柴田元幸のレビュー一覧
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これは色んな面白さが詰まった物語だった!!古書店で見つけた「黒曜石雲」という不思議な雲についての本。そこに記された「ダンケアン」という地名は若い頃、苦い経験をした地だった。そこから物語は彼の半生へ。両親を悲劇的な事故で失い、大学を出て職を得たダンケアンでのミリアムへの情熱的な恋、そして裏切り。失意のままアフリカ行きの船に乗り込み、流されるまま世界を巡る。各地で運命を左右する人々に出会い、心揺さぶる経験をしてきた。結婚し、子供も得た今「黒曜石雲」の謎を追ううち、懐かしい人と再会し、衝撃の真実を知る。不気味なゾクリとさせる不意打ちのラストがなんとも言えない印象を残す。
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ネタバレ柴田元幸さんが、出来るだけ原著に忠実に、ハックの声を再現した翻訳で、ひらがなが多く最初は読むのに苦労しましたが、後半からハックの魅力全開で、どんどん読めました。
小説の舞台の時代も生活も人々の考え方も今とあまりにも違いすぎて、良心に従うことが必ずしも自分のやりたいことと一致しない現実に苦しむハックの姿は心が痛みました。しかし、困った事になると、次から次へとよくもこれだけ出てくると感心してしまうほどの言い訳や嘘八百が傑作で、何度も大笑いしました。また、黒人奴隷のジムが教えてくれる悪いことのしるしやおまじないなどもたくさん出てきて、一体ジムは何歳なのか、と思いました。ハックが女の子のフリをしていたのを見抜いたおばさんが確かめるためハックにいろいろやらせてみるのも楽しかった。
そしてハックとジムの名コンビぶりがなかなかよくて、ミシシッピ川を下るいかだの風景がずーっと読者の頭のはに流れるくらいになったところで、ハックが、自分は地獄に行こう、と決めるシーンはこの小説の白眉。ハック最高!とおもわずガッツポーズが出る。
トム・ソーヤのこだわりに付き合うハックとジムは本当にえらい。ラストで明かされる秘密もふくめて、読んでよかった!と思う作品でした。
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あいかわらず、引っかかりがなくスルスルと入ってくる訳文だ。
難しい漢字が全てひらがなになっている。これは原作の文章の雰囲気を日本語的表現で反映しようとしたためとのことだが、ちょっと読みにくい(原作のスペルミスだらけの英語を読むときのネイティブも、同じように感じるのだろうか)。
ハックの大冒険の物語の詳細よりも、印象深く残っているのは風景の描写だ。筏で迎える川の夜明け、あらし、夜更けの航行の様子は、どれも目の前でハックの目線で見ているような気になった。どんな豪華な食べ物も衣服も、自由と空と川と森の美しさには勝てないのだろう、ハックにとっては。 -
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なんてこってしょ!
ハックとトムの物語が、こんなに魅力溢れる本だったとは知らなかった!
子どもの頃から何かのおりに、トム・ソーヤーや、ハックルベリー・フィンの名は聞いていて、そうか、男の子のロマンなのかな?くらいにしか思っていなかったし、2人が友だち?悪友?だったって事も知らなかった。
柴田元幸さんの肝入りの翻訳というのと、この素敵な装丁に惹かれて読んだのだけど、とんでもない冒険しちまったよ!ってな感じ。
ハックは、現代ならば、DV親父の下で暮らす貧困児童。
でも、彼らの時代はそんな言葉はなく、ハックの自由さに驚くばかり。
父親がダメなこともよくわかってるし、関わりたくないのだけど、善良な叔母さんたちに躾られるのも真平ごめん!
そして、巧みな、男の子らしい計画によって、島を抜け出し、いかだに乗って自由な旅に出る。でも、図らずも自分の叔母さんのニガーと出会い、叔母さんのニガーを盗むなんて、いけない事だと思いながらも、ニガーのジムを大切な友人として2人で自由へと冒険して行く。
フィンの目的はただの冒険と自由でなく、とりあえずはジムを自由にしてやる事に変わってゆき、ユーモアたっぷり、冒険たっぷり、いろんな大人たちに巻き込まれながらミシシッピ川を下ってゆく…
おかしな公爵だか王だかというペテン師と旅しても、ハックは誰よりも分別があり、知らずに身についた信仰もあり、本当に素敵な男の子の振る舞いをしてゆく。ジムのハックへの愛も素晴らしい。子どもの冒険を守るべく大人の存在として、愛のかたまりみたいだ。
そして、トムが現れる!トムがやって来てからのこの子たちのほんとにバカみたいな男の子の様子が、お腹を抱えるほどおかしくておかしくて…
でも、時々本当に切ない。
奴隷制度廃止運動が起こり始めたアメリカの社会を子どもの目を通して描かれている。白人たちはそれぞれにニガーを所有しているけれど、本当に奴隷として扱っているかというと、まるで家族のように暮らしていたりする。
ニガーたちの身分の低さが悲しいのだけど、ちゃんと愛も描かれていて、子どもの文学って素晴らしいなと思わせる。
どういう意図でマーク・トウェインがこの物語を書いたかは、柴田元幸さんが解説で詳しく書いている。ニガーという言葉に対しても。
そういう背景はともかく、本当にこのフィンの冒険を読めば、全て体感できる気がする。何が正しくて、何が悲しいのか。そして自由の身でありたいハックルベリー・フィンだけど、ちゃんと素晴らしい大人が周りにいて、行きて帰りし物語、子どもが読むにふさわしい物語だと私なんかは安心してしまった。
また、アメリカの男の子たちの無邪気なおバカさの原点も見た気がするかなー。私、ハリウッド映画が大の苦手なんだけどw -
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Sturm und Drang.
本書を読み終えた直後の私の心境は、まさのこの一言であった。暴力的なまでの物語の持つ力を見せつけられ、数分の間、茫然自失としてしまう自分がそこにはいた。
私にとって、現存する作家の中で新作をチェックしてほぼ読むようにしている数少ない一人がポール・オースターである。これまで彼の最高傑作は多くの人々も認めるように1989年の『ムーン・パレス』だと思っていたが、その認識を改めた。本作こそ最高傑作といって良いのではないか。
物語は1967年、文学を志す20歳のコロンビア大学の男子学生を主人公に幕を開ける。彼が突然巻き込まれる暴力と恋愛をトリガーにして、彼の一生が劇的に変化していくのだが、その模様は彼が死の間際になって記した小説内小説というメタ的な技法を取り、3つの章で語られる。この小説内小説を大学時代の友人である彼から受け取るのが、もう一人の主人公であるポール・オースター自身と思しき作家である(彼が本作の中で語る初期の自らの作品とは明らかに1982年にオースターが発表した『孤独の発明』そのものとなっている)。
しかしながら、本書の広範では小説内小説という形で描かれる男子学生の一生の変化が本当に真実なのか、作家は疑義を持ち、その謎について独自の検証を行うことになる。このあたりで、一体どこまでが真実なのか、信頼できる語り手は男子学生なのか、作家なのか、次第に混迷する中で物語はさらなる謎と共に唐突の終わりを告げる・・・。
タイトルであるInvisible=不可視という言葉は、こうした謎自体を暗示しているように見えるし、また別の何かを明らかに暗示している。本書で数回登場するInvisible=不可視、という単語はいずれも象徴的な場面で用いられているのが一つの証跡であり、見えなくなってしまっているものは何なのかを確認するために、改めて本書を再度読み直したくなる気持ちに駆られた。 -
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かなり面白かった。翻訳の持つ妙味が想像できた。
おかしかったのは、小説家でもある村上氏が「自分の小説を英訳された英文を読んだときに、『けっこう上手く書けているじゃないか』と思ってみると、自分の作品だった」というのが多々ある、ということ。
この人の自分の小説に対する距離感はわりに不思議で、「若い人たちのための短編小説」でも、「自分の小説だからといって、自分の解釈が唯一無二で正しい訳ではない」といった風なことを述べていたのと通じるな〜と、感じた。
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」はまだ読んでいないので、読んでから、翻訳夜話2を読んでみたい。 -
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ワタシの中で「名訳者」の地位をゆるぎないものにしているお二人が出した本が、面白くないはずがない。あまりにハマってしまって、電車を乗り過ごしてしまいそうになった。
本書が出るきっかけとなった、柴田さんの持つ大学の授業への村上さんの登場がフォーラム1。聴衆を翻訳学校の生徒に換えて行ったのがフォーラム2。そして、お二人によるカーヴァーとオースターの短編競訳をはさんで、それについて若手翻訳者を前に語ったのがフォーラム3。
お二人の口から出てくる言葉や、そこから読み取れる感性がとても心地いいし、気づきも与えてくれる。特に競訳とそれについて語ったフォーラム3は秀逸。12年近く前に出た一冊だけれど、中味は全然古びていない紛れもない良書。
蛇足: 村上さんは翻訳を「言うなれば"遊び"でやっているんだけど、それと同時にやっぱり何かを真剣に学びとろうと思って」やっているんだとか。ワタシと読書の関係もこれだ。 -
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日本では「ハックの冒険」より「トムソーヤーの冒険」の方が有名ではないだろうか? にもかかわらず,オールタイムベストの類に選ばれているのは,かならず「ハックの冒険」の方である.この認知度(日本での)と評価のずれは,一体何なのだろう? とかねてから不思議に思っていたのだが,そこに鳴り物入りで柴田元幸訳の本書が登場したので,読んでみた.
ハックはまともに教育も受けていない,なかば浮浪児であるが,そのハックが自分で書いたという設定が絶妙で,ハックのたどたどしい文章を通じて,彼の冒険の数々が生き生きと浮かび上がる,また冒険の道連れとなった逃亡奴隷のジムも当然ながら無学で,この二人が様々なトラブルに巻き込まれる道中が,そしてそれに対する二人の心からの反応が,彼らの周りの一見立派な世の中の矛盾を浮き彫りにする.
あとがきによればヘミングウェイは最後の10章分は読まなくていいと言ったというが,まあ,ここは必要でしょう.
で,最後になったが,何よりも翻訳が素晴らしい.本書の魅力はハックが書いたという設定の,誤字だらけで平易な単語しか使っていない文章にある.それを平仮名ばかりで「読みにくいの一歩手前」で訳した翻訳者の力量は,本当にすごいと思う. -
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ネタバレ旧友から送られた回顧録の体裁を取ってるとはいえ、倫理的にも社会的にも結構エグい話。オースターと訳者の品格ある文章に抑えられているのを差し引かなかったら、かなりドン引きしていたのは間違いない。またその話が複雑で流動的な枠構造に彩られ、ドンドン物語世界の深みにさらわれる。読み終わりたくない、と久々に思った。
主人公アダムはオースターの主人公としては定番なタイプとは言え、美しく聡明な姉グウィンとの関係は、何故かサリンジャーのグラース家を彷彿とさせる。
更に、一応インテリながら歪んだエゴ炸裂で一皮剥けば変人どころか剣呑なルドルフは、偏執狂気質を露呈するとどうもイマイチ魅力に乏しい一方で、「王妃マルゴ」よりは寧ろ(同じフレンス女性だからか)自堕落で主体性のない乾いた妖艶さが「テレーゼ・デスケルー」を連想させるマルゴは、個人的にツボ。
コロンビア大の学生(アダム・ウォーカー)がフランスからの客員教授(ルドルフ・ボルン)とその恋人マルゴとNYのパーティで出会う。マルゴの口添えで、アダムはボルン出資の雑誌を作るチャンスを得るが、殺人事件がボルンとアダムの本性を暴き、話は立ち消えに…って、充分面白そうな話だが、コレが40年後、アダムの回顧録のサワリとして大学時代の友人(ジムこと作家ジェームズ・フリーマン)へ届く。オマケにアダムは病気で死にかけ。結局再会は果たせず、コレは未完のままジムの手元に残る…で、サワリの回顧録は更にこじれて舞台はパリへ移る。またもや狂気一歩手前の一悶着あり、話は現代へ。トドメの舞台は西インド諸島、学者になったセシルがルドルフに呼び出され、あわや倒錯か、的な。 -
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他の人の訳で中学時代に読んだ気がするが、柴田元幸氏の翻訳で読んでみたいと思い、再読。
トムの勇気や機転は本当にすごいんだけど、ガキ大将っぷりは鼻についてしまう。スクールカースト上位だよな、こいつ、とか思ってしまう。私が捻くれているのか。しかし柴田先生もあとがきで同様に「トムは大人になったら地元のお偉いさんになって『私も子供の頃はやんちゃしたもんですよ、ガハハ』って言ってそう」的なことを書いており、激しく同意。
やっぱりトムよりもハックの言葉が心にしみる。「手に入れるのに苦労しないものなんて、持つ気しねえから」。こっちはきっと、お偉いさんになって昔を笑ったりはしない。