真山仁のレビュー一覧
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教師を退職して10年以上経つ小野寺徹平は,かつての教え子・萌葱が若女将をつとめるえびす温泉郷――和倉温泉郷がモデル――旅館・翁木屋で,年末年始を迎えていた。小野寺とかつての教え子とその家族たちとの避難生活が始まる。
物語の小見出しを紹介すると,「おかしも」「きのどくな」「ととらく」「おそすぎ」「ぬしや」「あめあめふるな」,そして本書のタイトルである「ここにいるよ」となっている。
「おそすぎ」は,能登の復旧・復興のスピードが遅いことに対する言葉であり,わたしも地元民からも親戚からも聞いたことがある。とくに,奥能登住民じゃない人からの方が多かったような気がする。
物語に戻る。ラポルトすずで開催された「珠洲市復興未来シンポジウムVOL.1」というシンポジウムに参加した地元(珠洲市出身で,発災後はえびす温泉の近くの小学校に通っている)の少女(小学5年)の言葉をとおして,「おそすぎ」に対する違和感が述べられる。その部分だけ紹介してもいいかな。
「先輩たちのお話を聞いて,私は胸が苦しくなりました。どうして能登の地震を他と比べるんですか。能登は能登で,ちゃんと頑張っていると思います」(本書,129ぺ)
このあと,引率者と少女は,少女の希望で珠洲市狼煙町にある禄剛埼灯台へと登る。わたし,この場面で,一番涙腺が緩んでしまった。 -
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坂東玉三郎の歌舞伎を見たのは、2020年10月のことだった。
演目は、夢枕獏作の楊貴妃。まさに、玉三郎は、楊貴妃になっていた。
その舞台を見ながら、美しいとは、こういうことだと思った。女形であるという境界を超えて、神々しいほどの美しさ。
楊貴妃の姿の凛々しさとキラキラと輝く髪飾りと伸びやかな黒髪が、しずしずと幻想的であり、繊細な動きを伴って歩き舞う。歩いているのと舞うことが混然一体となる。あぁ。玉三郎を見ておいてよかった。
本書は、真山仁が、1993年のインタビューの出会いから始まる。じっと、玉三郎をインタビューして、その中から本書が生まれた。確かに、星の王子様が言うように「大切なものは、心でしか見えない」
真山仁は、玉三郎の見えないものを心で見ようとし、言語化する。言葉がもはや生れ出ないほどの苦闘の上での本書の構成。
真山仁はいう。
玉三郎の舞踊は、立ち姿から一挙手一投足に魂が籠もっている。肉体のみならず、衣裳の端々までが、生を得たようにその場を支配する。やがて、それは劇場を飲み込み、その時空をまるごと無我の境地に誘う。
玉三郎はいう
「美を感じる器は、魂だと私は思います。自らの醜さを自覚した上で、魂のあり方で美を感じる必要があります。」
真山仁は「美とは現象の一片を切り取って誇るものではない。もっと人間の根源的な部分=魂で感じ取ってこそ、美は輝きを放つ。 美を追求する人は、己の醜さを自覚している。 それは、辛いことではないのだろうか。 「辛いですね。だから、何かに憧れたり、ひととき、我を忘れる時間を作ろうとする。それによって、醜い自分や居心地の悪さから飛躍できる」 芸術家は、己の醜さからの解放を求め、結果的に美を生み出す。
自分自身の醜さを認め、自覚することで、美は解き放たれる。
「地球上の生物の中で、人間だけが醜い」と玉三郎は続ける。「自らが醜いから、美しいと感じる」のだという。
玉三郎は、「本当は、魂は自由なはずなんですが、日々の拘束によって魂も縛られていく。そこから一瞬飛躍するというか、飛ぶ、あるいは飛ぶことによって解放される。舞踊とは、ある種の引力からの解放なんです」
楊貴妃の美しさは、空間さえも変える。なんという所作なのだ。
確かに、引力から解放された無垢のままの美しさが、目に焼きついた。
見えているもの以上の何かが存在する。それは、恐れに近いものだ。
その静々と歩く姿、そして舞う姿。まさに、風を得て、解き放たれる。
玉三郎の魂を言語化した本だった。 -
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これは面白かったです。読みながらメモをした本書の文章を少し加筆してつなげてみました。かなり変ですが。
新政権に就いた人たちとその支持者の方々に私は問いたいです。そこに正義はありますかと。
強さこそが力だなどと妄信し、国益優先という詭弁の下で自らの利益を優先していませんか。
国家権力の下では国民の命は1ドル札より軽いという事実を分かっていますか。
長期独裁政権により、我々国民は何も考えない愚民ばかりになってしまいましたがこのままで良いわけはありません。
暴君はいらない。No Crowns! No Kings!
独占は紛争の源です。分かち合うことがこれからの日本、世界にとって必要なことなのではないでしょうかと。 -
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ロッキード事件の謎を追う!
田中角栄は「本当に」悪人だったのか?
〜史実と新たな視点から紐解く
昭和の最大疑獄事件〜
真山仁氏『ロッキード』
【はじめに】
真山氏は、日本の現代史に大きな影響を与えたロッキード事件に新たな光を当て、多くの疑問を掘り下げています。
田中角栄は
①ロッキード社から、本当に5億円を受け取ったのか?
②総理の権限を乱用し、運輸省に圧力をかけ、ロッキード社に便益をはかったのか?
この二つの核心的な疑問を、史実と新たな視点から検証しています。
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1.『5億円』をめぐる検察の主張
検察は、田中角栄が航空機「L-1011トライスター」導入に便宜を図るため、ロッキード社から5億円の賄賂を受け取ったと主張。
極秘会計文書「コーチャン・ファイル」や関係者の証言に基づき、裁判でもこの主張が認められ、角栄は受託収賄罪で有罪判決を受けました。
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2.揺るぎない「無罪」の主張
しかし、田中角栄は生涯にわたり金銭の受け取りを断固として否定。「私は潔白だ」と主張し続けました。
もし本当に金銭を受け取っていなかったとすれば、検察の主張には盲点があったことになります。
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3.政治家の矜持と五億円
真山氏の『ロッキード』は、田中角栄が外国企業から直接金銭を受け取るという行為が、彼の政治家としての矜持に反するものではないかと考察しています。
外国からの献金は、当時も違法です。
また、それ以上に、彼には国の主権を売る行為と見なされかねないというプライドがあったのでは?と、書籍には推察として記述されています。
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4.運輸省への「口利き」は圧力か、助言か?
もう一つの論点は、総理大臣の権力を背景に、角栄が運輸省に圧力をかけたかどうかです。
検察は、トライスター導入を強く促したことが「職務権限の乱用」にあたるとしました。
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5.国益を追求した政治家のビジョン
一方で、この「圧力」には別の見方も存在します。トライスターは当時、高い技術力を持つ機体でした。日本の航空産業の将来を考え、最先端技術の導入が国益に資すると判断した、という側面もあったかもしれません。
角栄が単なる口利きではなく、日本全体の発展というビジョンに基づいて行動した可能性も否定できません。
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6.思考の訓練としての歴史
ロッキード事件は、検察の捜査や報道が国民の認識をいかに形成してきたかを考える上で、貴重なケーススタディとなります。
多くの情報に触れてその根拠を確認し、過去の事件に触れてみることは、現代社会における批判的思考を鍛える良い訓練になるかもしれません。 -
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ワンパターンの展開や余りにもスーパーなサラーマンなど確かにデビュー作らしいところはあると思いますが、とても面白く集中して最後まで読むことができました。証券会社や都市銀行に続き、日産生命や東邦生命、第百、大正、千代田、共栄、東京生命と保険会社が次々に潰れたあの頃、当時はそんな実感はなかったのですが本当に日本は潰れかけていたのですね。その当事者になっていなくて良かったです。大手生保の一つだった朝日生命は私が最初に入った保険の会社でした。数年で他社に乗り換えたのですが、倒産騒ぎとなり驚いたことを覚えています。今も存在するのが信じられない思いですが、中根さんが社長として立て直したのでしょうか。
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今年の参院選で、SNSによりポピュリズム的な主張が広がり、自分自身の考え方が正しいのかも客観的に評価する力をつける必要があると肌身に感じた。
各政党の主張を聞くと、それぞれの正義があり、だまそうと思って主張しているわけでもないように感じていた。その中で、本当にいま必要なことは何かを見抜く力が主権者に求められているのではないかと感じ、本書を取りました。
中高生をターゲットとした岩波ジュニア新書で、非常に読みやすく、一気に読み切ることができました。中高生だけでなく、有権者である大人がもっと読むべき本です。
自分の「正しさ」を客観的に見直し、どう磨いていくかが書かれた1冊です。