瀬尾まいこのレビュー一覧
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友情にまつわる二つの中編と一つの掌編を収録。
『夏の体温』
主人公は病気のためにもう1ヶ月も入院している。病院は低身長の外来もやっていて、2泊3日の検査入院の子供たちもよく来る。次々入ってくる子たちは皆、自分より先に退院していく。先の見えない入院に、なぜ自分ばかり……と不満に思う一方、入院当初入っていた重病患者棟では自分よりはるかに深刻な状態の患者もたくさん見てきた。それに比べたら自分なんか不満を抱いてはいけないのではないか…?
そうやって心は揺れ動き、入院して自分は性格が悪くなった。外にいた時はもっと朗らかだったはずなんだけど…。
そう思っていた頃に、同年代の壮太が検査入院でやってきた。
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コロナ禍の時代に小学生・中学生だった世代を主人公とした小説作品です。
まさにいま、中高生や大学生だ、という人たちがライブで経験してきた窮屈な思いや不便さ、そして様々な形で我慢を強いられて楽しかったはずの思い出を作ることができなくなってしまった学校生活などが描かれています。
中心となる語り手は、小学生から引きこもりになった「ハル」と、夜の仕事をする母親に育てられた「冴」。
子どもの頃の思い出と、就活・社会人になってからの話が交互に綴られますが決してわかりにくい構成ではありません。
回りから見れば「些細なこと」であっても、自分にとっては大きなきっかけになって思わず動けなくなってしまう、という -
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「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉の通り、占いは必ずしも正しさを求めるものではなく、その曖昧さ自体に価値があるのだと感じた。
占いに求められているものは大きく二つあると考えた。
一つは意思決定のサポートである。人はすでに心の中で答えが決まっているにもかかわらず、最後の一歩を踏み出せないことがある。そんなときに占いは、自分の選択に対する責任や不安を担いでくれる役割がある。
もう一つは秘密の共有である。誰にも相談できない悩みや不安を打ち明けることで、気持ちが整理され、問題の半分は解決することもある。占いは、単に未来を示すだけでなく、安心して本音を吐き出せる場としての機能も持っていると感じた -
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自分がきっと犯してしまった罪。自分がもがき、変わることで、許され、新しい世界に飛び立つことが出来る。
色々な文学作品が出てくる。川端康成、石川啄木、夏目漱石、山本周五郎。
舞台は明確に書かれてないけど、盛岡かな、岩手のどこかかな。あ、盛岡じゃないわ、違うわ。海辺の街だから。
私、間違ってないよね?。そんな押し付けがましい事、恋人にしか言わないよね。→これは、小説の中の高校の講師である主人公と、主人公がつとめる文芸部のたったひとりの男子高校生とのやり取り。
私、間違ってないよね、という言葉。
よく発する人います。自分の正しさを他人に強要する人。あー確かに押し付けがましい!とこの文を読んで納得