柴田元幸のレビュー一覧

  • トム・ソーヤーの冒険

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    物語としては超有名、自由闊達な少年トムの、まさに冒険物語。いたずらや家出、殺人犯との絡みや同級生との恋愛、ハックとの友情、財宝を巡る奔走と気分躍る要素がふんだんに盛り込まれ飽きさせない。真面目で真っ直ぐなポリー伯母さんとの掛け合いがとても楽しく、感情の激しい浮き沈みが少年らしく微笑ましい。大人の洒落ているが難しい表現力で語られるのは少し違和感があり、また無駄に読みにくいと感じた。
    終盤でのハックの無欲な人生観が個性的だがトムに説得され養子となり、ほっとするやら残念やら。

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    2019年04月20日
  • 翻訳夜話

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    競訳。英語の授業でもなければ、なかなか2つの訳を読み比べることはないので、それだけでもとても面白かった。まして、翻訳の大御所と言われるこの御二方でも、こうも原文の雰囲気の捉え方が異なるのかとわかり、驚き。それほど、本は作者の手から離れたあとは誰のものでもないということだ。そして、翻訳の際は文章の声にひたすら耳を傾けている、と、村上氏。身に染みます。

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    2019年03月16日
  • 舞踏会へ向かう三人の農夫 上

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    上巻の途中でこの物語についていけるか不安になって、高橋源一郎らが作品について話しているものを読んで、よし大丈夫、となんとか読み通す。
    下巻に入って、ラストに向かうにつれてよく言う伏線が見事に回収されていく様に声を上げてしまった。すごいな。

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    2019年01月21日
  • ジム・スマイリーの跳び蛙―マーク・トウェイン傑作選―

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    少しお堅い文章で面白~いお話が
    書かれている短編集です(´艸`*)

    2、3作品は少し合わなかったですが
    他の作品は楽しく読みました。
    お気に入りは『スミス対ジョーンズ事件の証拠』
    昔の裁判はこんなに適当だったのか?と
    信じ込んでしまいそうです

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    2018年11月29日
  • 小説の読み方、書き方、訳し方

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    柴田元幸と高橋源一郎が小説について対談している一冊。
    柴田元幸の名に惹かれてこの本を買ったワタシのような人間からすると、喋りたくて仕方がない高橋が柴田という最高の聞き手を迎えて思う存分喋っているという印象。もう少し柴田に語らせて欲しいところだ。翻訳という行為を視覚化すると「ここに壁があってそこに一人しか乗れない踏み台がある。壁の向こうの庭で何か面白いことが起きていて、一人が登って下の子どもたちに向かって壁の向こうで何が起きているかを報告する」というイメージだ、という柴田の名言も飛び出しているのだから、もっと引き出してくれたらさらに面白い対談になったと思う。とは言え、対談の中身はなかなか濃い。日本文学礼賛し過ぎでは、と思うところもなくはないが、この二人がそう仰るのならそれもアリ。
    後半で、二人がそれぞれ選んだ海外小説30冊と日本の小説30冊を紹介しているのも嬉しい。読みたい本が増えてしまったのは悩ましいが。

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    2018年11月18日
  • インヴィジブル

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    「不可視」とう言葉が繰り返し出てくる。
    誰の話が、どこまで本当なのか。

    本当のことなど不可視だということか。

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    2018年11月15日
  • インヴィジブル

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    ネタバレ

    こころ震わすような、とか涙滂沱、大興奮、という激しい読後感はポール・オースターにはないのだが、不意にある登場人物や場面がまざまざと浮かび上がって来て自分でもびっくりすることがある。
    もちろん、読んでいる最中は夢中になる。あちらの世界からこちらに戻ってくるのにちょっと時間がかかったりもする。
    『インヴィジブル』の各章はアダムが見たもの、アダムが見ようとしたもの、アダムが見たかったもの、アダムに見えなかったもの、が書かれている。
    でも、書かれたものが真実とは誰が言える?
    ボルンは少年を殺したのか、殺さなかったのか。
    セシルは島を去ったのかとどまったのか。
    見えたものが真実ではないし、見えないから存在しないのではない。自分自身も含めて、不可視なものに取り囲まれて、
    そのくせ人は自分の見たいものしか見ない。
    最後のページが終わっても、読み終えて何日か過ぎても、何かがどこかが引っ掛かる、オースター、すごいです。

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    2018年11月07日
  • 翻訳夜話

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    ジュンク堂でやっていたフェアから掘り出す。
    そういえば、この間も『翻訳するということ』という本を読んだばかり。

    村上春樹は、フィーリングの合う作家を「選び出して」その文章を翻訳することから学ぶという話をしていた。
    良い文章を真似て書くといいと聞いたことがあるし、言葉にすれば暗唱にも繋がるのかもしれないけど、独特の呼吸や言いまわしというのを身に付ける第一歩ってそこなんかな。

    ただ、村上春樹の翻訳は村上春樹だな、という声を聞く。
    私は小説は何作も触れたけど、翻訳はまだ読んだことがない、というか多分よほどのことがなければ、今後も読まないと思う。
    でも、村上春樹が勧める本は読む。
    先日は『ゴールドフィンチ』四巻一気読みしました。良かった。

    それはよく言われるけど、意図してはない、とのこと。
    日本の美文に触れて学べという話題で、二人とも難色を示していたのだけど、読んでいて、自分の中に在る語彙がベースになるんだから、そりゃあその人が出て来るよなぁと思った。
    もちろん、作品に合わせて言葉を選ぶだろうけど、それだって自分という世界にないものから取ってくるという訳ではない。

    そうすると、学生がやっている和訳は、確かに直訳で画一的なのも面白いけど、ある程度のまとまりを持った文章を、各自がどんな風に読み解くか、というのは面白い試みなんじゃないかと思う。

    ちなみに、この新書には「ものすごい」ことに、レイモンド・カーヴァーとポール・オースターの短編を、村上春樹と柴田元幸訳バージョンでそれぞれ味わうことが出来る。
    正直すごいし、面白すぎる!
    二人の違いを見るのも面白いけど、二人が同じところに傍点を打ってたりすると、ドキドキする。

    「読み」を深めなければならないとか、慣れに任せ過ぎずにテキストに立ち返る必要性とか、翻訳から離れている人間も学びのある一冊でした。
    ジュンク堂のフェア組んでくれた方のおかげです。

    ところで。
    登録した際に見えた、「2」の字。
    マジか。読むしかないですね。

    「でもなおかついちばん大事なのは、この文章の骨の髄みたいなのを自分が摑んでいるという確信ですよね。今のところまだそれをうまく訳せないとしても、それは大した問題ではないと思うんです。努力すればいつかできることなんだから。でも、本当の意味をつかんでいるという確信がなければ、どれだけ語学力があっても、どれだけ文章がうまくても、どれだけ努力しても、ほとんどどこにもいかないんじゃないかな。」

    ……厳しいっす。

    「一つは、テキストがいちばん大事であるということ。テキストのみを読みこむことによって、その作家像とかいろんなものを自分の想像力のなかで再構築していく。もう一つは実際的な調査を行なって、この作家はこういう人で、こういう人生を送って、というようなバックグラウンドを頭に入れて、それでその作品のトーンを考証的に割り出していく。両方の方法があるし、僕はべつにどっちでもいいと思うんですよ。どっちがより正しいとは言えないと思う。」

    「たいていの人は技術的な問題であるにもかかわらず、なぜか人格の問題として捉えちゃってね、翻訳って。間違いをすっと認めるということがたいていの人にはなかなかできなくて」

    この二つは、自分の今の仕事に関わる部分があって、ストンと落ちた。
    指摘が、技術的なことか人格的なことか、というのは、なるほどむしろ「そう思っていいのか!」と思わされたなー。

    最後に、翻訳の賞味期限について。
    特に引用はしないけど、ここ、難しい。
    原典の時間は変わらない訳で。
    でも、これもテキストに沿って考えれば2018年の読み方ができる訳で。
    (もちろん、時間設定上、偽ってはいけないけれど、語彙の選択上ね)
    池澤夏樹の現代語訳シリーズなんて、まさにそういう意味の味わいを目指したものなんじゃないかと思う。
    面白いのは、一方で名訳は普遍性を持ち得るということでもある。

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    2018年08月16日
  • ハックルベリー・フィンの冒けん

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    訳も自然で読みやすいし、解説も分かりやすいし、イラストも当時のままを載せているとのことで、すごく良かったです!ハックっていい子だね。

    ジムが娘のエリザベスを誤解から叩いてしまってひどく後悔している逸話が印象的だった。150年くらい前の話だけど、人間ってそう変わるもんじゃないんだね。

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    2018年08月14日
  • トム・ソーヤーの冒険

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    子供の頃読んだ本の再読をしている。当然少年少女本だったので、今回の全翻訳本とは違うのだが、わくわくした感触は忘れられない。読み返してみて主人公の破茶滅茶でない自制が効いたキャラクターであることがわかる。2018.4.15

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    2018年04月15日
  • ハックルベリー・フィンの冒けん

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    浮浪者ハックの冒けん物語です。

    『トム・ソーヤの冒険』で、トムとハックはカネもちになり、ダグラス未ぼう人がハックを息子として引き取ることになります。ハックは“はじめは学校がイヤだったけど、そのうちにガマンできるように”なり、“未ぼう人のやりかたにもすこしずつなれてきて”、“あたらしいくらしもすこしは好きになって”(p34)きます。

    私はハックの自由な生活に憧れていたので、これを読んで、ハックも普通の生活に馴染んでいってしまうのかと、悲しくなりました。けれど、その後色々とあり、ハックはジムと一緒にいかだの旅に出ることになります。ハックは何か事件があってもなんとかいかだに戻ってきて、“いかだの上は、すごく自由で、気ラクで、いごこちがいいのだ。(p211)”と感じます。私の憧れていた、自由なハックが戻ってきて嬉しかったです。

    物語の後半で、都合よくトムも登場してきます。トムは、ジムを救うため、“いろんなこんなん、ぜんぶこっちがつくらなきゃなんないんだから。(p432)”と言い、簡単なことをわざわざ難しくしています。それは、“冒けんしたかったから(p522)”でした。

    解説で、ヘミングウェイのようにこの茶番劇は読まなくていいという意見まであると書かれています。けれど、私はこの茶番劇が大好きです。トムはどんなことを考えてどんなことをするのだろう、とわくわくしながらおもしろく読みました。トムのような考え方をしていれば、色んなことが楽しくなりそうです。

    ハックは浮浪者で、ジムは黒人で、身分としては高くないのかもしれません。でも、二人とも物語全体を通して人柄の良さが表れていて、大好きになりました。

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    2018年04月12日
  • 翻訳夜話2 サリンジャー戦記

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    そうか~。これ、”サリンジャー戦記”ってより”キャッチャー戦記”だ。そう銘打っておいてくれれば、同作を読んだ直後にこれも読んだのに。本来は本編に同時収録されていたはずの、村上春樹による解説が収録されていることからも分かるように、これは完全に”キャッチャー”の解説本です。だから恐らく、あとがきを読むかのように、本編を読んだそのままの流れで本作を読むのが理想的。自分の記憶力の悪さもあって、細かい内容は結構忘れていたから、そのあたりが悔やまれる。それを差し引いて、名翻訳者2人の対談、っていうだけでも読む甲斐はありましたけど。

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    2018年02月02日
  • 翻訳夜話

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    翻訳にそれほど興味はないが、翻訳者の柴田元幸さんには以前から興味があった。相手が村上春樹さんとあれば、なおさらだ。
    翻訳の裏話がたくさん出てくる。
    個人的に好きな部分は挙げきれないので、ここでは割愛。
    1つだけ挙げるなら、村上さんの、翻訳者に必要なのは、偏見のある愛情という話。
    内容に直接関係はないけれど、カーヴァーやフィッツジェラルドを読みたくなった。

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    2017年08月03日
  • 翻訳夜話

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    ネタバレ

     海外文学を読み始めてまだ日が浅いけれど、このお二人がとてつもない量の仕事をしていることは嫌でもわかる(各々5人くらいいるんではないかと疑ってる)。それほどまでに英米文学の棚には彼らの名が連なっている。柴田氏の訳文は海外文学初心者の私でもスーッと脳に染み込むようで心地よく、みんなにオススメしたい。

     しかし、100%自由に書ける小説と違い、翻訳というのは原作の上に成り立つ。そこにストレスはないのだろうか?翻訳者でもあり、世界中さまざまな言語に翻訳される著書を多数持つ村上春樹氏の翻訳に対する見解は意外なものだったー“多少誤訳があっても、多少事実関係が違ってても、べつにいいじゃない、とまでは言わないけど、もっと大事なものはありますよね。僕は細かい表現レベルのことよりは、もっと大きな物語レベルのものさえ伝わってくれればそれでいいやっていう部分はあります。作品自体に力があれば、多少の誤差は乗り越えていける。それよりは訳されたほうが嬉しいんです。”ー
     
     人称をどう訳すか、he said she said〜みたいなくどい文章をどのように訳すか、過去形と現在形を織り交ぜてリズムを作り出す、などなど、訳文はあらゆる小さなこだわりの積み重ね。あらゆる翻訳は誤訳である、何らかのノイズは忍び込む。そのノイズをいかに取り除き、原文の文学的価値を損なわないようにする、繊細すぎるにもほどがある仕事だということがわかった。
     今からでも翻訳家になりたいなー。そりゃ、ダジャレなんかも理解できないといけないくらい、英語そのものだけでなく現地の文化などへの理解も求められる大変なものだとは思うけど。柴田さんの、芸術方面に興味があるけど事務処理が得意っていうの、すごいわかる(わかるなんて言ったらおこがましいけど)。

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    2017年10月01日
  • 小説の読み方、書き方、訳し方

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    生活にストイックな点で、鴎外と村上春樹は似ている?
    アメリカ文学は自己意識の文学だったけれど、グローバル化の進行で、日本文学とも意識の上での差がなくなった?
    ごくわずかしかアメリカ文学に馴染みがないので、柴田さん、高橋さんというアメリカ文学の偉大な読み手を通してみると、また違う日本文学像が見えてくる。

    日本の文学が、現在の「ニッポンの文学」にへんしつする結節点にいるのが中上健次なのだとか。
    言葉が壊れているというのがその徴なのだそうだが…。
    翻訳文のリズムとか、言葉の壊れ方などは、どういうことかわかりにくい。
    できれば作品を引用してほしいところだ。

    最後の方に、二人がそれぞれ選んだ海外小説30、現代日本の小説30が挙げられていた。
    …外国文学をあまり読んでいないはずなのに、読んだことがある作品や名前だけでも知っている作品は海外小説の方が多かった。
    いかに普段自分が読んでいる小説がテキトーなものばかりなのかが分かる(苦笑)。

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    2016年09月19日
  • 翻訳夜話

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    村上春樹さんが、「趣味で訳す」という趣旨の話をしていて、柴田元幸さんが「読み手がいないならしない」と言われてたけど、私はまちがいなく前者。読む人が自分以外にいなくても、訳したい。好きなお話や、歌や、詩を、思う存分訳したい。読んでくれる人がいれば尚いいし、いつか小説の訳をしてそれが本になったりしたら、さぞ素敵だろうとも思うけど。

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    2016年07月08日
  • ジム・スマイリーの跳び蛙―マーク・トウェイン傑作選―

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    ウイットに富み、皮肉が効いていて、とても面白かった。
    柴田さんの訳もよかったが、原文を読みたくなった。

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    2016年02月22日
  • [音声DL付]現代語訳でよむ 日本の憲法―憲法の英文版を「今の言葉」に訳してみたら―

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    憲法の条文をすべて読む機会など、あらためて設けない、この先ないだろうなあと思っていたところ、1946年11月3日憲法公布の日に「英文官報号外」に掲載した英文憲法をあらためて現代語に訳した本を見つけました。まだまだ今の憲法は若いのだなと思いました。英文で見るとどういう思いと意味合いで訳すべきなのか、主語に迷うところさえあって、議論の余地があるように思えました。

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    2015年11月02日
  • 翻訳夜話

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    村上春樹と柴田元幸の翻訳フォーラムとそれぞれが訳したオースターとカーヴァーの短編が収録されている。私は村上春樹が好きだし、柴田元幸の翻訳も好きだ。ふたりの翻訳を比べるとやはり柴田元幸の翻訳のほうがスッキリとしていて読みやすく感じる。春樹本人も語っていたが春樹のカーヴァーの翻訳は「~した」の過去形が並びまくり文章が硬かった。今ならこんな翻訳はしないのかもしれないけれど。

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    2015年06月22日
  • 翻訳夜話2 サリンジャー戦記

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    同時代に生きている作家か、自分が特別に好きな作家の本しか翻訳してこなかった村上春樹。
    サリンジャーを訳すという考えは、当初なかったそうなのだ。
    そうか。サリンジャーはすでに古典になりかかっているのか。(サリンジャーが亡くなったのは2010年)

    何人かの人に「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を訳さないんですか?と言われ、長く残る作品については複数の翻訳テキストがあってしかるべきとの持論もあり、野崎訳をも出版し続けることを条件に「キャッチャー~」を訳すことにしたのだそうだ。

    時代の空気を伝える訳は、翻訳としての賞味期限が短くなってしまう。
    しかし、時代の空気を無視して「ライ麦~」を訳すことはできないだろう。
    そのバランスのとり具合が訳者のセンスであり、味なのだと思うし、だからこそ異なる翻訳者での作品の読み比べが楽しいのである。

    村上春樹が訳した文章に誤謬がないか、そしてよりよい訳文がないかと柴田元幸と二人、2日間に渡ってみっちり物語を読み込み、討論をしたのだそうで、それを踏まえたうえでの今回の対談となっている。

    言葉を訳すことと世界観を伝えること、サリンジャーについて、アメリカ文学について。
    二人の話題は深くて広い。

    「ライ麦~」を読んだことがない今の若者に向けて、当時の時代背景やサリンジャーの生き様、作品の解説を巻末に村上春樹が書いている。
    それは本来、作品の後ろにつけるはずだったのだが、出版社とサリンジャーとの契約事項に「作品解説はつけない」というものがあったため、付けることができなかったのだ。

    そういった諸々のことを含めて、副題が「サリンジャー戦記」となったのだな。きっと。

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    2015年04月15日