内田樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレこの二人って本当に気が合っているのかなあ、という疑問が。
まあ終始穏やかで大人の対談なんだけど。
内田樹はあくまでフィジカルで、
且つ文学者、しかもフランス文学だから、
感覚的なものを信じている。
一方で春日武彦は闇を抱え、
冷静にロジカルに物事を捉えている、
といった印象。
全体的に推す内田樹に対し、
春日武彦は少し引いている。
職業柄そういう話の仕方が癖なのかもしれないけど。
『健全な肉体に狂気は宿る』というタイトルは実にアイキャッチで
私もタイトル買いをしたクチなのだが、
これには私が感じたような文学的意図はなく、
本当に読んだ字のままでした。
なので期待が裏切られたがっかり感も。
でも、体が弱っていくと精神は健常になっていく、というのは面白い。
狂気というのはある種動物的には余剰の現象という事実。
若干タイトル負けしている感はなくはないが、
引用するのも理解できる行(くだり)。
でもね、内田樹は嫌いではないけれど、
フランス文学を読んでいるのでそれなりの機微はわかるんだろうけれど、
基本太陽の下で肉体を鍛えている人には、
現代に生きづらさを感じている人たちの病みはわからないんじゃないかなあ。
まあ昨今はただの甘えも多いようなので、
そういう時には内田樹論のような考え方も必要なのは絶対だけど。
春日武彦は、まあ自身が病んでいる(た)人なので。
やっぱりそういう人が精神科とか神経科医を目指すのかも。 -
Posted by ブクログ
内田樹氏は言う
『アメリカのような国は アメリカ以前には存在しなかった』
ウェルズは アメリカ以前を 『身分の社会』
アメリカ以後を 『契約の社会』と呼んだ。
たしかに アメリカの前に アメリカのような国はなかった。
歴史がない というのは 起源に戻るとしたら
独立宣言 しかないという アメリカの強みは
あらゆる形で 発揮される。
そのために アメリカは 権力の集中を 制度的に
許さない。人間の悪があることを認め それを刷り込んでいる。
日本は どうも 違った国のカタチを作り上げている。
そして 中国は いかに権力を 集中させるかで
国を統治しようとしている。
日本という国は 首相が わずかな期間で 交代していく
というシステムは 日本的なよさといえる。
権力者の賞味期限が短い。
しかし、田中角栄のように 首相が逮捕されてしまう
というのは 明らかに もう少し違った ところに
権力者がいるということになる。
アメリカは 演劇的戦争・・・
物語を作り上げて 戦争を仕掛け、戦争することで
同盟国を増やしていく・・・・
しかし、テロリストネットワークには
今のアメリカの 演劇的な戦争が 通用しない。
アメリカの母親の生態
子供が邪魔 子供が嫌い・・・・という 状況と
その育った子供が シリアルキラー になる
ということが・・・・アメリカの深層部 だとおもった。
なぜ そのような 子供が嫌い・・・
になるか?は 食生活の問題だろうか?
内陸部の ミネラルがない食生活が 大きく影響している。
中国においても 同じような現象が見られる。
子供たちが おじいちゃんおばあちゃんにあずけ 育てられて
親たちは 働きに 出かける。
なにか 薄ら寒くなる 状況が アメリカにはある。
エドゲインの持つ現実は
かなしいほど・・・つらい。
母親を崇拝し 母親がいなくなることで
孤独感にさいなまされ・・・暴走を始める。
自分の中に 悪魔が 舞い降りる。
その悪魔は ニンゲンをニンゲンと思わない。 -
Posted by ブクログ
ブログやその他の既出の文書を集めたものなので、この本でなにか一つの読書についての論を展開しているわけではないです。
ただ書かれていることのいくつかについてはなるほどと思いました。
・学力について
学力とはテストの点のように測定できるものではなく、学ぶ力のこと。すなわち、①無知の自覚、②師を見つけるアンテナ、③師から学びとる開放性
・母語運用能力について
母語運用能力の高さとは、口から出る文章の分岐点の多さであるという話。
・著作権について
著作権によって著作料を得ることと、作品を読者に届けること、どちらが大事なのか?という話。
・論文について
論文の序文は二回、すなわち書く前後に書く。その二つが乖離しているほど、書くことにより自分が変化したことになる。その変化がなければ、書く意味はない。という話。
・メタメッセージ
メタメッセージ、すなわちメッセージに関する説明をつけ加えることで、メッセージが伝わりやすくなる、という話。
などなど。 -
Posted by ブクログ
内田先生のお話が好きなので手にとって見た一冊。
タイトルを見て仏教の入門書だと思うと騙されてしまうので注意が必要。
仏教というテーマを書簡のやり取りという形で語り合うという内容。書簡という体裁はやはり宗教ネタだからか。
中身は内田先生の本らしく放談っぽい形になっていて、あまり厳密に仏教の話にこだわっているわけではない様子。日本における宗教のあり方や世界哲学全般、レヴィナス老師、キリスト教、イスラム教など、話は多岐にわたる。
中々面白かったのだけど、どうも内容が散逸的だったり、実は上下巻でずいぶん中途半端なところで話が途切れていたりと、色々と残念な点が目についた。
下巻は気が向いたら買おうかな。という程度。 -
Posted by ブクログ
(以下引用)
すべてのサラリーマンは自分の給料は不当に安いと思っているが、それは彼らが稼いだ「上前」をはねることで株式配当や設備投資が行われている以上当然のことである。「そんなのイヤだ、稼いだ分だけ稼いだ人間に戻せ」ということになると企業は資金も調達できずシステムの変化に対応できずテクノロジーの進化にも追いつけず、遠からず破産する。(P.32)
同じ食物を分け合うということは、食物が乏しいときには、全員が一様に空腹を感じ、腹をこわすときには全員下痢になるという、ある種の運命共同体を立ち上げることである。同じ元を食べているとそのうち解剖学的組成が似てきて、似たような体型、似たような顔つき、似たような感情が醸成されることになり、共同体維持にも有利なのである。(P.56)
どうしてTVレポーターのような人気のある職業をやめてしまったのか、理由を訊いてみた。訊けばもっとも。労働条件はめちゃくちゃ悪いからである。「だって『やりたい』という人がいくらでもいるんですから…」なるほど、そうだろう。「どんな安い給料でもいいからTVで働きたい」という人が後から後から押し寄せるのだから、雇う側は笑いは止まらない。労働条件の改善要求は、レポーターの「替え」なんかいくらでもいるんだということで簡単に蹴飛ばされてしまう。(P.95)