柴田元幸のレビュー一覧
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一冊をひとりで翻訳する、それは孤独な作業。道をひとりぽっちで歩いてゆかねばならない。本書はその旅のおともになる。弱気になった時に読み返すと、少しだけ元気をもらえる。
3つのフォーラム――1996年東大駒場、1999年翻訳学校、2000年若い翻訳家6人と――を収める。若い翻訳者のなかには、25年前の岸本佐知子や都甲幸治もいる。
カーヴァーとオースターの短篇を村上・柴田がそれぞれ訳している、その比較が興味深い。もともと波長が合うためか、ふたりの訳文がそんなに違っていないような印象も受ける。
村上も柴田も勢いがあるのががいい。まだふたりとも、ほぼほぼの40代だもん。 -
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なんということか、ついにこの大作を読み終えてしまった!深夜2時半の読後とにかく感想を新鮮なうちにおさめたい!
まず、本屋さんで手に取ったその時の重みと期待は忘れられず、読み進めるほどに考えが深まるこの経験はとても貴重だった。今この時代に20代で、主に60年代波乱の時期を書いたこの作品を読めたこと、著者のポールオースターには感謝しかありません。なんたる贈り物。
10代後半から20代へと差し掛かる時期に、いつどこでだれがどのようなことをしたのか、自分自身の出来事、社会の出来事、全ての要素が織り込まれて人は成長していくのだなと、俯瞰的に人生を眺めるに至りました。今現在の私に深く深く突き刺さってきます。
特に出会いと別れ。どれも生きているその世界の環境が強く作用していて、深く愛した人もまた別の方向を見て去ってしまうことがある。はたまたどんなことが起きていつ誰がどうなるかなんてわからないという事実。当たり前だけど、忘れてしまうよな
それから文化。戦争、社会運動が生活を包んでいると同時に、文化は常にそこにあって人を導くのだと改めて痛感。文学をはじめ、音楽に映画など様々なそれが力強くあるんだと感じた。これもまたいつどんなものに触れるか、言葉を得て呼吸するかで、人生は変わっていくんだな。現にこの『4321』を読んだ私は、それ以前とは違う!
さらにこの構成。初めは、なんてことしてくれるんだ読みにくい〜と思っていたけれど、最後の終わり方よ、秀逸すぎる。もう一回読もかなとか思ってしまう。
時折、こういった物語に出会うと混乱してしまうのが必然と偶然の差異。違うようで同じなのではないかなんて思ってしまいます。どんな出来事も必然でありながら偶然のような。
ありがとうポールオースター!!!あなたについていきます -
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近代文学が好きで怪談が好きなので、芥川龍之介選の怪異小説アンソロジーとなったらそりゃもう面白いだろうと手に取った。近代以前の作品ばかりだがどれもドキドキしながら読める、エンタメ性の高い短編集だった。
特に好きだったのは巨人の心の変化に胸を打たれる教訓的な『身勝手な巨人』、ヨーロッパの昔話らしい雰囲気の『ショーニーン』、『藪の中』の着想元と言われる『月明かりの道』。
本の感想からはそれるが、興味を惹かれるうえ短くてすんなり読める話の連続だったので、昨今のネット依存で鈍っている集中力のリハビリにものすごく寄与してくれた。短編集って読書の練習に向いてる。 -
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クインの失われた息子と妻の話は最後まで語られない。その説明の不在こそトラウマの証拠だろう。
ピーターとヴァージニアは、おそらく彼の失われた家族を暗喩している。
ダニエル・クインのイニシャルが、ドン・キホーテと同じであるように、これは狂人、あるいは狂人に見える人の物語であり、孤独に陥っていく「浮浪者」あるいは「狂人」の内面を描いた物語だろう。
最初は、ピーターの父である教授がそのように見える。しかし次第にクイン自身がそれと同じ境地に陥っていくのである。
教授と同じ顔をした(立派なみなりをした)別の人間は、おそらくそうではなかった別の人生を生きる自分の暗喩である。クインにとってのオースターも同じであった。 -
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大正13~14年にかけて芥川龍之介が編んだ、
旧制高校の英語の副読本全8巻51篇は、
当時の現代文学が選ばれていた。
その作品の中から怪異・幻想譚22篇を抽出し、
豪華な訳者陣によって翻訳されたアンソロジー。
・はじめに――柴田元幸
I The Modern Series of English Literatureより
II 芥川龍之介作品より
・おわりに――澤西祐典
附 芥川龍之介による全巻の序文と収録作品一覧
22の作品は怪異と幻想小説の他、エッセイ、民話、
童話調、戯曲、リアリズム作風も選ばれている。
ヴィクトリア朝時代の名残りに世紀末の頽廃、
アイルランド文芸復興運動、第一次世界大戦の影響、
ロマン・ロワールのの先駆など。そしてそれらは、
当時の短編小説の名手たちによる作品群。
オスカー・ワイルド、ダンセイニ卿、E・A・ポー、
R・L・スティーブンソン、アンブローズ・ビアス、
M・R・ジェイムズ、サミュエル・バトラー、H・G・ウェルズ、
アルジャーノン・ブラックウッド、W・B・イェーツなどの
著名作家に日本では無名の作家たち。既読もあるが、
多くは初邦訳という瑞々しさと芥川の怪奇趣味が窺える。
また、芥川の作品への影響を与えたものもある。
特に気に入ったのは、
ブランダー・マシューズ「張りあう幽霊」
H・G・ウェルズ「林檎」
アルジャーノン・ブラックウッド「スランバブル嬢と閉所恐怖症」
ステイシー・オーモニエ「ウィチ通りはどこにあった」
そして芥川翻訳のW・B・イェーツ「春の心臓」
芥川作品の「馬の脚」
芥川の英米文学への深い読解力を計り知り得る作品群が
大いに愉しめて、満足です。
出来れば全8巻を和訳して欲しいです。
キプリング、ギッシング、ハーディ、バーナード・ショー、
チェスタートン、O・ヘンリー、E・F・ベンソンなどの
作品も読んでみたいです。 -
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探偵ブルーはホワイトから、ブラックを見張ってほしいという依頼を受ける。
ブルーはブラックの真向かいの部屋に住み観察を始めるが、彼の行動はといえば、何か書きものをしているか、散歩しているかのどちらか。
事件らしい事件も起こらず、ただブラックを見張り続けるほか何もすることのない日々に、ブルーはじりじりと焦燥感を募らせる。
無機質なニューヨークの街の中で、物語は色彩を失っていく――。
『書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える。そこにいるときでも、本当はそこにいないんだ。』
『また幽霊ですね。』
『その通り。』
『何だか神秘的だ。』(引用)
書くということとアイデンティティをテーマに据えた、煙に巻かれるようなお話。
柴田元幸氏の訳が大変素晴らしく、何度も読み返したい。 -
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サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を村上春樹さんが翻訳していること、併読している『ギンガムチェックと塩漬けライム』(鴻巣友季子著)で初めて知りました。そして、本書に辿り着きました。
村上さん、『キャッチャー』(『ライ麦畑』)を大絶賛でした。翻訳という大変なお仕事をするのですから、当然といえば当然ですが。『キャッチャー』(『ライ麦畑』)を読んだら、(どちらかでも)本書は必読だと個人的に思います。
村上さんの翻訳を巡っての柴田さんとのお話は、とにかくおもしろい! 野崎訳『ライ麦畑でつかまえて』を読み、ちょっと理解が難しいところが、こんがらがった糸がほどけたように分かり、すっきりしました。そして何より、村上さん柴田さんの翻訳観を知り得たこと、大きな収穫でした。言葉の訳し分けの細かいところまで、突っ込んで説明されています。翻訳の繊細な部分を感じ取れました。
契約上、「訳者が本に一切の解説をつけてはならない」という縛りがあったとのこと。本書には村上さんの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の解説、柴田さんの「Call Me Holden」が掲載されていてお得です。
早速、村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、読んでみようと思います。 -
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芥川龍之介が1924~25年(大正13~14年)にかけて旧制高校生の英語学習用に編集した英米文学のアンソロジー
"The Modern Series of English Literature" 全8巻51編から22編を精選して、澤西祐典氏と柴田元幸氏他10名が日本語訳をした。
まず芥川にこういう「学習教材」のような作品があるということを知らなかった。古今東西の文学に精通している芥川のセレクションであるから、間違いはない。
また、それらを精鋭の翻訳者による現代の日本語で読めることが素晴らしいではないか。2018年に単行本が出ていた(不覚にもチェックしていなかった!)が、今回の文庫化は大変うれしい。
いまから100年ほど前の英米モダン文学アンソロジーであるが、芥川の好みが色濃く反映していて、まずは日本語のタイトルからわかるように怪奇・幻想を扱った作品が多い。ポーやビアス、ワイルド、ウェルズなど絶対に外せない大御所が入っているのはもちろん、ステイシー・オーモニエやアクメッド・アブダラーなど(自分は)聞いたこともない作家の名作も選ばれている。
以下いくつか印象に残った作品についての感想と引用。
ポーの「天邪鬼」は先送りと遅延の不幸についてのエッセイだ。時間に支配された近代人のこうした「不幸」は、20世紀のカフカのテーマにもつながっている。
ブランダー・マシューズの「張り合う幽霊」は、幽霊譚ではありながら、読者を怖がらせるのではなく楽しませる趣のユーモア小説。ここで結末を言ったらネタバレになってしまうので言わないが、笑ってしまうこと間違いなしである。
セント・ジョン・G・アーヴィンの「劇評家たち」は短い風刺劇であるが、当時の劇評家たちをうまく皮肉っていて痛快である。
サミュエル・バトラー「機械時代のダーウィン」は、現代に直接通じる真理を突いている。「時代が下るにつれ、人類は自らが機械よりも劣等の種となったことを覚るでありましょう。力で劣り、みずからをみずからで律するという倫理的特質においても劣る人類は、誰よりも善にして賢なる人といえどもおよそ及びもつかぬ宝鑑として機械を敬し奉ることになるでしょう。有害な激情も、嫉妬も、強欲も、はたまた不純な欲望も、光輝に満ちたこれらの生き物の穏当なる力を妨げることはありません。機械は罪や恥や悲しみとも無縁です。その精神は永遠の平静を保ち、欲を知らぬ魂の充足に守られているがゆえに、後悔にかき乱されることがないのであります。野心に苦しめられることもない。他者から感謝されずとも、一瞬たりとて不安になりはしない。良心の呵責、いつまでもかなわぬ希望、疎外の苦痛、統治者の傲慢、名もなき人々の忍耐の徳に報いない世間の冷たさ――そうしたものは、機械たちにはまったく知られぬままでありましょう。」(pp.224~225) 上の引用内の「機械」を「AI」という言葉に置き換えてみるなら、バトラーの言説がそのまま現代にも通用することがわかる。
アルジャーノン・ブラックウッドは、アーサー・マッケン、M・R・ジェイムズと並んでイギリス怪奇小説の三大巨匠と言われる大家だが、ここに収められた「スランバブル嬢と閉所恐怖症」もまた現代の神経症を予告するような作品である。スランバブルという、一年に一度の旅行をこの上ない楽しみとしている初老の独身者が出くわした災難。恐怖小説を読む愉しみを存分に引き出してくれる。
オーモニエの「ウィチ通りはどこにあった?」は、怪異・幻想とはちょっと違うユーモア小説(人間の思い込みという「幻想」を描いたともいえるが)。これもまた現代の「分断社会」に対する風刺になりえる。
ドロシー・イーストン「刈取り機」も怪異・幻想譚というよりはプロレタリア文学に近いものではないだろうか。芥川の現役時代の日本でも勢力を増していた労働者の文学だ。
アクメッド・アブダラーの「ささやかな忠義の行い」は、このアンソロジーの中でも一二を争って惹き込まれた作品。作者は経歴不詳のアフガニスタン生まれのアメリカ作家らしいが、中国系移民のノワールな世界を描いて迫真的である。これも怪異・幻想というよりは「リアリズム」だろう。
最後に特別編的に付け加えられた芥川作品の「馬の脚」も面白かった。
芥川ファンにも、怪奇幻想小説好きにも、また英米の小説愛好家にも、願ってもないinterestingかつexcitingなアンソロジーが(再)登場した! -
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芥川龍之介が、当時の「現代」英米文学を選んでまとめ、旧制高校で英語の副読本として使われるよう編纂したアンソロジー
あの芥川が選んだ小説・エッセイたちということで、少々ダークな雰囲気が漂いつつも、ユーモア・諧謔・寓意が随所に散りばめられた質の高い短編集になっている
彼の作品のモデルになったと思われるような作品も収録されていたりと、芥川ファンが読んでも楽しめるものだと思う
何せ、各作品の扉裏に芥川研究者で本書の編者でもある澤西佑典氏の解説が附されているため、それぞれを芥川の感想と一緒に読めたり、文学史の一時点に位置づけながら読めるというのが良かった
日本でも知られる著名な作家と同時期に生きていた芥川ならではの読み方を知れたり、当時の文学の流行りを知ることが出来たのも面白かった
全篇通して高品質を保ちつつ芥川個人とも絡めて読むことが出来たから、非常に満足度高かった
「英米の文芸の大通りをちょっと振り返って見ることは同時に又世紀末の風に吹かれた世界の文芸の大通りを髣髴することになるかも知れない。」
好きだったやつ
・追い剥ぎ/ダンセイニ卿
・天邪鬼/エドガー・アラン・ポー
・マークハイム/R・L・スティーヴンソン
・月明かりの道/アンブローズ・ビアス
・張り合う幽霊/ブランダー・マシューズ
・A・V・レイダー/マックス・ビアボーム
・白大隊/フランシス・ギルクリスト・ウッド
・残り一周/E・M・グッドマン
・特別人員/ハリソン・ローズ
・ささやかな忠義の行い/アクメッド・アブダラー -
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買ってから5ヶ月寝かせていたけれどもGWに意を決して読み始め、2週間かけて読み終わりました。
とにかくすごい作品としか言いようがない(語彙力)。
今になってポール・オースターで好きな作品ベスト3に入るものを読むことになるとは思わなかった。
解説や帯にも書かれているけれども文字どおりオースター文学の集大成でした。
オースターが生まれた1947年から1970年代にかけてのNYにおける野球チーム、バスケットボール、ベトナム戦争と反戦運動、公民権運動、文学や音楽、大学生と学生運動、アメリカ政治などオースターが何度も題材にしてきたテーマや、人にはコントロールできない偶然性(と死)についてオースター本人も言う「私の知る限り、この形式で小説を書いた人は誰もいない As far as I know, no one has ever written a novel with this form.」とおり大袈裟に言うと驚愕の作品でした。
ちょうどトランプがアイビーリーグの補助金を打ち切るというニュースがあったころに本作を読んだので、より作中のコロンビア大学やプリンストン大学でのエピソードによりリアリティを感じたりもしたし、戦後アメリカの光と陰を追体験したような気がしました。
790ページで7150円という大学の教科書か辞書かくらいのボリュームなので気軽には勧められないけれどもとても面白かったです。最後の章の終わりを読んで不覚にも涙が出ました。読み終えた方と語り合いたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ熟年離婚の後に死に場所を探してブルックリンへと帰ってきた老人が甥のトムとの再会を機に、冒険に詐欺に逃避行の手助けと家族を取り巻く人生最後のドタバタ騒ぎに巻き込まれる物語。オースターの作品の中で恐らく最も読みやすいコメディタッチのストーリーであり、相変わらずその「語り」の巧さに敬服してしまう。
登場人物に対しての作者の「まなざし」に非常に温かみがあり、たとえば主人公のネイサンは切れ者で老人特有の知恵と落ち着きがあるが、行きつけのダイナーにいる女性店員にデレデレしたりと、いくつになっても男であることの愚かさが描かれているわけだが、それが決して否定的でなく、至ってフラットに描かれている。さりとて肯定的に描かれているわけでもなく、送ったネックレスが旦那の嫉妬を呼ぶという悲劇的な結末を迎えてしまい、都合よく物事が転ぶわけでもないのだ。
登場人物の一人であるゲイの古書店主であるハリーが一番人間臭く、稀代の詐欺師でありながら、愛した男の復讐と嘘を見抜けずに信じ込んでしまったり、かと思えば主人公の忠告を聞いて遺産の送り先を決めておく抜け目のなさがあったりと、人間は多重的で一側面では語れないことをよく表している。転じてそれは人生そのものでもあり、人生は簡単に結論付けられない。酸いも甘いも、喜劇も悲劇も、善も悪も、全てをひっくるめて人生はただ続いていく。最後の9.11への言及は楽観的な諦観を覆すだけの無常感があるが、その影もまた今までの日常があっさり崩壊する可能性の指摘と、それ以前の断絶のない明るい時代の切り取りでもあるのだろう。