新田次郎のレビュー一覧
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父信虎の追放から帰参の様子を描いた「信虎の最後」
信虎の横暴と重臣の晴信(信玄)擁立への布石たなった「異説 晴信初陣記」
今川との繋がりに重要な文書紛失事件を扱った「消えた伊勢物語」
山本勘助を軍師とする資料の出所を探る「まぼろしの軍師」
武田軍の出城を与る城主の物語「孤高の武人」
烽火台の火薬職人の話は「火術師」
武田滅亡と金山の行方、おいらん淵にまつわる事件もからむ「武田金山秘史」
実際長編「武田信玄 」と相前後して書かれたと言う事です。
大河ドラマをより深く読み解く為に読んでみるのも、歴史好きの薀蓄を求める人にもよろしいかと思いますが、いかが
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山岳小説の分野を切り開いた作家と言われる新田次郎の短編集。本書は山だけでなく山村や離島など雑多に収録されている。
山を舞台とした短編「強力伝」や「八甲田山」では、自然の雄大さ厳しさに対する人間の儚さ弱さをまざまざと見せつけられますが、そうであるが故に垣間見えるほのかな生命の灯が印象的でした。
作風の異なる「おとし穴」は、獣用の落とし穴の中での男と山犬との駆け引きというシンプルな話ですが、その中に男の人間性を巧みに描き出す筆力は素晴らしいです。
この新田次郎さんもそうですが、この頃の作家さんの文章には力強さと落ち着きがあって、良し悪しとは別に現代との違いを感じます。 -
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ネタバレ明治時代、冬期富士山頂での観測を目指した夫婦の物語。
特に妻に焦点が当たる。封建的な考え方が当たり前の時代に強い意志を持って夫と共に観測に挑んだ感動的な話であり、山頂で自然にボコボコにされた箇所がなければ朝の連続テレビ小説に採用されていそうだ。
明治時代を昭和の時代から見た物語と言うことで古臭さはどうしようもないが、それだけに時代の雰囲気であったり価値観であったりを垣間見ることのできる物語だったと思う。
ただ、雪山に挑む装備が貧弱すぎて、南極で散ったロバート・スコットの話を読んでいるかのようだった。明治時代の、海外に追いつけ追い越せの流れの中ではこのような物語も必然だったのか。命の危険を極限まで減らすなんてことはしてられず、限られた知識の中で命を賭けて何かを成し遂げることに美徳があったのだろうか。
そうした生き方をしたい、というわけではないが、胸に残る小説だった。 -
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強力伝
驚いたことに、実際に大理石の風景指示盤を白馬岳山頂に運んだ富士山観測所の強力である小見山正さんをモデルにした小説で、その風景指示盤は現存するとのこと。Webサイトで調べると石を運んでいる様子の写真まで見られた。猿倉から大雪渓を経て白馬岳につづく道は昨年歩いただけに描写される風景を心に描きながら読み進められた。
八甲田山
八甲田山の雪中行軍遭難事件で最初に発見された後藤伍長をモデルにした「江藤伍長」のお話。短編ながら次第に伍長の意識が朦朧として、身体が重くなっていく過程がよく描かれている。
凍傷
富士山頂に測候所を建設するために、冬季の富士山頂に滞在が可能であることを身をもって示した佐藤順一さんの執念がすごい。
おとし穴
落とし穴に落ちた万作と穴にいた山犬の対峙を描いた、非常に読み応えのある短編。
山犬物語
愛する娘と妻を山犬に奪われた太郎八が、仇を返す話。なんとも壮絶なストーリーである。
孤島
鳥島の測候所員の軋轢と鳥島の動物たち、特にアホウドリの話。昔に書かれた作品ということもあるが、労働環境としては過酷で、それに人間は動物に残酷なことをしている。 -
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新田次郎とアラスカというのは少し違和感があり、どんな小説なんだろうと思ったのだが、これはフランク安田という日本人が、極寒の地の狩猟民族イヌイットを救う物語であった。実在した人物を描いているので歴史小説なのだ。世界がそれぞれの地域で閉ざされた世界であった頃は、鯨やアザラシを狩猟して生活するスタイルが存続できたが、遠い国からの訪問者が大型船で乱獲する時代になるとエスキモーの生活は成り立たない。今でこそ鯨の捕獲について日本は悪者になっているのだが、元々はロシアやアメリカがクジラを乱獲して絶滅の危機に陥ったのだ。ロシアは鯨が取れなくなったのでアラスカをアメリカに売ったにであり、アメリカは鯨から油を取って肉は捨てていたのだという。イヌイットや日本人にとっては貴重なタンパク源だったのだ。人類の歴史は大型獣を絶滅させてきた歴史でもある。この小説は極寒の地での生活がどれほど大変なのかを教えてくれます。
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「孤高の人」は初読でしたが
コミックの「孤高の人」は何巻か読んでいて
まあ別物ですね。
孤高の登山家・加藤文太郎氏の生涯の後編です。
タイトルから想像するほど、ひたすら山に生きた人物像だけが描かれるわけではなく、勤め先での仕事、下宿での生活、そして関わった何人かの女性たち。登山家としての姿以上に、日常を生きる一人の人間としての加藤文太郎氏の姿が丁寧に描かれています。
実際の山行については、本人による山岳日誌『単独行』が出版されているため、本作ではそれを踏まえつつ、ある程度脚色された生涯を描くといったところでしょうか。
単独行が多かった主人公が乞われて随行した
最期の山については、結末が分かっているだけに、なぜ行ってしまうのか、止められなかったのかという思いが募りました。
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先日読んだ『冬山の掟』に続いて、また短篇集。見え見えのフラグ→見事にフラグ回収、という、おそらくこの人の小説の「様式美」のようなものが、だんだんと見えてきた気がする。雪山に挑むに当たって、一つでも気を許せばたちまち命を落としてしまうという雪山の厳しさ、つい心に隙を作ってしまう人間の弱さ。遭難も、その後の死も帰還も、いくつもの偶然が重なり合って起きていたとしても、全て必然として描かれているように感じる。
古い小説ということもあり、男女観等はそれはもう古臭い。加えて、昔の山屋にいかにもいそうな偏屈さがひしひしと伝わってくるので、昔の小説として割り切って読む必要はある。
また、『ホテル氷河にて』『オデッサ』『魂の窓』といった海外物も、「昔の小説で描かれる異国」独特の、「ミステリアスだが魅力的な世界」という感じ。
古い小説は必ずしも古臭くないが、この小説はしっかりと古臭い。とはいえそれは必ずしも欠点ではないし、たまにはこういうの読むのも楽しい。