【感想・ネタバレ】ガラスの街(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開――。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳!

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Posted by ブクログ

オースターのニューヨーク三部作。これら初期の作品で常に見られる孤独感を、ここでは作家である一人の男に負わせている。彼は自分の影に生きて消えたのか。
「ガラスの街」はニューヨーク三部作の第一作で、「孤独の発明」「鍵のかかった部屋」「ムーン・パレス」「偶然の音楽」「幻影の書」と読んできて初期の作品を二冊残してしまっていた。中篇であり初期に書かれたもので、「孤独の発明」が次の作品にどういう形で書きつがれたかにとても興味があった。

ただ既読の5冊の中には、共通する実態の掴みにくい孤独感が相変わらず座り込んでいる、だが表現法は似ているが、それをシーンに置き換えて明晰で分かりやすい内容になっている。

ストーリー性が増し、明確な風景の中から物語が立ち上がってきている。そういう傾向に移行したのかと感じたのだが。
ニューヨーク三部作の頃にはまだ主人公のまわりは常に現実との境が曖昧で、存在自体も、読者や本人にさえも見えない部分がある。
主人公たちは、その見えない部分を自分や知り合った人たちの中に見たり触れたりして、鑑に写したように実感を得ようとしている。だがストーリーの最後では存在感が次第に薄れていって消えていく。


夜中に間違い電話が何度もかかるので、「ポール・オースター?」と訊かれ、面倒なので「そうだ」と答えてしまう。
実はダニエル・クインという探偵作家で、ペンネームはウィリアム・ウィルソンでありその陰に隠れていれば、エージェントとは私書箱を通しての付き合いで、直接世間に触れることなく、顔も出すことがなかった。彼は半月書き、余った時間を自由に暮らしてきた。

間違い電話をかけてきたのは、ピーター・スティルマンという子供のころ幽閉されていた過去がある障害者だった。こういった症例は世界に散見する研究対象でもあり、あちこちで誘拐されて見つかった子供のように、彼も9年間、言葉や光のない部屋で育ち、実験的だという父親の暴行を受けていた。

13年前に父が捕まったとき、結婚している妻が彼の遅れている成長を助けてきた。だが父親が釈放される日が近いので殺されないように保護して欲しいと言う。
彼はまだ満足に話せない。こんなふうに言う
これはいわゆる話すという行為です。そういう呼び方だと思います。言葉が出て宙に飛んでいって、束の間生きて、死ぬ。不思議じゃありませんか


ダニエル・クインにとって作中の探偵ワークはもう自分が作り出した者ではなくなっていた、いつの間にか一体感を持っていたし、現在のペンネーム(ウィリアム・ウィルソン)もいて、現在の自分は三人の人格が合体したものに感じらていた。
探偵とは、全てを見て、全てを聞き、物事や出来事がつくりだす混沌の中を動き回って、これらいっさいをひとつにまとめ意味を与える原理を探し出す存在にほかならない。実際、作家と探偵は入れ替え可能である

出所したスティルマンの父親らしい人物を見張り始める。安ホテルに泊まった老人はニューヨークを徘徊する。彼も常に後から歩いていく。何も怪しいそぶりもなく日が過ぎ。ついに彼は接触を試みる。
その老人は新しい言葉を作り出そうとしていた。彼は老人の意識を確かめるために話しかけるが、既に過去のハーバードの秀才教授ではなくなっていた。だが彼の知識から生まれる物語は魅力的で、その奇妙な世界を聞きに何度も出会うようになる。
ポー作品でデュパンはなんと言っているか?「推論者の知性を、相手のそれに同一化させる」ここではそれは、スティルマン父に当てはまる。」おそらくその方がもっとおぞましい。

父親は以前はヘンリー・ダークという名前で、今ここではない昔の楽園を作るために、乱れた言葉を元に戻すことを解く「新バベル論」を書いていた。
クインは残っていたその小冊子を見つけた。

赤いノートに1日の出来事を記録しながらクインの尾行は続いた。
毎日父親を見張っていたがなぜか老人は数日見かけなかった。ホテルで聞くと投身自殺をしたそうだ。

クインは依頼者のスティルマン夫婦のところに報告に行くとマンションは誰もいない空室になっていた。
クインはついに、ポール・オースターを訪ねる。勿論彼は何も知らなかった。
そして彼が今書いているのは何かと訊くと 「ドン・キホーテ」論だという。
これはセルバンテスの作ではなくアラビアで書かれ、セルバンテスは翻訳されたものを編集したので、そうしたのは事実を語るのに疑いを挟ませない理由だと言った。ドンキ・ホーテは物語に魅せられた。しかし原作のアラビア人は登場する四人の組み合わさったものではないか、ともいう。

クインの部屋に帰ると他人が入っていた。家のない彼は依頼者のスティルマンがいた狭い窓にない部屋で眠る。次第に彼が何もかも億劫になり、ついに消えた。

オースターのところに来た友人にこの話をすると、友人はクインを心配して探してみたが彼のいた部屋は赤いノートだけが残っていたと言った。

クインは、過去にはウィリアム・ウィルソンであり、創作した探偵ワ-クであり、ミステリ作家のダニエル・クインであった。その頃は快い孤独感とともにニューヨークの町を歩いて楽しむことが出来た。
だが、ふと電話に出て見知らないポール・オースターになり、書く事をやめウィリアム・ウィルソンから離れてしまった、そのとき自分と一体であったものを切り離したあとの独り、このクインとは一体何者だろうか。

一人でいることは自由だと言うことだが、それが続くとクインはソローの本(森の中)を探して読んでみたりする。だがクインの思うのはこの自由とは違う。

仕事だと思った老人の追跡が意味のないものになり、町は次第に陰をなくし、それに連れて存在も希薄になる。孤独というものの実感さえ浮かばなくなり生存するということが抜け堕ちてしまう。それがどんな意味があるのかとさえ考えることのないところに入ってしまう。究極の言葉によって形作られるみえない深い悲しみや空虚感が見事に作品になった、珍しい文学的な前衛だという言葉が分かる初期ポール・オースターの作品だった。

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2026年03月02日

Posted by ブクログ

クインの失われた息子と妻の話は最後まで語られない。その説明の不在こそトラウマの証拠だろう。
ピーターとヴァージニアは、おそらく彼の失われた家族を暗喩している。
ダニエル・クインのイニシャルが、ドン・キホーテと同じであるように、これは狂人、あるいは狂人に見える人の物語であり、孤独に陥っていく「浮浪者」あるいは「狂人」の内面を描いた物語だろう。
最初は、ピーターの父である教授がそのように見える。しかし次第にクイン自身がそれと同じ境地に陥っていくのである。

教授と同じ顔をした(立派なみなりをした)別の人間は、おそらくそうではなかった別の人生を生きる自分の暗喩である。クインにとってのオースターも同じであった。

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2025年09月10日

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ある日、ミステリ作家のクインのもとに間違い電話がかかってきた。電話の向こうの人が発した第一声は、「ポール・オースターですか?」。私立探偵のポール・オースターとやらをクインは知らなかったが、常々ミステリを執筆するとき探偵になってみたかったため、その私立探偵のふりをすることにした。そこから不思議な依頼をうけ、歯車が狂い出してゆく。みなさんも知っている通り、ポール・オースターはこの本の作者の名前でもある。私好みのメタ・フィクションの香りがするぞ……。ページをめくる手が止まらず、秀逸な展開に唸った。

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2025年05月04日

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ネタバレ

物語の中に著者が出てくるメタ要素がある中で、同じくメタ要素のあるドン=キホーテをとりあげるというユーモアさもありつつ、妻と息子を失った主人公の虚無感ゆえの自己の抽象化と、そこから起こる探偵物語のような展開に惹き込まれる。

どうなっていくんだろうと没入するほど、奇妙に歪められた世界を見ることになった
結論から言うと解決はされていない。
俎上に載せられた問題は何もわからないまま、物語の幕は閉じる。
真実の物語なのだから、常に答えが用意されているとは限らないよね、という感じなのか。
それでも、面白い。

個人的な読字体験として、プルーストとイカ〜読字は脳をどのように変えるか〜を併読していて、文字や言葉を人間がどのように習得していくのかについて考えていたので、作中のスティルマンが犯した実験や考察については興味深く読めた。
読書を通じて得られる、別の物語が別の物語とシンクロする体験は大好きだ。

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2024年12月15日

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探偵小説のようでそうでもない
ひとりの男の「間違い電話から始まった」
物語
「ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路」
やっぱり気になる
読み終えたあともっと
気になる
ゼロは始まりか否か

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2024年12月08日

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ポール・オースターの小説はいつも破滅的で諦観していてある程度一貫性が無く、実際に起こる出来事ではなく物語は人の脳内で進むので、現実逃避に効く。
radioheadの小説版って感じ。

本書はオースターの中では比較的理路整然としてビギナー向けといった印象。

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2024年10月15日

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「音楽的な文章ってなんだ」と思い、購入。
本当に音楽的な文章だった。この言い表し方が最適だ。ラストは駆け抜けた、ともまた違うような感じがした。

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2026年01月04日

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ニューヨークの街並み、96丁目を曲がってとか109丁目の角を曲がってとか、ほとんど街並みのイメージが出来なかったけど、依頼を受けた私立探偵の動向が気になって仕方なかった。ドン・キホーテの解釈や失楽園、新バベルがとうとか難しい話も出てくるけど、そこはあまりこだわらなければ十分楽しみた。物語に著者のポールオースター自身が登場すると言う変わり種の本。のめり込んで自分を失う怖さを味わった。

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2025年11月15日

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デビュー作から異彩を放っているポールオースター。先が気になる予想できない展開に加えて類稀なる表現力と文章力。訳者もすごい。最後の物語の締め方も良かったです。

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2025年10月29日

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アメリカの近代作家オースターのニューヨーク三部作、鍵のかかった部屋と幽霊たち、とで3冊。
話的には繋がってはいないけれど、3冊に共通するのは、ニューヨークという現実の世界の中で感じる非現実感。読み進むと、幻想的な迷路にはまってしまったような感覚に陥ります。
どの話も推理小説のようであって推理小説ではありません。主人公は、誰かを探す、観察する、探偵、という体裁をとりながら、ひたすらある人を追ってニューヨークブルックリンの街を徘徊します。
相手を知ろうとすればするほど他人とは何かと考え始め、他者の不確かさが深まり、延いては自分と他者との境界はあるのか、自分とは何か、となります。
結論もなければ謎の解明もありませんが、3冊を通して読んだ時に、3冊の中に隠れた言葉の巧みな関連性、積みあがった言葉が消えていく感覚、最終的に自分と他者の境界が消失する、という不思議な感覚を体験することができます。
とても不思議な世界観。

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2025年10月15日

Posted by ブクログ

ポストモダン的な話とかドンキホーテの話とか聖書の話とか教養がないからむずい。これ推理小説なのか?
ムーンパレスと雰囲気近いけど、ムーンパレスの方が読みやすかった気がする。

ニューヨーク行く機会あったらもう一回読みたい。

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2025年09月08日

Posted by ブクログ

思索の過程に浮かんでは消えてゆく言葉の数々を残らず捉え、文字として残す。それら言葉の連なりは、もしかしたらそれ自体が物語なのではあるまいか。もう一人の自分が居るとして、その存在を捉えることができたなら、僕は彼の人生を同じく歩いて行くことができるだろうか。世の中は不思議で、不思議なものだと決めてかかれば、さほどでもなく、何事にも頓着しなければ、しないなりに、どうにも説明のつかない事態に巻き込まれてしまうこともある。先入観では語り尽くせないのが人生で、世界は、その目に映るすべての物事でしかない。想像はあくまで想像で、現実にリンクしたら、それは想像ではなくなってしまう。あれは、こうだ。それは、ああだ。皆最初から決めてかかるけれど、ならば答えは、すでに目の前にある。

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2025年07月06日

Posted by ブクログ

ほぼジャケ買いで購入。
色々な謎が残り読後何ともモヤモヤする。

そもそも事件そのものもはあったのか。
主人公の見ていたものは、全て孤独な彼自身が生み出した幻覚ではなかったか?
最後に出てきた一人称の「私」は誰なのか、「私」が書いた体になってるが作者はポール・オースターなのはなぜなのか。

ものすごく自分が落ちたとき、また読みたい。

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2025年06月07日

Posted by ブクログ

ひょんな間違い電話から探偵家業に手を出し、奇妙な白紙の世界に足を踏み込んでゆくダニエル・クイン。
この物語は必ずしもバッドエンドではないと憶測する。僕にはクインが、初めからこの謎の世界に憧れていたと思えるのだ。

映像でしか見たことのない、レンガとガラスの壁に囲まれたニューヨークの街並みが朧げに眼前に迫ってくる。憧れと不思議な懐かしさを覚える風景。

僕はまた、この本を一種のオジサン文学の萌芽と見たい。勘違いしたクインが、若い女性に蔑まれるシーンがあり、滑稽な笑いをもたらしている。

この人の作品を、もう少し読みたくなった。

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2025年06月07日

Posted by ブクログ

探偵小説と言われれば眉をひそめたくなるし、純文学かと言われれば「純文学って何ですか?」と言い返したくなる。
ほんのイタズラや出来心に端を発した物語を読者は追うだけだが、大きな事件など一個も起きないのに不思議と先が気になって仕方がない。
一応、謎はあちこちに出てくるが推理小説のようにトリックや伏線として活かしていくわけではない。余白か、あるいは主人公の思考を観察・あるいは描写するものとして登場するのみだ。
そんな不思議でヘンテコな物語なのに結末では奇妙な寂しさがあった。

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2025年05月18日

Posted by ブクログ

探偵小説だとは感じなかった。入れ子構造になった物語で、途中、ジョイス的なものが顔を覗かせてから一挙に面白くなった。

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2025年05月03日

Posted by ブクログ


妄想と現実が入り混じり、
探偵小説の体から始まるが、途中から
己の狂気に閉じ込められた人間像について、
リアルに描かれていて文学作品のよう。

途中、ドンキホーテ論を交わす場面があるが、
最後に主人公のクインの赤いノートだけが残り、またそこで初めて、物語の作者が、
ポールオースターの友人なる『私』の存在が、
明らかになる。
まさにドンキホーテのように、4番目なる人物が
ストリーテラーだったというオチ

同胞たる人間たちの信じやすさを試す愉しみ
とあるように、幾十にもなっている入れ子の
小説になっている。

読書後も、登場人物のあの人は、夢か現実か
はたまたクインの妄想か、不思議な余韻が残る
読書感だった。

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2025年04月30日

Posted by ブクログ

オースター初期、ニューヨーク3部作のうち「孤独の発明」と「幽霊たち」は読んだ記憶があるのだが本作は未読。追悼特集で平積みになっていたところでついに手に取った。
探偵小説のような体裁で書かれているが、探偵小説のような謎解きも、事態の進展もない。
馴染みがありそうな例えをするならば、村上春樹的な不思議空間に迷い込み、探偵のようなことをさせられた男の物語といったところだろうか。

いささか実験的小説のような印象も受け、いろんな手法とテーマが混ざり合っているのだが、敢えて軸となるテーマを探し出すとするのであれば「言葉」と「狂気」と「認識」だろうか。
虐待を受けて育ったクライアントが用いる違和感のある言葉。
虐待を与えた側が過去に記した言語をテーマにした(バベルの塔)論考。
そして物語終盤で取り上げられる、ドンキ・ホーテの狂気に関する論考。
最終盤で狂気の領域に陥った主人公の、狂気ではないように見える認識。
合ってるかな、わからないな。

オースターなので、初期の作品とはいえ文章はとても整っており美しく、読みやすい。
ただし、読みやすいのと理解しやすいのは全く別。
本を閉じた後、だいぶ考えた。
もちろん、こういう考える時間があるのは読書の醍醐味であり、それを提供してくれたという点でとても素晴らしい作品だと思っている。

「オースター読んでみたい!」という人に最初にお勧めできる作品ではないが、彼の作品が好きで、より彼の作品を深く吟味したいと思う人には是非読んでみて欲しい。
短いし、チャレンジはしやすいと思う。

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2024年09月22日

Posted by ブクログ

難解だと感じるのに面白いからかするする読み進められた。
いかにもミステリーといった始まり方だったから途中まではこの事件の真相は一体どこにあるんだろう、どうやって解明されるんだろうとワクワクして読んでいたけどそういう次元の話ではなかった。
最後の方急に物語が動くけどラストシーンであれはあの時の伏線だったのか!と思う瞬間がありそれがとても楽しい。
結局どこに行ったんだろうね。途中で語られてた街にいる様々な人たちと同じようにニューヨークの街に溶けて消えてしまったみたい。
三部作は幽霊たちを先に読んだんだけど本作も同じく書くことの苦悩を感じた。

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2024年07月30日

Posted by ブクログ

ニューヨークに暮らすダニエル・クインは、かつて探偵小説で名を馳せた作家だった。しかし今では、世間を驚かせるような作品を書く気力もなく、匿名でミステリーを書いて生計を立てている。そんなクインの元にある日、助けを求める電話がかかってくる。「探偵のポール・オースター氏に事件を解決してほしい」という依頼だ。しかし、ポール・オースターなる人物には全く心当たりがない。間違い電話だと思って切ってしまうが、その後も何度も同じ電話がかかってくる。仕方なくクインはポール・オースターという探偵のふりをして、電話の主に会うことにする。

待ち合わせ場所でクインを迎えたのは、ヴァージニアという女性だった。彼女は依頼人のピーター・スティルマンの妻であると言う。スティルマンは幼い頃から外界から隔離され、暗い部屋で過ごした過去を持つ人物だった。そんな彼を救い出したのは彼の父親であるスティルマン氏だが、現在は精神病院に入院しているという。スティルマンは闇の中で育ったせいで他者とのコミュニケーションが困難で話も支離滅裂なありさまだった。そこでクインは妻のヴァージニアから依頼内容を聞くことにする。ヴァージニアの依頼は、間もなく退院する父親から夫を守ってほしいというものだった。

…‥‥・・‥‥………‥‥・・‥‥……

「そもそものはじまりは間違い電話だった」という書き出しから始まる本書は、いかにもミステリー仕立てという感じで、レイモンド・チャンドラーのようなハードボイルドな探偵小説の雰囲気を漂わせています。しかしそれも最初のうちだけで、探偵小説やミステリーの趣からは徐々に離れ始めます。というのも、ミステリー作家であるクインが、自分のペンネームの「ウィリアム・ウィルソン」と、小説に登場する探偵「マックス・ワーク」について思弁し、やたらと2人の人物を引き合いに出すことが増えてきて、雲行きがだんだん怪しくなってくるからです。クインにとってのウィリアム・ウィルソンはあくまで小説を出す時に名を借りる抽象的な人物であり、これに対しあくまで小説の登場人物に過ぎない探偵のワークが、なぜか実体を持っているかのように生き生きと存在感を増してくるわけです。ウィルソンがまるで人形遣いで、クイン自身は人形、そしてワークは次第にこの物語に目的をかのような生気に満ちた役回りを与えられるのです。

物語が進むにつれ、クインとウィルソンそしてワークという3人の人物によって、次第に錯綜し始める物語。このことから私は、自分自身や他者との継続的に変化し続ける対話のプロセスによって個人のアイデンティティは定義されるという、ミシェル・フーコー的なものを感じました。加えて、スティルマンに迫る父親が宗教学の権威の元大学教授というのも本書のディテールにまた彩りを加えます。スティルマン教授は自身の著書『楽園と塔』の中で、第二のエデンの園を来るべき新世界のビジョンとして描き、バベルの塔の崩壊の原因となった人々の言語の混乱を堕落したアダムと重ね合わせて論じます。そして、真の言語の復活により世界は新たな楽園として再臨すると綴り、息子への仕打ちは、エデンの園で人間が堕落する前の神の言語を発見するための実験であったという事が示唆され始めるのですが。

旧約聖書の引用からのビジョンを多分に含む本書は、象徴に富んでおり、ディック作品にみられるアイデンティティーの揺さぶりとも相まって、今までに味わったことのない不思議な雰囲気をもつ一冊と言えます。故にミステリや探偵小説を期待するとかなり面食らうことになり、決して読みやすい内容とは言えません。しかし、読んでいくうちにどんどん錯綜していくテーマだとか、主人公のアイデンティティが喪失していく(ネタバレになっちゃうのでこれ以上は書けない)展開を期待する人にとってはまたとない一冊になると思います。

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2024年01月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ニューヨーク三部作の一作目。
ポール・オースターに間違われた作家クインが、他人に成り代わり探偵の真似事を始める。
自分がクインであるという事実が、気が付かないうちに次第に薄れていく。肌身はなさず持っていた赤いノートだけが証拠に。まさか、こんなに儚い話だとは思わなかった。
オースターの文だから?それとも柴田さんの訳だから?流れるような文体が心地良かった。

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2024年01月13日

Posted by ブクログ

2つの世界線に生きるオースターさんの邂逅で笑った。ドン・キホーテ自演説を解説し始めた時はなんでわざわざここでそんなことにページ割くんだと思ったけど、最後まで読むとその意味がなんとなくわかった、気がした。
序盤のピーター・スティルマンの独白がだいぶ狂っていた。

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2024年09月06日

Posted by ブクログ

海外の現代作家の作品を読むことって、
あまりなかったりませんか?
何かと古典ばかり読むようにしていたりしがちなのは、
僕だけではないはず。
それで、じゃあ、現代の海外の作家にはどんな人がいるのかと調べてみると、
いろいろ出てくるのでした。
その中でも、新潮文庫のメールマガジンに載っていたのが本書です
よさげだ、と、びびびっと来て購入しました。
思っていたように、やっぱり面白かったですね、現代作家の作品は。
村上春樹さんだとか、日本の現代作家の本が面白いんだもの、
外国人のが面白くないわけがない。
とはいえ、本作は30年くらい前の作品なんですけどもね。

探偵小説の皮をかぶってるオオカミみたいな作品かなあ。
オオカミまで行かなくても、我が強くて人なれしないネコが
正体として皮をかぶっているようなイメージでも持ってもらうといいのかな。
本性としては、探偵小説ではないです。
では、なにかと問われると、もう、ポール・オースターというジャンルだとしか、
僕のように現代小説を読んだ経験の浅い人には言えないですね。
アメリカ的な純文学とでも言えばいいのか。

時折出てくる内面描写が秀逸で、
「そういう気持ちわかるわー」と思う箇所がいくらかありました。
なかでも、とある作家の家族と主人公が逢う場面で、
家族という温かさに疎遠な主人公が、その作家の家族愛の幸福さを目にして、
「食中り」ならぬ、「幸せ中り」を起こすところが僕には共感できてしまった。
何気ない描写も、すんなり気持ちに入ってきて、
著者は詩人でもあるとのことなので、そのあたりのセンスなのかもしれないです。

本書の最初のほうに書いてあるセンテンスこそが、
この物語の読み方を表していると思うので、
それを抜き書きして終わりたいと思います。

___

問題は物語それ自体であり、
物語に何か意味があるかどうかは、
物語の語るべきところではない。
___

そんな小説でした。
面白かった。

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2025年06月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

そもそも、最後の視点は誰?
途中も急に視点が変わって、え?ってなった(笑)んで、駅でなんでピーターが2人いたんだろう、これはクインの書いた小説か?
ちょっとわからないことが沢山あるけど、間違い電話から始まって、興味本位で探偵することにした設定は物凄くいいよね。
ニューヨーク3部作、全部読んでみよう。

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2026年01月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ある小説家クインがポール・オースターという探偵に間違えられた電話が来て、演じ切ることを決意する。幼少期から言葉を与えずに監禁された子供と、そうすることで神の言語が現れるとした父親に関する事件だ。数年前に父親から殺害予告じみた手紙がきて、もうすぐ精神病院から父親が帰ってくるから監視及び警告してくれという依頼だ。クインはそれに則り数週間スティルマンをつけることにする。最初にスティルマンをみつけ駅でつけていた時に、スディルマンは2人に分裂していた。クインは直感的に古びたように見える方のスディルマンを選ぶ。そこから奇妙な歩き方をし、ガラクタをひろうスディルマンを、赤いノートにしるしながらつける。ストーキングというものは相手と一体になることだ。しかし一切怪しさがなく、2週間が経った時とうとう接触してみることにした。最初にはベンチで、次は喫茶店、最後に大岩の上?(うろ覚え)。話しかける度にスティルマンはクインのことを忘れていた。最後の時には息子を名乗ってみたら信じ込み、格言と謝罪と愛を与えてくれた。

ここから話が急カーブ。スティルマンを1晩のうちに見失ってしまった。それをヴァージニア(依頼人の嫁)に伝えることを渋り、本来のオースターという探偵を探すことにする。同姓同名の人物がいたので尋ねてみると、自分の本を読んでいる作家だった。ここで劣等感を感じ、さらにはヴァージニアからのでうわを無視してしまい転落し絶望。何とか気を取り戻して、ヴァージニア夫妻の家を衣食住を犠牲にしながら2ヶ月見張り続けた。ある日金が尽きてそれも終わり、オースターに依頼金の譲渡を取り消す用取り測ろうと電話をしたところ、スティルマンの自殺を告げられる。自室呆然としつつもなんとか我が家に帰ると、そこは取り払われ、新しい女が住んでいて、今は亡き息子と嫁の写真諸共すてられていた。最後にヴァージニア夫妻の家を尋ねるも又もぬけの殻。そこで、スティルマンをつけていた時にや事件記録として最初から使っていた赤いノートに思考を書きながら、終わる。オースターの友人がこの赤いノートを発見し、このガラスの街という本を書いた。

ものすごい急展開。ポール・オースターの本は前半と後半で内容がうってかわり驚く。神の言語やスティルマンの不気味さは後半には消えていて、1度の間違いや怠慢自己欺瞞が招く悲劇や、オースターによく見られる父性愛がでてきた。これを味わいたいので良し。たださすがに前半後半どちらも不完全燃焼感がある。1連の物語を読むと言うよりも、文章や断片的な情景を楽しんだ方が良さそう。探偵小説は全てに意味があるからいい、だとか、言語についての言及や、神の言語だとか、放浪だとか、なにより老人と中年男性の親愛だ

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2025年08月07日

Posted by ブクログ

最後まで真相は掴めず。それが読み手の想像を掻き立てるのだろうが、不完全燃焼にもなってしまう。
なかなか強敵だった。ポールオースター著書は繰り返し読むと新しい考察が生まれるから、少し時間を置いて再読したい。

叶うならニューヨークの街の中で読めたら最高ですね。

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2025年04月01日

Posted by ブクログ

クインという作家が残した赤いノートをもとにオースターの友人である「私」という人がこの物語を書いた体になっている。けど、そもそもクインの体験したことが本当かどうかも分からないし、仕事をクインに依頼したピーターたちの存在、尾行対象だったスティルマン自体が本当に追っていた人物かどうかも、なにもかもがあやふやで消え入りそうなお話だった。それはまるで冒頭のニューヨークという街の特性を表すかのように。
(途中色んな古典作品の話(ドン・キホーテなど)がでてくるのだけれど、それも知っていたらもっと面白く読めたのかもしれない)

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2025年02月13日

Posted by ブクログ

以前から気になっていた作家の一人、P・オースター。お亡くなりになったタイミングで手に取ることになったことを激しく後悔した。これは20代から30代のうちに出会いたかった作品で、作家だった。ニューヨークの街の迷路へ入り込んでいく。こんなにもみずみずしくニューヨークの街が描かれている作品があるだろうか。とらえどころのない物語。ちょっとした狂気を感じられるのけれど、それがホラーやサスペンス調ではない。だからこそ、凄みを感じた。アメリカ文学を深掘りしたくなったし、それとは別にドンキホーテをちゃんと読みたくなった。

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2025年01月19日

Posted by ブクログ

ミステリーなのか、自分には読解しきれない本だった。訳ではなく原文で読めばわかるだろうか。
でも、これを書ける人もまた異常だと思う。

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2024年11月23日

Posted by ブクログ

 出だしの一節は印象的だ。物語が進んでいくと、私立探偵、殺人、監禁生活等ミステリー要素の言葉が出てくる。癖のある人物が登場することもあり、何かしらの事件が軸になるものと思いきや、安部公房さん的な不思議な物語に転換していく。

 都市生活における存在とは何だろう。空想と現実の境界が溶けきるころに物語が終わる。

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2024年07月04日

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