特異な行動を行うと確認されているの種がまた面白い。
まずはヒト。そしてそれ以外は、ミーアキャット、ムネボソアリ、シロクロヤブチメドリの4種である。
狩りの方法を見せるなど、さまざまな生き物の教育として見られる模倣は教育的行為ではなく、観察学習(社会学習)である。
双生児法という研究法によって明らかにされた、知能や性格、精神・発達障害などへの遺伝率のデータや、「遺伝とは形状記憶合金である」という例え、そして環境の影響は「いま、ここ、これ」の一時的なものだという知見、テストは百害あって一利もなしなど、教育者にとっては認めたくないようなことも多く書かれてある。
しかし、その上で筆者は教育が制度的、文化的営みである以前に生物学的な現象であるとする。
学校制度の形式的側面が強調される場においても、遺伝的素質がある実質的、創造的な教育の側面を経験できるといいと感じた。