自然児ハックが逃亡奴隷ジムと逃避行を共にするバディもの、そして様々な人々に出会って成長していくロードノベル。
そうまとめてしまうと、いやー読んでる途中はそんな感じじゃなかったぞ、端折りすぎでしょって自分で突っ込まざるを得ない。
「ハックルベリー・フィンの冒けん」を今回初めて読んでみて、好きな箇所はミシシッピ川を筏で下るハックとジムが二人っきりのシーンに集約されている。
ハックが成り行きとはいえ、『善良なミス・ワトソンの持ち物である、ジム』の逃亡に手を貸していることに対する『良心の咎め』に苦しんだ末、「よしわかった、ならおれは地ごくに行こう」と吹っ切れるシーンは間違いなく最高だ。心が揺さぶられ...続きを読む る。
ハックは法律に罰せられることを恐れているわけではないし、敬虔な信徒でももちろんない。
彼の苦しみは、人の大事な財産である奴隷を盗むことが“良心”に反する故のものだ。倫理的にはジムを逃すことはありえない。そんな身体に染みついた善悪についての倫理観を振り切って、地獄に堕ちても自分の自然な感情に従おうと覚悟を決めるハックには、「自由」という言葉がやはりふさわしい。
変な例えだが、大自然のキャンプで焚き火を囲んでいると立場や上下関係を捨てて深く交流できる、といったような心情にも通じている気がする。
もちろん都会に戻れば、絆は消えずともギクシャクしたしがらみが頭をもたげるわけだが。
それはハックとて免れない。
ジムを捕らえた家に入り込んで暮らしながら、鎖に繋がれたジムの解放を目指して画策する終盤では、この家にももちろん多くの黒人奴隷がいてハックの世話もしているにもかかわらずハックの意識は彼らに向かうわけではない。
奴隷制を当然として、奴隷の黒人は頭が悪いという前提で過ごしている。
そして「ジムは黒人だけど心は白人だ」と考える。
ハックは反奴隷主義な訳ではない。友人である奴隷を盗む悪事を働こうとしているのだ。
世間から離れて二人っきりで過ごしているときに感じる関係性はここにはない。
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マーク・トウェインが本書で描きたかったことは、人が集団となることでいかに愚かしくなるか、何も考えられなくなるかなのかもしれない。
南部に住む白人たちを描く筆は、風刺的な笑いも含みながら、手厳しく鋭い。
数代に渡る宿怨で対立しており、互いに襲撃し合う一族のエピソード
(ハックは家主を本物の紳士で、素晴らしい家族だと称えるが、この家族の息子は何代も続く宿怨の理由も分からず撃ち合いに加わって死んでしまう。)
旅の道連れとなったペテン師二人組に騙される町の人々と、結局はリンチにあうペテン師たちのエピソード
(これは勧善懲悪ではない。騙す方も、ころっと騙されてから怒る方もどっちも醜悪だ。本書のあちこちでリンチしろと人々が激昂するシーンがあるが、実行されたのはこのときのみ。報復の恐れがない、典型的な弱いものが更に弱いものを叩くパターン。)
再会したトム・ソーヤが主導する「解放大作戦ごっこ」にハックとジムが付き合う最終章エピソード
(黒人奴隷が白人の旦那さまに(まるで)唯々諾々と従っている様子のカリカチュアのように、ハックがトム・ソーヤの言いなりに従う様は、趣味の悪い冗談としか読めない。どこまでも現実的なハックは、トムから想像力が足りない、学がないと呆れられながら、冷めた感じに“ごっこ”に付き合い続ける。)
心踊る冒険譚とはいえないし、ご都合主義なラストには呆気にとられる物語だが、果たしてハックは旅を通じて変化したのだろうか。
書かれてはいなくても、きっとそうだと思う。
もはやトムと一緒に子供時代にとどまることはできないだろう。大人の振る舞いを身につけて社会の一員として群れることもできない。
少しずつ孤独を知って、人は成熟していかざるをえないのだと思う。
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“黒人奴隷ジムの目から「ハックルベリー・フィン」を語り、痛烈な笑いと皮肉で全世界に衝撃を与えた怪物的話題作”という「ジェイムズ」を読むための予習として本書を読んだ。
ジェイムズも楽しみだ。
第16章
“俺はひどく落ち込んだ気分で筏に乗り込んだ。自分が間違ったことをしたのがよくわかったからだ。俺は思い知った。俺なんかが正しいことをやれるようになろうと頑張ったってムダなんだ。小さい頃に正しく始めなかったやつは見込みナシなんだ。いざっていうときに.やるべきことをやらせる支えがないから、あっさりめげちまう。
それから俺は少し考えた。
ちょっとまて、と俺は自分に言った。もし正しいことをやってジムを引き渡したら、おまえ、今よりもっといい気分になってると思うか?
いいや、やっぱりひどい気分だと思う。それだったら、正しいことをやれるようになってなんの足しになる?
これ以上は考えるのをよそう。これからはとにかくとっさに思いついた方をやろうと決めた。”
第31章
“祈ろう、そうしたらもうこんな悪党じゃなくなって、もっと良い人間になれるかも、と思った。だから俺はひざまずいた。でも言葉が出てこなかった。どうしてだろう。きっと、神様から隠そうたって無理なんだ。それに俺自身からだって隠せやしない。
オモテとウラで違ったマネしてるからだ。オモテでは罪をやめますとか言っといて、奥のほうでは、最高に大きな罪にしがみついている。正しい行いをします、清らかな行いをします、ニガーの持ち主に手紙を書いて場所を知らせますって口では言おうとしてるけど、心の底では、そんなのウソだって俺には分かっている。神さまだって分かっている。ウソを祈ることなんかできない。俺はそのことを思い知った。
“きわどいところだった。
ふたつにひとつ、どっちかにキッパリ決めなくちゃいけない。俺は息を半分止めて、しばし考えた。それから、胸のうちで言った- 「よしわかった、なら俺は地獄に行こう」。
そして手紙をビリビリに破いた。”