宇江佐真理のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ非常に著者の力量を感じる作品であった。著者は人情ものの時代小説を主戦場としており、本作のような怪異譚は普段とは毛色が違う作品だが、「ホラー作家としても十二分に通用したぞ。もっと読みたかった」と思うような作品だった。
読み始めてすぐに感じたのは「歯切れの良い言葉が、小気味良いリズムを刻んでいるな」ということだった。この感触は物語の雰囲気が変化しても変わることがなく、読んでいて快いという印象は全編を通してのものだった。
言葉だけでなく物語のリズムも良かった。
2つ目の『首ふり地蔵』では、同心の反町が怪談を語り始める刹那で場面が転換する。最初の話と同じ、話の会のメンバーが怪談を話すスタイルだと思っていたので虚をつかれた。直前に前座としての奉行所での怪事件を差し挟んでいるのも本題へ意識を向け(その先でストンと落とす)良い演出だと思った。
その後は少し焦らされて怪談が明かされ、怪談だけでなく清兵衛と甚介がその背景を読み解いていくのも面白い。短い怪談に解釈や補足をすることで厚みがでる。
この話はここで終わらず、離れで行われた『錬胆の会』の会場に、庭の片隅にある地蔵と思われるモノが乱入するという1話目より強烈な怪異を引き起こす。
一つの話の中での意外な転調だけでなく、短編それぞれの展開も多様で、「似た話が連なっていく」という感想にはならない。
3話では、自然に受け入れられる流れの紅葉狩りをクッションにして、箱根での湯治へと展開していくやり方が上手い。皆で集まって怪異譚を語るという形は崩さず、舞台をうまく変えてマンネリにしない工夫が良い。
4話ではメンバーの追放、5話の怪異が幻覚だったり憑き物だったりののち、6話は幽霊屋敷でそこへ泊まる。
と、単調になりがちな怪談集という形態を飽きさせない工夫が為されていた。
時代小説で好評を博した著者なので、3話『箱根にて』での当時の旅程(: だれも皆凄まじい健脚)や湯治場の雰囲気も良い。普段の料理茶屋の活況や江戸の町中の様子、『守』で問題になる板場での菓子職人の態度など物語の端々で当時の雰囲気が無理なく再現されている。
また、短く、さらりとした文章ながら、毎度の食事が美味しそうに描かれている点も魅力だ。
肝心のホラー部分の腕前も優れている。
最終話『長のお別れ』はこれまでのような救いがない(「助かった!」と思う度、ズドンと落とされる)正真正銘の怪談となっている。
不穏な章題に恐る恐る読み進め、「話の会が終わることか」とホッとしたところから急転直下の展開となる。
清兵衛自身が死霊だったのではないか、あるいはこれまでの話が臨終間際の夢だったのではないかと疑心暗鬼に陥るような流れと、その中で話の会の面々が次々に失われていく。
最後には、今までは楽しそうに見えていた「ひとつ灯せ〜」のやり取りが急に薄寒いものに変わってしまう。これのダメ押しは、二度目の「ひとつ灯せ」にも応答がしっかり返ってきてしまうシーン。「清兵衛の皆や会を想う気持ちが声を聞かせた」という希望的な解釈の余地を剥ぎ取ってくる。
物語の幕引き時に清兵衛が死への恐れを感じなくなったのは良いことか悪いことか。「『ええい!』の声が『地底深くから聞こえるようでもあった』では悪いことなのだろうなぁ」と余韻を残しながら物語の幕が閉じる。
最終話で、キャラクター達や話の会、物語が「終わるのが惜しい」と思わせるためにこれまでのお話があったような、最終話がハマって完全な怪談として物語が閉じるような作りになっていると思った。
本書は読み始めから徐々に印象が変化していったのだが、その変化が怪談での流れと似ている。
序盤の物語は怖いながらにほっこりする部分もあり「温かい人情物語か」と思っていたが、中盤は怪談らしいおどろおどろしい恨みの話になる。このあたりで「人情だけではなく恩怨の物語でもあったか」と認識を改める。それが、最終話で怖いオチがあり一気にまとまる。
短編集でありながら、平穏から雲行きが怪しくなり、肝が冷えて終わるという本書全体を通して一つの怪談の構成を為していることには舌を巻いた。
参考文献や途中の『錬胆の会』の話にもあるが、「百物語(= 『話の会』もその形態になってしまっている)なんかをするとロクな事にならない。話が終わった後に最も怖い思いをするものだ」という終わりにも思えた。
解説は以前シリーズものでひどいネタバレをされた朝川運河。
本書はネタバレの心配がないので流し読みをしたが、やはり表面的で中身のない物語の要約が長く、本書へのお追従も白々しく感じた。帯に引用されている文章もそうだが、本書の読みや位置付けの分析がズレている気がする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ明治版「君の名は」。
文芸評論家の大矢博子氏が解説で使った上記キャッチコピーがいい得て妙。
相思相愛のはずの二人(千吉とお順)は、様々な事情とすれ違いによってなかなか添い遂げられない。
その間読者はずっと悶々とさせられる、その分ラストは、スカッと爽やか。
時は文明開化、日本は官民あげて海外文化を貪欲に取り入れようとしていた。その架け橋となったのが、通訳者。もちろん満足な辞書もない時代なので、話す為には体当たり、ぶっつけ本番の独学しか方法がなかった。
英語習得での彼らの苦労は、筆舌に尽くしがたいものであったはず。
それでも、英語の達人とよばれていた人がいる。ジョン万次郎、新渡戸稲造、岡倉天心、斎藤秀三郎、野口英世など。
主人公の千吉もそんな中の一人であった。
タイトルの「おぅねぇすてぃ」はもちろんHonesty(正直、誠実)。
函館で仕事をしながら英語を勉強していた千吉は、幸薄い小鶴と遊郭で知り合う。彼女が千吉宅で目にした手書き辞書の中で「正直、誠実」という言葉の英語は何かと聞いた話から来ている。この「おぅねぇすてぃ」という英語だけは絶対忘れないと語る小鶴の章は泣けます。この章だけで★1つサービス、しらんけど。 -
Posted by ブクログ
いいですねえ。どうもこのシリーズ文庫化されているのはこれだけみたいで、思わずハードカヴァーの奥付を本屋で確認して次がいつ文庫化しそうか計算してしまう。
同心の不破の手先を商売のかたわらにつとめる髪結いの伊三次と、深川芸者のお文の濃い模様をおりまぜながらの捕物帖。<余話>であるのは、伊三次が捕物をするわけではないからかな?とにかく、なんというかどの話も艶めいていてよいですね。
「幻の声」表題作。女性心理かくも不可解なり。男などには解せぬものなり。
「赤い闇」何を信じるかというのはとても難しい。人はときに信じたいことを信じるのだろう……。だとすれば、信じたくないことは信じない、そういうことか?
「星の降る夜」どうも、登場人物のだれにとっても辛い話ではある。とりわけ不破の妻のいなみの身の上話などは……。九両三分二朱か……。それでも人の世は捨てたものでもあるまいよ。 -
ネタバレ 購入済み
髪結い伊三次シリーズは、未完になったんだっけ?伊与太が、聞いたんだよね。「月は、誰のもの?」って、誰のものでも無いけれど、一人占めしちゃいけないって、教えてくれたのは、お文の実の父親で、伊与太の実のお爺ちゃんだったよね。何か、胸にしみる話だな。