1.著者;山崎豊子さんは、小説家。大阪の老舗昆布店に生まれ、毎日新聞に勤務後、小説を書き始めました。上司は作家の井上靖氏で、薫陶を受けています。19歳の時、学徒動員で友人らの死に直面。「個人を押しつぶす巨大な権力や不条理は許せない」と言っています。社会派小説の巨匠と言われ、権力や組織の裏側に迫るテーマに加え、人間ドラマを織り交ぜた小説は、今でも幅広い世代から支持されています。綿密な取材と膨大な資料に基づく執筆姿勢は有名です。
2.本書;国民航空の新会長として関西紡績・国見会長が就任。国見は、恩地(主人公)を会長室部長に抜擢。次々と白日の下にさらされる不正・乱脈・腐敗の構造。「今なお航空会社の使命を忘れ、贖罪の意識の欠片もない社内の魑魅魍魎の輩を、このままはびこらせてはならない。会長室への反発は、さらに強まるだろうが屈してはならないと、恩地は心に誓った」と物語は、“会長室篇・下”に続きます。
3.私の個別感想(心に残った記述を3点に絞り込み、感想と共に記述);
(1)『第1章 新生』より、「関西紡績では、大卒の新入社員は必ず、地方工場の舎監になり、女子従業員の指導に当たる事になっていた。国見が、富山工場の舎監に赴任して、眼にしたものは、ごうごうと音をたてる紡織機を前に、千五百名もの女子従業員が糸切れを紡ぐために、綿ぼこりにまみれながら、こまねずみのように動き回っている姿であった。一日八時間乃至十時間働き、夕食を済ませてから、女学校並みの学力をつけるために、補習教育を受ける。・・・昼間の疲れで、つい睡魔に襲われる十代の少女たちに、いかに興味を持たせて学ばせるか、苦心したことが、懐かしく思い出された」
●感想⇒寮生活をしながら、仕事と学業を両立させてきた人達には頭が下がるばかりです。今でも同じような環境で頑張っている人がいると思います。しかし、大抵の人は親の庇護のもとで、学校生活を送っているでしょう。親への感謝の心を忘れてはなりません。私事です。異動で、調達部に変わった時の事です。調達(購買)の仕事には、経理知識が必要にも拘らず、若い人は知識不足かつ学ぶ場がありませんでした。そこで、私が講師になり、自主勉強会を企画し、在籍期間3年までの人を対象に希望者を募りました。かなりの人数が集まりました。その時に、女性中堅社員が「私も参加させてほしい」と直願してきたのです。理由を聞くと、「夫が零細企業を経営。経理の人を雇う程の余裕がないので、私が勉強したい」との事でした。給与も出ない自主勉強会でしたが、参加を了承しました。共働きだけでも大変なのに、その意欲に感銘しました。自前のテキストで、1年間ほど研修しました。終了した時に聴講者から数々のお礼の言葉を貰いました。今でも私の大切な宝物です。
(2)『第2章 朝雲』より、「国民航空が今日のような姿になったのには、・・・その根源は「人事」にあると考えます。不正人事が、全ての部門に影響を与え、会社全体を活力のない、しらけた状態にしてしまったのです。これは歴代の社長はじめ、役員が、自分の子弟や親族を縁故入社させ、これにより役員が、私的に人事を左右する環境が社内に生まれました。そして、自分を中心とした閥を作ることに専念し、その派閥に属した特別なグループの社員のみが昇進昇格出来るようにしています」
●感想⇒縁故採用はどこの会社でもあります。縁故は最大限に活用すべきだと推奨している先生もいると言います。しかし、縁故採用は就職希望者の門戸を狭くするので、機会均等の点で好ましくありません。一歩譲ったとして、問題なのは、実力がない縁故者を採用するという事です。ある会社では、縁故者を優先的に受験させていますが、企業向きでない人はブランド大学でも不合格にしているそうです。それはそれとして、縁故のない人は不利な条件の中でも、勝ち抜ける力を養いたいものです。会社側も真に実力あるものを採用する事が企業の将来に資すると考えてほしいと思います。それは企業の社会的責任の一端です。
(3)『第6章 狼煙』より、「恩地君(主人公)は常に弱い者の立場に立って考え、行動する、言うならば人道主義者です。・・・彼のように組織の中で、悲惨な立場に置かれ続けてきた人間を用いることで、差別されてきた者に希望を持たせ、・・・陽の当たる職場で働く姿が、組合員の差別撤廃の旗印になると信じている」
●感想⇒主人公・恩地のような人に出会った事がありません。物語のように、差別されてきた人に活躍する場を提供する人がいれば拍手喝采です。私事です。私は幼少の頃に、人道(主義)について、祖母から色々と言われました。「他人からの恩を忘れたら犬畜生と同じだ。他人が困っていたら助けてあげなさい。お百姓さんが大事に育てたお米に感謝し、米粒一粒残してはいけない。食べ物で美味しいと思うのは誰もが同じ、先に人にあげて自分は後にしなさい、・・等」と教えられました。振返ると他人からそのような事を言われた事がありません。至極当然な言葉ばかりかも知れませんが、私には言霊です。
4.まとめ;国民航空の腐敗構造に言葉がありません。例えば、①派閥を作るための手段を選ばぬ人事考課の仕方、遊び人・政治家の子弟ばかりが昇進していく実態 ②労働組合の副委員長は、一日たりとも出社せずして、査定は最高の評価をずっと受け続けている ③生協理事は納入業者に商品の伴わない架空領収書を書かせる・・・等、枚挙に遑がありません。国民航空には、真面目に正直に真摯に働いている人が大勢いると思います。フィクションとは言え、憤慨遣る方無い思いに駆られます。この会長室篇は下に続きますので、そこで再度“会長篇”をまとめます。(以上)