【感想・ネタバレ】ガラスの街(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開――。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳!

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Posted by ブクログ

頭良すぎる‼️‼️‼️‼️‼️‼️
めちゃくちゃ面白かった。
メタ構造というか、色々な二重構造があり、成り代わりがあり、物語としても構成としても新鮮に読める。

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2026年08月22日

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ネタバレ

売れない作家クインが残した手記をポールオースターが綴る、という混乱しそうな構成だけど、おそらく読み手の理解を混乱さえるのが目的でもあると思う。自分が信じている自己の輪郭の曖昧さを問うような小説だった

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2026年04月16日

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ネタバレ

ふとした想像力により人の人生の歯車が狂っていく。
クインは家族を失った悲しみは背負いつつも、作家としても、暮らしていく上でも問題ない状態だったのに、自分が衰退していくことに抵抗や反発はなく、静かに街から、世の中から存在が消えていく。
そして唯一自分に残ったノートとペンで書き記していく狂気じみた描写。

モヤかかってんのに透明感ある不思議な雰囲気が結構ささって好み

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2026年03月23日

Posted by ブクログ

オースターのニューヨーク三部作。
これら初期の作品で常に見られる孤独感を、ここでは作家である一人の男に負わせている。彼は自分の影に生きて消えたのか。

「ガラスの街」はニューヨーク三部作の第一作で、「孤独の発明」「鍵のかかった部屋」「ムーン・パレス」「偶然の音楽」「幻影の書」と読んできて初期の作品を二冊残してしまっていた。中篇であり初期に書かれたもので、「孤独の発明」が次の作品にどういう形で書きつがれたかにとても興味があった。

ただ既読の5冊の中には、共通する実態の掴みにくい孤独感が相変わらず座り込んでいる、だが表現法は似ているが、今回はそれをシーンに置き換えて明晰で分かりやすい内容になっている。
ストーリー性が増し、明確な風景の中から物語が立ち上がってきている。そういう傾向に移行したのかと感じたのだが。

ニューヨーク三部作の頃にはまだ主人公のまわりは常に現実との境が曖昧で、存在自体も、読者や本人にさえも見えない部分がある。
主人公たちは、その見えない部分を自分や知り合った人たちの中に見たり触れたりして、鑑に写したように実感を得ようとしている。だがストーリーの最後では存在感が次第に薄れていって消えていく。


夜中に間違い電話が何度もかかるので、「ポール・オースター?」と訊かれ、面倒なので「そうだ」と答えてしまう。
実はダニエル・クインという探偵作家で、ペンネームはウィリアム・ウィルソンでありその陰に隠れていれば、エージェントとは私書箱を通しての付き合いで、直接世間に触れることなく、顔も出すことがなかった。彼は半月書き、余った時間を自由に暮らしてきた。

間違い電話をかけてきたのは、ピーター・スティルマンという子供のころ幽閉されていた過去がある障害者だった。こういった症例は世界に散見する研究対象でもあり、あちこちで誘拐されて見つかった子供のように、彼も9年間、言葉や光のない部屋で育ち、実験的だという父親の暴行を受けていた。

13年前に父が捕まったとき、結婚している妻が彼の遅れている成長を助けてきた。だが父親が釈放される日が近いので殺されないように保護して欲しいと言う。
彼はまだ満足に話せない。こんなふうに言う。
これはいわゆる話すという行為です。そういう呼び方だと思います。言葉が出て宙に飛んでいって、束の間生きて、死ぬ。不思議じゃありませんか。

ダニエル・クインにとって作中の探偵ワークはもう自分が作り出した者ではなくなっていた、いつの間にか一体感を持っていたし、現在のペンネーム(ウィリアム・ウィルソン)もいて、現在の自分は三人の人格が合体したものに感じらていた。
探偵とは、全てを見て、全てを聞き、物事や出来事がつくりだす混沌の中を動き回って、これらいっさいをひとつにまとめ意味を与える原理を探し出す存在にほかならない。実際、作家と探偵は入れ替え可能である。

出所したスティルマンの父親らしい人物を見張り始める。安ホテルに泊まった老人はニューヨークを徘徊する。彼も常に後から歩いていく。何も怪しいそぶりもなく日が過ぎ。ついに彼は接触を試みる。

その老人は新しい言葉を作り出そうとしていた。彼は老人の意識を確かめるために話しかけるが、既に過去のハーバードの秀才教授ではなくなっていた。
だが彼の知識から生まれる物語は魅力的で、その奇妙な世界を聞きに何度も出会うようになる。
ポー作品でデュパンはなんと言っているか?「推論者の知性を、相手のそれに同一化させる」ここではそれは、スティルマン父に当てはまる。おそらくその方がもっとおぞましい。

父親は以前はヘンリー・ダークという名前で、今ここではない昔の楽園を作るために、乱れた言葉を元に戻すことを解く「新バベル論」を書いていた。
クインは残っていたその小冊子を見つけた。

赤いノートに1日の出来事を記録しながらクインの尾行は続いた。
毎日父親を見張っていたがなぜか老人は数日見かけなかった。ホテルで聞くと投身自殺をしたそうだ。

クインは依頼者のスティルマン夫婦のところに報告に行くとマンションは誰もいない空室になっていた。

クインはついに、ポール・オースターを訪ねる。勿論彼は何も知らなかった。
そして彼が今書いているのは何かと訊くと 「ドン・キホーテ」論だという。
これはセルバンテスの作ではなくアラビアで書かれ、セルバンテスは翻訳されたものを編集したので、そうしたのは事実を語るのに疑いを挟ませない理由だと言った。ドン・キホーテは物語に魅せられた。しかし原作のアラビア人は登場する四人の組み合わさったものではないか、ともいう。

クインの部屋に帰ると他人が入っていた。家のない彼は依頼者のスティルマンがいた狭い窓にない部屋で眠る。次第に彼が何もかも億劫になり、ついに消えた。
オースターのところに来た友人にこの話をすると、友人はクインを心配して探してみたが彼のいた部屋は赤いノートだけが残っていたと言った。

クインは、過去にはウィリアム・ウィルソンであり、創作した探偵ワ-クであり、ミステリ作家のダニエル・クインであった。その頃は快い孤独感とともにニューヨークの町を歩いて楽しむことが出来た。
だが、ふと電話に出て見知らないポール・オースターになり、書く事をやめウィリアム・ウィルソンから離れてしまった、そのとき自分と一体であったものを切り離したあとの独り、このクインとは一体何者だろうか。

一人でいることは自由だと言うことだが、それが続くとクインはソローの本(森の中)を探して読んでみたりする。だがクインの思うのはこの自由とは違う。

仕事だと思った老人の追跡が意味のないものになり、町は次第に陰をなくし、それに連れて存在も希薄になる。孤独というものの実感さえ浮かばなくなり生存するということが抜け堕ちてしまう。それがどんな意味があるのかとさえ考えることのないところに入ってしまう。究極の言葉によって形作られるみえない深い悲しみや空虚感が見事に作品になった、珍しい文学的な前衛だという言葉が分かる初期ポール・オースターの作品だった。

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2026年03月02日

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クインの失われた息子と妻の話は最後まで語られない。その説明の不在こそトラウマの証拠だろう。
ピーターとヴァージニアは、おそらく彼の失われた家族を暗喩している。
ダニエル・クインのイニシャルが、ドン・キホーテと同じであるように、これは狂人、あるいは狂人に見える人の物語であり、孤独に陥っていく「浮浪者」あるいは「狂人」の内面を描いた物語だろう。
最初は、ピーターの父である教授がそのように見える。しかし次第にクイン自身がそれと同じ境地に陥っていくのである。

教授と同じ顔をした(立派なみなりをした)別の人間は、おそらくそうではなかった別の人生を生きる自分の暗喩である。クインにとってのオースターも同じであった。

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2025年09月10日

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ネタバレ

物語の中に著者が出てくるメタ要素がある中で、同じくメタ要素のあるドン=キホーテをとりあげるというユーモアさもありつつ、妻と息子を失った主人公の虚無感ゆえの自己の抽象化と、そこから起こる探偵物語のような展開に惹き込まれる。

どうなっていくんだろうと没入するほど、奇妙に歪められた世界を見ることになった
結論から言うと解決はされていない。
俎上に載せられた問題は何もわからないまま、物語の幕は閉じる。
真実の物語なのだから、常に答えが用意されているとは限らないよね、という感じなのか。
それでも、面白い。

個人的な読字体験として、プルーストとイカ〜読字は脳をどのように変えるか〜を併読していて、文字や言葉を人間がどのように習得していくのかについて考えていたので、作中のスティルマンが犯した実験や考察については興味深く読めた。
読書を通じて得られる、別の物語が別の物語とシンクロする体験は大好きだ。

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2024年12月15日

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探偵小説のようでそうでもない
ひとりの男の「間違い電話から始まった」
物語
「ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路」
やっぱり気になる
読み終えたあともっと
気になる
ゼロは始まりか否か

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2024年12月08日

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NYタイムズ「21世紀名著 100選」に入らないわけがない。
間違い電話をきっかけに探偵を名乗ることになった推理作家が、NYの街を行く迷宮ミステリー。

ザ・ポストモダン。反推理小説にあたるでしょうか。探偵行動を続けるほどに哲学的要素が積み重なり、言葉やアイデンティティが壊れてゆく。
不条理がオモロ怖くなりつつ…なんというかオースターのペンがノっているような、キャラが縦横無尽に動いているような感覚も。

ガラスのように脆いのは常識や自我や概念か。セオリーをあえて外すところも含め、オースターによる小説独自のアソビがただただ見事でした。

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2026年06月19日

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最初は一本の間違い電話から。小説の最後まで、「間違い」「選択」というキーワードがあったように思います。少し難解でしたが、三部作ということでゆっくりと他の二作も読んでみたいと思います。

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2026年05月20日

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一本の間違い電話をキッカケに自分がポール・オースターという名の探偵となる作家ダニエル・クイン

自分の気配を消し、探偵のふりをするうちに、自分という個の意識から自由になるかわりに自分を見失っていく話

探偵となった主人公が何かを解決することもなく⋯うっすら根底に不穏な雰囲気を醸し出している

「何者でもない自分」を演じ、そのように振る舞い、それが継続されていくと自己は自分を認識できずに混乱していくのか?、と思い至った

ほの暗い色彩のないグレーな印象で少々気分が下がるけど
なぜかこの著者の本を他にも読んでみたいと思った
あと柴田元幸さんの翻訳がうまいと思う

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2026年04月07日

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「音楽的な文章ってなんだ」と思い、購入。
本当に音楽的な文章だった。この言い表し方が最適だ。ラストは駆け抜けた、ともまた違うような感じがした。

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2026年01月04日

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ニューヨークの街並み、96丁目を曲がってとか109丁目の角を曲がってとか、ほとんど街並みのイメージが出来なかったけど、依頼を受けた私立探偵の動向が気になって仕方なかった。ドン・キホーテの解釈や失楽園、新バベルがとうとか難しい話も出てくるけど、そこはあまりこだわらなければ十分楽しみた。物語に著者のポールオースター自身が登場すると言う変わり種の本。のめり込んで自分を失う怖さを味わった。

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2025年11月15日

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デビュー作から異彩を放っているポールオースター。先が気になる予想できない展開に加えて類稀なる表現力と文章力。訳者もすごい。最後の物語の締め方も良かったです。

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2025年10月29日

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アメリカの近代作家オースターのニューヨーク三部作、鍵のかかった部屋と幽霊たち、とで3冊。
話的には繋がってはいないけれど、3冊に共通するのは、ニューヨークという現実の世界の中で感じる非現実感。読み進むと、幻想的な迷路にはまってしまったような感覚に陥ります。
どの話も推理小説のようであって推理小説ではありません。主人公は、誰かを探す、観察する、探偵、という体裁をとりながら、ひたすらある人を追ってニューヨークブルックリンの街を徘徊します。
相手を知ろうとすればするほど他人とは何かと考え始め、他者の不確かさが深まり、延いては自分と他者との境界はあるのか、自分とは何か、となります。
結論もなければ謎の解明もありませんが、3冊を通して読んだ時に、3冊の中に隠れた言葉の巧みな関連性、積みあがった言葉が消えていく感覚、最終的に自分と他者の境界が消失する、という不思議な感覚を体験することができます。
とても不思議な世界観。

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2025年10月15日

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思索の過程に浮かんでは消えてゆく言葉の数々を残らず捉え、文字として残す。それら言葉の連なりは、もしかしたらそれ自体が物語なのではあるまいか。もう一人の自分が居るとして、その存在を捉えることができたなら、僕は彼の人生を同じく歩いて行くことができるだろうか。世の中は不思議で、不思議なものだと決めてかかれば、さほどでもなく、何事にも頓着しなければ、しないなりに、どうにも説明のつかない事態に巻き込まれてしまうこともある。先入観では語り尽くせないのが人生で、世界は、その目に映るすべての物事でしかない。想像はあくまで想像で、現実にリンクしたら、それは想像ではなくなってしまう。あれは、こうだ。それは、ああだ。皆最初から決めてかかるけれど、ならば答えは、すでに目の前にある。

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2025年07月06日

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ほぼジャケ買いで購入。
色々な謎が残り読後何ともモヤモヤする。

そもそも事件そのものもはあったのか。
主人公の見ていたものは、全て孤独な彼自身が生み出した幻覚ではなかったか?
最後に出てきた一人称の「私」は誰なのか、「私」が書いた体になってるが作者はポール・オースターなのはなぜなのか。

ものすごく自分が落ちたとき、また読みたい。

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2025年06月07日

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ひょんな間違い電話から探偵家業に手を出し、奇妙な白紙の世界に足を踏み込んでゆくダニエル・クイン。
この物語は必ずしもバッドエンドではないと憶測する。僕にはクインが、初めからこの謎の世界に憧れていたと思えるのだ。

映像でしか見たことのない、レンガとガラスの壁に囲まれたニューヨークの街並みが朧げに眼前に迫ってくる。憧れと不思議な懐かしさを覚える風景。

僕はまた、この本を一種のオジサン文学の萌芽と見たい。勘違いしたクインが、若い女性に蔑まれるシーンがあり、滑稽な笑いをもたらしている。

この人の作品を、もう少し読みたくなった。

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2025年06月07日

Posted by ブクログ

探偵小説と言われれば眉をひそめたくなるし、純文学かと言われれば「純文学って何ですか?」と言い返したくなる。
ほんのイタズラや出来心に端を発した物語を読者は追うだけだが、大きな事件など一個も起きないのに不思議と先が気になって仕方がない。
一応、謎はあちこちに出てくるが推理小説のようにトリックや伏線として活かしていくわけではない。余白か、あるいは主人公の思考を観察・あるいは描写するものとして登場するのみだ。
そんな不思議でヘンテコな物語なのに結末では奇妙な寂しさがあった。

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2025年05月18日

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探偵小説だとは感じなかった。入れ子構造になった物語で、途中、ジョイス的なものが顔を覗かせてから一挙に面白くなった。

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2025年05月03日

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妄想と現実が入り混じり、
探偵小説の体から始まるが、途中から
己の狂気に閉じ込められた人間像について、
リアルに描かれていて文学作品のよう。

途中、ドンキホーテ論を交わす場面があるが、
最後に主人公のクインの赤いノートだけが残り、またそこで初めて、物語の作者が、
ポールオースターの友人なる『私』の存在が、
明らかになる。
まさにドンキホーテのように、4番目なる人物が
ストリーテラーだったというオチ

同胞たる人間たちの信じやすさを試す愉しみ
とあるように、幾十にもなっている入れ子の
小説になっている。

読書後も、登場人物のあの人は、夢か現実か
はたまたクインの妄想か、不思議な余韻が残る
読書感だった。

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2025年04月30日

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海外の現代作家の作品を読むことって、
あまりなかったりませんか?
何かと古典ばかり読むようにしていたりしがちなのは、
僕だけではないはず。
それで、じゃあ、現代の海外の作家にはどんな人がいるのかと調べてみると、
いろいろ出てくるのでした。
その中でも、新潮文庫のメールマガジンに載っていたのが本書です
よさげだ、と、びびびっと来て購入しました。
思っていたように、やっぱり面白かったですね、現代作家の作品は。
村上春樹さんだとか、日本の現代作家の本が面白いんだもの、
外国人のが面白くないわけがない。
とはいえ、本作は30年くらい前の作品なんですけどもね。

探偵小説の皮をかぶってるオオカミみたいな作品かなあ。
オオカミまで行かなくても、我が強くて人なれしないネコが
正体として皮をかぶっているようなイメージでも持ってもらうといいのかな。
本性としては、探偵小説ではないです。
では、なにかと問われると、もう、ポール・オースターというジャンルだとしか、
僕のように現代小説を読んだ経験の浅い人には言えないですね。
アメリカ的な純文学とでも言えばいいのか。

時折出てくる内面描写が秀逸で、
「そういう気持ちわかるわー」と思う箇所がいくらかありました。
なかでも、とある作家の家族と主人公が逢う場面で、
家族という温かさに疎遠な主人公が、その作家の家族愛の幸福さを目にして、
「食中り」ならぬ、「幸せ中り」を起こすところが僕には共感できてしまった。
何気ない描写も、すんなり気持ちに入ってきて、
著者は詩人でもあるとのことなので、そのあたりのセンスなのかもしれないです。

本書の最初のほうに書いてあるセンテンスこそが、
この物語の読み方を表していると思うので、
それを抜き書きして終わりたいと思います。

___

問題は物語それ自体であり、
物語に何か意味があるかどうかは、
物語の語るべきところではない。
___

そんな小説でした。
面白かった。

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2025年06月28日

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チラホラ見かけた、「脳がバグる」という感想の意味がよくわかった。
…最初から「推理小説」ではなかったのか!と、終盤あたりで、はたと気がついた。
某氏の息子君の独白シーンは、いったい何ページあるんだ…どんだけ喋るんだい…早く終わってくれ…と思いながらページをめくった。

本書はアイデンティティの喪失の話、なんだろうなあ。
そして、「オースターにしてやられた」感。
(※推理小説ではないのに、そういう書き方になっている)

おかげで読後はきわめてモヤモヤしたものだった。が、これが病みつきになる人の気持ちは分かる。

ニューヨーク三部作、全部読んでみるかなぁ。

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2026年08月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ひぃむずかし。
導入部で考えてた結末と全然違う方向に進んでいく。道中もあっちへこっちへ思考が分岐する。
迷子だわ。ニューヨークだ。

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2026年08月14日

Posted by ブクログ

ニューヨーク三部作と呼ばれる第一作で、現代アメリカ文学を代表する作家、ポール・オースターの長編デビュー作です。

まず、お断りしておきます。
小説の内容は何となく追えるものの、作品の構造や仕掛け、作者が本当に描こうとしたものは、正直さっぱりわかっておりません。

shin様がおっしゃっていました。
「最初の一行を声に出して読みましょう」と。

「そもそものはじまりは間違い電話だった。」

こう始まれば、誰だってミステリーを期待しますよね。
装丁を見れば、8さんが好きそうなハードボイルドの雰囲気も漂っています。

ところが、読み進めると、どうもそういう作品ではないようなんです。
ミステリーの形を借りながら、どんどん別の場所へ向かっていくような。
日本の小説で例えるなら、純文学ともエンターテインメントとも言い切れない、不思議な読書です。

著者のポール・オースターと村上春樹氏は年齢も近く、デビュー時期も2年ほどしか違いません。
二人は互いの作品を意識してたのでしょうか。

そして、訳者の柴田元幸さんと村上春樹氏は親交が深いことでも知られています。
そんなお二人が日本に紹介してきた現代アメリカ文学の入口として、本作はぴったりの一冊なのだろうと感じました。

「ニューヨーク三部作」という呼び名は本作の発表後につけられたものですが、『ガラスの街』という題名からは、やはりニューヨークそのものがイメージされます。

ちょうど最近、村上春樹氏の『街とその不確かな壁』を読んでいたこともあり、ニューヨークの壁の中といった印象です。

作品の中では、作者自身が登場するような入れ子構造──今でいう「メタフィクション」と呼ばれる手法でしょうか──が用いられ、登場人物と作者、現実と虚構の境界が次第に曖昧になっていくような、不思議な感覚がありました。

私はアメリカ文学にも疎く、作中で引用・言及される作品や人物に十分反応できなかったため、この作品の面白さを半分ほどしか味わえていない気がしています。

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2026年08月05日

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ニューヨーク三部作のうち『幽霊たち』を先に読んだ。『幽霊たち』同様、柴田元幸氏のあとがきにあるように透明な文章はすらすらと読めてしまうのだけれど、また状況は読者に向けて十分に開かれているのに、なぜこのような事態が、何の目的で遂行されているのかを掴むことができず、一体何だったのだろうという念が最後まで拭えなかった。整然としているのに、訳のわからないことになっていく変な感じが面白かった。

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2026年04月30日

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ネタバレ

そもそも、最後の視点は誰?
途中も急に視点が変わって、え?ってなった(笑)んで、駅でなんでピーターが2人いたんだろう、これはクインの書いた小説か?
ちょっとわからないことが沢山あるけど、間違い電話から始まって、興味本位で探偵することにした設定は物凄くいいよね。
ニューヨーク3部作、全部読んでみよう。

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2026年01月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ある小説家クインがポール・オースターという探偵に間違えられた電話が来て、演じ切ることを決意する。幼少期から言葉を与えずに監禁された子供と、そうすることで神の言語が現れるとした父親に関する事件だ。数年前に父親から殺害予告じみた手紙がきて、もうすぐ精神病院から父親が帰ってくるから監視及び警告してくれという依頼だ。クインはそれに則り数週間スティルマンをつけることにする。最初にスティルマンをみつけ駅でつけていた時に、スディルマンは2人に分裂していた。クインは直感的に古びたように見える方のスディルマンを選ぶ。そこから奇妙な歩き方をし、ガラクタをひろうスディルマンを、赤いノートにしるしながらつける。ストーキングというものは相手と一体になることだ。しかし一切怪しさがなく、2週間が経った時とうとう接触してみることにした。最初にはベンチで、次は喫茶店、最後に大岩の上?(うろ覚え)。話しかける度にスティルマンはクインのことを忘れていた。最後の時には息子を名乗ってみたら信じ込み、格言と謝罪と愛を与えてくれた。

ここから話が急カーブ。スティルマンを1晩のうちに見失ってしまった。それをヴァージニア(依頼人の嫁)に伝えることを渋り、本来のオースターという探偵を探すことにする。同姓同名の人物がいたので尋ねてみると、自分の本を読んでいる作家だった。ここで劣等感を感じ、さらにはヴァージニアからのでうわを無視してしまい転落し絶望。何とか気を取り戻して、ヴァージニア夫妻の家を衣食住を犠牲にしながら2ヶ月見張り続けた。ある日金が尽きてそれも終わり、オースターに依頼金の譲渡を取り消す用取り測ろうと電話をしたところ、スティルマンの自殺を告げられる。自室呆然としつつもなんとか我が家に帰ると、そこは取り払われ、新しい女が住んでいて、今は亡き息子と嫁の写真諸共すてられていた。最後にヴァージニア夫妻の家を尋ねるも又もぬけの殻。そこで、スティルマンをつけていた時にや事件記録として最初から使っていた赤いノートに思考を書きながら、終わる。オースターの友人がこの赤いノートを発見し、このガラスの街という本を書いた。

ものすごい急展開。ポール・オースターの本は前半と後半で内容がうってかわり驚く。神の言語やスティルマンの不気味さは後半には消えていて、1度の間違いや怠慢自己欺瞞が招く悲劇や、オースターによく見られる父性愛がでてきた。これを味わいたいので良し。たださすがに前半後半どちらも不完全燃焼感がある。1連の物語を読むと言うよりも、文章や断片的な情景を楽しんだ方が良さそう。探偵小説は全てに意味があるからいい、だとか、言語についての言及や、神の言語だとか、放浪だとか、なにより老人と中年男性の親愛だ

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2025年08月07日

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最後まで真相は掴めず。それが読み手の想像を掻き立てるのだろうが、不完全燃焼にもなってしまう。
なかなか強敵だった。ポールオースター著書は繰り返し読むと新しい考察が生まれるから、少し時間を置いて再読したい。

叶うならニューヨークの街の中で読めたら最高ですね。

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2025年04月01日

Posted by ブクログ

クインという作家が残した赤いノートをもとにオースターの友人である「私」という人がこの物語を書いた体になっている。けど、そもそもクインの体験したことが本当かどうかも分からないし、仕事をクインに依頼したピーターたちの存在、尾行対象だったスティルマン自体が本当に追っていた人物かどうかも、なにもかもがあやふやで消え入りそうなお話だった。それはまるで冒頭のニューヨークという街の特性を表すかのように。
(途中色んな古典作品の話(ドン・キホーテなど)がでてくるのだけれど、それも知っていたらもっと面白く読めたのかもしれない)

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2025年02月13日

Posted by ブクログ

以前から気になっていた作家の一人、P・オースター。お亡くなりになったタイミングで手に取ることになったことを激しく後悔した。これは20代から30代のうちに出会いたかった作品で、作家だった。ニューヨークの街の迷路へ入り込んでいく。こんなにもみずみずしくニューヨークの街が描かれている作品があるだろうか。とらえどころのない物語。ちょっとした狂気を感じられるのけれど、それがホラーやサスペンス調ではない。だからこそ、凄みを感じた。アメリカ文学を深掘りしたくなったし、それとは別にドンキホーテをちゃんと読みたくなった。

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2025年01月19日

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